学位論文要旨



No 120734
著者(漢字) 伊藤,浩孝
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,ヒロタカ
標題(和) 新規肝細胞癌抗原に対するモノクローナル抗体の作製と解析
標題(洋)
報告番号 120734
報告番号 甲20734
学位授与日 2005.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6154号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 油谷,浩幸
 東京大学 教授 児玉,龍彦
 東京大学 教授 浜窪,隆雄
 東京大学 教授 酒井,寿郎
 東京大学 助教授 先浜,俊子
内容要旨 要旨を表示する

原発性肝細胞癌は、2001年において日本国内の死亡原因第一である癌死の中において男性において第三位(13%)、女性において第四位(9.0%)を占める予後の悪い癌種の一つである(厚生労働省大臣官房統計情報部「人口動態統計」抜粋)。ウイルス感染による慢性患者が年々増加し、その多くは肝硬変、そして肝細胞癌に至るケースが多いことから、肝硬変から肝細胞癌における段階の早期診断法、そして肝細胞癌の治療法は非常に強く要望されているものであり、画期的な解決のない場合は、今後10-15年間は死亡数の増加傾向をたどると考えられている。

診断法においては血清中の GOP/GTP、アルカリ性フォスファターゼ、アルブミン等や腫瘍マーカーであるAFP(α-フェトプロテイン)の値等の生化学的データ、及び画像診断に基づいて総合的に評価した後、必要な場合は、針生検により少量の組織片をとり、病理学的判断に基づき確定診断が行われている。現在、特に肝細胞癌の診断において使用されているのは腫瘍マーカーであり、その中で最も使用されているアルファフェトプロテイン(AFP)の肝細胞癌患者の陽性率は6~7割程度となっているが、慢性肝疾患患者や妊婦でも陽性となることもある。また肝癌腫瘍マーカーであるPIVKA-IIの陽性率は5割弱と低いが肝細胞癌への特異性はAFPよりも高いと考えられ、現在この2検査が主に実施されている。いずれにしても、偽陽性もしくは両陰性の症例が存在することから、特異性の高い腫瘍マーカーの存在が期待されている。

治療法に関しては、主に外科的切除、肝動脈塞栓療法、経皮的エタノール注入療法の3療法が中心となる医療施設が多い。いずれにしても長所・短所があり、比較的応用範囲の広く、延命効果のある肝動脈塞線療法を選択しても完全治癒率は現在10%程度と考えられていることから、新規の治療法が望まれている状況である。肝細胞癌における臨床現場での応用例はまだないが、乳癌あるいはリンフォーマなどにおいては癌特異的な腫瘍抗原に対するモノクローナル抗体(ハーセプチン及びリツキサン)による標的療法により、従来の化学療法剤治療とは異なる作用機作により奏効率をあげている。その抗体医薬品の作用機作として、エフェクター細胞を介した抗体依存性細胞障害活性(ADCC)あるいは補体による補体依存性細胞障害活性(CDC)、そして抗体自身の機能によるアゴニスティック作用、あるいは抗体の中和活性能を利用したものが存在する。抗体医薬品による分子標的療法は現在、臨床現場において利用し始められたことから、これらを肝細胞癌治療に応用していくことは今後非常に期待されるものであると考える。

これらの背景に基づき、DNAマイクロアレイを用いた肝細胞癌の網羅的な遺伝子発現解析により新規の肝細胞癌抗原候補を同定すること、そしてその候補分子のモノクローナル抗体を用いて、タンパク質レベルの発現解析、分子の細胞内局在解析を実施すること、さらには抗体医薬品の標的抗原としての可能性、及び診断マーカーとしての可能性を評価することを目的として本研究を実施した。

はじめにGeneChipU95を用いた肝細胞癌の解析により、ROBO1が発現亢進していることを明らかにした。引き続き、臨床検体の非癌部、癌部のペア検体8例の定量的PCRによりROBO1の発現を検証したところ、全例で2倍以上に発現亢進していた。そのため、ROBO1に着目し、そのモノクローナル抗体の作製を実施した。そして、取得した抗ROBO1モノクローナル抗体A7241Aを用いた免疫組織染色により、ROBO1がタンパクレベルでも肝細胞癌で発現亢進していることが明らかとなった。44例中27例において発現亢進し、陽性率は61.4%であった。

ROBO1はショウジョウハエの遺伝的スクリーニング研究において、軸策の正中交差を制御する分子としてクローニングされ、Slitタンパクの受容体であることが報告されている(Kiddら、Cell, 92, 205-215, 1998、Wangら、Cell, 96, 771-784, 1999、Kiddら、Cell, 96, 785-794, 1999、Broseら、96, 795-806, 1999 )。また、別の知見として、ROBO1遺伝子が肺癌の癌抑制遺伝子の存在する染色体領域3p12に位置し、肺癌、乳癌においてそのプロモーター領域のメチル化により発現抑制されていること(Dallolら、Oncogene, 21, 3020-3028, 2000)、そしてROBO1遺伝子ヘテロ欠損マウスの解析において、コントロールと比較し癌の発生率が3倍増加するということなどから、ROBO1が癌抑制遺伝子候補と現在は考えられている(Xianら、Cancer Research, 64, 6432,2004)(ホモ欠損マウスは胎生致死、または1年以内に肺気管形成不全で死亡)。そのため、ROBO1は癌組織において発現抑制されているとこれまで考えられているが、ROBO1の癌における発現亢進の報告は本研究が最初のものである。

引き続き、作製したモノクローナル抗体を用いて詳細に肝細胞癌におけるROBO1の解析を実施した結果、ROBO1はI型膜タンパク質であるが、なんらかの機構により切断され、そのN末端領域(エクトドメイン)がリリースされ(可溶型ROBO1)、ROBO1強制発現COS7細胞及びHEK293細胞の培養上清に存在することがはじめて見出された。そして、肝癌細胞株であるAlexander、HepG2、HuH6、及びHuH7においても、可溶型ROBO1が培養上清中にリリースされることが明らかとなった。さらに、ウエスタンブロット解析により、可溶型ROBO1は肝炎、肝硬変患者血清中には認められなかったが、肝細胞癌患者剖検血清中には24例中23例において可溶型ROBO1が検出された。

本研究の目的の一つである抗体医薬品の標的分子としてのポテンシャルを評価するため、抗ROBO1モノクローナル抗体の中でFACS解析における陽性抗体を用いて、ROBO1発現HEK293細胞及び肝癌細胞株Alexanderに対して補体依存性細胞障害活性(CDC活性)の評価を行った。その結果、数種のモノクローナル抗体により細胞障害活性を示されることが明らかとなった。また、同抗体により、ROBO1発現HEK293細胞に対して、抗体依存性細胞障害活性(ADCC活性)も有することが明らかとなった。

本研究にて、新規肝細胞癌抗原ROBO1を同定すると共に、ROBO1抗原を標的とした抗ROBO1モノクローナル抗体による肝細胞癌の治療の可能性、及び可溶型ROBO1を指標とした肝細胞癌の血清診断の可能性を示すことに成功した。

審査要旨 要旨を表示する

DNAマイクロアレイを用いた肝細胞癌の網羅的な遺伝子発現解析により新規の肝細胞癌抗原候補を同定すること、そしてその候補分子のモノクローナル抗体を作製し、抗体医薬品の標的抗原としての可能性、及び診断マーカーとしての可能性を評価することを目的として本研究は実施された。

本研究においてGeneChipU95を用いた肝細胞癌の解析により、ROBO1 mRNAが発現亢進していることが明らかとなった。そして、臨床検体の非癌部、癌部のペア検体8例の定量的PCRにより、ROBO1が全例で2倍以上のレベルで発現亢進していることが明らかとなった。ROBO1は胎児肝臓などで顕著な発現を示すが、その他の正常組織では脳内の神経系組織に若干発現が認められる程度であることから、肝細胞癌での発現亢進の特異性が高いROBO1に着目した研究が展開された。

ROBO1はショウジョウハエの遺伝的スクリーニング研究において、軸策の正中交差を制御する分子としてクローニングされ、Slitタンパクの受容体であることが報告されている(Kiddら、Cell, 92, 205-215, 1998、Wangら、Cell, 96, 771-784, 1999、Kiddら、Cell, 96, 785-794, 1999、Broseら、96, 795-806, 1999 )。また、別の知見として、ROBO1遺伝子が肺癌の癌抑制遺伝子の存在する染色体領域3p12に位置し、肺癌、乳癌においてそのプロモーター領域のメチル化により発現抑制されていること(Dallolら、Oncogene, 21, 3020-3028, 2000)、そしてROBO1遺伝子ヘテロ欠損マウスの解析において、コントロールと比較し癌の発生率が3倍増加するということなどから、ROBO1が癌抑制遺伝子候補と現在は考えられている(Xianら、Cancer Research, 64, 6432,2004)(ホモ欠損マウスは胎生致死、または1年以内に肺気管形成不全で死亡)。そのため、ROBO1は癌組織において発現抑制されているとこれまで考えられているが、ROBO1の癌における発現亢進の報告は本研究が最初のものである。

はじめにROBO1に対するモノクローナル抗体の作製を、gp64結合型抗原とgp64発現トランスジェニックマウスに免疫する方法、及び可溶型sROBO1-Hisと自己免疫疾患マウスMRL/lprマウスに免疫する方法等のさまざまな免疫方法を実施し、数種の抗ROBO1モノクローナル抗体を作製した。

そして、その抗ROBO1モノクローナル抗体の一つを用いた免疫組織染色により、ROBO1がタンパクレベルにおいても肝細胞癌で発現亢進していることを証明した。44例中27例において発現亢進し、陽性率は61.4%であった。ROBO1は肝細胞癌に限局し、特に低分化型肝細胞癌の細胞膜が特異的に染色されたことから、抗体医薬品の標的分子としてのポテンシャルをROBO1が有することが明らかとなった。

さらに、ROBO1の立体構造を認識するFACS解析陽性の抗ROBO1モノクローナル抗体により、ROBO1発現HEK293細胞のみならず肝癌細胞株Alexanderに対しても、in vitroの補体依存性細胞障害活性(CDC活性)を有することが明らかとなった。また、同抗体により、ROBO1発現HEK293細胞に対して、抗体依存性細胞障害活性(ADCC活性)を有することが明らかとなった。

また、本研究にて、ROBO1のN末端領域(エクトドメイン)がsheddingされ、肝癌細胞株であるAlexander、HepG2、HuH6、及びHuH7において、可溶型ROBO1が培養上清中にリリースされることが明らかとなった。さらに、ウエスタンブロット解析により、可溶型ROBO1は肝炎、肝硬変患者血清中には認められなかったが、肝細胞癌患者剖検血清中には24例中23例において検出されることが明らかとなった。可溶型ROBO1がヒト生体内で存在することがはじめて証明することに成功した。

本研究にて、ROBO1を標的とした抗ROBO1モノクローナル抗体による肝細胞癌の治療の可能性、及び可溶型ROBO1を指標とした肝細胞癌の血清診断の可能性を示すことに成功した。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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