学位論文要旨



No 120717
著者(漢字) 矢代,茂樹
著者(英字)
著者(カナ) ヤシロ,シゲキ
標題(和) 埋め込み FBG センサを用いた CFRP 積層板の損傷モニタリング
標題(洋)
報告番号 120717
報告番号 甲20717
学位授与日 2005.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6137号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武田,展雄
 東京大学 教授 塩谷,義
 東京大学 教授 藤本,浩司
 東京大学 教授 青木,隆平
 東京大学 講師 岡部,洋二
内容要旨 要旨を表示する

近年,様々な分野において,高比強度・高比剛性といった利点を持つCFRPなどの繊維強化プラスチックが積極的に適用されている。しかし,その積層材は,円孔などの応力集中部においてスプリッティングやトランスバースクラック,層間はく離が同時に発生する損傷形態を示す。

一方で,CFRPなどの先進複合材料の主要構造部材への適用が広がる中,その安全性・健全性を評価,保証する構造ヘルスモニタリング技術に対する関心が急速に高まっている。ヘルスモニタリングに使用されるセンサの中でも,FBG光ファイバセンサは,高精度な計測や多点化の容易さなどの多くの利点を持っていることから非常に注目されている。近年では,FBGセンサを用いたひずみ/温度モニタリングだけでなく,積層板に発生する損傷を検出する研究も行なわれている。実構造物に必ず存在する応力集中部について,その近傍で発生する複数損傷を検出するだけでなく,それらを予測し,推定する損傷モニタリングが実現すれば,運用段階における構造部材の健全性評価に大きく貢献する。

以上の観点から,本研究では,積層板の応力集中部近傍における損傷に注目し,積層板に埋め込んだFBGセンサを利用した損傷モニタリングを提案した。まず,FBGセンサ埋め込んだ応力集中部を有する積層板に対する損傷解析ならびに光学解析を提案し,積層板の損傷形態と反射光スペクトルの変化を予測した。これらの成果を基に,埋め込んだFBGセンサの反射光スペクトルから積層板の損傷形態を推定する逆問題解析手法を提案し,その妥当性を検証した。

第2章では,FBGセンサを埋め込んだ応力集中部を有する積層板を対象とし,層レベルの全損傷を表現する損傷解析,ならびに,得られたひずみ分布からFBGセンサの反射光スペクトルを求める光学解析を提案し,以下の結論を得た。

有限要素解析に基づく結合力要素を用いた損傷解析を提案した。積層構造をレイヤーワイズモデルで表し,これらのレイヤーにはMindlin板要素を用いて面外変形を考慮した。さらにMindlin板要素間に結合力要素を組み込むことで積層板の複数損傷を表現した。

本解析では,直接反復法によって非線形平衡方程式の求解の安定化を図るとともに,解が収束する要素サイズの制限を回避した。

不均一なセンサ特性の分布をもつFBGセンサの反射光スペクトルを求める数値解析を,上記の損傷解析と直接結び付けた。本光学解析により,積層板の損傷進展過程における反射光スペクトルの変化を解析で得られる。

ここで提案した解析モデルおよび解析手法では,(a) 残留強度パラメータを用いた結合力要素によって複数損傷を表現し,(b) 損傷解析と光学解析を連続して行える,という点において,本研究で提案する損傷モニタリングの重要な基礎となっている。

第3章では,切り欠きを有するCFRPクロスプライ積層板を対象として,複数損傷の進展と,埋め込んだFBGセンサの反射光スペクトルの変化を明らかにし,以下の結論を得た。

両側切り欠きを有するFBG センサ埋め込みCFRPクロスプライ積層板の引張試験を行った。埋め込んだFBG センサの反射光スペクトルは,切り欠き近傍の損傷形態に対応して大きく変化した。

複数損傷を表現する損傷解析を用い,実験で得られた損傷形態および反射光スペクトルの変化を再現し,解析モデルの妥当性を検証した。

スプリッティングとトランスバースクラックが低いひずみで生じ,荷重が増加するにつれて層間はく離がそれらの交点から発生・進展するという損傷の進展過程を明らかにした。

FBGセンサの反射光スペクトルに対するそれぞれの損傷の影響を調べた。トランスバースクラックはスペクトルの細かいピークの変化に,層間はく離は長波長側の大きいピークに対応することを示した。

これらの結果より,FBGセンサの反射光スペクトル形状がセンサの軸方向ひずみ分布を介して損傷形態の情報を含んでいることが明らかとなり,埋め込みFBGセンサによって積層板の損傷形態を推定できる可能性を示唆した。

第4章では,前章で示した損傷解析および光学解析を基に, FBGセンサの反射光スペクトルから切り欠き近傍の損傷形態を推定する手法を提案し,以下の結論を得た。

反射光スペクトル形状を目的関数とし,損傷形態をいくつかのパラメータで表し,これらを数理的に最適化する損傷同定手法を提案した。

数値解析にて得た反射光スペクトルを入力情報として積層板の損傷形態を推定した。推定結果は損傷解析で得た損傷形態と概ね一致し,本手法が妥当であることを示した。

定義した損傷形態パラメータに対して,反射光スペクトル形状の感度が高い位置にFBGセンサを配置できれば,さらに推定の精度を上げることが可能であることを示唆した。

大域的最適解を探索するトンネル法を本手法に適用し,推定の精度を上げる効果を確認した。

実験で測定した反射光スペクトルを入力情報として,損傷形態の推定を行った。推定した損傷形態は観察結果に概ね一致し,本手法を実験結果に対しても適用可能であることを示した。

ここで得られた結果は,推論的ではあるが,応力集中部近傍の損傷形態がFBGセンサのスペクトル形状と一対一に対応することを裏付けている。これは,応力集中部にFBGセンサを埋め込むことにより,チャープ構造を持つことに起因しているものと考える。

第5章では,切り欠きを有するCFRPクロスプライ積層板の損傷形態を,任意の負荷下において推定する手法を提案し,以下の結論を得た。

両側切り欠きを有するFBGセンサ埋め込みCFRPクロスプライ積層板の負荷除荷試験を行った。損傷の発生,進展に伴い,反射光スペクトルの形状は敏感に変化した。除荷時に測定した反射光スペクトルは,異なる損傷形態に対して,同じひずみレベルでも異なる形状を示した。

前章に示した損傷形態推定手法を基に,負荷ひずみの推定を同時に行う新たな手法を提案した。負荷ひずみは,損傷形態パラメータとは独立に,反射光スペクトルの波長シフトから推定した。

実験で測定した反射光スペクトルから,負荷ひずみを推定した。最大負荷時および除荷時ともに,負荷ひずみの推定結果は実験結果と概ね一致した。

実測した反射光スペクトルから,切り欠き近傍の損傷形態を推定した。最大負荷時・除荷時ともに,推定した損傷形態は,実験で観察した損傷形態と概ね一致した。

以上の結果より,本研究で提案した損傷形態推定手法が,ゲージ部におけるチャープ構造が実現する限り,任意の負荷下において実測したセンサ応答に対して適用可能であることを示した。

第6章では,チャープFBGセンサ利用した有孔クロスプライ積層板の損傷モニタリングを提案し,以下の結論を得た。

円孔を有するCFRPクロスプライ積層板の引張試験を行った。負荷の増加に伴い,円孔縁からスプリッティングが強化繊維方向に発生・進展し,複数のトランスバースクラックが発生した。さらに,層間はく離もスプリッティングに沿って1/4楕円形状に広がった。

測定したチャープFBGセンサの反射光スペクトルは,トランスバースクラックが発生すると,複数の波長において局所的に光強度が低下した。層間はく離が発生すると長波長側で光強度が回復し,はく離の進展に従ってその領域が大きくなった。

損傷解析によって,実験にて観察した複数損傷の形態およびその進展を再現した。さらに,光学解析にて得られた反射光スペクトルは,損傷形態の違いによって大きく形状が変化し,それらは実験結果と概ね一致した。

第5章に示した損傷形態および負荷ひずみの推定手法に対し,数値破壊シミュレーションの結果を損傷形態推定の初期値として利用することで不適切な局所最適化を回避するという,推定の効率化を図った新たな手法を提案した。

実験で測定した反射光スペクトルから,円孔近傍に発生する損傷形態を推定した。推定した損傷形態は,実験で観察した損傷形態と概ね一致した。さらに,反射光スペクトルの測定結果に含まれるノイズの影響を,損傷形態推定の際に除去できることを明らかにした。

一種類の損傷のみ発生する場合のスペクトル形状をセンサの格子間隔分布から説明し,損傷の種類とスペクトル形状の変化を対応させた。また,スペクトル形状から簡易に損傷形態を見積もれることを実験結果で示した。

損傷によるスペクトル形状の変化における,ゲージ位置と初期チャープ構造の影響を調べた。格子間隔の大きい端部を円孔縁に配置することで,チャープFBGセンサの特徴であるゲージ内の位置情報がさらに明確になることを示した。また,全チャープが大きいほど,スペクトル形状の変化に含まれる損傷の影響を特定しやすくなることを示した。

これらの結果は,本研究で提案した手法により,構造部材において現実的な応力集中の形状である円孔について,その近傍に発生する複数損傷を予測・推定できることを示している。チャープFBGセンサを利用することによって,応力集中部の損傷形態を容易に推定できるとともに,損傷が大きく進展した場合でも推定可能であることがわかった。

以上の結論より,クロスプライ積層板に限定されているが,応力集中部近傍の複数損傷進展の予測,およびその損傷形態の推定に関して,重要な知見を得た。本研究によって,埋め込みFBGセンサを用いた積層板の応力集中部における損傷モニタリング手法の基礎を確立できたものと考える。構造物の安全性を保証するという観点から,本研究が工学的に貢献することを望む。

審査要旨 要旨を表示する

修士(工学)矢代茂樹 提出の論文は、「埋め込みFBGセンサを用いたCFRP積層板の損傷モニタリング」と題し、7章よりなる。

CFRPなどの先進複合材料は航空宇宙機主要構造部材への適用が広がっており、その安全性・健全性を評価、保証する構造ヘルスモニタリング技術への関心が急速に高まっている。ヘルスモニタリングに使用されるセンサの中でも、コア部に書き込まれた微小格子の伸縮を利用するFBG光ファイバセンサは、高精度な計測や多点化の容易さなどの多くの利点を持っていることから非常に注目されている。近年では、FBGセンサを用いたひずみ/温度モニタリングだけでなく、積層板に発生する損傷を検出する研究も行なわれている。実構造物に必ず存在する応力集中部について、その近傍で発生する複数損傷を検出するだけでなく、それらを予測し、推定する損傷モニタリングが実現すれば、運用段階における構造部材の健全性評価に大きく貢献できる。以上の観点から、本研究では、積層板の応力集中部近傍における損傷に注目し、積層板に埋め込んだFBGセンサを利用した損傷モニタリングの手法を提案している。まず、FBGセンサを埋め込んだ応力集中部を有する積層板に対する損傷解析ならびに光学解析を提案し、積層板の損傷形態と反射光スペクトルの変化を予測している。また、これらの成果を基に、埋め込んだFBGセンサの反射光スペクトルから積層板の損傷形態を推定する逆問題解析手法を提案し、その妥当性を検証している。

第1章は「序論」であり、本研究の背景についてまとめ、従来の研究の問題点を総括するとともに、本研究の目的と本論文の構成について述べている。

第2章は「応力集中部を有するFBGセンサ埋め込み積層板の数値解析モデルの提案」であり、FBGセンサを埋め込んだ応力集中部を有する積層板を対象とし、積層構造をMindlin板要素を用いた面外変形を考慮したレイヤーワイズモデルで表すとともに、板要素間に結合力要素を組み込むことで積層板の複数損傷を表現する有限要素解析に基づく損傷解析方法を提案している。また、不均一なセンサ特性の分布をもつFBGセンサの反射光スペクトルを求める数値光学解析を、上記の損傷解析と直接結び付けることにより、積層板の損傷進展過程における反射光スペクトル変化を解析的に表現することに成功している。

第3章は「埋め込みFBGセンサによる積層板の複数損傷の予測」であり、前章の数値解析モデルを用いて、切り欠きを有するCFRPクロスプライ積層板を対象とした複数損傷の進展と、埋め込んだFBGセンサの反射光スペクトルの変化を明らかにしている。層内クラック、層間剥離、スプリッティングを含む複数損傷を表現する損傷解析を行い、実験で得られた損傷形態および反射光スペクトルの変化を再現し、解析モデルの妥当性を検証している。また、反射光スペクトルに対する各々の損傷の影響を明らかにしている。

第4章は「埋め込みFBGセンサによる積層板の損傷形態推定手法の提案」であり、2章で示した損傷解析および光学解析を基に, FBGセンサの反射光スペクトルから切り欠き近傍の損傷形態を逆問題として推定する手法を提案している。すなわち、反射光スペクトル形状を目的関数とし、損傷形態をいくつかのパラメータで表し、これらを数理的に最適化する損傷同定手法を提案している。実験で測定した反射光スペクトルを入力情報として、損傷形態の推定を行い、推定した損傷形態が実験観察結果に一致することを示している。

第5章は「変動荷重下の積層板に対する損傷形態推定の適用」であり、損傷形態を任意の負荷下において推定する手法を提案している。4章に示した損傷形態推定手法を基に,負荷ひずみを損傷形態パラメータとは独立に、反射光スペクトルの波長シフトから推定している。また、繰り返し負荷・除荷試験中の最大負荷時・除荷時に、負荷ひずみの同定に成功するとともに、推定した損傷形態は実験で観察した損傷形態を再現できることを示している。

第6章は「チャープFBGセンサを用いた積層板の損傷モニタリング」であり、ゲージ部に沿って微小格子の間隔が変化するチャープFBGセンサ利用した、損傷モニタリング手法について述べている。とくに、一種類の損傷のみ発生する場合のスペクトル形状をセンサの格子間隔分布から説明し、損傷の種類とスペクトル形状の変化を対応させることに成功し、スペクトル形状から簡易に損傷形態を見積もることができることを実験結果で示している。また、損傷が大きく進展した場合でも推定可能であることを示している。

第7章は「結論」であり、本研究で得られた結論を述べ、今後の課題について検討している。

以上要するに、本論文は、FBGセンサを埋め込んだ応力集中部を有する積層板に対する損傷解析ならびに光学解析を提案し、積層板の損傷形態と反射光スペクトル変化を解析的に予測できることを示すとともに、反射光スペクトルから積層板の損傷形態を推定する逆問題解析手法を提案し、その妥当性を示すことに成功している。本論文で得られた成果は、航空宇宙分野での複合材料構造の構造ヘルスモニタリング技術の新しい発展に大いに寄与する有益な知見を与えている。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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