学位論文要旨



No 120718
著者(漢字) ジョン,ミンキョン
著者(英字)
著者(カナ) ジョン,ミンキョン
標題(和) ナノギャップ電極を用いた単一自己組織化 InAs 量子 ドット の電子状態と電子輸送の評価に関する研究
標題(洋) Electronic Structures and Transport Properties of Single Self-Assembled InAs Quantum Dots Probed by Nanogap Electrodes
報告番号 120718
報告番号 甲20718
学位授与日 2005.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6138号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 平川,一彦
 東京大学 教授 榊,裕之
 東京大学 教授 荒川,泰彦
 東京大学 教授 中野,義昭
 東京大学 教授 田中,雅明
 東京大学 助教授 高橋,琢二
内容要旨 要旨を表示する

研究の背景

自己組織化InAs量子ドットは、ナノリソグラフィー技術により形成された量子ドットよりもサイズが小さく、より強い閉じ込めポテンシャルを有するため、従来とは異なる量子閉じ込め領域の物性研究を可能にしつつある。特に、結晶成長条件を適当に選択することにより、自己組織化InAs量子ドットは簡単に作製することができ、さらにその光学的な特性が優れているため、既に単一InAs量子ドットの光学的性質に関する多くの研究がなされている。一方、単一InAs量子ドットの電気特性の研究は端緒に就いたばかりであるが、今後期待される様々なデバイス応用のためには、単一InAs量子ドットの電子伝導に関する深い理解が必要不可欠である。さらに、デバイス応用には、機械的な安定性や他のデバイスとの整合性の高い素子構造が望ましい。以上のような状況に鑑み、本研究では、ナノギャップ電極を用いた横型電界効果トランジスタ構造という非常に汎用性の高い試料構造を用いて、単一自己組織化InAs量子ドットの電子状態と電子輸送に関する研究を行った。

InAs量子ドットの成長と極微ギャップを有する金属電極の作製

本研究で用いた自己組織化InAs量子ドットの成長について、均一なピラミッド形状を持った量子ドットの成長を行うための条件、種々のサイズのInAs量子ドット/アイランドの混合相を成長するための条件の最適化を行った。さらに、InAs量子ドット上にGaAsキャップ層を成長したときの表面モフォロジーの変化についても調べた。次に、本研究で用いた5-30 nmの幅のナノギャップを有する金属電極の形成するための電子ビームリソグラフィーを用いた超微細加工プロセスの詳細について述べた。

単一自己組織化InAs量子ドットを介した電子輸送

まず単一電子トランジスタ(single electron transistor; SET)の基礎について概説し、SETの微分コンダクタンスが示すクーロンダイアモンドから、量子ドット内の帯電エネルギーや軌道量子化エネルギーに関する情報を得ることができることの説明を行った。次に、GaAs表面に形成された単一自己組織化InAs量子ドットに極微細電極を形成することにより、横方向伝導型電界効果トランジスタ構造にすると、予想に反して、試料がSETとして機能することを見出した。さらに量子ドット/アイランドのサイズが大きくなるに従って、その中に電子が蓄積しやすくなり、アイランドサイズが100 nmを越えると、as-grownの状態でも電子がアイランド内に存在することを明らかにした。一方、InAs量子ドットにGaAsキャップ層を形成すると、GaAs中へのInの拡散効果により、逆にクーロンブロケード効果が弱まることを、またキャップ層の形成によるInAsドットの形状変化、および格子ひずみ効果により、量子ドット内の基底準位のエネルギーが大きく上昇することを明らかにした。

単一InAs量子ドット内の殻構造

単一InAs量子ドットをナノギャップ内に有する試料について電気伝導測定を行い、その伝導度スペクトルに量子ドットの殻構造を明確に観測することに成功した。クーロン振動とクーロンダイアモンドから、電子を量子ドット内に注入するときの付加エネルギースペクトルを得るとともに、その情報から殻の閉じ込めエネルギーとドットの帯電エネルギーを求めた。特に、付加エネルギースペクトルが軌道量子化エネルギーによって増大すること、さらにp - d軌道間の量子閉じ込めエネルギーの差がs - p軌道間のそれの半分以下であり、量子ドット内の閉じ込めポテンシャルの形状が放物線型ではないことを見出した。さらに、量子ドットが持つ異方性による付加エネルギーの増大も観測した。また、上位の殻になるに従い、電子波動関数が空間的に広がるため、トンネルコンダクタンスと量子ドットの帯電エネルギーが、量子ドットの殻に強く依存することを明らかにした。

巨大InAsアイランドを介した電子輸送

最後に、90 nmの巨大InAsアイランドの電子輸送に関して検討を行った。その線形伝導度スペクトルには殻構造を示す明らかなクーロン振動が観察されたが、そのクーロンダイアモンドは複雑な構造を示した。さらに、電流−電圧特性に強い負性コンダクタンスが観測され、巨大InAsアイランドが、複数の量子ドットで形成されていることがわかった。さらに、観測された複雑なクーロンダイアモンドは、結晶粒界の透明なトンネル障壁を介して、複数の量子ドット内の軌道が混成化していることを示しており、いわゆる"量子ドット分子"状態が形成されていることを明らかにした。

まとめ

本研究では、GaAs基板上に成長した単一自己組織化InAs量子ドット中の電子状態と電子輸送特性を明らかににするため、極微細ギャップ電極構造を用いてInAs量子ドットを介した伝導特性を詳細に調べた。その結果、InAs量子ドット内の電子状態が量子ドットのサイズや異方性、格子ひずみにより大きく変調されること、単一InAs量子ドット内には明瞭な殻構造が形成され、上位の殻になるに従い電子の波動関数が広がるため、トンネルコンダクタンスやドットの帯電エネルギーが大きく変化すること、さらに巨大InAsアイランドでは複数の小さい量子ドットが結晶粒界を介して接し、量子ドット分子状態を形成すること等を明らかにした。

審査要旨 要旨を表示する

近年、格子定数の異なる半導体材料系の結晶成長で現れるStranski-Krastanow成長モードを利用した自己組織化成長により、数十ナノメートル級の立体結晶(量子ドット)の作製が可能となってきた。量子ドット中では、波動関数の軌道量子化に加えて、電子間相互作用の効果が極めて大きくなり、それらを応用した単一光子発生源など、単一量子ドットのデバイス応用の研究が近年注目を集めている。本論文は、"Electronic Structures and Transport Properties of Single Self-Assembled InAs Quantum Dots Probed by Nanogap Electrodes"(「ナノギャップ電極を用いた単一自己組織化InAs量子ドットの電子状態と電子輸送の評価に関する研究」)と題し、単一InAs量子ドットの電子状態を電気伝導測定により論じたものである。論文は6章より構成されており、英文で記されている。

第1章は序論であり、電子が3次元的に閉じ込められることから"人工原子"とも呼ばれる量子ドットについて、様々な手法で作製された大きさの異なる量子ドットの中で期待される軌道量子化や帯電エネルギーなどについて比較を行うとともに、自己組織的に作製された量子ドットがデバイス応用に適している理由について述べている。さらに、本論文で対象とする単一の自己組織化InAs量子ドットを介した電気伝導測定に関して、従来行われてきた研究を紹介するとともに、本研究の目的について述べている。また最後に本論文の構成を示して、各章の概略を説明している。

第2章では、まず、本研究で用いられた自己組織化InAs量子ドットの成長機構について説明を行った後、均一なピラミッド形状を持った量子ドットの成長を行うための条件、種々のサイズのInAs量子ドット/アイランドの混合相を成長するための条件について説明している。さらに、InAs量子ドット上にGaAsキャップ層を成長したときの表面モーフォロジーの変化についても説明している。次に、本研究で用いたナノギャップを有する金属電極の形成技術について、超微細加工プロセスの詳細について説明を行っている。

第3章では、まず単一電子トランジスタ(single electron transistor; SET)の基礎について概説し、SETの微分コンダクタンスが示すクーロンダイアモンドから、量子ドット内の帯電エネルギーや軌道量子化エネルギーに関する情報を得ることができることを説明している。次に、GaAs表面に形成された単一自己組織化InAs量子ドットに極微細電極を形成することにより、横方向伝導型電界効果トランジスタ構造にすると、予想に反して、試料がSETとして機能することを示している。さらに量子ドット/アイランドのサイズが大きくなるに従って、その中に電子が蓄積しやすくなり、アイランドサイズが100 nmを越えると、as-grownの状態でも電子がアイランド内に存在することを明らかにしている。一方、InAs量子ドットにGaAsキャップ層を形成すると、GaAs中へのInの拡散効果により、逆にクーロンブロケード効果が弱まることを、またキャップ層の形成によるInAsドットの形状変化、および格子ひずみ効果により、量子ドット内の基底準位のエネルギーが大きく上昇することを明らかにしている。

第4章以降では、明瞭なクーロンブロケード効果が観測されるGaAsキャップ層を持たないInAs量子ドットの伝導特性について、さらに議論を展開している。

第4章では、直径が80 nm以下のInAs量子ドットのクーロン振動およびクーロンダイアモンドの測定より、InAs量子ドット内に明瞭な殻構造が存在すること、また軌道量子化エネルギーの殻依存性より、量子ドット内の閉じ込めポテンシャルが放物線形状ではないことを明らかにしている。さらに帯電エネルギーやSETの示すコンダクタンスが強い殻依存性を示すことより、上位の殻になるに従って波動関数の空間的広がりが大きくなることを明らかにしている。

第5章では、さらに大きな量子ドット/アイランドの電子状態について議論を行っている。直径が90 nm程度の大きなInAs量子ドットでは、線形コンダクタンススペクトルは殻構造を示すものの、クーロンダイアモンドの境界が直線的にならないこと、さらに電流−電圧特性が微分負性抵抗を示すことより、内部に結晶粒界が存在し、それが比較的透明なトンネル障壁として機能するため、2つの結晶粒界内の状態が混成した量子ドット分子状態を形成していることを見出している。さらに大きなInAsアイランドでは、クーロンダイアモンドが閉じず、多重量子ドットが直列に接続された状態になっていることを示している。

第6章は結論であり、本研究で得られた主要な成果をまとめている。

以上のように本論文は、極微細ギャップを有する金属電極を用いた試料構造を用いて、単一自己組織化InAs量子ドットを介した単電子伝導特性を測定することにより、量子ドット内の殻構造や帯電エネルギーなどに関する重要な知見を得るとともに、横型電界効果トランジスタ構造という汎用性の高い素子構造を用いて単電子トランジスタが実現できることを実証しており、電子工学に貢献するところが少なくない。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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