学位論文要旨



No 120728
著者(漢字) 齋藤,智浩
著者(英字)
著者(カナ) サイトウ,トモヒロ
標題(和) セラミックスにおける微小格子ひずみ計測と格子欠陥
標題(洋)
報告番号 120728
報告番号 甲20728
学位授与日 2005.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6148号
研究科 工学系研究科
専攻 材料学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 幾原,雄一
 東京大学 教授 香川,豊
 東京大学 教授 小関,敏彦
 東京大学 助教授 榎,学
 東京大学 助教授 山本,剛久
内容要旨 要旨を表示する

セラミックスでは,粒界や表面といった特異点の持つ微細構造がマクロな材料特性に大きく影響する.例えば粒界への不純物元素の微量偏析が,クリープ特性に大きな影響を与えることが知られている.また,機械加工による表面状態が,曲げ強度に影響を与えることも知られている.これまで粒界や表面に関する研究が盛んに行われ,様々な現象が明らかにされてきているが,それらの影響すべてが解明されたわけではない.粒界や表面が様々な特性に与える影響を明らかにするには,地道なデータの蓄積による評価・解析が必要である.データの蓄積には対象となる材料を系統的に観察・解析することが重要となるが,そのためには,シンプルなモデル材を用いた実験が効果的である.本研究では,サファイア双結晶粒界モデルやサファイア/YSZ異相界面モデルを用いて,界面構造解析と界面近傍の格子ひずみを詳細に計測することによって,これらの関係を明らかにすることを目的とした.さらに,サファイア表面を種々の条件で研磨した際に内部に導入される欠陥と格子ひずみの関係を解析し,サファイア結晶異方性の影響や研磨条件による損傷状態を明らかにしたうえで,研磨による材料除去メカニズムの解明を目的とした.本論文はこれらの詳細を記述した以下の章によって構成されている.

第1章では,本研究で対象としたサファイアの結晶構造,粒界の幾何学的分類や対応粒界の幾何学的特徴,研削・研磨加工についての概要を,また,本研究の主な実験方法である透過型電子顕微鏡法,収束電子線回折法の概要についての説明も記した.

第2章では,サファイア双結晶を用いた4種類の対称傾角粒界の粒界原子構造解析と粒界ひずみの測定を行った結果について述べている.観察対象とした対称傾角粒界は,[0001]軸を共通回転軸とした2θ=2.0°の小傾角粒界,2θ=21.8°のS21粒界,2θ=38.2°のS7粒界,および[ ]軸を共通回転軸とし,R面を接合面としたRS7粒界の4種類である.いずれの双結晶も粒界に非晶質相や第二相は存在せず,原子レベルで直接接合していた.小傾角粒界は,粒界面に部分転位(バーガースベクトル:1/3[1010],1/3[0110])が周期的に配列した構造となっていた.また格子ひずみは粒界近傍30nmの範囲に局在し,その領域以外では計測できなかった.一方,[0001]軸回転のS粒界2種は,粒界にAlカラムの5員環を主とする構造ユニットを形成することにより安定な粒界を構成していた.この構造ユニットは,粒界方向への並進により非対称な形状となっていた.粒界近傍の格子ひずみも非対称な分布を示したのは,これに起因するものと推察された.また,この格子ひずみの影響範囲はおよそ100nmに達していた.粒界近傍に生じた格子ひずみは,S21粒界とS7粒界で圧縮と引張りと逆の挙動を示したが,これは構造ユニットの原子密度に起因しているものと推察された.さらに,R面を接合面とするRS7粒界は,非常に整合性の高い粒界を形成しており,鏡面対称の構造ユニットで構成されていた.この粒界はその高い対称性に起因して,粒界の格子ひずみも非常に小さく,対称なひずみ分布となっていた.これら一連の結果より,粒界の結晶方位関係によって,粒界原子構造とこれに起因する粒界格子ひずみ分布が大きく変化することが明らかとなった.

第3章では,異相界面の構造解析に供するサファイア/YSZバイクリスタルを作製し,この界面の微細構造と格子ひずみを観察・解析した結果について記した.両結晶の方位関係は(0110)Al2O3//(010)YSZ,[0001]Al2O3//[001]YSZと設定した.バイクリスタルの接合は比較的低温で行ったが,熱膨張係数差によりYSZ側に無数のき裂が発生した.そのため観察は,その界面の良好に接合されている領域で行った.バイクリスタルの界面は,非晶質相や第二相,反応相のない接合面となっていた.この系は非常に格子ミスフィットが大きく,サファイアの[0110]方向において10.9%,[2110]方向においても3.4%と大きな値を示す.高分解能観察像から,界面に構造ユニットなどは観察されず,結晶同士が直接接合していると推察された.また,界面にはミスフィット転位や界面転位に起因する周期的なコントラストが観察されないことから,この界面は非整合界面と推定された.この界面の原子構造を解析するため,粒界原子モデルのイメージシミュレーションによる解析を行った.その結果,YSZ側の酸素レイヤーとサファイア側のAlレイヤーが接合しているモデルが最も良い一致を示した.一方,本モデルだけでは説明できないコントラストも確認されたが,これは界面近傍で生じた原子位置の微小な変位に起因するものと考えられた.この原子位置の変位は,両材料の熱膨張係数差によって発生した界面ひずみによるものと推察され,特にYSZ側で顕著であった.この界面のサファイア側では,-0.1%と大きな格子ひずみが測定され,その影響は界面から50nmの範囲に及んでいた.サファイア/YSZ界面では,結晶の方位関係だけではなく,熱膨張係数やヤング率等の物性差が界面の微細構造に大きく影響することが明らかとなった.

第4章では,結晶異方性が機械的特性に与える影響を,微細構造の観点から調査した.結晶異方性の影響としては,研磨する結晶面によって研磨速度が大きく異なる現象が報告されている.サファイアの場合,a面研磨に比べて,c面研磨では2〜10倍ほど研磨速度が速い.この現象は,研磨面によって導入される欠陥や格子ひずみ分布などの微細構造が異なることで生じると考えられる.本章では,サファイアのc面及びa面を粒径1μmのダイアモンド砥粒により同一条件で研磨した試料を用い,内部に導入された欠陥および格子ひずみの比較を行うことによって,結晶異方性の影響を調査した.まず研磨表面形状をSEMおよび表面粗さ計で評価したが,表面形状は異方性の影響をほとんど受けないことが明らかとなった.断面TEM観察の結果,c面研磨の場合にはバーガースベクトルb=〈1010〉(柱面すべり)を有する転位がランダムに導入されていた.また転位は,表面極近傍に高密度に導入されており,最大転位導入深さも250nmに達していた.一方,a面研磨の場合は,バーガースベクトルb=1/3〈1020〉(底面すべり)を有する転位が研磨面と平行または垂直に導入されていた.さらに研磨面と平行に導入された転位が界面に直線的に配列することにより,小傾角粒界を形成していた.この場合,転位密度は低く,最大転位導入深さも130nmとc面研磨の場合の約半分となっていた.格子ひずみ分布も研磨面によって大きく変化していた.c面研磨の場合では,+0.1%と大きな格子ひずみを有し,その影響範囲も約300nmに達していた.一方,a面研磨の場合では,格子ひずみは非常に小さな値を示した.これらの特徴から,研磨表面近傍に導入された高密度転位により形成された微結晶領域の存在が,研磨速度に影響するものと考察された.以上の結果より,研磨する結晶面によって内部に導入される欠陥や格子ひずみ分布が,結晶異方性を強く反映することを明らかにした.

第5章では,加工条件によって内部に導入される欠陥や格子ひずみ分布を系統的に解析した結果について記した.これまで,研磨条件によって生じるこれら微細構造の変化を系統的に調査した報告はほとんど無い.また,サファイアc面研磨では,軽加工条件で研磨速度が向上する現象が報告されているが,この研磨メカニズムの詳細については明らかになっていない.本章では,サファイアのc面をサファイアウエハの研磨条件と同様の工程で加工し,各工程から抜き出した研磨試料4種を系統的に観察した.その研磨条件は,#500ダイアモンド砥石による研削,粒径8μmのダイアモンド砥粒による研磨,粒径1μmのダイアモンド砥粒による研磨,粒径5nmのコロイダルシリカによるメカノケミカル研磨の4種である.観察の結果,#500研削試料の最大転位導入深さは1.7μmとなっていた.また,この条件でのみ研磨面と平行に双晶欠陥(Basal twin)が導入されていた.これは,一定送り速度で加工されることにより大きな応力が働いたためと考えられる.粒径8μmの研磨では最大転位導入深さ700nm,粒径1μmでは250nmとなっていた.この転位はランダムに導入されており,砥粒径が小さいほど表面極近傍で高密度に分布していた.これは砥粒から繰り返し荷重を受け,転位が繰り返し導入されることで表面極近傍に高密度の転位領域が形成されたものと推察された.メカノケミカル研磨では,転位は全く観察されなかったが,表面近傍に化学反応相と推定されるコントラストが観察された.格子ひずみを計測した結果,#500の研削では最大+0.2%の格子ひずみを有し,その影響範囲は深さ1.0μmに達していた.また,粒径8μmによる研磨では最大+0.4%,影響範囲は1.2μm,粒径1μmによる研磨ではそれぞれ+0.1%,300nmであった.研削と研磨では,最大転位導入深さと格子ひずみの影響深さの関係が逆になっている.研削では最大転位導入深さに比べ,格子ひずみの影響範囲が浅くなっていたが,研磨ではこれが逆転している.これは研磨機構と研磨速度の違いによるものと考察された.また,転位によって生じる微結晶層が材料除去に影響すると考えられるため,表面極近傍の転位密度が高い小砥粒による研磨で研磨速度が速くなる場合もあるものと推察された.メカノケミカル研磨で観察された格子ひずみは+0.2%,影響深さは約300nmであった.この格子ひずみは化学反応相に起因するため,他の研磨による格子ひずみとは区別が必要である.

第6章では,第2章から第5章で得られた結果を,各章ごとにまとめた結論について述べた.

審査要旨 要旨を表示する

セラミックスでは,粒界や表面といった特異点の微細構造がマクロな材料特性に大きく影響することが知られている.これまでも粒界や表面に関する研究が盛んに行われ,様々な現象を明らかにしているが,それらの影響すべてを解明してはいない.本論文では,サファイア双結晶やサファイア/YSZ双結晶を用いた界面構造解析と界面近傍の格子ひずみの計測を行い,この関係を明らかにした.さらに,サファイア表面を種々の条件で研磨し,内部に導入される欠陥と格子ひずみの関係を解析した.これから結晶異方性の影響や研磨条件による損傷状態を明らかにし,研磨メカニズムを推察した.本論文はこれらの詳細を記述した以下の6章から構成されている.

第1章は序論であり,本論文で対象としたサファイアの結晶構造,粒界の幾何学的分類や対応粒界の幾何学的特徴,研削・研磨加工の原理,主な実験方法である透過型電子顕微鏡法,収束電子線回折法,また,本研究の位置づけ,目的について述べている.

第2章では,サファイア双結晶を用いた対称傾角粒界の構造解析と格子ひずみの測定結果を述べている.観察した粒界は,[0001]軸を回転軸とした2θ=2.0°の小傾角粒界,2θ=21.8°のS21粒界,2θ=38.2°のS7粒界,R面を接合面としたRS7粒界である.小傾角粒界では,粒界面に部分転位が配列する構造をとり,格子ひずみは粒界極近傍に局在している.一方,[0001]軸回転のS粒界2種は,粒界に構造ユニットを形成することで安定構造を有しており,この構造ユニットの非対称性や原子密度が粒界の格子ひずみに大きく影響することを明らかにした.また,高い対称性を有するRS7粒界では,粒界格子ひずみも小さいことを明らかにした.一連の結果から,粒界原子構造とこれに起因する粒界格子ひずみの関係を明らかにした.

第3章では,ヘテロ界面としてサファイア/YSZバイクリスタルを作製し,界面の原子構造と格子ひずみを解析した結果を述べている.この系のミスフィットパラメータが大きいこと,およびTEM観察の結果から,この界面は非整合界面であると推定している.さらに界面の原子構造解析のため,界面原子モデルの像計算を行い,実際の観察像と比較してこれを決定した.一方,像計算だけでは説明できないコントラストが確認されたが,これは界面近傍で生じた原子位置の微小な変位に起因するものと推定している.この現象は,両材料の熱膨張係数やヤング率等の物性差に起因する界面ひずみによるものと推察した.

第4章では,サファイアのc面およびa面を1μmのダイアモンド砥粒により同一条件で研磨し,内部に導入された欠陥および格子ひずみを詳細に比較した結果について述べている.解析の結果,c面研磨の場合にはバーガースベクトルb=〈1010〉を有する転位がランダムに導入され,転位は表面近傍に高密度に分布していた.一方,a面研磨の場合には,b=1/3〈1120〉を有する転位が直線的に配列し,小傾角粒界を形成していた.また,研磨面により格子ひずみ分布も大きく変化することを明らかにした.これら一連の結果から,内部に導入される欠陥や格子ひずみ分布が,結晶異方性を反映することを明らかにした.さらにこれらの特徴から,表面近傍での高密度転位領域の形成が,研磨速度に深く関係すると推定している.

第5章では,サファイアc面をサファイアウエハの研磨条件と同様の工程で加工し,各工程から抜き出した試料を系統的に解析した結果を述べている.加工条件は,#500ダイアモンド砥石による研削,粒径8μmおよび1μmのダイアモンド砥粒による研磨,コロイダルシリカによるメカノケミカル研磨である.その結果,研削試料では,b=〈1010〉を有する転位と双晶欠陥が導入されていた.また,2種の研磨試料でも同様の転位が導入されており,砥粒径が小さいほど表面近傍の転位は高密度であった.一方,メカノケミカル研磨は転位が導入されず,表面に化学反応相を有していた.最大転位導入深さと格子ひずみ分布の関係は,研削と研磨では異なることがわかった.また,メカノケミカル研磨の場合は,化学反応相による格子ひずみを生じていた.これらは材料除去メカニズムの違いによるものと推察された.一連の結果から,高密度転位による微結晶層が材料除去に影響すると推察し,表面極近傍の転位が高密度であるほど研磨速度が向上すると示唆している.

第6章は,総括である.

要するに,本論文は,セラミックスの材料特性に大きく影響する粒界・界面および研磨表面に生じる現象を,原子レベルで詳細に解析すると共に,それによって生じる格子ひずみとの関係を解析したものである.これにより,粒界原子構造に起因する粒界ひずみ分布を明らかにし,また,研磨における結晶異方性の影響や研磨条件による内部損傷状態も明らかにしている.さらに,この結果から研磨メカニズムに言及しており,研磨加工の効率化・最適化を示唆した研究成果である.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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