学位論文要旨



No 120720
著者(漢字) 王,秋薇
著者(英字)
著者(カナ) オウ,シュウェ
標題(和) 気体を用いた位置検出器による高感度放射能計測に関する研究
標題(洋) Study on high-sensitivity radioactivity measurement with position-sensitive gaseous detector
報告番号 120720
報告番号 甲20720
学位授与日 2005.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6140号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中沢,正治
 東京大学 教授 藤村,庸介
 東京大学 教授 高橋,浩之
 東京大学 教授 岡本,孝司
 東京大学 助教授 長谷川,秀一
 東京大学 助教授 石川,顕一
内容要旨 要旨を表示する

高感度の気体放射能計測技術は廃棄物、考古学、微量元素分析などに幅広く応用されている。内部に線源を設置するガス比例計数管は低エネルギーのβ線に対して高い検出効率を有し、低レベルの放射能計測に用いられている。一方、大型かつ複雑な固体廃棄物に対しては、内部に設置して電場を与えることは困難であり、空気流を用いて、イオン検出器へ電荷を導く手法が検討されている。低レベル放射能計測において、高感度を実現するには二つの要素が必要である。一つは高検出効率であり、もう一つは低バックグラウンドである。検出効率を失わずにバックグラウンド放射線を低減させるためには、何らかの情報を利用することが有効となると考えられる。本研究では、放射線の局在に関する情報に注目し、それを利用した高感度放射能計測を実現することを目標として研究を行った。

気体位置敏感検出器を用いた高感度放射能計測の代表例として、マルチエレメント型比例計数管(MEPC)を用いた放射性炭素年代測定システムを考える。これは、中央に置かれたβ線検出用比例計数管(センターカウンタ)とそれを取り囲むように配置された複数の比例計数管(ガードカウンタ)からなるものであり、あらかじめ考古試料をアセチレンガス化・充填し、ガス中に含まれる14Cが崩壊する際に生じるβ線をセンターカウンタにより検出するものである。外部から入射する飛程の長いバックグラウンド放射線、あるいはカウンタの壁に含まれる放射能から放出される放射線はガードカウンタによっても検出されるため、両方のカウンタが動作した場合には、真の計数値から差し引くことでバックグラウンド放射線を低減させることができる。MEPCの欠点は外部のカウンタによるガス損失であり、検出効率を損なうこととなる。本研究では、比例計数管の壁を半導体検出器として用いることで利用可能なガス体積の増加、すなわち放射能測定の高感度化を図り、化合物半導体であるCdTe検出器を比例計数管の壁面にタイル状に配置した、50mm×50mm×50mmの有感体積をもつハイブリッド型ガス検出器を構成した(図1)。

なお、カウンタ壁面のうち約22%の面積はCdTe検出器によって覆うことができず、反同時計数効率の低減を起こす一方、CdTe検出器信号には、電子とホールの移動度の差に起因する信号波形変化があり,同時の判定を厳しくすると反同時計数効率の悪化を招く。逆に、同時の判定を緩くすると、偶発同時計数の効果が生じ、検出効率が落ちる。そこで本研究では、タイミングの判定に波形情報を加味したディジタル信号処理技術を用い、C2H2ガスを用いて122keVから1.3MeVまでのバックグラウンドγ線に対して約80%と高いγ線の除去効率を得た。CdTe検出器信号では異なる信号波形が存在し、波形間にmsオーダの時間差が生じるため、同時計数の時間窓として数msの範囲が必要であるが、波形間の相似を示す距離空間を用いてクラスタリングを行い信号に含まれるノイズ成分を低減する手法の適用により約0.1msのタイミング分解能まで改善できた。

本手法を用いて測定した計数管のバックグラウンドは0.10±0.02cpmであった。MEPCを同サイズにした場合のバックグラウンドの推定値は0.2cpmとなり、これと比較して約半分まで低減させることができることが分かった。この結果、本検出システムは、約25000年前までの年代測定に適用できるものであることが分かった。

次に位置敏感型気体検出器の高感度α放射能計測における利用を考える。日本国内の施設で発生したα放射性廃棄物は既に大量に蓄積され、体積が200リットルのドラム缶換算で約22000本以上になっており、クリアランスレベル検認による合理的分別を早急に行うことが求められている。従来のα放射能検査においてはα線自体を直接検出していたが、α線の飛程が短く検出器を密着させる必要があり、多大な時間と人件費がかかっていた。最近、α線を直接測定するのではなく、α線により空気中に生成したイオンを計測する新しい電離放射線イオン流体移送型計測システムが提案された。しかし、α線を間接的に測定するため、湿度や温度の影響、測定対象の帯電など種々の条件下で測定値や測定下限の信頼性を示す必要がある。ここでは、本手法の基礎となるイオンの初期分布を直接測定する手法を開発し、電離放射線イオン流体移送技術の基礎を確立することを目的として研究を進めた。初期イオン空間分布は、α線の飛跡に沿って電離量を求めていくことも考えられるが、初期再結合や体積再結合などの効果があるため、実際のイオン空間分布はシミュレーション結果とは異なってくる。再結合係数と拡散係数が温度、気圧と湿度などに依存するため、実際のイオン空間分布も温度、気圧と湿度などに依存する。

平行平板型電離箱ではイオンが電界中でドリフトする際に、水平方向のイオン空間分布を保つと考えられる。電極間にα線源を挿入し片側の電極を多数のストリップからなる電極に変更し、正または負の電圧を他方の電極に印加すれば、正または負イオンはストリップ収集電極へドリフトし収集され、正または負イオンの一次元空間分布が測定される。通常、α線の飛程は空気中で約50mm以下であることを考慮して、電離箱の水平面積は150mm×150mmとし、上面電極とストリップ収集電極の間隔は60mmとした。電荷積分型ASIC(Application Specific Integrated Circuit)を用い、64チャネルのプリアンプボードを製作し、収集電極は2mmピッチのものを用いた。測定は、ワイヤメッシュプレートを上部電極として用いα線源をその上に載せ、正・負イオンの空間分布を得た。図2から分かるようにイオン電流分布はドリフト電圧に応じて変化し、収集効率はドリフト電圧の増加に対して増加し、イオン電流分布が両側から中心まで徐々に飽和に達した。分布の両側のイオン電流はドリフト電圧の増加につれて減少する。この原因は周辺イオンのドリフト速度が減少するからではなく、初期生成位置におけるイオンのドリフト時間がドリフト電圧の増加につれて減少することで、イオン拡散幅が狭くなるためであると考えられる。

そこで、上記を数値計算により定量的に評価することとした。定常電圧の条件で、イオン対を発生する空間でイオン数密度分布は以下の式で表すことができる。

放射線入射による初期イオン対が生成しない空間におけるイオン数密度分布は以下の式で表すことができる。

これらの式でUは空間中のある点のイオン数密度、Dは拡散係数、mは空気中のイオンの移動度、Eは電極間の均一な電場、aは再結合係数、n0は単位体積と単位時間当たりのイオン発生量、fvは体積再結合収集効率, fiは初期再結合収集効率である。差分法により水平方向のイオン数空間分布とドリフト電圧・経過時間の関係を求めた。イオン数分布の形はドリフト電圧によって大きく変化し、両側は徐々に飽和に達する。イオン数分布におけるピーク幅は時間につれて広がり、0.39秒間にイオン数空間分布のピーク幅は48mmから64mmまで増加した。単位体積と単位時間当たりの初期再結合と体積再結合によるイオン損失は下の式で表される。ここで体積再結合収集効率fv、初期再結合収集効率fiとする。

ここでfiは下の式で与えられる。

aは再結合係数、pはガスの圧力、b0は初期柱状半径、qは初期粒子飛跡と電界との間の角度、mは空気中イオンの移動度、N0は粒子の飛跡に沿う非制限電離密度である。体積再結合収集効率fvは下の式で表すことができる。

dは二つ電極の間の距離、Uはドリフト電圧、m+とm-は正イオンと負イオンの空気中での移動度である。初期再結合収集効率と体積再結合収集効率はドリフト電圧の増加に伴い増加するため、イオン損失はドリフト電圧の増加に伴い減少する。一方初期電荷が生成される領域外では、このことはイオン電流がドリフト電圧につれて減少する原因である。fiは高い電圧印加時にはn0に依存せず、300V以上で90%に達する。fvはn0に関連し、n0が大きいほどfvは小さく、飽和収集に達する必要電圧も大きい。従って測定したイオン空間分布の結果は異なるn0の空間分布を示し、両側でn0が小さく、両側から中心まで徐々に増加する挙動を示すことが分かる。

以上をとりまとめるに、本研究では、位置敏感型気体検出器を用いて高感度放射能計測を実現することを目的として研究を進め、14C年代測定用反同時計数システムの開発では、検出器壁を反同時計数用検出器で埋めることで従来の約半分の低バックグラウンドが実現できた。また、α放射能測定のための電離放射線イオン流体移送に基づく高感度計測手法の確立に向けて、基礎的な検出系の挙動を明らかにするため、α線によるイオン空間分布測定用位置敏感型マイクロイオンチェンバーを開発した。正イオンと負イオンの空間分布を詳細に測定した結果、電場を印加した際のイオン分布の変化を初期イオンの生成・拡散モデルにより説明することができ、初期再結合収集効率と体積再結合収集効率がイオン流体移送計測の基本挙動において重要であることが示された。

図1 放射性炭素検出用ハイブリッド型ガス検出器

図2 印加電圧によるイオン分布の変化

審査要旨 要旨を表示する

いろいろと考案されている放射線検出器のうち、気体を使ったものは、ガイガー管として100年近く使われているという歴史からも分かるように、気体は固体や液体とは違いその放射線測定メカニズムもよく知られており、大変に利用し易いということで多様な目的に使用されてきている。このような気体を用いた放射線検出器を、より高感度な放射線計測に応用するため、2つの試みを行っている。1つはC-14年代測定用の検出器を常温用の板状の半導体検出器カドミウムテルライド(CdTe)で包んで逆同時計数(アンチコインシデンス法)によりバックグランドを減少させてみている。もう一つはウラニウムを含んだ放射性廃棄物のアルファ線計測を電離した気体を流動させながら計るという工夫をした測定方法を開発した。いずれも高感度に放射能を計ろうとする工夫で、従来余り見られないものである。本論文は、原理的には明確な放射線検出器を工夫により高感度な測定器にするプロセスを説明したものであり、5章から構成されている。

第1章は序論で高感度な放射線測定法の必要性のほか、その実現のためにまずバックグランドを下げることを示している。そのバックグランドの成分について、中性子、ミュオンのほか宇宙線により生ずる2次的粒子群のほか、岩石からの成分の挙動について説明し、15−5000mの地下実験室でのバックグランド放射線の測定例を示している。次に、バックグランド放射線を反同時計数により除くというアクティブな方法や、アルファ線測定などで生成したイオンを含むガスを輸送して高感度に測定するという新しい方法などを提案している。

第2章は、序論で示したバックグランド低減法をC-14年代測定用のガス検出器に適用したものである。そのため常温で使用できる板状のCdTe半導体検出器を気体検出器の壁材料として使用する方法を開発し、45mm×45mm×45mmの箱状検出器を作成した。使用した検出器ガスはアセチレン(C H )であり、この検出器の外周を2cm厚の無酸素銅や50cm厚の中性子遮蔽用パラフィン、その外部を25cm厚の鉄遮蔽体で囲んでいる。また、CdTe検出器は電子と正孔の移動度に差があるので、検出器内の電子・正孔の発生場所により信号波形が変化してしまうので、これをディジタル信号処理法により補正している。この状況でCdTe検出器による反同時計数による除去率は、外部からCo-60などガンマ線源を照射してみると80%だけ、キャンセルされていた。これは、内部のガス検出器を包んでいるCdTe検出器の幾何学的包含率と同じであった。

第3章は、前章で使用したディジタル信号処理法について詳述したものである。ここで信号波形のクラスタリング法により信号をまとめる方法と、波形パターンによるマッチング法による補正法を採用してみたが、後者の方が効率的であった。バックグランドは最終的に0.10±0.02cpmを切った。

第4章は、放射性廃棄物のための放射能モニタリング用の基礎研究にマイクロイオン化電離箱を使用したものである。この場合、放射性廃棄物中で生じた電離イオンを気体とともに輸送してガス検出器中に運ぶ方式によって、その電離イオンを測定しようという新しい方法によるものである。この輸送気体中で電離イオン自身がどのように移送されるのかについては、電場による移動、拡散効果、再結合などにより変わるが、それとともに初期の電離イオンの空間分布が寄与するであろう。この初期の電離イオン空間分布を今回開発したマイクロイオン化電離箱により測定し、その後の挙動はモンテカルロ法で解析した。その結果、電離イオンの移送後の検出器でのコレクション効果はバイアス電圧を800Vにすれば98%になるという形状が可能であることが分った。

第5章は、全体のサマリーで、C-14年代測定法、CdTe検出器のディジタル信号処理、放射性廃棄物の放射線モニタリング用の新しい気体輸送法の基礎実験取得に成功したとまとめている。

以上の通り、既存の放射線気体検出器を用いて、アンチコインシデンス法によるバックグランド除去や新しい気体輸送法を用いた高感度放射能測定法を開発しており放射線計測学上の寄与は大きいと認める。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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