学位論文要旨



No 120742
著者(漢字) 施,云
著者(英字)
著者(カナ) シ,ウン
標題(和) アクリジン・DNA コンジュゲートの構造最適化による効率的な位置選択的 RNA 切断
標題(洋)
報告番号 120742
報告番号 甲20742
学位授与日 2005.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6162号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小宮山,真
 東京大学 教授 荒木,孝二
 東京大学 教授 菅,裕明
 東京大学 教授 平尾,一郎
 東京大学 教授 浅沼,浩之
内容要旨 要旨を表示する

[緒論]

ポストゲノムの時代を迎えた今日、遺伝子治療や遺伝子工学の分野において、RNAを位置選択的に切断するのは非常に有力な手段である。

本研究では、RNAを狙った位置で効率的に切断するために、種々の人工酵素を開発されてきた。従来の人工酵素では、触媒をDNA認識部位に固定化する方法が主として用いられた。しかし、この手法には、触媒分子をDNAに導入するための有機合成の煩雑さや、DNAへの導入の際に切断分子の活性が低下してしまうなどの難点があった。従来法のこれらの欠点を克服し、切断触媒の活性を最大限に利用するために、本研究室では"基質の活性化を利用した位置選択的なRNA切断法"を開発した。アクリジン修飾DNAが、相補的なRNAと二重鎖を形成すると、アクリジン分子はその正面のRNA塩基の5¢側のリン酸ジエステル結合を活性化する。従って、RNA切断触媒(例えばlanthanideイオン)を系中に加えると、アクリジンにより活性化されたRNA部位のみが切断された。この方法は反応触媒を認識DNAと共有結合で結合する必要が全くなく、従ってそれによる触媒活性の低下もなしに、高効率的にRNAを切断できる。しかし、それでも、生理条件 (pH 8)でRNAを50%分解するのには、15時間もかかる。将来の応用を考慮すると、さらなる切断活性の向上が必要である。

本論文は、"基質の活性化を利用した位置選択的なRNA切断"の切断効率を向上することを研究目的とする。RNA切断の効率を向上させるために、主にアクリジンをDNAに導入する際に用いられるアクリジンモノマーの構造を検討した。アクリジンモノマーの構造とRNA活性化能の関係を系統的に調べ、アクリジンモノマーの構造を最適化した。さらに、アクリジンの近傍に配位子を導入し、アクリジンで活性化された部位の近傍に金属イオンを固定化することよりその局所濃度を増やし、RNA切断効率を向上した。

[結論と考察]

アクリジンモノマーのリンカー構造の最適化

D-またはL-threoninolを出発原料として、アクリジンのキラルモノマーを設計した。それを用いて、キラルなアクリジンDNAコンジュゲートを構築した(Figure 1)。モノマーの構造 (リンカーの根元の立体配置とリンカーの側鎖の長さ) とアクリジンのRNA活性化能の関係を系統的に検討した。アクリジンの機能性を十分に発揮させRNAを効率的に切断するために、アクリジン分子をDNAに導入する際に用いられたリンカーの構造を最適化した。

アクリジンモノマーのリンカーの構造はアクリジンのRNA活性化能に顕著な影響を与える。まず、リンカーの根元の立体配置がアクリジンのRNA活性化能に影響する。ただし、効果は、リンカーの側鎖の長さに顕著に依存した。側鎖が短いと、リンカーの根元の立体配置はアクリジンのRNA活性化能への影響が小さい。一方、側鎖が長くなると、立体配置によるアクリジンのRNA活性化に与える影響が増加する。DNA1-3LはDNA1-3Dの約3倍の活性を示す。次に、L-threoninol由来のアクリジン修飾DNAのRNA活性化能が側鎖の長さに強く依存するのに対して、D-threoninol由来のアクリジン修飾DNAのRNA活性化能が側鎖の長さにそれほど依存しない。

アクリジンモノマーのリンカー構造の最適化の結果、L-threoninolを骨格とし側鎖のメチレン基の数がn = 3のリンカーでアクリジンをDNAに導入すると(DNA1-3L)、最も高いRNA活性化能を示す。

最適化したリンカーと種々のアクリジンとの組み合わせによる位置選択的RNA切断

構造最適化したキラルリンカーを用いて、酸性度がより高いアクリジンや、嵩高い置換基を持つアクリジン分子を繋ぎ、新たなアクリジンモノマーを構築した。これらのアクリジンモノマーをDNAに導入し、アクリジン修飾DNAを合成した。RNAへの切断実験を行って、アクリジン修飾DNAのRNA活性化能を評価した。

酸性度が高い9-amino-2-methoxy-6-nitroacridine を持つアクリジン修飾DNAは、酸性度が低い9-amino-6-chloro-2-methoxyacridineを持つアクリジン修飾DNAと比べて、RNA活性化能が約4倍高い。また、2位に嵩高いイソプロポキシ置換基を持つアクリジン修飾DNAはメトキシ置換基を持つDNAよりRNA活性化能が1.5倍高い。

さらに、酸性度が高いアクリジンの系でも、両異性体間のRNA活性化能の差は酸性度が低いアクリジンの系と同じ程度である。

結論として、Figure 2に示すアクリジンモノマー残基を持つアクリジン修飾DNAのRNA活性化能がもっとも高いことが明らかになった。その結果、RNA切断の半減期は15時間から3.5時間に短縮された。

リンカーの根元の立体配置がRNA活性化能に及ぼす効果の分子論的考察

UVスペクトル、蛍光スペクトル、分子モデリング、CDスペクトルおよび1H NMRなどの分光学的な手法を利用し、二重鎖中の2つの異性体DNA中のアクリジンの環境を比較した。その結果、リンカーの根元の立体配置によりアクリジンのRNA活性化能が異なるのは次のような原因によるものと結論した。リンカー根元の立体配置のみが異なる2つのアクリジンDNA異性体は、相補的なRNAと二重鎖を形成すると、両者のアクリジンはほぼ同じ位置に配置されるが、方向が異なる。また,両者のアクリジンのインターカレーションよりその周辺の核酸のコンフォメーションの変化の度合いが異なる。L-アクリジン修飾DNAの場合、アクリジンのインターカレーションにより、ターゲットRNAの2¢-OとPとの距離を短くさせ、リン酸ジエステル結合を加水分解に有利な五配位中間体を形成しやすいコンフォメーション変化を行い、従って、RNA活性化能が高いと推定した。

Lu(III)錯体の固定化によるRNA切断効率のさらなる向上

位置特異的なRNA切断の効率を向上させるために、アクリジンの近傍にさらに配位子を導入した。本研究は主に配位子モノマーの構造に着目した。

配位子モノマーの構造は、RNA切断効率に顕著な影響を与えた。特にイミノ二酢酸配位子は、DNAの近傍に配置されると、RNA切断効率が大幅に向上した。また、配位子分子はD-threoninol由来のリンカーでDNAに導入するのは、L-threoninol由来のリンカーでDNAに導入することよりRNA切断への加速効果が高い。

結論として、Figure 3に示すような配位子モノマー残基を持つ配位子修飾DNAのRNA切断への加速効果が最も高い。

[結論]

本研究をまとめると,次のことが分かった。

アクリジンモノマーの構造を最適化することより、位置特異的なRNA切断の半減期を従来の15時間から3.5時間に短縮した。

アクリジンで活性化された部位の近傍に配位子を導入することにより、位置特異的なRNA切断効率はさらに向上した。

Figure 1. アクリジンDNAコンジュゲートの構造

Figure 2. 最適化したアクリジンモノマー残基の構造

Figure 3. 最適化した配位子モノマーの構造

Figure 4.効率的な位置特異的RNA切断

審査要旨 要旨を表示する

ポストゲノムの時代を迎えた今日、遺伝子治療や遺伝子工学の分野において、RNAを位置選択的に切断する手法は重要である。

本研究では、RNAを狙った位置で効率的に切断するために、"基質の活性化を利用した位置選択的なRNA切断法"を開発した。アクリジン修飾DNAが、相補的なRNAと二重鎖を形成すると、アクリジン分子はその正面のRNA塩基の5¢側のリン酸ジエステル結合を活性化する。従って、RNA切断触媒(例えばlanthanideイオン)を系中に加えると、アクリジンにより活性化されたRNA部位のみが切断される。しかし、これまでは、生理条件 (pH 8)でRNAを加水分解するのに10数時間を要した。本論文では、切断活性の向上を研究目的とし、主に(1)アクリジンをDNAに導入するためのアクリジンモノマーの構造、(2)配位子分子をDNAに導入するための配位子モノマーの構造の2点について検討を行った。

アクリジンモノマーの構造の最適化

D-またはL-threoninolを出発原料として、アクリジンのキラルモノマーを合成した。それを用いて、キラルなアクリジンDNAコンジュゲートを構築し、モノマーの構造 (リンカーの根元の立体配置とリンカーの側鎖の長さ) とアクリジンのRNA活性化能との関係を系統的に検討した。その結果、リンカーの根元の立体配置がLであり、側鎖のメチレン基の数が3である時に、活性が最大となることを見出した。さらに、構造をこのようにして最適化したキラルリンカーにRNA活性化能の大きなアクリジンを結合し、さらなる高活性を実現した。

配位子モノマーの構造の最適化

アクリジンで活性化した部位の近傍に配位子を導入し、金属イオンを固定化することにより、さらにRNA切断効率を向上した。配位子モノマーの構造(リンカーの柔軟性、リンカーの根元の立体配置、リンカーの側鎖の長さ)とRNA切断効率の関係を明化した。その結果、根元の立体配置がDであり、側鎖のメチレン基の数が4のリンカーでイミノ二酢酸配位子をDNAに導入すると、RNA切断への加速効果が最大となることを見出した。

以上のように、本研究では、化学的手法を活用して、高活性な位置選択的RNA切断分子を構築することに成功した。この成果は、バイオテクノロジーのみならず、生化学全般の発展に大いなる寄与をすることが期待される。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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