学位論文要旨



No 120715
著者(漢字) 古賀,毅
著者(英字)
著者(カナ) コガ,ツヨシ
標題(和) 設計・生産における製品の不具合情報の統合マネジメントに関する研究
標題(洋)
報告番号 120715
報告番号 甲20715
学位授与日 2005.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6135号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 青山,和浩
 東京大学 教授 木村,文彦
 東京大学 教授 新井,民夫
 東京大学 教授 大和,裕幸
 東京大学 助教授 増田,宏
 東京大学 助教授 武市,祥司
内容要旨 要旨を表示する

本論文では、挙動表現を用いた設計対象のモデル化・製造工程のモデル化を行うことにより、両者を統合化し、製品の設計・生産における不具合情報を統合的にマネジメントすることで、不具合の発生を上流から抑えることが可能な設計手法を提案した。さらに、提案した設計手法を、プロトタイプ・システムにより適用検証することで、その有効性を確認した。

製品開発における不具合の未然防止の研究の多くは、設計上流段階での不具合検討の重要性を指摘している。それは、不具合検討・未然防止が上流に位置すればするほど、費用的・効果的に有利な製品開発を行うことができるためである。しかしながら、上流から不具合検討を織り込み効率的に下流へと活かしていくこと、を実現している研究は、ほとんどない。不具合は製品機能と表裏一体であるが、上流になればなるほど、製品機能の表現が難しく、さらに製品機能の統一的表現は存在しないというパラドックスが存在しているためである。これを製品不具合表現の困難性と呼ぶ。

また上流から下流まで設計を統一モデルにより支援するためには、設計者の思考過程を表現可能なモデルが要求される。しかしながら、設計者が対象概念を具現化していく過程を表現可能なモデルは、存在していない。これを設計進行過程表現の困難性と呼ぶ。

さらに、設計と生産の統合モデルが求められている。それは、不具合事象は設計から生産までを横断する因果構造によって発生しており、どちらかだけの記述・検出・対策では限界があるからである。しかし、不具合という観点から設計と生産を統合することが可能なモデルは、提案されていない。製造工程における不具合事象は見えにくく、その因果構造を製品の不具合の表現とともに体系的に整理した研究は、行われていないからである。これを設計・生産統合モデルの必要性と呼ぶ。

本研究では、この3点の困難性を克服する統合モデルを提案した。まず設計進行過程表現の困難性に対し、設計者の対象認識が具現化していくプロセスに着目し、成長する設計対象の情報モデルを提案することで、解決を試みた。具体的には、設計の進行とは、対象の概念が具現化していくプロセスであるとし、対象の概念が具現化していく過程には、情報の複雑化が伴うことに着目し、成長する情報モデルにより設計進行過程を表現可能な手法を提案した。

また、製品不具合表現の困難性に対し、設計対象の状態に着目した製品挙動表現を導入することで、解決を試みた。製品機能を、製品挙動に対し主観的に与えた解釈であると定義すると、不具合とは、意図しない製品挙動のうち、望ましくない挙動を含むこと、もしくは意図した挙動が不足することである、と定義することができる。この定義に基づき、製品挙動を決定付ける製品情報を、設計者の意図する要求挙動を記述し比較・反映させながら、設計していくことが可能な手法を構築した。

さらに、成長するモデルにより設計進行を表現する手法により、この製品挙動を段階的に要求挙動と比較しながら設計してく手法を提案した。この手法により、製品挙動の段階的な作りこみを実現し、不具合の検討と低減を設計の上流から実施していくことが可能な設計手法が達成できる。さらに、この段階的な製品挙動の設計手法の有用性を、定量的に確認した。この手法により、設計の上流段階から、製品不具合を検出し、回避するための意思決定を下し、段階的に継承することで設計を進める手法を実現化した。このことにより、不具合の少ない製品の設計が達成できるものと考えられる。

また、製品挙動で着目した状態の概念を生産へと導入し、品質状態と製造途上状態を表現可能なモデルにより、可視化しにくい製造工程の不具合を体系的に記述することが可能なモデルを提案した。具体的には、製造工程を、作用主体である工程作業と、作用対象である製造対象に分離して考える手法を提案した。この概念の分離に基づき、製造工程の機能は設計で定められた属性を作り出すことであるとし、製造対象内部の品質の状態遷移モデルと、製造工程の状態遷移モデルを定義した。この両者を因果により結びつけることで、製造工程を時々刻々と変化しながら伝搬する製造対象の品質情報のモデル化を行った。

最終的に、設計・生産統合モデルの必要性に対し、この製造工程における状態を軸とした不具合の体系的記述モデルと、同じく状態の記述を軸とした製品挙動・製品不具合の表現モデルを統合化することで、設計から生産にまたがる因果構造により発生する不具合を、体系的に記述可能なモデルを提案した。

以上提案した2点のモデルを統合化すること、つまり製品挙動の設計手法により段階的に生成される製品情報に対して、設計から生産にまたがる因果構造を記述可能なモデルを統合化することによって、目的であった製品開発のスパイラルによる不具合の上流段階からの未然防止を実現する設計手法が提案できたと言うことができる。

以上の設計から製造までを段階的に不具合の検討を行いながら情報を生成していく過程において、得られる情報構造を用いて、各構成情報を要素化・概念化・関連のモデル化を行い、再利用性を高めることで、この段階的な設計・製造工程設計手法の上で有用に機能する不具合データベースの構築手法を提案した。このデータベースを用いて、設計の各段階で、設計者に対してデータベースから情報供与を行うことを検討する。この結果、設計者が考え及ぶ範囲を広げ、過去において記述した知識を、未来の製品開発へと活かせるようになることが期待される。

対象がモデル化され、表現形式が定められると、その情報形式に基づくデータベースを構築することが出来る。記述対象となるモデルの提案から、知識の構造化を導き出す手法は、その利用の形態が明確に宣言されているために、再利用性が高い手法である。本研究で提案した、製品挙動と製造工程の設計活動の上で、有効に活用できる不具合情報であれば、それはデータではなく知識であるということができる。

そこで、製品および製造工程を段階的に設計していく上で、設計者が考え及ぶ範囲を広げることを目的とした知識情報の獲得支援を行うため、設計と製造のモデルに基づいて、不具合に関する記述された情報を知識化する手法を提案した。知識の構造化のためにオブジェクト指向の考え方を導入し、本研究で提案する設計生産統合モデルによる設計に親和性が高いデータベースの種類・機能を導出した。具体的には、汎化・特化の関係に従い概念の分類を行う概念化データベース、全体・部分の関係に従い部品化・要素化・再結合を可能とする単位要素データベース、If-Thenに代表される推移関連を表す因果データベース、現象を表しデータに基づく事例データベースの4つのデータベースを、統合モデルに基づき提案した。

以上に提案した設計手法に基づき、設計・生産・不具合情報の統合システムのプロトタイプ・システムを実装し、適用検証を行った。簡単な設計例を対象に、段階的な不具合を考慮した製品挙動および製造工程の設計手法が、確かに設計者の支援に繋がることを定量的に示した。また、実際に稼働している製造工程に対して適用することにより、実対象に対しても提案した不具合情報の記述・獲得手法が有用に機能することを確認した。さらに、複雑な製品に対する実行例を通して、大規模問題に対する適用可能性を検証した。以上の適用検証の結果、本研究で提案する手法が、確かに設計から製造にわたる因果構造により発生している不具合を捕捉し、また上流で決定した製品および製造工程に関する重要な情報を正しく継承しながら、詳細段階の設計を行うことで、設計上流段階からの不具合の発生因子を減少させることが可能な製品開発スパイラルを実現することが示せた。

構築したプロトタイプ・システムでは、マスター・モデル、設計対象の構造表現モデル、設計対象の振る舞いを表現するモデルに関して、計算机上でモデル化する構造を提案している。さらに、設計者の思考を妨げないために導入した自由な視点移動が可能な情報の可視化手法を提案・実装し、設計における有用性を確認した。この上で、製造と設計をまたがる因果構造によって発生している不具合の分析を、設計と製造の統合シミュレーションによって検出できることを示した。

本研究の成果により、製品開発における試作製品レスや、設計ミスの早い段階からのつぶしこみにより、手戻りがなくなり、開発期間が短縮できるという効果が期待される。さらに、設計・生産の情報を関連部門が互いにレビューすることにより、設計・製造お互いに、領域外の情報を提供し合うことが実現化される、と考えられる。また、実機でも分からない製品の内部構造や挙動、あるいは製造工程における品質の遷移を見ることができ、新しい技術面でのブレイクスルーの機会を創出する機会を作ることが可能になる、という観点で、本研究の有用性を示すことが出来る。

審査要旨 要旨を表示する

強い製品開発力を獲得するために,製品設計・製造に関係する膨大な情報を適切にマネジメントし,過去の成功・失敗事例などを活用できる情報システムの構築が検討されている。ここでは,開発上流段階での不具合検討を活性化することによって,製品不具合を未然に防止することが期待される。しかしながら,開発上流段階での製品機能の一般的な表現は困難であり,設計上流から不具合検討を織り込み,その検討結果を下流へと効率的に活用することは非常に難しいといった問題が存在する。本研究は,この問題に対して,挙動表現を用いた設計対象のモデルと製造工程のモデルとを統合し,製品の設計・生産における不具合情報を統合的にマネジメントするで,製品開発の上流段階から不具合検討を可能とする設計手法を提案するものである。本論文は,全9章から構成されている。

第1章では,製品に関する不具合情報の統合マネジメントの必要性も含め,本研究の背景と進め方に関して述べている。

第2章では,製品の設計・生産,およびそのプロセスにおける不具合情報の表現方法,モデル化,および知識化に関する近年の既存研究の概要を分類整理しており,不具合発生の現状に対する既存研究の問題点を述べることにより,本研究の位置付けと着眼点を明確に示している。

第3章では,本研究の骨格である製品開発の上流段階からの不具合・品質検討を可能とする不具合情報の統合モデルの概要を示している。実際の不具合を予見可能なエンジニアの情報処理を分析することにより,製品開発の各段階で,効果的に不具合情報を取得し織り込んで行くために必要な情報処理を議論している。その議論を経て,製品設計のモデル,および製造工程のモデルの必要性,さらには,両モデルを用いた不具合発生メカニズムを提案し,開発上流段階から不具合を低減するために必要な統合モデルが具備すべき要件を明確に示している。

第4章では,製品および製造工程情報を,上流設計から詳細設計までを統合的に管理するために,段階的な詳細化の考え方を導入した情報生成モデルを提案している。製品開発の進捗に伴い順次増加していく製品および製造工程情報を,成長する階層ネットワーク型の情報モデル(トップダウン指向情報モデル)として定義し,その機能とアルゴリズムに関して詳述している。

第5章では,設計の上流段階からの不具合低減を実現する製品の設計手法に関して議論しており,設計段階における製品不具合を,要求された動作が実現できないこと,および想定外の(危険を含むような)動作を行うことであると定義している。この定義に基づき,要求動作を実現可能な製品の挙動を段階的に作りこむことによって,設計の上流段階から危険な挙動を排除し,希望する挙動を極力達成することが可能な製品設計手法を提案している。

第6章では,製造工程の設計段階において,不具合品質を持たない製品を製造可能な工程情報を生成する手法を議論し,製造工程における不具合の発生要因である,製品内部の状態変化と製造工程における不具合の伝播を取り出す手法を提案している。ここでは,製造工程における品質設計の概念を定義し,懸案される不具合の洗い出し,および不具合の原因分析の支援を実現化する方法を提案している。

第7章では,第4章から第6章までにおいて議論した段階的な製品情報・製造工程情報のモデルを用いて,設計と生産をまたぐ因果の獲得手法を示し,さらに,不具合情報の蓄積手法と活用方法を提案している。

第8章では,第4章から第7章の議論によって導かれた設計・生産における不具合情報の統合モデルの計算機上への実装方法を示し,さらに,構築したプロトタイプ・システムの適用によって,本研究の提案の有用性を議論している。

最終章となる第9章では,本研究で得られた知見を整理し,今後の課題を議論している。

本研究は,製造工程における状態を軸とした不具合の体系的記述モデルと,状態の記述を軸とした製品挙動・製品不具合の表現モデルを提案し,これらを統合化することで,設計と生産にまたがる因果構造により発生する不具合の体系的な記述方法を提案している。さらに,製品挙動の設計手法により段階的に生成される製品情報に対して,設計から生産にまたがる因果構造を記述可能なモデルを統合化することによって,目的であった製品開発のスパイラルによる不具合の上流段階からの未然防止を実現する設計手法を提案している。本研究が示す成果により,製品開発における試作製品レスや,設計ミスの早い段階からのつぶしこみにより,手戻りを減少させる具体的な手法を実現化でき,開発期間が短縮できるという効果が期待される。このように,本研究が示す方法論,成果の効果はきわめて大きいものと評価できる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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