学位論文要旨



No 120723
著者(漢字) シリティップラッサミー,プラシット
著者(英字)
著者(カナ) シリティップラッサミー,プラシット
標題(和) マルチグリッド型マイクロストリップガス比例計数管の研究
標題(洋) Study on Multi-grid-type Microstrip Gas Chambers
報告番号 120723
報告番号 甲20723
学位授与日 2005.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6143号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中沢,正治
 東京大学 教授 高橋,浩之
 東京大学 教授 上坂,充
 東京大学 教授 岡本,孝司
 東京大学 助教授 長谷川,秀一
 東京大学 助教授 石川,顕一
内容要旨 要旨を表示する

最近、大型放射光や大強度陽子線を用いた核破砕中性子源などの建設が各国で進められており、このような線源により得られる高強度ビームを用いた原子・分子の配列・構造・ふるまいに関する分析が盛んに行われている。特にこれまで研究用中性子源の強度はX線など他の線源に比較して極めて小さかったので、ビームラインにおいて108 n/cm2/s以上の中性子が取り出せる次世代核破砕中性子源の出現は画期的である。この中性子の能力を十分に引き出すためには、高計数率・高位置分解能をもった位置敏感型中性子検出器の登場が待たれるところである。表1に、大強度中性子源施設JSNSにおける中性子散乱実験用の代表的なスペクトロメータの性能と、そのスペクトロメータに要求される性能をまとめたものを示す。各スペクトロメータに共通して要求されるものは、10-6以上の高いγ線の抑制比、50%以上の高い検出効率、300kHz以上の高い計数率、などが必要である。また、位置分解能については、最高1mm程度までの位置分解能が要求されている。一方、現在広く用いられている円筒型のHe-3ガス比例計数管では、位置分解能は5mm程度、また、計数率特性にも厳しい制約があり、30kHz程度までしか利用できないなどの問題があり、一桁程度の性能改善が求められている。

マイクロストリップガス比例計数管(MicroStrip Gas Chamber: MSGC)は、微細加工技術を用いて製作された微細ストリップを用いた比例計数管であり、ガラス基板上に、数μm幅のアノードストリップと数100μm幅のカソードストリップを数100μmの間隔で交互に配置し、これらの間に高電圧を印加して、アノード近傍に集中した高電場を用いてガス増幅を行うものである。MSGCでは、高密度に電極を配置することで、アノード・カソード間に与えた高電場と相まって、電子なだれにより生成した陽イオンを速やかに取り除き高速動作を可能とする。このため、1900年代後半には、X線、電子線、イオンビームなど、さまざまな粒子線の入射位置を検出するためのデバイスとして期待され、世界各国で研究が行われた。しかし、MSGCには、アノードとカソードの間でガラス基板に沿ってストリーマ放電が生じるという致命的な問題がみつかった。このため、3次元微細加工技術を用いた、新しい検出器としてGEM(Gas Electron Multiplier)に代表されるマイクロパターンガス検出器の提案が相次いで行われた。一方、GEMは高圧ガス中で動作させた場合には極端にガス増幅度が落ちることが知られている。特にHe-3比例計数管などの中性子検出器では原子核反応を利用し、中性子を荷電粒子に変換して計測を行うため位置分解能を高く取るためには、荷電粒子の飛程を抑制する必要が生じ、高圧のストッピングガスが添加される。つまり、中性子検出において、高い位置分解能を必要とする用途にはGEMは適さない。本研究では、MSGCの電極構造、再度着目して、電極パターンを改良することを考え、アノードとカソードの中間に電荷収集には直接は関与しない第三、第四の電極(グリッド)を挿入して電場を安定化させたマルチグリッド型MSGC(M-MSGC)を対象として、新しい信号読み出し法の原理を探求し、高速、高位置分解能を可能とする新たな中性子位置検出器を開発することを目的におき、研究を行った。

まず、M-MSGCの基礎特性を主にX線照射により測定し、高いガス増幅度と良い均一性が得られることを示した。また、高強度のビームを照射した場合の長時間安定性も十分であった。M-MSGCでは、アノードとカソードの中間にもグリッド電極を挿入しているため、基板の上部における電場の変化を誘起電荷などを介して基板の下部から知ることは難しく2次元の検出器では配線場所が大幅に制約を受ける。そこで、2次元M-MSGCを可能とするために表面電極の役割から考え直す再検討を行った。表面電極が誘起電荷を遮るのは電極の存在自体が原因ではなく、その電極が接地または電源に接続されているからで、電極がフローティングの状態ならば誘起電荷はそのまま裏面に伝えられる。しかし、電極がフローティングであっても、連続したストリップ電極の場合、裏面には連続した誘起電荷が現れ、位置検出器としては利用できない。そこで、電極を無数の細かなフローティングパッドに分割し、ここに一時的に電荷をおく方法を考案した。これにより、裏面からの誘起電荷検出が可能である。本手法を用いた位置検出では上下基板から得られる信号に対して電荷分割法と組み合わせ、0.5mm幅にコリメートした中性子ビームを用いて、表面、裏面共に0.6mm FWHMの位置分解能を実現した(図2)。この位置分解能は、He-3比例計数管で得られた中性子検出器の位置分解能としては国内最高の値であり、世界でもブルックヘブン国立研究所で得られた0.4mm FWHMの値につぐ値である。

一方、誘起電荷を用いる欠点は、空間に等方に広がり伝達する方向を制御できないという点である。たとえば0.3mm厚のガラス基板を通して得られる誘起電荷は、半値幅で2.4mm程度広がってしまう。すなわち位置分解能1mm程度を達成しようとすると、重心演算など近傍のストリップを用いた信号処理が必要で、高速動作や位置分解能などの性能を追及する上で問題となると考えられる。そこで、本研究では、位置検出器における新たなアプローチとして、多層配線技術を用いて、パッドの電荷を直接読み出すGLG:Global Local Grouping 法を考案した。GLG法の原理は図3に示すようなものである。まず、アノードを挟む2つのカソード電極(黄色)を細かいパッド、粗いパッドに分割する。そして、細かいパッドは複数の電極を周期的に共通の読み出し線へ多層配線を用いて接続し読み出しを行う。また粗いパッドの方は、直接読み出し線に接続する。粗いパッドからは大局的な位置が、細かいパッドからは局所的な位置が求まる。また、アノード側についても同様の原理を適用することを考え、アノードストリップの中央に細いスリットを入れて2つの電極に分割した。これにより、個々のアノードから2つの信号線が得られ、同様にして大局的な位置情報と局所的な位置情報を得ることができる。本方法によれば、M本の局所的信号線とN本の大局的信号線を用いて、M×Nの異なる位置情報が得られる。このために必要な信号線はM+N本であるので、結局Figure of Meritとしては、M×N/(M+N)となる。

GLG法のテストのために256×256の位置をX、Yそれぞれ大局的位置と局所位置に展開し、16×16により表現し、その結果64本の読み出し線を用いて、655356のピクセルを扱うことができるようなプレートを試作した。本プレートのテストは高エネルギー加速器研究機構の放射光施設X線(BL14A)を用いて行い、局所位置、大局的位置ともに、良好に同定できることが分かった。一方、本手法では、大局的位置と局所的位置が必ずしも一対一対応しないので、境界部においてミスコーディングが生じる。この点を改善するためには、境界部のみ別扱いとし、余分な信号線を用いて読み出せばよい。また、多層配線において、上層と下層の間の静電容量を下げるには、パッドの下の配線が通る部分の金属を取り除き、櫛の歯状のパッドにすればよい。一方、このような2次元のMSGCを歩留まり良く製作することは、非常な困難が伴うので、よりシンプルな構造で、大きな面積をカバーするために更に研究を進めた。ここでは1次元の長尺検出器を並べて配置することを考え、この検出器をMSTubeと名づけた。MSTubeにおいてもGLGの考え方をカソード部分に持ち込むものとした。図4のカソードは2つの導電体に細かく分割されており幾何学的な電荷分割法が適用される。従来バックギャモン型などのカソード電極を試作した例はあったが、信号収集時間の差や信号生成位置による電荷収率変化の直線性に問題があった。そこで、MSTubeでは収集電極に斜め部分は設けないよう配慮した。有感領域64cm長のプレートを試作し、本プレートについて基礎的な試験として、X線を用いてガス増幅度やプレート全体にわたる位置分解能の評価などを行った(図5参照)、その結果、ガス増幅度としては、6000以上の値が得られ、3.7mmFWHMの位置分解能が得られた。以上をまとめるに、本研究では、中性子散乱実験への適用を主眼として、マルチグリッド型MSGCを開発し、その基本特性を明らかにし、電荷分割法との組み合わせで中性子線に対して0.6mmFWHMの位置分解能を得るなど、十分な性能を有することを実証した。また、これと同時に、更に高い性能を有する新たな信号読み出し手法の探求を行い、信号電荷をわざと2つの部分に分けて計測するGLG法を考案し、この基本的な特性を求めた結果、特に大面積検出器において極めて高い性能が実現できる可能性を示した。

表 1次世代核破砕中性子源における中性子スペクトロメータの要求仕様

図1フローティングパッドを用いたMSGCの信号読み出し手法

図2フローティングパッド法により裏面から得られた信号による位置分解能

図3GLG法の原理図

図4GLG法を用いたMSTubeの電極構造

図5MSTubeの位置検出特性

審査要旨 要旨を表示する

21世紀に入って、特にライフサイエンス分野の蛋白質構造同定分野が極めて大きな展開を見せており、放射光や、本命と言える中性子ビームを用いた回折散乱法の伸びが著しい。この分野は構造生物学と呼ばれており、物質の構造を解明することにより、その機能が明らかになるという原理に基づくものであり、構造の理解という学術上の知識を越えて例えば薬学分野という実用的な研究に結びつき始めているところであり、今後の展開は計り知れないものがあると言われている。

一方、放射線ラジオロジーとしてマクロな構造学や、見えないものを見る分野もX線写真学、中性子ラジオグラフィー学として展開しているが、問題はそれらの検出器の開発であった。シンクロトロン放射光やスポレーション中性子により、線源は大変強力で強いものが開発されているが、それらの線源の強さを活かすような適切な放射線検出器がない事が、この分野では最大の問題であった。それに対する解答の1つが今回のMSGC(マイクロストリップガス検出器)の開発であり、本論文ではその研究について7章構成で詳述されている。

第1章は序論であり、本研究のモチベーションが物質の構造学であり古くは望遠鏡による星の観測から始まっており、顕微鏡の時代をすぎて現代はX線学から中性子による構造決定学の時代になっており、日本でもJ-PARCというスポレーション中性子源が1〜2年以内に完成予定であるとされている。このような放射線源に対応した各検出器の性能がレビューされており、イメージング用検出器としては従来の写真乾板を置き換えるべく、10年前程から実用化されたイメージングプレート (IP)などの積算型測定器のほか、パルス信号計数型としてマルチワイヤ比例計数管(MWPC)や本論文のマイクロストリップガス検出器(MSGC)、その他としてはスモール又はマイクロギャップカウンタ(SGC,MGC)、ガス型電子増倍管(GEM)やマイクロ型ピクセルチャンバー(μ-PIC)などがリストアップされそれぞれの性能がコストを含めて検討されている。

第2章は上述したJ-PARCという日本における強力中性子源の解説であり、装置の概要、性能のほか、使用目的に応じて設置される10本の各ビームポートの紹介を逐一行っており、各ビームポートに要求される中性子測定器の性能を細かく検討している。そして、各検討項目中に可能な検出器の項目例があり、上述のMWPC、MSGC、比例計数管などが記載されており、その検討は極めて詳細であると言えよう。

第3章は、本論文で最も有望な検出器として選んだMSGCについてであり、まずその概要の説明をした後、電極間で放電し易いので電極間にいくつかのグリッド電極を入れた方式(マルチグリッド型、M-MSGCとも言う)を開発し、その特性について実験的に求めて検討している。M-MSGCのフォトリソグラフィー技術による製作法から始めて計数率、空間分解能、方向依存性、ガス増幅率、検出効率とエネルギー分解能など基本的な性能を実測している。また ガスを入れて中性子に感度を持たせ、原研の3号炉(JRR-3)での検出器特性も取得、検討している。

第4章は、この検出器を用いて中性子の入射位置を知るための方法について記述している。この入射放射線の位置決定の際には、電極面の裏面からも信号を取り出すことが必要になるが、その裏面電極への誘導電荷が少ないので、これを大きくするために表面に電源に無接続の電極(Padという)を置いて誘導電荷信号を大きくする工夫をしている。又、表面電荷の入射位置決めには、MWPCで既に実用化されている電荷分割方式を採用した。これにより入射放射線の位置決めが2次元で可能となりこの信号読み出し部分を実現した。また、このとき信号の位置決め分解能は0.61mmであった。

第5章は、2次元MSGCの放射線入射位置の読み取り法について、G-LG法という方法を新しく導入した例について示している。G-LG法とは信号電荷を2つに分割し、Globalな位置情報とLocalな位置情報を組み合わせて読み取るという計算尺と同じ方法であり、これを各Padに対応させて読み取る方法である、そしてこの方法を実際に検出器として作成し位置分解能600μmが得られるなど所定の結果を得ている。

第6章はMS(マイクロストリップ)管の開発として電極形状を2次元MSGCから1次元MSGCとして使ったもので、ここにもPadやG-LGなどの原理が使用されている。又、第2章でまとめた多くのビーム孔の仕様にこの検出器が性能的に満足すると言っている。

第7章は、以上の成果をまとめたもので、M-MSGCがすべての要求仕様を満たすことを説明するとともに今後の課題として改良策をまとめている。

このように、M-MSGCを用いてJ-PARCで必要とされる仕様をすべて満たした位置敏感型中性子検出器を作成し、実現の可能性を示したことは放射線計測上、特に量子ビームの応用上極めて意義深いと言える。

よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク