学位論文要旨



No 120749
著者(漢字) 徐,正媛
著者(英字)
著者(カナ) ソウ,ジョンウオン
標題(和) ストレス応答性キナーゼ MKK4 と MKK7 のゼブラフィッシュ初期胚形成における役割
標題(洋) Physiological roles of stress-responsive kinases,MKK4 and MKK7,in zebrafish gastrulation
報告番号 120749
報告番号 甲20749
学位授与日 2005.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1148号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 三浦,正幸
 東京大学 助教授 川原,茂敬
 東京大学 助教授 楠原,洋之
 東京大学 助教授 武田,弘資
内容要旨 要旨を表示する

【序】

ストレス応答性キナーゼJNK/SAPK 系は、紫外線や熱などの物理化学的ストレスや腫瘍壊死因子TNFα、インターロイキン1βなどの炎症性サイトカインによって活性化され、免疫応答や細胞の生死の制御などに関与する重要な細胞内シグナル伝達経路である。JNKの活性化因子としてはMKK4とMKK7の2つの上流キナーゼが存在する(図1)。これまでに、MKK4欠損マウス、およびMKK7欠損マウスの解析から、JNKシグナル伝達系は発生や免疫系の制御に深く関与することが明らかにされてきた。私はJNKシグナル系の初期発生期における役割を詳細に研究するために、モデル生物としてゼブラフィッシュの利用を考えた。ゼブラフィッシュは脊椎動物でありながら、体外受精後短時間で発生し、その発生過程を実体顕微鏡下で観察できるという利点がある。私は本研究でゼブラフィッシュのMKK4とMKK7をクローニングし、JNKシグナルの初期発生における詳細な機能解析を行った。

【方法と結果】

ゼブラフィッシュのmkk4,mkk7をクローニング

ゼブラフィッシュのMKK4とMKK7をコードする遺伝子をデータベース上で探索し、mkk4a, mkk4b, mkk7の3種類の遺伝子を見出した。RACE法によりクローニングされた各遺伝子の全長は、マウスのMKK4やMKK7と80%以上の高い相同性をもち、MAPKKKによってリン酸化される部位を保存していた(図2)。マウスのMKK7は6種類のisoformがあり、ゼブラフィッシュの初期胚からβ1とγ1を同定した。クローニングされたゼブラフィッシュのMKK4A, MKK4BとMKK7は、マウスのMKK4やMKK7と機能的にも対応する相同遺伝子であることを確認した。

JNKはゼブラフィッシュの初期発生期に活性化している

発生期におけるmkk4a, bおよびmkk7のmRNAの発現を確認するために、アンチセンス鎖プローブを用いてin-situ hybridizationを行った。3つの遺伝子は原腸形成が行われる75%-epiboly段階とbud段階で胚全体に発現していた。ゼブラフィッシュ胚をJNKキナーゼアッセイで解析したところ、原腸形成期の胚(30%から75%-epibolyまで)でJNKのリン酸化が検出された。原腸形成が終わるbud以降の胚ではJNKのリン酸化が低下していた(図3)。

MKK4Bの機能阻害により、原腸形成時における収斂伸長運動に異常が生じる

細胞期のゼブラフィッシュ卵にmkk4a, bおよび、mkk7のモルフォリノアンチセンスオリゴ(MO)をインジェクションし、機能阻害実験を行った。24時間胚(24hpf)を観察した結果、mkk4aのMOで処理された胚は正常であったのに対して、mkk4bのMOで処理した場合は体全体的な形態形成異常を示した(図4)。一方、mkk7のMOで処理した胚は24hpfで弱い形態形成の異常を示した。mkk4bの強い表現型を詳細に検討すべく、神経板細胞の縁、脊索、MHBのマーカを用いて、10時間胚のin-situ hybridizationを行った。その結果、mkk4bのMOで処理した卵は、脊索、体節などへの細胞の分化は行われていたが、MOのインジェクション量依存的に、神経板細胞の移動や脊索の伸長に異常が確認された。この結果から、MKK4Bの機能を阻害すると、初期発生段階の原腸形成時における収斂伸長(convergent extension, CE)の形態形成運動に異常が生じることが確認された。CE運動は背側中胚葉細胞がお互いの滑り込み運動によって組織の幅を収斂させ、前後方向に伸長する、胚発生の中でも最もダイナミックな形態形成運動である。

MKK4Bの機能阻害により、Wnt11の発現が上昇する

JNKが遺伝子の発現制御を行っている可能性を考え、RT-PCRで収斂伸長運動にかかわる分子の発現を検討した。関連因子であるE-cadherinやMir, Stat3, Liv1などの分子の発現には差がなかった。また、Wntシグナル経路に属するWnt8やWnt5の発現量にも変化はなかった。しかしながら、Wnt11の発現量だけがMKK4BのMOをインジェクションした胚で上昇していた(図5)。このことから、JNKはWnt11の発現を通常抑制的に制御していることが考えられる。Wnt11はショウジョウバエの平面内細胞極性(Planar Cell Polarity, PCP)経路のリガンドとして知られており、最近のゼブラフィッシュやアフリカツメガエルの解析から、PCP経路が脊椎動物ではCE運動の制御を行っていることが示唆されている。

その発現上昇を詳細に調べるため、Wnt11アンチセンス鎖プローブを用い、in-situ hybridizationを行った。WTの胚ではshield段階以前まで境界領域部分全体に発現しているWnt11がshield段階になりオーガナイザーが形成されるとともに、オーガナイザー部分の発現が弱くなる。しかし、MKK4BのMOをインジェクションした胚では、境界領域部分全体的にWnt11の発現量が上昇するとともに、オーガナイザー部分の発現も上昇する。オーガナイザーはそれ自身が体軸中胚葉に分化するが、原腸陥入の誘導能をもち、それによって、epiblastとhypoblastが形成され、さらに、細胞が移動していくことで正しい位置に各組織が配置されるようにする。このような重要な役割を果たしているオーガナイザー部分でのWnt11の異常発現は、以降の細胞運動に異常をもたらす可能性がある。

Wnt11の発現上昇はCE異常を誘導する

Wnt11の発現上昇が細胞運動に異常をもたらすかを検討した。Wnt11のmRNAを受精直後の卵にインジェクションすることで過剰発現させ、表現型を観察した。11時間胚と24時間胚を観察した結果、Wnt11が過剰発現することで、CE運動に異常が生じた(図6)。この結果は、JNKの阻害によるCE運動の異常がWnt11の発現上昇により生じることを示唆している。

【総括】

本研究において私は、ゼブラフィッシュのmkk4a, mkk4b, mkk7をクローニングし、MKK4Bをノックダウンすると、細胞の分化には影響がないが、CE運動に異常が起こることを明らかにした。その際にWnt11の発現が上昇すること、また、その上昇部位が通常Wnt11が発現しなくなるオーガナイザー部位であることを見出した。さらに、Wnt11の発現上昇により、CE運動に異常が起きることを示した。以上の結果から次のようなモデルを考えた(図7)。正常の発生を行っている胚の場合、shield段階になると境界領域の細胞ではWnt11が発現され続けるが、オーガナイザー部分ではMKK4Bが活性化され、JNKにシグナルが伝わり、何らかの転写因子を介してWnt11の発現を抑制する。このような正確なWnt11の発現制御により、バランスを保ったCE運動が行われる。一方、MKK4Bの機能を阻害された胚では、オーガナイザー部分でのWnt11の発現抑制ができなくなり、Wnt11の発現上昇が起こり、CE運動の異常が生じる。

私は本研究により、JNKシグナル伝達経路がWnt11の遺伝子発現制御を通じて初期発生期のCE運動に必須の役割を果たしていることを見出した。この結果は脊椎動物の発生における分子メカニズムを理解する上で重要な知見であると考えられる。

図1.JNK/SAPKシグナル伝達経路

図2.ゼブラフィシュMKK4, MKK7のクローニング

図3.初期発生期におけるJNKの活性化

図4. MKK4Bの阻害による表現型

図5. MKK4B阻害時の遺伝子発現変化

図6. Wnt11過剰発現によるCE異常

図7.CE運動の分子メカニズムのモデル図

審査要旨 要旨を表示する

多細胞生物を構成する個々の細胞は、栄養状態や浸透圧の変化、熱や異常タンパク質の蓄積などによる化学的・物理的ストレスに応答し、個体としての恒常性の維持に努めている。これらのストレス応答に介在する細胞内シグナル伝達分子の1つとして、c-JunN-terminal kinase/Stress-activated protein kinase (JNK/SAPK)が知られている。このJNKの活性化因子としてMKK4とMKK7の2種の上流キナーゼが存在し、これまでの研究から、MKK4欠損マウス及びMKK7欠損マウスは肝形成不全を伴って胎生致死となることが見出されてきた。しかしながら、マウスは子宮内で発生するために初期発生の観察が困難であり、MKK4とMKK7の機能については未解明な部分が多く残されている。「Physiological roles of stress-responsive kinases, MKK4 and MKK7, in zebrafish gastrulation(和訳:ストレス応答性キナーゼMKK4とMKK7のゼブラフィッシュ初期胚形成における役割)」と題する本論文においては、脊椎動物でありながら体外受精後に短時間で発生し、その発生過程が容易に観察可能なゼブラフィッシュをモデルにMKK4とMKK7の機能を解析し、JNKシグナルが初期の形態形成において重要な収斂伸長(convergent extension、CE)の細胞運動に必須の役割を果たすこと、さらに、そのCE運動に際してWnt11の遺伝子発現を局所的に抑制することを明らかにしている。

JNKはゼブラフィッシュの初期発生期に活性化している

まず、データベース上からMKK4とMKK7をコードするゼブラフィッシュの遺伝子を探索し、mkk4a、 mkk4b、 mkk7の3種の遺伝子を単離・同定した。それらは、マウスのMKK4やMKK7と80%以上の高い相同性をもち、さらに上流のキナーゼによってリン酸化される配列を保存していた。また、ゼブラフィッシュのMKK4A、MKK4BとMKK7は、マウスのMKK4やMKK7と機能的にも相同な遺伝子であることを確認した。アンチセンス鎖プローブを用いてin-situ hybridizationを行い、3つの遺伝子が原腸形成期である75%-epiboly段階とbud段階で胚全体に発現していることを認めた。JNKキナーゼアッセイによる解析から、原腸形成期の胚(30%から75%epibolyまで)においてJNKが活性化され、原腸形成が終わるbud以降の胚ではその活性化が低下することを見出した。

MKK4Bの機能阻害により、原腸形成期の収斂伸長運動に異常が生じる

モルフオリノアンチセンスオリゴ(MO)を用いて機能阻害実験を行った結果、24時間胚において、mkk4aのMOで処理した胚は正常であったのに対して、 mkk4bのMOの場合に体全体において形態形成の異常を認めた。一方、mkk7のMOで処理した胚では、弱い形態形成の異常を示した。mkk4bのMOによる強い表現型を詳細に検討すべく、神経板細胞の縁、脊索、MHBのマーカを用いて、10時間胚のin-situhvしriclizationを行った。その結果、mkk4bのMOで処理した卵は、脊索、体節などへの細胞の分化は行われていたが、MOの注入量に依存して、神経板細胞の移動や脊索の伸長に異常が認められた。このような細胞運動の異常は、初期発生段階の原腸形成時におけるCE運動に異常が生じた時の表現型として知られている。これらの結果から、MKK4BがCE運動に必須の役割を果たすことが明らかにされた。

MKK4Bの機能阻害はWnt11の発現を上昇させる

JNKがCE運動に関わる遺伝子の発現を制御している可能性を考え、RT-PCRにて各種の関連遺伝子の発現を検討した。MKK4BのMOを注入した胚では、Eカドヘリン、Stat3、Livl、また、Wntシグナル経路に属するWnt8やWnt5の発現量に変化はなかった。しかしながら、Wnt11の発現量だけが特異的に上昇していた。したがって、JNKはWnt11の発現を通常は抑制していると考えられた。Wnt11はショウジョウバエの平面内細胞極性(Planar Cell Polarity、PCP)経路のリガンドとして知られており、最近のゼブラフィッシュによる解析から、PCP経路が脊椎動物ではCE運動の制御を行っていることが示唆されている。その発現上昇を詳細に調べるために、Wnt11アンチセンス鎖プローブを用いてin-situ hybridizationを行った。正常の胚では、Wnt11はシールド段階以前まで境界領域部分全体に発現しているが、シールド段階になってオーガナイザーが形成されると、オーガナイザー部分のWnt11の発現は弱くなる。しかしながら、MKK4BのMOを注入した胚では、境界領域部分の全体にわたってWnt11の発現量が上昇するとともに、オーガナイザー部分の発現も上昇していた。オーガナイザーはそれ自身が体軸中胚葉に分化するとともに、原腸陥入を誘導する能力をもっている。このような重要な役割を果たしているオーガナイザー部分での異常なWnt11の発現上昇は、以降の細胞運動に異常をもたらすと考えられた。

Wnt11の発現上昇は収斂伸長運動の異常を誘導する

Wnt11のmRNAを受精直後の卵に注入して過剰発現させ、Wnt11の発現上昇が細胞運動に与える影響を検討した。11時間胚と24時間胚で観察した結果、Wnt11の過剰発現によってCE運動に異常が生じることを確認した。この知見は、JNKの阻害によるCE運動の異常が、Wnt11の発現上昇によって生じた可能性を支持している。

以上を要するに、本研究は、マウスのmkk4とmkk7の相同遺伝子であるゼブラフィッシュのmkk4a、 mkk4bとmkk7を単離・同定し、MKK4Bをノックダウンすると、ゼブラフィッシュの初期発生において収斂伸長運動に異常が生じることを明らかにしている。また、JNKシグナル伝達経路が、Wnt11の局所的な遺伝子発現の抑制を介して初期発生期のCE運動に必須の役割を果たしていることを見出している。これらの研究成果は、脊椎動物の発生におけるJNK

シグナルの分子メカニズムを理解する上で重要な知見を提供しており、博士(薬学)の学位として十分な価値があるものと認められる。

UTokyo Repositoryリンク