学位論文要旨



No 120724
著者(漢字) 青木,剛
著者(英字)
著者(カナ) アオキ,ツヨシ
標題(和) ゾルゲル法を用いた強誘電体(Pb,La)(Zr,Ti)O3二次元フォトニック結晶の作製に関する研究
標題(洋)
報告番号 120724
報告番号 甲20724
学位授与日 2005.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6144号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山口,周
 東京大学 教授 吉田,豊信
 東京大学 教授 和田,一実
 東京大学 助教授 山本,剛久
 九州大学 教授 桑原,誠
内容要旨 要旨を表示する

近年、インターネットの爆発的な普及により通信トラフィックは増大の一途をたどっている。波長分割多重(Wavelength Division Multiplexing: WDM)技術等によりネットワークの信号波長数を増大させた結果、光アドドロップ多重化装置(Optical Add Drop Multiplexing: OADM)や光クロスコネクト(Optical Cross Connect: OXC)等の通信装置のチャネル数は爆発的に増加しつつある。将来的にはそれらの通信デバイスのチャネル数増加に対応した高集積化、小型化、高い波長選択性および高速信号処理技術が求められる。

通信装置を小型化する要素技術の一つとして、フォトニック結晶が注目されている。フォトニック結晶とは複数の誘電体からなる周期構造である。フォトニック結晶では、半導体での電子のエネルギーバンド構造同様、光に対してフォトニックバンド構造とよばれる変調された周波数バンドが形成される。フォトニックバンド構造の形成により、ある周波数帯域でフォトニックバンドギャップ(Photonic Band Gap: PBG)と呼ばれる光の禁制帯やスーパープリズムと呼ばれる群速度異常による大きな光偏向が観測されており、それらを利用した従来にない超小型の光デバイスが提案されている。

一般的なフォトニック結晶内部のフォトニックバンド構造は、そのパラメータである周期構造および屈折率により一意的に決定される。このため、ある周波数を持つ入射光に対して受動的に機能する。しかしながら、最近、フォトニックバンド構造を決定するパラメータを外部場により動的に制御しようとする試みがなされている。これらはチューナブルフォトニック結晶と呼ばれており、動的制御を行うデバイス、例えば波長可変光フィルタ、導波路型OADMやOXC、および光変調器等の小型化への応用が考えられている。

超小型の通信デバイスを実現するためには、通信用光信号を高速で制御できる材料が求められる。本研究では、特にフォトニック結晶の材料として、強誘電体であるチタン酸ジルコン酸ランタン鉛((Pb,La)(Zr,Ti)O3: PLZT)に着目した。PLZTは大きな電気光学効果および高い透光性を持ち、強誘電体のドメインスイッチングを利用した高速の屈折率制御が可能であるためである。また、フォトニック結晶の構造として二次元型を選択した。二次元フォトニック結晶は従来の電気・光デバイスで主流の平面実装と整合性があり、上下部からの電界制御ではその制御電圧の低減が可能なためである。最近、強誘電体PLZTフォトニック結晶の屈折率の1 %の変化で、スーパープリズムによる光偏向を制御可能であるという理論予測が他のグループにより報告されている。PLZT強誘電体二次元フォトニック結晶を作製し、バンドチューニングを確認したという報告は現在まで無い。

多元素の酸化物であるPLZT厚膜形成後の通常のドライエッチングでは微細パターニングは難しい。そこで本研究では、電子線鋳型を用いたゾルゲル法における乾燥ゲル段階でのパターニング後、焼成による結晶化を行うプロセスの開発に取り組んだ。このときPLZTの単結晶基板上でのエピタキシャル成長を試みた。エピタキシャル成長させたPLZT膜は光学等方性や耐電圧性に優れているためである。ゾルゲル法によるエピタキシャル成長のメカニズムはまだ良くわかっておらず、フォトニック結晶のような微細パターンをもつ強誘電体を作製し、結晶性を調査した報告も無い。

本研究の目的は(1)強誘電体PLZTからなる二次元フォトニック結晶を設計、作製および評価し、強誘電体二次元チューナブルフォトニック結晶デバイスの実現可能性を調査すること、(2)作製した微細PLZTパターンの結晶成長様式から、ゾルゲル法によるエピタキシャル成長過程を明らかにすることの二つを主目的とした。

二次元フォトニック結晶の構造として、ロッド型およびエアホール型が一般的である。PLZTの屈折率を仮定し、シミュレーションツールを用いた平面波展開法により、ロッド型、エアホール型とした場合のフォトニックバンド構造の計算を行った。その結果、光信号をPBGで制御するためにはPLZTをサブミクロンスケールで基板上にパターニングする必要があることがわかった。また、電圧印加時のブレークダウン回避のため、フォトニック結晶の空気部に樹脂充填を行った場合のシミュレーションを行った結果、PBGが形成されることがわかった。(001)面にエピタキシャル成長させたPLZTを樹脂充填した場合のフォトニック結晶を仮定し、例えば1%の屈折率変化を発生させる場合のPBGのチューニング幅は10 nm以下程度であることがわかった。

次に強誘電体を微細加工するプロセスを開発した。PLZT前駆体溶液をスピンコーティングにより電子線レジスト鋳型内部に充填し、乾燥させた。鋳型上部に形成された乾燥ゲル膜を除去する必要がある。除去方法として、ECRドライエッチングおよびバフ研磨に取り組み、完全に除去可能なバフ研磨を採用した。微細パターン化により、通常の膜の場合と同様の焼成では、表面からの鉛成分揮発が顕著になり十分結晶化しないことがわかった。鉛揮発等の問題を克服するため、急速昇温、短時間焼成、および鉛前駆体によりパターン表面を被覆し、微細パターンPLZTの結晶化促進する焼成プロセスを開発した。この過程で、ゾルゲル法におけるエピタキシャル薄膜での結晶成長機構では説明できない高アスペクトパターン内部での核生成および多結晶配向によるエピタキシャル成長モデルを立案した。

次に開発したプロセスを用いて基板上に柱構造および空孔を三角格子状に周期配列させたロッド型、エアホール型PLZT二次元フォトニック結晶を作製した。ロッド型の周期は600-800 nm、直径は約200 nm、高さは約1 mmである。エアホール型の周期は400-450 nm、直径は約270-330 nm、厚さは約200 nmである。圧電特性評価によりその強誘電性を確認し、分光反射測定により異なる波長帯域、偏光状態で異なる帯域出現しているピークを観測した。これらのピークは計算から予測される帯域に出現しており、PBGに起因していると考えられる

また、完全にエピタキシャル成長させたロッド型強誘電体PLZT二次元フォトニック結晶を作製した。周期は450 nm、直径は約160 nm、高さは500 nmである。ロッド間に透明樹脂を充填後、上部電極を形成し、電界によるフォトニックバンド構造のチューニングに取り組んだ。その結果、反射スペクトル中のPBGに起因するピークのシフトを観測した。30 Vの電圧印加によりTM偏光に対して約3 nmのPBG中間ギャップ位置のシフト量が観測された。TE偏光に対しては約1 nm程度シフトすることがわかった。TM偏光に対し、TE偏光に対しこのシフト量はPLZTの電気光学効果を仮定したシミュレーション結果と近く、電界による強誘電体の二次元フォトニック結晶のチューニングを初めて観測できたと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

近年、ユビキタス社会の実現に向けた情報通信装置のさらなる小型高集積化および高信頼高速処理技術の開発が強く望まれており、これらの技術開発に重要な役割を果たすデバイスの一つとしてフォトニック結晶(PC)が注目されている。PCは、異なる誘電率(屈折率)を持つ誘電体から成る周期構造体であり、結晶中に光子に対するエネルギーバンド(フォトニックバンド)が形成される。そのフォトニックバンド構造中にギャップ(PBG)を持つ結晶は、そのPBGに起因する高曲率導波現象、零閾値レーザー発振、あるいはスーパープリズム現象などの特異な光学現象を示すことが知られている。最近、超小型光回路システムの構築を目的として、このような光学特性に外部場によるチューナブル機能を付与したPCの開発研究が活発に行われている。本論文は、材質として大きな電気光学効果と高い透光性を持つチタン酸ジルコン酸ランタン鉛((Pb.La)(Zr,Ti)O3: PLZT)を用い、電界制御型二次元チューナブルPCの開発に関する基礎研究を纏めたものであり、全6章よりなる。

第1章は序論である。将来の情報通信装置のキーデバイスとして期待されるPCの果たす機能と役割、さらに高度な機能を有するチューナブルPCの作製のための強誘電体の微細加工技術の現状に触れ、本研究の目的について述べている。

第2章では、ロッド型およびエアホール型二次元PCのフォトニックバンド構造の計算を行い、媒質としてPLZT強誘電体を用いた場合、その電気光学効果によるチューナブル特性の賦与の可能性について論じている。フォトニックバンド構造の計算は、自由使用が許可されているMITフォトニックバンドパッケージを用い、媒質(PLZT)の誘電率(屈折率の2乗)と三角格子状に配列されたロッド(エアホール)の半径rとその周期aの比(r/a)、さらに偏光様式(TEおよびTM)と結晶格子内における光の進行方向(G-M, G-K方向)を指定して行い、得られた結果からバンドギャップアトラス(PBGの発生帯域を光の規格化周波数を縦軸、r/aを横軸にして表示したグラフ)を作成している。このバンドギャップアトラスから、70 MV/mの電界印加によるチューナブル幅の見積を行い、チューナブル特性を賦与したPLZT二次元PCの作製が可能であることを明らかにしている。

第3章は、第2章で行ったロッド型およびエアホール型二次元PCの構造設計を基に、ゾルゲル法および電子線(EB)レジスト鋳型を用いた微細エピタキシャルPLZT周期構造の作製に関して、自ら開発したプロセスについて報告している。具体的には、導電性Nb添加SrTiO3単結晶(Nb:STO)基板上に、電子線描画装置を用いてr/a比を系統的に変化させた厚さ1 mmのレジスト鋳型を形成し、これらのレジスト鋳型にPbを10 mol%過剰添加した市販のPLZT(組成:Pb/La/Zr/Ti=110/9/65/35)溶液をスピンコート法によりキャスティングし、乾燥後、鋳型上に形成されたゲル層の除去、レジスト鋳型の溶解除去後、所定の条件で焼成することにより目的とするPLZT周期構造の作製を行っている。このプロセスでは鋳型上部ゲル層の除去と乾燥ゲルの焼成が決定的に重要な部分であり、著者自らが開発した手法・技術により目的とする微細周期構造の作製に成功している。即ち、前者では、通常行われるドライエッチング法は不適であり、特定の研磨剤と分散液を用いた機械的研磨法が適していることを、また、後者については、3種類の焼成プロセスを試み、Nb:STO基板上にPLZTロッドおよびエアホール膜をエピタキシャル成長させることが可能な焼成条件を見出している。著者は、X線回折および透過型電子顕微鏡(TEM)を用いた詳細な解析により、従来報告例のないゾルゲル法の一段焼成によるPLZTロッドのエピタキシャル成長に成功したことを明らかにしている。著者はまた、PLZTロッドゲルの直径が特定の値(この実験では1 mm)をとるときエピタキシャル成長の程度が最大となる現象を見出し、その現象をPLZTと基板の熱膨張係数差によるロッドの剥離およびPbの揮発による組成変化の観点から説明している。

第4章では、Nb:STO基板上にPLZTロッド型およびPtコートMgO (Pt/MgO)単結晶基板上にエアホール型PCを作製し、これらのPCの電気的および光学的特性の測定結果について述べている。ロッド型PCは、高さ900 nmで半径(r nm)と周期(a nm)がそれぞれ(r=120, a=600), (r=100, a=700), (r=100, a=800)の3種類のものを、エアホール型については、厚さ200 nmのPLZT膜中に(r=270 nm, a=400 nm)および(r=330 nm, a=450 nm)のエアホールが形成された2種類のものを作製し、それらの結晶の波長400-1100 nmにおける光学反射スペクトルを測定している。その結果、いずれのPCにおいても計算によって求められた周波数帯に反射ピークが観測され、作製したPCが明確なPBGを持つことを明らかにしている。また、PLZTロッドとエアホール薄膜に対して走査マイクロプローブ(SPM)による圧電ヒステリシス特性の測定を行い、いずれのPCも明確なバタフライカーブを示し、強誘電性を持つことを明らかにしている。

第5章は、Nb:STO基板上に作製したPLZTロッド型PC(r=80 nm, a=450 nm,高さ=500 nm)のロッド間に透明樹脂を充填し、その上部に透明ITO電極を形成したPCのチューナブル特性を評価した結果について述べている。作製した樹脂充填PCはG-M方向のTM偏光に対し、PBGに起因する反射ピークを示し、その中間位置は30 Vの電圧印加により約3 nm短波長側にシフトしているのが確認された。この実験結果から、チューナブルPBG特性を賦与したPLZTフォトニック結晶の作製が可能であることを実証している。

第6章は、本論文の総括である。

以上のように、本論文は、ゾルゲル法による強誘電体PLZT二次元チューナブルフォトニック結晶の新規作製法を提案しており、無機機能材料の微細パターニングと強誘電体フォトニック結晶の作製に関する材料工学の進展に寄与するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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