学位論文要旨



No 120729
著者(漢字) 植松,隆史
著者(英字)
著者(カナ) ウエマツ,タカフミ
標題(和) 半導体ナノ粒子薄膜における蛍光特性の解析と光記録媒体への応用
標題(洋)
報告番号 120729
報告番号 甲20729
学位授与日 2005.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6149号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山口,由岐夫
 東京大学 教授 山下,晃一
 東京大学 教授 堂免,一成
 東京大学 助教授 大久保,達也
 東京大学 助教授 岡田,文雄
 東京大学 教授 尾嶋,正治
内容要旨 要旨を表示する

半導体ナノ粒子は、量子サイズ効果により粒径によってバンドギャップを制御することができるため、新規材料として注目されている。特にナノ粒子単体の光学特性について多くの研究が行われているが、ナノ粒子を集合体として注目した場合の光学特性についての研究は多くない。集合体特有の光学特性の一つとして、粒子が密にパッキングされたCdSeナノ粒子薄膜に励起光を連続照射した場合に、薄膜の蛍光強度が時間とともに増加していく現象がある。本論文ではこの蛍光強度増加現象を解析することによってそのメカニズムを探るとともに、この現象を利用した新規光記録媒体への応用を探る。

まず、ガラス基板上にナノ粒子の単層膜と多層膜を形成し、それぞれの薄膜に励起光を連続照射した場合の蛍光強度の時間変化の様子を比較した。多層膜では1.5倍程度までしか蛍光強度は増加しなかったものの、単層膜においては約8倍の増加が見られた。以前の研究からトラップサイトにトラップされた電子の生み出す静電ポテンシャルが蛍光強度増加現象に関与していることが示唆されていたが、今回の実験結果からそのトラップサイトが基板に存在することが示唆された。

また励起光に4種類の波長と様々な強度の光を用いることにより、照射強度が弱いほど、且つ波長が短いほど蛍光強度の増加率が大きいことが観察された。以上の励起光の強度依存性と波長依存性、さらに膜厚による蛍光強度の挙動の違いについて、基板への電子放出過程を含む数理モデルを構築することによって包括的に説明した。

次に基板が蛍光強度増加現象に影響するというモデルの傍証実験として、様々な基板上にナノ粒子薄膜を作製して蛍光強度の変化を考察した。金基板では蛍光強度の増加が見られなかったのに対し、ガラス基板では蛍光強度が大きく増加したことから、ナノ粒子から放出された電子によって基板が帯電していくことが蛍光強度増加現象のメカニズムに強く関わることが示され、モデルの傍証を得ることができた。

最後に蛍光強度の増加率が励起光強度に依存することを用いて、CdSeナノ粒子薄膜に多値記録を行った。さらに増加現象は可逆的であることを発見し、記録値が書き換え可能であることを示した。すなわち、単一波長による書き換えが可能である高密度記録の可能性を示した。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「半導体ナノ粒子薄膜における蛍光特性の解析と光記録媒体への応用」と題し、基板上に塗布されたCdSe/ZnSコア/シェル型ナノ粒子薄膜を連続励起した場合に、蛍光強度が増加する現象について解析を行うことと、さらにこの現象を用いて光記録媒体への応用することを目的とした研究であり、5章からなっている。

第1章は序論であり、本研究の目的を述べている。まず半導体ナノ粒子の特性に関する研究の概要を述べ、さらにCdSeナノ粒子について、その単一粒子の光学特性についての既往の研究のレビューを行っている。その上で、本研究の対象である、CdSeナノ粒子薄膜に連続光を照射した場合に蛍光強度が増加する現象について説明を行っている。この現象が単一粒子とは異なるナノ粒子集合体特有の現象であることに着目し、イオン化した粒子の生み出す静電ポテンシャルが蛍光強度増加現象の原因であるという理論を紹介している。しかし構造と蛍光特性の関係については未だ解明されていないことも多いため、この関係に注目して現象の解析を行うことを本研究の目的であるとしている。また現象を光記録媒体へ応用することも本研究の目的であるとしている。

第2章では蛍光強度増加現象の励起光強度や励起波長の依存性と膜構造の違いによる影響について述べている。さらに現象論的モデルを提案することにより、以上の影響についての実験結果の解析を行っている。コロイド化学的に合成した粒径約4.5nmのCdSe/ZnSコア/シェル型ナノ粒子をガラス基板上に塗布することにより、単層膜と多層膜のナノ粒子薄膜を得ている。共焦点レーザー顕微鏡を用いて窒素雰囲気下においてナノ粒子薄膜を連続励起した場合の蛍光強度を観察している。多層膜よりも単層膜において蛍光強度の増加率が大きくなること、励起光強度を弱くするほど増加率が高くなること、励起波長を短くするほど増加率が高くなることを示している。この結果から、イオン化によって粒子から放出された電子が基板にトラップされ、その電子が静電ポテンシャルを生み出すことで、周囲の粒子のイオン化が抑制され、膜全体としての蛍光強度が増加するという仮説を提案している。この仮説に基づき、粒子が基底状態・励起状態・イオン化状態のどの状態にあるのかを表すモデルを構築している。イオン化状態は基板に存在する短寿命のトラップサイトと長寿命のトラップサイトを考え、長寿命のトラップサイトに存在する電子が短寿命のトラップサイトへのイオン化を抑制すると仮定することで、実験で得られた照射強度依存性と励起波長依存性を説明している。また基板に接していない粒子は一定の蛍光強度を示すと考えることで、同じモデルによって多層膜の実験結果についても包括的に説明している。

第3章では基板が蛍光強度増加現象に影響するというモデルの傍証実験として、様々な基板上にナノ粒子薄膜を作製して蛍光強度の変化を考察している。金基板では蛍光強度の増加が見られなかったのに対し、ガラス基板では蛍光強度が大きく増加したことから、ナノ粒子から放出された電子によって基板が帯電していくことが蛍光強度増加現象のメカニズムに強く関わることが示され、モデルの傍証が得られている。またシリコン基板において、塗布後の保存時間が長くなるほど蛍光強度の増加率が高くなることから、塗布後シリコン基板上に存在する過剰の表面修飾剤の結晶性が蛍光強度の増加現象に関与することが示されている。

第4章では蛍光強度の増加率が励起光強度に依存することを用いて、CdSeナノ粒子薄膜上への多値記録を行っている。励起光の強度を変化させることで、微小領域に6つの異なる蛍光強度を記録することに成功している。また、ある一つの微小領域に対して、弱い励起光強度を用いた連続励起と強い励起光強度を用いた連続励起を繰り返すことで、蛍光強度の増加と減少が繰り返されることも示している。すなわち蛍光強度の増加現象が可逆的であることを発見し、記録値が書き換え可能であることが示された。以上の結果は1種類の励起波長だけを用いて得られる結果であることから、従来の光記録媒体とは異なり、単一波長による記録値の書き換えと読み出しが可能であることが示されている。

以上要するに、本論文は材料システム工学の考え方に基づき、ナノ構造と蛍光強度増加現象の関係を明らかにし、現象の応用展開を行ったものである。本論文は個別の研究にとどまらず、マクロな現象をミクロな現象のメカニズムから考える方法論の確立に寄与するものとして、化学システム工学への貢献は大きいものと考えられる。また実験によって得られた知見をもとに応用への展開も行っていることも、工学への貢献が大きいものと考えられる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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