学位論文要旨



No 120738
著者(漢字) 堀内,恵子
著者(英字)
著者(カナ) ホリウチ,ケイコ
標題(和) 核内因子 WTAP (Wilms'tumor 1-associating protein) の機能解析
標題(洋)
報告番号 120738
報告番号 甲20738
学位授与日 2005.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博工第6158号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 児玉,龍彦
 東京大学 教授 浜窪,隆雄
 東京大学 教授 油谷,浩幸
 東京大学 特任助教授 南,敬
 東京大学 教授 岡山,博人
 東京大学 客員教授 服部,成介
 筑波大学 教授 山本,雅之
内容要旨 要旨を表示する

WTAP(Wilms' tumor 1-associating protein)は、当研究室においてヒト血管内皮細胞HUVEC (Human umbilical vein endothelial cell) cDNAライブラリーを用いた酵母Two-Hybridスクリーニング法により、GATA2のZnフィンガードメインに相互作用する因子として同定され、同じくZnフィンガー蛋白質であるWilms' tumor 1と結合する蛋白質として報告されている。WTAPはショウジョウバエのfemale-lethal-2-D (fl(2)D)遺伝子のヒトホモログであり、FL(2)DはSex-lethal遺伝子およびtransformer遺伝子のpre-mRNAのスプライシング制御に関わることが示されている。また近年、プロテオーム解析からWTAPはスプライシオソーム関連蛋白質として単離されている。以上のことから、WTAPはsplicingに関与しているのではないかと考えられているが、その生理的機能は明らかとなっていない。本研究では、WTAPの生理的機能を解明することを目的とし、HUVECを用いたin vitroおよびノックアウトマウスを用いたin vivoの系で解析を行った。

WTAP ノックダウン細胞を用いたWTAPの機能解析

WTAPに特異的な配列のsiRNA (short interfering RNA) をHUVECにトランスフェクションすることにより、WTAP mRNAおよび蛋白質発現を有意に下げるRNAi (RNA interference)の系を得た。この細胞からRNAを回収し、Affimetrix社 Human Genome U133 Plus 2.0アレイを用いてDNAマイクロアレイ解析を行った。その結果、Cyclin A、CDC20、Cyclin Bなど細胞周期のG2/M期に関連する遺伝子発現が顕著に減少した。サイクリンは細胞周期の主な調節因子であるが、Cyclin A、Bが顕著に抑制されており、G1サイクリンであるCyclin D、Eの発現レベルは変わらなかった。

以上の結果から、WTAPのRNAiが細胞周期に何らかの影響を及ぼしていると考えられた。そこでFACS解析により細胞周期のプロファイルを調べたところ、WTAPのノックダウンを行ったHUVECでは、コントロールと比べてG2/M期の細胞の割合が8.3%から21%へ顕著に増加していることが分かった。また細胞数を比較すると、WTAPのノックダウンにより細胞増殖が停止しておりG2 arrestが起こっていると考えられた。この作用は初代培養細胞であるヒト線維芽細胞においても観察され、WTAPのノックダウンによるG2 arrestがHUVECに特異的な現象ではないと考えられた。

WTAPのノックダウンによるG2 arrestのメカニズムを解析するにあたって、DNAマイクロアレイ解析で最も発現が低下したCyclin A2に注目した。CyclinA2は、(1)細胞周期のS期から発現し始め、G2/M期で最高レベルに達し、分裂中期の直前に速やかに分解される。(2)S期の進行、G2/Mの移行に必要である。(3)Cyclin Aの除去によりG2 arrestが起こることがショウジョウバエ胚や哺乳類体細胞で報告されている。そこでWTAPのノックダウンによりCyclin A2の発現が減少し、その結果G2 arrestが起こるという仮説を立て、Cyclin A2 mRNAの発現調節機構について解析した。

WTAPを介したCyclin A2 mRNA発現の調節が、転写活性による制御なのか、あるいはmRNAの安定性を介した制御なのかを解析した。まず、Cyclin A2のプロモーターおよび上流調節領域を挿入したルシフェラーゼベクターを用いたプロモーターアッセイを行い、転写活性による制御に関して検討した。その結果、WTAPのRNAiとコントロールで転写活性に顕著な違いは認められなかった。

次に、アクチノマイシンDを用いたアッセイにより、mRNAの安定性を介した制御について検討した。WTAPのsiRNAで処理した細胞にアクチノマイシンDを添加して転写を阻害し、その後、時間を追ってRNAを回収した。リアルタイムPCR法によりCyclin A2 mRNA量を調べてmRNAの崩壊速度を求めることで安定性を評価した。その結果、WTAPのRNAiによりmRNAの半減期が3時間から42分に短くなり、安定性が下がることがわかった。mRNA安定性制御の機構の一つとして、3'UTRを介した制御が知られている。そこでCyclin A2の3'UTR部分をluciferaseのコード領域直下に挿入したプラスミドを用いてキメラルシフェラーゼアッセイを行った。その結果、3'UTRの1〜244base部分のキメラルシフェラーゼを用いた場合、WTAP のRNAiによりコントロールの半分程度までルシフェラーゼ活性が落ちた。すなわち、Cyclin A2 mRNA 3'UTRの領域がWTAPによるmRNAの安定性に関わっていることが示唆された。

Wtapノックアウトマウスを用いた解析

レキシコン社において遺伝子トラップ法により作出されたノックアウトマウスを用いて解析した。ベクターが挿入された部分のPCRによりgenotypingの系を作成し、新生児のgenotypingを行ったところ、新生児でWtap -/-マウスは認められなかった。したがって、Wtapノックアウトマウスは胎生致死であり、WTAPが発生の過程において重要な役割を担っていることが示唆された。そこでWtapヘテロマウス同士を掛け合わせて胎生期の胚の解析を行った。

卵黄嚢DNAを用いてgenotypingを行いE8.5 (Embryonic day 8.5) 胚の解析を行った。Wtap -/-胚は、E8.5ですでに野生型胚、ヘテロ胚と比べて大きさが5分の1程度と大変小さく、神経ひだ、心臓、体節などの胚構造が認められないという異常なphenotypeを示したので、さらに初期のステージであるE6.5に遡って組織学的な解析を行った。E6.5胚は原腸陥入が始まる時期であり、胚性および胚外性の内胚葉、外胚葉で構成されている。異常な形態を示した個体は同腹の正常胚に比べて小さく、また、組織学的には細胞数が少なく、外胚葉と内胚葉からなる特徴的な胚の層構造が認められず、胚盤胞様の形態を呈した。抗WTAP抗体を用いた免疫染色の結果、E6.5で異常なphenotypeを示した個体ではWTAPが染まらず、Wtap -/-であることがわかった。また、Wtap -/-のE8.5、E9.5胚はWtap -/-のE6.5胚の構造と類似していたことから、E6.5より発生が止まっていると考えられた。

一方、Cyclin A2 ノックアウトマウスはE6.5で発生が止まり胎生致死であると報告されており、phenotypeがWtapノックアウトマウスのものと大変類似している。細胞周期解析におけるWTAPのRNAiの結果を合わせて考えると、WtapノックアウトマウスではCyclin A2の発現量が低下することで、Cyclin A2ノックアウトマウスと同様のphenotypeを示すと考えられた。

細胞周期におけるWTAP発現量

WTAPがG2サイクリン、M期関連遺伝子の発現に関与していることが示唆されたため、細胞周期におけるWTAPの発現量について検索した。Serum starvationによりHUVECをG1期に停止させ、その後まき直すと同時に増殖因子含有メディウムに換えることにより細胞周期を同調させた。その結果、WTAPの発現量はG1期で少なく、S、G2/M期で上昇することがわかった。Cyclin A2はG1期には発現していないが、S期に発現し、G2/M期でピークを迎えており、WTAPの発現パターンと同調していた。この発現パターンはCyclin A2 mRNAの安定性を維持するWTAPの機能を支持するものであると考えられた。

以上の研究結果より、WTAPは3'UTRを介してCyclin A2 mRNAの安定性を調節し、細胞周期におけるG2/M移行に必要であることが、哺乳類細胞およびマウス個体レベルにおいて明らかとなった。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、WTAPノックダウン細胞において、Cyclin A、CDC20、Cyclin Bなど細胞周期のG2/M期に関連する遺伝子発現が顕著に減少することを明らかにした。WTAPのノックダウンを行ったHUVECでは、G2/M期の細胞の割合が顕著に増加しており、また細胞増殖が停止しておりG2アレストが起こっていると考えられた。この作用は初代培養細胞であるヒト線維芽細胞においても観察され、WTAPのノックダウンによるG2アレストはHUVECに特異的な現象ではないと考えられた。

Cyclin A2 mRNA量の低下は、転写活性による制御ではなく、mRNAの安定性を介した制御であることがプロモーターアッセイおよび安定性アッセイにより明らかとなった。WTAPを介したcyclin A2 mRNAの安定性に関わる領域がCyclin A2 mRNA 3'UTRの9塩基にあることを欠失コンストラクトを用いた安定性アッセイにより明らかとなった。WTAP蛋白質の発現量は細胞周期により変化し、G1期で少なく、G2/M期で最大になることからCyclin A2の発現量と同調しており、cyclin A2 mRNAの安定性を維持することでcyclin A2の発現量を調節するのに必要であることを示唆した。さらに、アデノウィルスによりCyclin A2を発現させると、WTAPのノックダウンによるG2アレストが軽減されることから、Cyclin A2はWTAPのターゲットであり、WTAPのノックダウンでCyclin A2の発現量が低下することによりG2アレストが起こることが確認された。

Wtapノックアウトマウスを用いた解析では、新生児でWtap -/-マウスは得られなかったことから、WTAPが発生の過程において重要な役割を担っていることが示唆された。胎生期の解析により、Wtap -/-胚は、E8.5ですでに野生型胚、ヘテロ胚と比べて大きさが5分の1程度と大変小さく、神経ひだ、心臓、体節などの胚構造が認められないという異常なphenotypeを示すことが明らかになった。E6.5胚で異常な形態を示した個体は同腹の正常胚に比べて小さく、また、組織学的には細胞数が少なく、外胚葉と内胚葉からなる特徴的な胚の層構造が認められず、胚盤胞様の形態を呈した。抗WTAP抗体を用いた免疫染色の結果、E6.5で異常なphenotypeを示した個体ではWTAPが染まらず、Wtap -/-であることがわかった。また、Wtap -/-のE8.5、E9.5胚はWtap -/-のE6.5胚の構造と類似していたことから、E6.5より発生が止まっていると考えられた。Cyclin A2ノックアウトマウスはE6.5で発生が止まり胎生致死であると報告されており、phenotypeがWtapノックアウトマウスのものと大変類似していると考えられた。細胞周期解析におけるWTAPのRNAiの結果を合わせて考えると、WtapノックアウトマウスではCyclin A2の発現量が低下することで、Cyclin A2ノックアウトマウスと同様のphenotypeを示すと考えられた。

本研究は、WTAPがCyclin A2 mRNA 3'UTRを介してCyclin A2 mRNAの安定性を調節し、細胞周期におけるG2/M移行に必要であることを、哺乳類細胞およびマウス個体レベルにおいて明らかにしたものである。

よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

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