学位論文要旨



No 120741
著者(漢字) 任,斌知
著者(英字)
著者(カナ) ニン,ビンチ
標題(和) ヌクレアーゼS 1 とエキソヌクレアーゼIII の併用による二本鎖DNA中のSNPの検出
標題(洋) Combination of nuclease SI and exonuclease III for genotyping of SNPs in double-stranded DNA
報告番号 120741
報告番号 甲20741
学位授与日 2005.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6161号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小宮山,真
 東京大学 教授 油谷,浩幸
 東京大学 教授 菅,裕明
 東京大学 特任教授 平尾,一郎
 名古屋大学 教授 浅沼,浩之
内容要旨 要旨を表示する

緒言

ヒトゲノム情報を医療技術やバイオテクノロジーにいかに活用するかが重要な課題となってきている。遺伝子変異が特に注目されているが、その中でも、SNP(Single Nucleotide Polymorphism;1塩基多型)は重要性である。SNPsのタイプにより、体内で作られる酵素の働きが微妙に変わる。即ち、SNPsは遺伝子産物の質や量に直接影響を与え、また、疾患への罹りやすさや薬剤による重篤な副作用とも密接に関連している。その迅速かつ簡便な分析手法は重要である。現在、様々なSNP検出方法が報告されているが、いずれも色々な欠点がある。例えば、従来の分析法のほぼ全ては一本鎖DNAを対象としている。しかし、一本鎖サンプルの調製は時間やコストをかかり、効率が低い。一方、巨大なゲノムDNAは二本鎖で存在するので、それを直接SNPの解析に用いることは困難である。また、最適な反応条件が必要なので、大量のサンプルを同時に分析することが容易ではない。

第1章では、四つの要素(I、必要なサンプルの構造;II、サンプルの処理量;III、感度/特異性及び精度;IV、コスト)に基づいて、それらの問題を解決し、これまでのSNPs検出手法を概観している。

2本鎖DNAサンプルの直接SNP測定

第2章では、ペプチド核酸(PNA)プローブと2つの酵素(エキソヌクレアーゼIIIとヌクレアーゼS1)を併用し、ゲノム二本鎖DNAから直接得られるDNA断片をMALDI-TOF MS分析することによって、SNPを容易かつ精密に検出することに成功した。本手法の概要をSchemeに示す。人血から分離したゲノムDNAをPCRで増幅後、得られた二本鎖DNAをエキソヌクレアーゼIIIでまず処理する。すると、2本のDNA鎖が3'端から分解され、一本鎖部分が生成する。次いで、allele特異的なPNAプローブ(1つのSNPサイトに対して1本)を加え、対応するDNA部分と結合させた後にヌクレアーゼS1を加える。すると、PNAプローブが結合していない一本鎖DNA部分のみがヌクレアーゼS1により分解され、DNA小断片が生成する。最後に、この得たDNA断片をMSで測定し、質量の分析によって、対応するSNPサイトにどんな塩基があるかを明確に判定できる。代表的な分析例として、apoEの遺伝子(ε3)から得られたDNA断片の質量分析の結果をFigure1に示す。いずれのSNPサイトからも、alleleに特異的な断片が明確に観測され、正確かつ迅速なgenotypingが実現した。以上のように、PNAをプローブとする簡便な酵素反応により、二本鎖DNAサンプルから直接にSNPを正確に検出することに成功した。

また、本手法では、対応するSNPサイトに、ターゲット配列とone-base mismatchを含むPNAプローブを用いても、allele特異的なDNA小断片が十分に得られ、MSで明確的に分析できる。即ち、一本のPNAプローブを用いて、対応するSNPサイトが一つの反応で解析できる。或いは、それぞれのSNPサイトに対応するPNAプローブを一本ずつ用いて、同時に多数のSNPが検出できる。これはSNPs解析に有利である。

本研究では、エキソヌクレアーゼIIIとヌクレアーゼS1両方で処理することが必須である。更に重要なことには、PNAプローブを一番最初から、つまり、エキソヌクレアーゼIIIで処理する前から加えても、反応結果には全く影響を与えない。このことはPNAプローブが存在しても、2つの酵素が十分に作用することを意味しており、将来、この系をMicroarrayへ展開する上で、非常に重要な知見である。

選択的なDNA断片による効率的なSNPs検出

II項で開発した方法には、単一のPNAプローブを用いても、対応するSNPサイトから複数のDNA小断片が生成していた。これは多数のSNPサイトを同時に検出するには不利である。一本のPNAプローブから対応する一つのDNA小断片を得るために、第3章では、以下の実験を行った。

四つの要素(ヌクレアーゼS1反応の条件、PNAプローブの化学修飾、PNAプローブの長さ、種々の一本鎖DNA特異的なヌクレアーゼの活用)に関して、実験を試みた。その結果、DNA/PNA二重鎖の末端部分での保護が不十分であることが分かった。さらに、DNA/PNA二重鎖の5-末端が3-末端よりも、酵素によって分解されやすいことも分かった。従って、これらの知見に基づいて以下の検討を行った。

第4章では、PNAの末端にアクリジンを結合したところ、DNA保護能が著しく増大することを見出した。すなわち、この修飾PNAの存在下にヌクレアーゼS1処理を行うと、修飾PNAと相補的な部分が酵素から完全に保護され、予想通りのDNA断片が効率的に得られた。PNAプローブのC‐末端へのアクリジンの導入は特に有効である。つまり、C‐末端にアクリジンを修飾したPNAプローブを用いて、ヌクレアーゼS1を反応させると、対応するSNPサイトから一種類のDNA小断片しか得られなかった。これにより、DNA断片のMS分析も非常に簡素化された。

第5章では、C‐末端にアクリジンを修飾したPNAプローブを用いて、2つの酵素(エキソヌクレアーゼIIIとヌクレアーゼS1)を併用し、高度選択的に得られたDNA断片を質量分析することによって、二本鎖DNAサンプルから複数のSNPサイトをone-pot反応で正確かつ簡便に検出した。分析例として、apoEの遺伝子(ε3)から得られたDNA断片のMS結果をFigure2に示す。いずれのSNP サイトからも、alleleに特異的な断片が選択的に得られ、明確に観測される。これによって、正確かつ簡単なgenotypingが実現した。未修飾のPNAプローブを用いた場合に比べると、その差異は顕著である。

エキソヌクレアーゼIII/ヌクレアーゼS1/PNAシステムのメカニズムの検討

第6章では、主にDNA/PNA二重鎖のヌクレアーゼS1切断メカニズムを提案した。ヌクレアーゼS1は一本鎖DNAを特異的に切断酵素である。本研究では、構造と機能が類似のヌクレアーゼP1の結晶構造に基づいて、ヌクレアーゼS1の触媒メカニズムを提案した。この酵素は活性中心近くのbinding pocketに、水素結合やstacking相互作用により、DNA基質の5'側の塩基を認識し、3'側のP-O3' bondを分解する。それのために、III項で述べたように、PNAプローブのN端側(DNAの3'端側)に比べて、C端側はPNAにより保護されにくい。

第7章では、蛍光スペクトルの研究により、C‐末端にアクリジンを修飾したPNAプローブの効率的な保護特性を検討した。このアクリジンがDNA/PNA二重鎖5'-末端の塩基対の間にインターカレータすることが分かった。その結果、末端のbreathingが抑えられ同時に、アクリジンが競争的に酵素の結合を阻害する。このために、C‐末端にアクリジン修飾したPNAを用いると、選択性が高まり、MS分析が容易になる。

最後の第8章は、本研究の総括と展望である。以上のように、本研究では、酵素(エキソヌクレアーゼIIIとヌクレアーゼS1)/PNAシステムを構築して、2本鎖DNAサンプル(ゲノムDNAのPCR産物)から、SNPsを簡単かつ迅速に直接検出することに成功した。さらに、PNAのC‐末端をアクリジンで修飾することにより、同時に多数のSNPsを容易かつ効率的に解析することにも成功した。これは、遺伝病の発見やテーラーメード医療の発展を促進する基礎技術であり、人類の福祉に大いに貢献できる研究として期待される。

Scheme 二本鎖DNAのSNPs genotyping(exonuclease III/nuclease S1/PNA系)

Figure1 2つのPNAプローブを用いるapoE 3遺伝子(ε3)のgenotyping。

Figure2 2つのC‐末端にアクリジンを修飾したPNAプローブを用いるapoE 3遺伝子(ε3)のgenotyping。

審査要旨 要旨を表示する

SNP(Single Nucleotide Polymorphism;1塩基多型)は遺伝子産物の質や量に直接影響を与え、また、疾患への罹りやすさや薬剤による重篤な副作用とも密接に関連している。その迅速かつ簡便な分析手法は重要である。現在、様々なSNP検出方法が報告されているが、いずれも色々な欠点がある。本論文はこれらの問題を解決するために、ペプチド(PNA)をプローブとして、2つの酵素(エキソヌクレアーゼIIIとヌクレアーゼS1)反応より、二本鎖DNA中のSNPsの直接検出の新たなシステムを開発したものである。本論文は全8章で構成されている。

第1章は緒論で、SNP研究の重要性及びこれまでの検出方法について概説し、四つの要素(I、必要なサンプルの構造;II、サンプルの処理量;III、感度/特異性及び精度;IV、コスト)に基づいて、SNPs検出手法の問題点や研究の方向性などを整理している。そして、二本鎖DNAサンプルからSNPsの直接検出を対象とした本論文の研究目的、意義、そして、具体的な検討内容を述べている。

第2章では、二本鎖DNA中であるSNPsを直接検出するエキソヌクレアーゼIII/ヌクレアーゼS1/PNA システムに関して述べている。人血から分離したゲノムDNAをPCRで増幅後、得られた二本鎖DNAをallele特異的なPNAプローブ(1つのSNPサイトに対して1本)で保護し、エキソヌクレアーゼIII、ヌクレアーゼS1酵素反応で処理し、生成したDNA小断をMSで分析した。この手法は対応するSNPサイトにどんな塩基があるかを迅速かつ明確に判定できるという特徴を有する。本研究では、エキソヌクレアーゼIIIとヌクレアーゼS1両方で処理することが必須である。また、本手法では、対応するSNPサイトに、ターゲット配列とone-base mismatchを含むPNAプローブを用いても、allele特異的なDNA小断片が十分に得られ、MSで明確的に分析できる。即ち、一本のPNAプローブを用いて、対応するSNPサイトが一つの反応で解析できる。或いは、それぞれのSNPサイトに対応するPNAプローブを一本ずつ用いて、同時に多数のSNPを検出することもできる。将来、この系がMicroarrayへ展開できるなどの特徴を明らかにしている。

第3章では、得たDNA小断片の特徴を理解するために、四つの要素に関して、実験を行っている。その結果、DNA/PNA二重鎖の末端部分での保護が不十分であること、さらに、DNA/PNA二重鎖の5'-末端が3'-末端よりも、酵素によって分解されやすいことなどを明らかにしている。

第4章では、PNAの末端にアクリジンを結合したところ、DNA保護能が著しく増大することを見出している。この修飾PNAの存在下にヌクレアーゼS1処理を行うと、修飾PNAと相補的な部分が酵素から完全に保護され、予想通りのDNA断片が効率的に得られた。PNAプローブのC‐末端へのアクリジンの導入は特に有効である。つまり、C‐末端にアクリジンを修飾したPNAプローブを用いて、ヌクレアーゼS1を反応させると、対応するSNPサイトから一種類のDNA小断片しか得られず、DNA断片のMS分析が非常に簡素化されることを明らかにしている。

第5章では、実際の応用例を述べている。C‐末端にアクリジンを修飾したPNAプローブを用いて、2つの酵素(エキソヌクレアーゼIIIとヌクレアーゼS1)を併用し、高度選択的に得られたDNA断片を質量分析することによって、二本鎖DNAサンプルから複数のSNPサイトをone-pot反応で正確かつ簡便に検出できることを明らかにしている。

第6章では、構造と機能が類似のヌクレアーゼP1の結晶構造に基づいて、ヌクレアーゼS1の触媒メカニズムを提案し、この酵素は活性中心近くのbinding pocketに、水素結合やstacking相互作用により、DNA基質の5'側の塩基を認識し、3'側のP-O3' bondを分解する特徴を述べている。それに基づいて、DNA/PNA二重鎖のヌクレアーゼS1切断メカニズムを検討し、PNAプローブのN端側(DNAの3'端側)に比べて、C端側はPNAにより保護されにくいことを明らかにしている。

第7章では、蛍光スペクトルの研究により、C‐末端にアクリジンを修飾したPNAプローブの効率的な保護特性を検討している。このアクリジンがDNA/PNA二重鎖5'-末端の塩基対の間にインターカレータすることにより、末端のbreathingが抑えられ同時に、アクリジンが競争的に酵素の結合を阻害すために、C‐末端にアクリジン修飾したPNAを用いると、得た断片の選択性が高まり、MS分析が容易になることを明らかにしている。

第8章では、エキソヌクレアーゼIII/ヌクレアーゼS1/PNAシステムを持つ二本鎖DNA中のSNPの検出に関して得られた知見を総括し、今後の展望を述べている。

以上のように、本研究は化学的手法と生化学反応とを融合することによりSNPを効率的に検出する手法を開発し、関連科学の発展に大いに寄与する。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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