学位論文要旨



No 120735
著者(漢字) 寿見,孝一
著者(英字)
著者(カナ) スミ,コウイチ
標題(和) HNF4αの標的遺伝子のプロファイリングと機能解析
標題(洋)
報告番号 120735
報告番号 甲20735
学位授与日 2005.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6155号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 特任教授 酒井,寿郎
 東京大学 教授 児玉,龍彦
 東京大学 教授 浜窪,隆雄
 東京大学 教授 小宮山,真
 東京大学 教授 菅,裕明
 日本大学 教授 槇島,誠
内容要旨 要旨を表示する

核内受容体

Hepatocyte nuclear factor-4α(HNF-4α) は核内受容体スーパーファミリーに属する転写因子であり、肝臓、膵臓、小腸、腎臓、大腸、胃で発現している。HNF-4αは肝臓において、脂質代謝、グルコース代謝、脂肪酸代謝、発生に関与する遺伝子の発現に関与する。HNF4αはプロモーター領域に存在するHNF-4α結合配列 DR1 (direct repeat with one base spacing) GGGC/GCA n AGGT/CCAにホモダイマーとして結合し、標的遺伝子の転写調節を行う。

核内受容体には NH2 端より、リガンド非依存性転写活性化ドメイン(AF-1, activation function-1); 2つのジンクフィンガーを含むDNA結合ドメイン(DNA); ヒンジドメイン(hinge); リガンド結合部位 / 2量体形成部位 (Ligand Binding / Dimerization); リガンド依存性転写活性化部位 (AF-2) が存在する。リガンドが結合すると核内受容体は高次構造が変化しコファクターとの相互作用の調節を行い標的遺伝子の転写活性の制御を行う。HNF-4αには、PGC-1 (peroxisomal proliferator-activated receptor-gamma coactivator-1)、GRIP-1 (glucocorticoid receptor-interacting protein 1)、SRC-1 (steroid receptor coactivator-1) といったコアクティベーターが相互作用し、種々のHNF-4αの標的遺伝子の転写活性化に関与する。

HNF4α はmaturity-onset diabetes of the young (MODY-1)の原因遺伝子である。MODY1患者では、グルコース応答性インスリン分泌が低下する。HNF-4α の変異、及びHNF1 a プロモーターに存在するHNF-4α 結合部位の変異は糖尿病の原因となる。さらに、HNF-4α の β細胞特異的プロモーターであるP2プロモーターの変異が2型糖尿病の原因となることが指摘されている。HNF-4α は膵 β細胞において、グルコース代謝やインスリン分泌に関与する遺伝子発現を調節することが指摘されている。 HNF-4αの標的遺伝子の具体例として、GLUT2 (Glucose transporter 2)、L-PK (Liver-type pyruvate kinase)、glucokinase、aldolase B、insulinが挙げられる。

生活習慣病と核内受容体

コレステロールホメオスタシスは、食事からのコレステロール吸収、アセチルCoAからの生合成、肝臓から胆汁中へのコレステロールの排出、コレステロールから胆汁酸やステロイドホルモンなどへの異化によって制御される。リガンド依存性転写因子である核内受容体が、オキシステロールや胆汁酸などのコレステロール代謝関連化合物の受容体として機能し、チトクロームP450などの脂質代謝律速酵素や、ABC蛋白質 (ATP-binding cassette transporters) などの細胞膜を介する脂質輸送体 (脂質トランスポート)、細胞内における脂質輸送 (脂質トランスファー) に関与する蛋白質の発現調節を介してコレステロールの恒常性を制御していることも明らかにされつつある。

脂質の過剰摂取は現代病である高脂血症、糖尿病や動脈硬化などの生活習慣病の原因となるゆえ、肝臓におけるコレステロールの胆汁への排出及びコレステロールから胆汁酸への異化は、コレステロールホメオスタシスの維持において重要な経路である。近年、細胞のコレステロールホメオスタシスを維持する転写因子、核内受容体が明らかにされつつある。肝細胞においてHNF-4αは、コレステロールから胆汁酸を合成する経路の律速酵素cholesterol 7α-hydroxylase (CYP7A1)、及び、コール酸合成経路の酵素でありコール酸とケノデオキシコール酸の生成比を調節するsterol 12α-hydroxylase (CYP8B1)の遺伝子発現を介して、コレステロールから胆汁酸への異化に関与する。ヒトCYP7A1、ヒトCYP8B1プロモーター領域にはHNF-4αが結合するDR-1配列が存在する。これらの酵素CYP7A1、CYP8B1は核内受容体ファミリーに属する転写因子LXR (liver X receptor) やFXR (farnesoid X receptor) によっても制御される。

またコレステロールホメオスタシス維持には、細胞外へのコレステロール排出は必須であり、ステロール輸送体ABC蛋白質を介して細胞外へ排出 (トランスポート)される。 そしてこのABC蛋白質も核内受容体LXR やFXRによって発現が制御されることが近年明らかとなった。

ABC蛋白質

ABC蛋白質は、トランスポーター、チャネル、レセプターという多種多様な機能を持つ膜蛋白質のファミリーであり、細胞内ATPによって駆動あるいは制御されている。ABC蛋白質がコレステロールやリン脂質などを輸送することが指摘され、ABC蛋白質ファミリーが生体異物排出ポンプとしてだけでなく、ステロールホメオスタシスにとって重要な役割を果たしていることが明らかになりつつある。

ヒト染色体上には49のABC蛋白質遺伝子がコードされているが、それらの一部が体内の脂質輸送に関係していることが知られている。体内の脂質ホメオスタシスにおけるABC蛋白質の重要性を示す例として、血中の高密度リポ蛋白質 (HDL) が極端に減少する遺伝病であるタンジール病の原因がABCA1 (ATP-binding cassette, sub-family A, member 1) 遺伝子の異常であるという例が挙げられる。ABCA1は12の膜貫通ドメインと2つのヌクレオチド結合領域を持つABC蛋白質であり、HDLの形成に必須な役割を果たす。ABCA1遺伝子の変異により家族性低HDL血症が引き起こされる。ABCA1遺伝子は細胞内のコレステロール濃度の上昇に応じてその代謝産物であるオキシステロールをリガンドとする転写因子LXRにより転写が活性化される。さらにLXRはABCG1、ABCG5、ABCG8遺伝子発現に関与しており、脂質トランスポートにLXRが重要な役割を果たしていることが指摘されている。

ABC蛋白質ファミリーに属するABCG5、ABCG8はハーフトランスポーターであり、ABCA1が12の膜貫通領域と2つのATP結合ドメインを持つのに対し、ABCG5とABCG8はそれぞれ6つの膜貫通領域と1つのATP結合ドメインを持ちヘテロダイマーを形成している。 ABCG5/G8ヘテロダイマーは、肝臓や小腸の細胞の膜上に存在し、コレステロール、及び、シトステロールなどのステロール排出の制御に関与する。

ヒトABCG5及びヒトABCG8遺伝子は染色体2p21上に逆方向に存在し、それらの遺伝子間にはヒトABCG5プロモーター及びヒトABCG8プロモーターとして機能する全長374bpの双方向プロモーターが存在する。ABCG5及びABCG8遺伝子に変異が生じると、シトステロール症が引き起こされる。シトステロール症患者は β-シトステロールなどのステロール吸収の増加、胆汁へのステロール排出減少といった症状が見られる。G5G8 -/- マウスでは、胆汁へのコレステロール排出が減少する一方、 ABCG5、ABCG8を過剰発現させたトランスジェニックマウスでは胆汁中コレステロール濃度上昇、ステロール排出増加が見られることより、ABCG5及びABCG8発現は胆汁へのコレステロール排出に非常に重要であることが指摘されている。

研究の目的及び結果

HNF4αは、コレステロールから胆汁酸への異化に関与する酵素CYP7A1やCYP8B1の転写活性化に影響を及ぼすことが指摘されていたが、コレステロールホメオスタシスにおけるHNF4αの果たす役割の全貌は明らかではなかった。そこで本研究では、(1) 脂質恒常性維持に関与する転写因子・核内受容体、 (2) 細胞膜や分子集合体を介する脂質輸送(脂質トランスポート)に関与する脂質トランスポーター、(3) 細胞内における脂質輸送 (脂質トランスファー) に関与する脂質トランスファー蛋白質、に及ぼす転写因子HNF4αの果たす役割、特に生活習慣病における制御に関わるメカニズムを明らかにすることを目的とした。

まず、リガンドや標的遺伝子の不明な点の多いHNF4αの機能解明のため、ヒト肝細胞において、RNAi (RNA interference) によりHNF4α 蛋白質をノックダウンした場合と、アデノウイルスによりHNF4α 蛋白質を過剰発現した場合につき、cDNAマイクロアレイを用いて遺伝子発現の変動を系統的に明らかにし、代謝制御に関わる標的遺伝子を抽出した。

次に、その抽出された新規の標的遺伝子を対象として、その制御機構に核内受容体HNF4α がどう関与するかを転写調節機構から明らかとした。

HNF4 aの機能解析を、肝細胞におけるトランスクリプトーム解析を用いて標的遺伝子抽出とそのプロモーター解析から、HNF4αは、コレステロールホメオスタシスにおいて、従来知られるCYP7A1およびCYP8B1のp450ファミリー遺伝子の制御に加え、脂質トランスポーターであるABCG8,G5の転写活性化を行うことを明らかとした。

審査要旨 要旨を表示する

核内受容体は、発生・分化といった生理的因子あるいは環境因子等の種々の刺激に応答してリガンド依存的に遺伝子発現を調節する転写制御因子であり、その構造上の特徴から遺伝子スーパーファミリーを形成している。ヒトでは核内受容体遺伝子は48種同定されているが、その多くは内因性のリガンドや生理学的機能が未知のオーファン受容体として分類されている。これら核内受容体は、脂溶性低分子化合物をリガンドとすることに加え、糖尿病や高脂血症といった代謝異常症、薬物相互作用あるいは癌細胞の増殖に関与するものも含まれている。

Hepatocyte nuclear factor 4a (HNF4α) は肝臓に特異的に発現するトランスサイレチンおよびapoC-IIIの遺伝子プロモーター上に結合する因子としてラット肝核抽出液より同定された核内受容体スーパーファミリーに属する転写因子である。肝細胞においては、脂質代謝、グルコース代謝、発生、分化、膵β細胞においてはグルコース代謝およびインスリン分泌に関して重要な役割を果たしていることが指摘されている。

HNF4α はインスリン分泌不全を主症状とする糖尿病MODY 1 (MODY; maturity-onset diabetes of the young) の原因遺伝子である。最近、HNF4α標的遺伝子として、インスリン分泌に関与するKATPチャネル (ATP依存性ポタシウムチャネル) サブユニットKir6.2 が報告されているが、膵β細胞の発生や他の標的遺伝子の発現制御におけるHNF4αの役割は明らかにされていない。また、HNF4α は肝細胞において、胆汁酸生合成に関与する律速酵素CYP7A1 (cholesterol 7α-hydroxylase)、CYP8B1 (sterol 12α-hydroxylase) の発現を調節しているが、脂質輸送・排泄機構等のコレステロール代謝におけるHNF4α の役割は明らかとなっていない。

そこで本研究では、膵臓および肝臓におけるHNF4αの役割を明らかにすることを目的として、膵β細胞および肝細胞においてHNF4α蛋白質の発現抑制、過剰発現を行った場合について、cDNAマイクロアレイ解析を実施し新規HNF4α標的遺伝子を同定した。

第2章では、マウスインスリノーマ膵β細胞MIN6において、レトロウイルスによりHNF4αを過剰発現した場合についてマイクロアレイ解析を行い、発現変動遺伝子のプロファイリングを行った。その結果、HNF4αにより発現制御されている遺伝子として、生体異物輸送に関わるABC蛋白質 (ATP-binding cassette transporters) ABCC2、ABCC4、ABCG2や、ABCC2等のトランスポーター相互作用蛋白質PDZK1 (postsynaptic density protein (PSD-95) / Drosophila discs-large (dlg) / tight-junction protein (ZO1)) を抽出した。

第3章では、ヒト肝癌細胞HepG2において、RNAi (RNA interference) によりHNF4α蛋白質を発現抑制した場合、アデノウイルスによりHNF4α蛋白質を過剰発現した場合について、マイクロアレイ解析を行い遺伝子発現のプロファイリングを行い、代謝制御に関わる遺伝子の抽出を行った。その結果、HNF4αにより発現制御されている遺伝子として、脂質排泄に関与するABC蛋白質ABCG2、ABCG5、ABCG8や膜蛋白質と相互作用するPDZK1を抽出した。ヒトおよびマウスABCG5/ABCG8プロモーター配列のホモロジー、変異を導入したABCG5/ABCG8プロモーターおよび欠損ABCG5/ABCG8プロモーターを用いたレポーターアッセイ、さらにはEMSAによる検討結果より、ABCG5/ABCG8プロモーター領域のHNF4α標的配列を同定した。

本研究では、HNF4 aの膵β細胞でのインスリン分泌・発生における役割、肝細胞での糖・脂質代謝における役割を明らかにすることを目的とし、マイクロアレイ解析を実施し、HNF4 a新規標的遺伝子を抽出しその遺伝子発現調節におけるHNF4 aの役割について解析を行った。その結果、HNF4αは従来から知られているコレステロールから胆汁酸生合成に関与する律速酵素のみならず、肝細胞から胆汁中への脂質排泄に関わるABC蛋白質ABCG5、ABCG8の発現制御にも関与する因子であることが示唆され、HNF4αは糖代謝に加え脂質代謝においても役割を果たし脂質恒常性維持において重要な機能を司る転写因子であることを明らかにした。

よって本論文は博士 (工学) の学位請求論文として合格と認められる。

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