学位論文要旨



No 120727
著者(漢字) 原,暁非
著者(英字)
著者(カナ) ゲン,ギョウヒ
標題(和) 荷電性ブロックコポリマーからの安定化タンパク質キャリアシステムの形成及びその機能性材料としての応用
標題(洋) Preparation of Stable Protein Carrier Systems with Oppositely Charged Block Copolymers and Their Utilities as Functional Materials
報告番号 120727
報告番号 甲20727
学位授与日 2005.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6147号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 片岡,一則
 東京大学 教授 片岡,一彦
 東京大学 助教授 吉田,亮
 東京大学 講師 高井,まどか
 東京大学 講師 山崎,裕一
内容要旨 要旨を表示する

酵素は、高い反応選択性及び高い触媒活性を持つ特別なタンパク質として、現在、食品加工、医薬製品、廃棄物処理など多義にわたる分野で応用が成されているが、周囲環境の変化に極めて敏感であり、失活し易いことがその利用を制限することが問題点となっている。この問題を解決するため、酵素内包ポリイオンコンプレックス(PIC)ミセルが挙げられる。PICミセルはコアーシェル構造を有するため、内包した酵素が外界から保護され、周囲環境による構造や機能の変化を克服することが可能である。実際、これまでの研究結果により、酵素内包PICミセルが酵素反応のオンーオフ制御、ならびに、酵素反応場として、高い機能性を有することが確認されている。しかし、このような酵素内包PICミセルは、表面電荷が不均一に分布するという酵素自身の特徴のため、コア凝集力(静電力)が非常に弱まるという欠点があり、生理的塩濃度(0.15M)においてもミセルが不安定化になってしまうことが問題となっている。

本研究では、このような酵素内包PICミセルの安定性を改善することを目指し、二つの方法を試した。一つ目は、反対電荷性を有するポリエチレングリコール-ポリアスパラギン酸ブロック共重合体(PEG-P(Asp))のアスパラギン酸末端に、様々な芳香族疎水基を導入した。そして、モデル酵素としての鶏卵白リゾチーム(Lysozyme)とそれぞれPICミセルを形成し、ミセル構造の安定化に及ぼす疎水基の導入効果に関して、物理化学的に評価した。二つ目は、lysozyme/PEG-P(Asp) PICミセルのコア部分をグルタルアルデヒド(Glutaraldehyde)により架橋した。このコア架橋操作が、ミセルの安定性及び内包したリゾチームの酵素活性への影響を具体的に討論した。本論文は、主にこの二つの研究結果の纏めである。

第一章では、本研究の背景を記述した。その内、タンパク質の特徴や、タンパク質キャリアの種類や、特に、安定化したタンパク質キャリアの重要性及び機能性を明記した。

第二章では、一つ目方法の場合得た研究結果、すなわち、酵素内包PICミセルの安定性に及ぼす疎水基の導入効果を詳しく紹介した。各ミセルの臨界会合濃度を比べ、疎水基を導入したPICミセルは、水溶液中における希釈安定性が明らかに向上したことを確認した。特に、1-pyrenylacetyl基[Py]を導入したPICミセルは、疎水基を導入していないlysozyme/PEG-P(Asp) PICミセルよりその安定性がおよそ10倍増加した。また、塩濃度或はイオン強度の増加に対する安定性でも、0.1Mの塩濃度まで解離せず、水溶液中でこのミセルが安定に分散されることを判明した。従って、強いコア凝集力を付与させれば、ミセルの安定性が高まることは可能である。しかし、生理的イオン強度0.15Mにおける安定化したミセルの調製を達成していなかった。安定化したリゾチーム内包PICミセルに対して、一層強いコア凝集力が必要と考えられる。

第三章では、二つ目方法:塩濃度の影響を受けない化学架橋により、PICミセルのコアーシェル構造を維持することを試した。架橋剤は、タンパク質の固定によく使われるグルタルアルデヒドの水溶液であり、ミセル水溶液に添加されると、速やかにミセルのコア部分に浸透し、リゾチーム表面に存在するリシン残基、及びPEG-P(Asp)末端のアミノ基と両方とも反応し、ミセルの構造を維持することができる。実際の結果は、ミセルの希釈安定性、塩、有機溶媒及びpHに対する安定性が、明らかに向上した。一方、円二色性偏光測定、UV吸収と蛍光スペクトルにより、架橋後、リゾチームのトリプトファン残基(Trp)の周囲環境が変化したことを確認した。これらの現象は、グルタルアルデヒドにより架橋した蛋白質に関する先行研究の実験結果と完全に一致し、グルタルアルデヒドの架橋反応中に、ピリジニウム(Pyridinium)と類似する環状構造が形成された可能性を示唆した。

第四章では、実用性を注目し、コア架橋ミセルに内包されたリゾチームの酵素活性を評価した。コア架橋ミセルは、架橋度の増加に伴い最大酵素反応速度が落とした。これは、ピリジニウム構造がリゾチームのTrp62残基の近傍、すなわち基質とリゾチームの結合部位に存在し、基質とリゾチームの結合に立体障害を及ぼす可能性であった。しかし、NaBH4の還元によりこの最大酵素反応速度の回復(増大)を認め、ピリジニウム構造を別の構造へ変化させると、基質とリゾチームの結合への立体障害が無くなったと考えられる。また、低い基質濃度において、コア架橋ミセルの見かけ酵素反応速度がフリーリゾチームよりおよそ3倍程度に高くなった。かつ、架橋度が大きくなればなるほど、その見かけ酵素反応速度が増大した。

第五章では、以上の研究成果に基づき、新しい研究を展開した。ポリエチレングリコール-ポリリジンブロック共重合体(PEG-P(Lys))とポリリンゴ酸ポリマー(PMA)から形成されたPICミセルに対し、グルタルアルデヒドによるコアの架橋を行った。その後、PMAの加水分解し易い特性を利用し、ミセルからPMAを完全に取り除き、架橋したPEG-P(Lys)だけミセルの形で残った。このように得たミセルの特徴としては、コア部分に高い荷電密度を有することであるが、この高い静電反発力を見事に化学架橋及び塩の静電遮蔽効果により抑え、ミセルが安定化された。従って、このミセルは、色んな反対電荷性を有するものと安定的な凝集体、特に他の方法で簡単に作れない凝集体に成れると考えられる。

以上のように、本論文では、コア架橋により酵素内包PICミセルを安定化させることを実証した。別のタンパク質或は架橋剤を使用すれば、このようなコア架橋酵素内包PICミセルは、新たな蛋白質キャリアやナノリアクトルとしての応用が期待される。更に、安定化機能性構造体を構築しており、今後、様々な分野で新たな用途をもたらすことに注目を集めると予想できる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、生体物質である蛋白質と分子構造を精密に制御した合成高分子であるブロック共重合体によって高分子集合体を形成させることにより蛋白質の構造安定性と機能とを向上させる手法を確立すると共に、分光学的方法論による詳細な構造機能相関解析に基づき、従来の高分子ミセルにみられない新規機能性材料としての高分子集合体設計指針を提案するものである。以下、章ごとにその内容を概観し、本論文の審査結果を述べる。

第1章では蛋白質の構造機能相関について述べ、様々な産業分野からの蛋白質構造安定性向上の要請と現状について概観した。特に本論文で蛋白質の高機能化材料として、蛋白質と高分子集合体との複合化に着目する背景について、応用分野での用途を考慮しつつ従来法との比較・検討を行い、本論文で提案するブロック共重合体による高分子ミセル法の優位性を位置付けている。

第2章では、ω末端に疎水性官能基として種々の芳香族化合物を導入したポリエチレングリコール(PEG)-ポリ(α,β-アスパラギン酸)を新規に合成すると共に、このブロック共重合体とモデル蛋白質であるリゾチームとの間に働く静電相互作用を形成駆動力とするリゾチーム内包高分子ミセルを調製し、光散乱や可視紫外吸収分光及び蛍光分光法などを用いて物理化学的特性解析を行った。その結果、いずれのブロック共重合体も蛋白質を内核に内包する粒径50-90nmの高分子ミセルを形成し、この構造体が水溶液中での希釈安定性に優れていること、塩濃度の増大に対しては一定の安定性は得られたものの生理塩濃度条件下では静電相互作用の遮蔽が大きく十分な安定性が得られないことを確認した。

第3章では、生理塩濃度条件下での蛋白質内包高分子ミセルの構造安定性を増大させるため、内核となるリゾチームとブロック共重合体のω末端のアミノ基との間にグルタールアルデヒドによる架橋の導入を試みた。その影響を検討する上で、末端にアセチル基を導入することで架橋形成に関与し得ないブロック共重合体を新たに合成し、両者の比較により架橋の効果を評価した。内包蛋白質と高分子ミセルの構造安定性については、上述の測定法以外に円二色性偏光分光法も加え詳細に検討している。その結果、架橋剤は蛋白質構造や高分子ミセルの粒径に影響を与えず、酸性及び塩基性条件下、有機溶剤混在下の広範な溶液環境においても十分な安定性を与えることが確認され、産業応用上の実用性があることも証明された。また架橋剤とブロック共重合体、内包蛋白質との相互作用についても分光学的な詳細な検討を行い、学術的にも興味深いピリジニウム構造の形成と寄与についても指摘している。

第4章では、上述の設計指針により構築された蛋白質内包高分子ミセルの機能評価として内包蛋白質の機能に着目し、酵素反応速度論的解析により酵素活性を評価した。この評価では、純粋なリゾチーム、非架橋高分子ミセルに内包されたリゾチーム、架橋高分子ミセルに内包されたリゾチームの3種に対し、Lineweaver-Burkプロット解析により比較した。この結果、非架橋高分子ミセルに内包されたリゾチームの最大酵素反応速度が純粋なリゾチームより10%程度大きな値となったが、これは高分子ミセルが単に蛋白質を安定に内包するのみならず、反応速度を制御し得るナノリアクターとして機能することを意味する。また架橋導入系での最大酵素反応速度は純粋なリゾチームや非架橋高分子ミセル系と比較すると架橋導入率に比例して低下するが、これは架橋剤がリゾチームの活性中心に位置する62番目のアミノ酸残基であるトリプトファンと相互作用するためと結論している。さらに見かけの反応速度は、基質が高濃度で存在する場合には架橋導入により30%程度の減少が認められたものの、基質が低濃度になると見かけの反応速度は2倍程度に増大したことから、高分子ミセルには低濃度の基質存在下で基質濃縮効果による酵素活性増大機能があると結論した。これらの発見は従来の高分子ミセルにない新たな機能を見いだした成果として重要である。

第5章では架橋高分子ミセルのさらなる機能化を図り、PEG-ポリ(リシン)ブロック共重合体とポリリンゴ酸との静電相互作用により高分子ミセルを調製しグルタールアルデヒドによる架橋を導入した後、ポリリンゴ酸を加水分解により取り除き、内核に高密度に正電荷が導入された超分子構造体を調製した。この構造体は、負電荷を有する種々の化学種を静電相互作用により内核に取り込み安定な運搬を可能にする、従来にない全く新しいキャリア材料として、第4章までの結果に基づいて提案されている。

第6章では総括として本論文を、ブロック共重合体-蛋白質による高分子集合体の構造解析を中心とする特性解析の基礎を詳述すると共に、ナノリアクターとしての高分子ミセルの新機能を見いだした研究と位置付けている。またこれらの基本設計指針に基づき、第5章で述べられている通り、新規キャリア材料の設計が可能であることを提案している。

第7章は光散乱実験法の基礎を補追し、第8章では発表論文一覧である。

上記の通り、本論文はブロック共重合体の精密重合を基盤とし、合成高分子と蛋白質との集合体形成により蛋白質内包高分子ミセルを調製するとともに、詳細な物理化学的特性解析を通じて構造機能相関を確立した。またこれら特性解析に基づき、新規の高分子集合体の設計指針を提案している。これらの業績は国際的に権威ある学術雑誌に3報の原著論文として報告され、学術的にも当該分野の進展に寄与するだけでなく、蛋白質の安定性向上、機能性付与の面で産業応用面でも重要な材料設計指針を与えている。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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