学位論文要旨



No 120731
著者(漢字) 北村,佳仁
著者(英字)
著者(カナ) キタムラ,ヨシヒト
標題(和) DNA の位置選択的切断とその応用
標題(洋)
報告番号 120731
報告番号 甲20731
学位授与日 2005.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6151号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小宮山,真
 東京大学 教授 荒木,孝二
 東京大学 教授 菅,裕明
 東京大学 特任教授 平尾,一郎
 東京大学 助教授 工藤,一秋
 東京大学 助教授 芹澤,武
内容要旨 要旨を表示する

緒言

ゲノムを研究していく上で最も基本的で不可欠な技術は遺伝子の切断と結合であり、それらを駆使した遺伝子操作技術により我々が得る情報は極めて重要である。現在、そのような切断ツールとしては天然に存在する制限酵素が用いられているが、この酵素は高等生物のような巨大なDNAを扱う上で致命的とも言える欠点をもつ。制限酵素が認識する塩基配列は非常に短く、巨大なDNAを切断すると無数の切断断片が生じる。さらに認識配列の種類も限定されたものであり、現在の技術では遺伝子を任意の位置で選択的に切断することは不可能である。このような理由から、認識配列を自由に設計することのできる人工制限酵素の開発が熱望されている。

我々の研究室ではDNAの加水分解反応を触媒する分子の開発を目指した研究がなされており、これまでにCe(IV)/EDTAがDNAを効率よく加水分解できることを報告している。そこで本研究では、Ce(IV)/EDTAを利用したDNAの位置選択的切断法の構築を目指す。

Ce(IV)/EDTAによるDNAの加水分解

DNAを位置選択的に切断するにあたり、次のような特徴に着目した。Ce(IV)/EDTAはDNAのリン酸ジエステルが2つ以下の場合には加水分解できず、リン酸ジエステルが3つ以上になって初めて加水分解が起こる。このことから、Ce(IV)/EDTAはDNAを加水分解する場合に複数のリン酸ジエステルとキレート構造を形成することが必須であると考えられる。そこで、さまざま基質DNAを用意し、Ce(IV)/EDTAによる切断を詳細に調べた。用いたDNAの配列をFig. 1に示す。基質DNAの5'末端を32Pにより標識し、切断実験を行った。

Fig.2にその結果を示す。この結果から、Ce(IV)/EDTAによるDNA加水分解には非常に興味深い特徴があることがわかった。一本鎖DNA

にCe(IV)-EDTAを作用させるとランダムな切断が起こる(lane 2)。一方、二本鎖DNAにおいては切断がほとんど起こらない(lane 3)。このように一本鎖DNA

と二本鎖DNAの切断活性には極めて大きな差が生じた。さらに部分的に二本鎖を形成させたDNAでは、一本鎖の部分のみが選択的に加水分解された(lanes 4 and 5)。

Ce(IV)/EDTAによるDNAの位置選択的切断

核酸を位置選択的に切断する手法としては、以下に示すような2つのものが考えられる。 (a)触媒分子を標的部位へ固定化するものと、(b)標的部位のみを選択的に活性化して加水分解を受けやすくするものである。(a)の手法はこれまでに広く用いられている手法であるが、錯体化することにより触媒分子自身の活性が損なわれてしまうという問題点がある。一方、 (b)の手法にはそのような問題はなく、DNAを位置選択的に切断する手法として非常に有効である。

Ce(IV)/EDTAは一本鎖DNAを非常に効率良く加水分解する一方、二本鎖DNAに対する活性をほとんど示さない。そこで、基質DNAにギャップ構造もしくはバルジ構造を形成させることで手法(b)により望みの位置を選択的に切断することを試みた。

その結果、Ce(IV)/EDTAによりDNAを位置選択的に切断することに成功した(Fig. 3)。ギャップを形成させる位置を変化させても、Ce(IV)/EDTAはその位置を選択的に切断することができる(lanes 3-5)。このことは、相補鎖DNAの塩基配列を変化させるだけで切断位置を自由に設定できることを示しており、切断ツールとしての応用を考慮した上でこの切断法が非常に有効であるといえる。

バルジ構造についてもCe(IV)/EDTAによる切断を行い、基質DNAの中央部位に形成させたバルジはギャップと同様にCe(IV)/EDTAにより選択的に切断することができる(lanes 4-7)。

ギャップ部位へのリン酸基導入による切断の活性化

ここまではギャップ構造及びバルジ構造を利用してDNAを位置選択的に切断できることを示した。しかし、この切断系はCe(IV)/EDTA錯体の一本鎖DNA

と二本鎖DNAに対する切断活性の差のみを利用したものであり、十分な活性を示さない。そこで、相補鎖DNAの末端にリン酸基を結合し、ギャップ部位に配置することで切断活性を向上させることを試みた(Fig. 4)。その結果、リン酸基を利用して切断活性を飛躍的に上昇させることに成功した。リン酸基をもたない相補鎖によりギャップを形成させた場合(lane 3)に比べ、リン酸を1つ(lanes 4 and 5)、もしくは2つ配置させると切断活性が大きく上昇する(lane 6)。

Ce(IV)/EDTAの構造と基質選択性

上述のように、Ce(IV)/EDTAはギャップ部位やバルジ部位を選択的に加水分解することができるが、Ce(IV)ゲルではこのような選択性は全く見えない。このような基質選択性が生まれるのは、錯体の構造に原因があると考えられる。そこで、Ce(IV)/EDTAの形状とその切断への影響について調べた。DLS粒径測定の結果、Ce(IV)/EDTAは約7nmの粒径をもつことがわかった。そこでさらに、この粒径がDNAの切断にどのような影響を与えるかを調べるためにフィルターを用いて粒径が7nmのものを取り除いた。フィルターによるろ過後のCe(IV)/EDTAの濃度はICP-MSを用いて定量を行った。

フィルターでろ過する前後のCe(IV)/EDTAの一本鎖DNAに対するKm、kcatの値をMichaelis-Menten型反応の速度式に従って算出した(Table 1)。kcatの値は、フィルターによるろ過を行ってもほとんど変化しなかった。しかし、Kmの値はろ過後の方が顕著に大きくなった。つまり、より大きな粒径であるCe(IV)/EDTA錯体の方がDNAとの相互作用が強い。このように、Ce(IV)/EDTAによるDNA加水分解において、粒径は切断反応が起きる段階には影響せず、DNAが相互作用する段階に影響することがわかる。

また、Ce(IV)イオンに対するEDTAの濃度変化が粒径および切断の基質選択性に与える影響についても調べた。Ce(IV)/EDTAの粒径は調製直後には加えるEDTAの濃度によらずほぼ同じであるが、EDTA:の濃度が減少すればするほど時間が経過するにつれ大きくなる。また、切断結果から粒径が大きくなるにつれて基質選択性がなくなることがわかった。このような結果から、Ce(IV)/EDTAの粒径は基質選択性に大きな影響を与えることがわかる。

さらに様々な基質DNAについて切断反応の速度論的解析を行った結果をTable 2に示す。Kmの値は一本鎖DNAに比べて二本鎖DNAの方が大きく、10塩基ギャップに比べて10塩基バルジの方が大きい。これはDNAのフレキシビリティがCe(IV)/EDTAとの相互作用に影響しており、そのことが基質選択性の原因であることを示唆している。

Ce(IV)/EDTAによるDNAの位置特異的切断を利用した遺伝子組換え

ここまではCe(IV)/EDTAによりDNAを位置選択的に切断できることについて示してきたが、切断後にその断片を望みの外来DNAを結合することができなければツールとしての応用は期待できない。そこでCe(IV)/EDTA錯体により切断した断片と、別のDNA断片とのリガーゼを用いた結合について調べた(Fig. 5)。

Ce(IV)/EDTAにより切断した断片と、5'末端がリン酸化された外来DNAとを鋳型DNAを利用して結合反応を行った(lanes 4-7)。鋳型DNAは切断断片の3'末端側、外来DNAの5'末端側にそれぞれ相補的な配列をもつ。その結果、鋳型DNAを利用することにより設計通りにDNAを組み換えることができた。この反応では鋳型DNAの配列を変えることにより、設計通りにDNAを組み換えることができる。

また、 GFP遺伝子を含む基質DNAをCe(IV)/EDTAを用いて切断してBFP遺伝子へ組み換えることも試みた。その結果、長鎖DNAを対象とした場合にも本系の切断系が組み換え操作に有効であることがわかった。

以上のように、本研究ではDNAの切断触媒であるCe(IV)/EDTAを利用してDNAを位置選択的に加水分解することに成功し、さらにそれを利用して望みの組み換えDNAを得ることに成功した。本研究における成果は、人工制限酵素構築において大きな意味を持つものであり今後の研究に多大な影響を与えるものである。

Fig. 1 Sequence of substrate DNA and additive DNAs. The nucleotides at the gap-site are indicated by bold capitals.

Fig. 2 Hydrolysis of single-stranded DNA and doublestranded DNA by Ce(IV)/EDTA complex. Lane 1, no treatment (DNA1(s) only); lanes 2-5, with Ce(IV)/EDTA. Lane2, DNA1(s) only; lane 3, with DNA1(F); lane 4, with DNA1(G)-L1; lane 5, with DNA1(G)-R1. Reaction conditions: [substrateDNA]=1.0μM, [oligonucleotide additives]=1.1μM,[Ce(IV)/EDTA]=500μM, [NaCl]=100 mM, [spermine] =100μM at pH 7.0 (2.5 mM Hepes) and 37℃ for 4 days.

Fig. 3 Hydrolysis of gap-site in substrate DNA at predetermined position by the combination of Ce(IV)/EDTA complex and various additives. Lane 1, no treatment; lanes 2-5,with Ce(IV)/ETDA; lane 2, DNA1(S) only; lane 3, 3-base gap(with DNA(G)-L2 and DNA(G)-R1); lane 4, 5-base gap (with DNA(G)-L1 and DNA(G)-R2); lane 5, 10-base gap (with DNA(G)-L1 and DNA(G)-R1). Reaction conditions: [substrate DNA] =1.0 μM, [oligonucleotide additives] = 1.1 μM, [Ce(IV)/EDTA]= 500 μM, [NaCl] = 100 mM, [spermine] = 100 μM at pH 7.0(2.5 mM Hepes) and 37℃ for 4 days.

Fig. 4 Polyacrylamide gel electrophoresis patterns for the hydrolysis of DNA1(S5) (32P-labeled at the 5'-end) at a 5-base gap by Ce(IV)/EDTA. Lane 1, control; lane 2, DNA1(S5) only; lanes2-5, DNA1(G)-L1+DNA1(G)-R1; lane 3, DNA1(G)-L1 has a 5'-phosphate terminus; lane 4, DNA1(G)-R1 has a 3'-phosphate terminus; lane 5, DNA1(G)-L1 has a 5'-phosphate terminus and DNA1(G)-R1 has a 3'-phosphate terminus. Reaction conditions:[substrate DNA] = 1.0 μM, [oligonucleotide additives] = 1.5μM, [Ce(IV)/EDTA] = 500 μM, [NaCl] = 100 mM at pH 7.0 (10mM Hepes) and 37℃ for 15.5 h.

Table 1 kcat and Km values for the hydrolysis of single-stranded DNA by Ce(IV)/EDTA complexes before and after filtration(a).(a)The filter passes only the particles smaller than 0.015μm.

Table 2 kcat and Km values for the hydrolysis of various substrates by Ce(IV)/EDTA complex.

Fig. 5 Ligation of the scission fragments by T4 DNA ligase in the presence of various templates. (a) seqeence of the oligonucleotides used in this study. (b) Lane 1, DNA2(S)without treatment; lane 2, the product of site-selective scission of DNA2(S) by Ce(IV)/EDTA complex in thepresence of DNA1(G)-L1 (5'-phosphate terminus) and DNA1(G)-R1 (3'-phosphate terminus); lane 3, the product in lane 2 purified by PAGE (the fragments ranging from C1 to T20-G26 were collected); lane 4, the ligation product in the presence of DNA2(template22); lane 5, the ligation product in the presence of DNA2(template24); lane 6, the ligation productin the presence of a 1:1 mixture of DNA2(template22) and DNA2(template24); lane 7, the product obtained by the ligation in the absence of templates. The ligation was carried at 16℃ for 30 min.

審査要旨 要旨を表示する

ゲノムを研究していく上で最も基本的で不可欠な技術は遺伝子の切断と結合であり、それらを駆使した遺伝子操作技術により我々が得る情報は極めて重要なものである。現在、そのような切断ツールとして天然に存在する制限酵素が用いられているが、この酵素は高等生物のような巨大なDNAを扱う上で致命的とも言える欠点をもつ。制限酵素が認識する塩基配列は非常に短く、巨大なDNAを切断すると無数の切断断片が生じる。さらに認識配列の種類も限定されたものであり、現在の技術では遺伝子を任意の位置で選択的に切断することは不可能である。このような理由から、認識配列を自由に設計することのできる人工制限酵素の開発が熱望されている。本論文では、Ce(IV)/EDTAを利用してDNAを位置選択的に切断する技術の構築することに成功し、さらにその切断法が遺伝子の組み換え操作へ応用できることも明らかにしている。論文は全8章で構成されている。

第1章は序論であり、DNAを切断する人工制限酵素の構築の重要性及びDNAを切断する触媒分子について切断機構により分類して整理し、それぞれの問題点を述べている。そして、触媒分子としてCe(IV)/EDTAを利用したDNA切断技術の構築についての研究目的、意義等を述べている。

第2章では、Ce(IV)/EDTAによるDNA切断における基質選択性について考察している。ここでは、Ce(IV)/EDTAが一本鎖DNAを非常に効率よく切断する一方で、二本鎖DNAをほとんど切断しないことを見出している。また、基質DNAに部分的に二本鎖を形成させると一本鎖部分が優先的に切断されること、基質DNAがGカルテット構造を形成した場合には一本鎖DNAと比較してCe(IV)/EDTAによる切断活性が低下することなどを明らかにしている。

第3章では、Ce(IV)/EDTAが二本鎖DNAと比較して一本鎖DNAを極めて効率よく切断することを利用して、ギャップ構造やバルジ構造を利用してDNAを標的部位で選択的に切断することに成功している。また、ギャップおよびバルジ切断は相補鎖DNAの塩基配列を変化させるだけで標的部位を容易に設定できることを明らかにし、標的部位であるギャップ部位やバルジ部位の長さや配列を変化させた場合の切断活性や選択性についても述べている。

第4章では、「Ce(IV)/EDTAがなぜDNA切断において基質選択性を示すのか」という問題について、Ce(IV)/EDTAの粒径に着目して考察している。DLSによる粒径測定からCe(IV)/EDTAは数 nmのクラスターを形成していること、その粒径が切断活性や選択性に大きく影響すること等を明らかにしている。

第5章では、第4章で考察した点について基質DNAの種類に着目して考察を行っている。ここでは様々な基質DNAのCe(IV)/EDTAによる切断の速度論的解析を行い、DNAが堅い高次構造を形成することがCe(IV)/EDTAとDNAとの相互作用を弱くし、切断活性を著しく低下させる原因となっていることを明らかにしている。

第6章では、ここまでに示してきたギャップ選択的切断の活性が十分に高くないことから、その活性化に関する検討を行っている。その結果、ギャップ部位の末端にリン酸を配置することにより切断活性を著しく上昇させることに成功している。ここでは、ギャップ部位の片側に一つだけリン酸を配置しても活性は大きく上昇し、ギャップ部位の両端にリン酸を二つ配置すると切断活性はさらに上昇することが示されている。また、リン酸を配置することにより選択性が低下することがないことが明らかにされている。

第7章では、Ce(IV)/EDTAを利用した切断技術により得たDNA断片を、鋳型DNAを利用して望みの外来DNAと設計通りに結合できることを明らかにしている。さらに、遺伝子情報を含むような巨大なDNAを対象として切断反応と結合反応を行い、遺伝子を設計通りに組み換えることができることを示している。さらに、この手法により得られた組み換えDNAからは正常なタンパク質を発現することができ、組み換え操作中に塩基の欠失といった予期せぬ副反応が起きていないことも明らかにされている。

第8章では、Ce(IV)/EDTAを利用したDNAの位置選択的切断及びそれを利用した遺伝子組み換えについて得られた知見を総括し、今後の展望を述べている。

以上のように本研究は、今後のバイオテクノロジーの発展に大きな影響を与えると思われる切断ツールの構築を行ったものである。得られた技術はどのような塩基配列をもつDNAでも標的部位を選択的に切断でき、相補鎖DNAの塩基配列を変化させるのみで容易に標的部位を変化させられるという大きな利点をもつ。このことから、今後、バイオテクノロジーや遺伝子工学だけでなく医学、農学といった広い分野の発展に大きく寄与すると考えられる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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