No | 120755 | |
著者(漢字) | ||
著者(英字) | Amr Mohamed Ageez | |
著者(カナ) | アムル モハメド アジーズ | |
標題(和) | 雄雌異株植物Silene latifoliaの雄花で特異的に発現する遺伝子の単離と同定 | |
標題(洋) | Isolation and characterization of genes differentially expressed in the male flower bud of the dioecious plant Silene latifolia | |
報告番号 | 120755 | |
報告番号 | 甲20755 | |
学位授与日 | 2005.09.30 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(生命科学) | |
学位記番号 | 博創域第145号 | |
研究科 | 新領域創成科学研究科 | |
専攻 | 先端生命科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 序論 ヒロハノマンテマ(Silene latifolia)は形態学的に識別可能な性染色体XとYをもっている。雄株(22A+X+Y)は10本の雄蕊と退化した雌蕊をもつ雄花を発達させ、雌株(22A+2X)は花柱と上位子房と10本の退化した雄蕊をもった雌花を発達させる。ヒロハノマンテマの雌花に黒穂菌Microbotryum violaceumが感染すると、退化していた雄蕊は葯を発達させるようになる。発達した葯には花粉の代わりに黒穂胞子(teliospores)が含まれる。 ホメオボックスは、動植物の発生や発達過程にかかわる多くの遺伝子に存在する180bpのコンセンサス配列である。生殖器官特異的なホメオボックス遺伝子は数多く同定されているが、雌雄異株植物の雄花と雌花の性的な分化にかかわるホメオボックス遺伝子についてはほとんどわかっていない。本研究では、ヒロハノマンテマで2つのホメオボックス遺伝子を単離し、その発現パターンを花器官分化過程で解析した。 健康な雄花蕾と黒穂菌が感染した雌花蕾を用いたcDNAサブトラクション法を用いて、葯の発達過程後期で雄花の遺伝子制御にかかわるcDNAを単離した。それらのcDNAは葯の発達や花粉の成熟に直接関連しているように見えた。それらは、雄性不稔を遺伝子操作する方法を考案し、雄性不稔回復遺伝子と稔性遺伝子との相互作用を深く理解するうえでも極めて有益である。 結果と議論 2つのホメオドメイン・ロイシンジッパー遺伝子の単離と解析 単離された2つの遺伝子、 SIHDL1とSIHDL2は、特徴的な転写因子であるHD-Zipをコードしていた。HD-Zip領域の前に酸性アミノ酸領域があり、ロイシンジッパーに直接つながったホメオドメイン、6残基のロイシンの位置には疎水残基と親水残基があった(図1)。SIHDL1とSIHDL2のHD-Zip部位と他の植物のホメオドメインとの比較から、それらのアミノ酸配列がHD-ZipのクラスIとクラスIIにそれぞれ最もよく似ていることがわかった。In situハイブリダイゼーション(ISH)は、SIHDL1が特異的に葯の最外層と雌蕊の内層で途切れ途切れに発現しており、これはSIHDL1の転写産物がヒロハノマンテマの花器官の表皮組織形成の初期発達段階で働いていることを示唆している(図2A-C)。葯と雌蕊の発現パターンは、この遺伝子が生殖器官の分化にかかわっていることを示唆している。SIHDL2の転写産物の著しい蓄積が雄花の葯と花粉にあることがリアルタイムPCRとISHで見いだされた。ヒロハノマンテマの花器官での特異的な遺伝子発現がSIHDL1とSIHDL2によって制御されている可能性がある(図2)。 雄花蕾で発現する雄の稔性にかかわる遺伝子の単離と同定 ヒロハノマンテマの稔性花粉で発現する遺伝子を単離するため、健康な雄花蕾と黒穂菌感染雌花(両性花の雄性不稔)のcDNAサブトラクションを行った。タペート細胞の活性と花粉の発達が起こるので、サブトラクションには蕾長1.0-3.5 mm(ステージ8-11)を選んだ。サブトラクションライブラリーの作成にはPCR選別cDNAサブトラクションキット(Clontech,PaloAlto,CA)を用いた。2回の連続したサブトラクションによって1356のcDNAクローンライブラリーが構築できた。ライブラリーの成否を確かめるために、288のクローンをランダムにピックアップしてシーケンスした。36のクローンについては、先に同定された雄花特異的な遺伝子men2、men3、men8、men9、men369、MROS3A、 MROS3B、 ST1、 OCLS4, SIX1SLP2に一致していた。 健康な雄花と雌花、根、葉のmRNAからcDNAを合成し、それをPCRで増幅してバーチャルノーザンブロット解析を行った。増幅cDNAはスーパーSMARTPCRcDNA合成キット(Clontech)を用いて精製した。雄特異的あるいは雄で多く発現している5つの特異的なcDNAクローンが同定できた。これら5つのクローンの転写産物は雄の雷でのみ検出され、SIGh17、SIAPG、SISs、SIMDL1とSIChsと名付けられた。それらのアミノ酸配列は、グリコシル脱水素酵素17の蛋白質ファミリー(Gh17)、葯特異的プロリンリッチ(APG)蛋白質前駆体、ストリクトシリンジン合成酵素ファミリー(Ss)、マンデロニトリル分解酵素ファミリー(MDL1)、とチャルコン合成酵素ファミリー(Chs)にホモロジーがあった。 SIGh17、SIAPG、SISs、SIMDL1とSIChsの雄花の蕾の発達段階における発現パターンをバーチャルノーザンブロット解析で調べた。1.0〜3.5mmの若い雄花の蕾(ステージ8〜11)と7.0-15.0mmの成熟した雄花(ステージ12とそれ以上)から得られたcDNAをPCRで増幅した。SIGh17、SIAPG、SISs、SIMDL1とSIChsのcDNAクローンはバーチャルノーザンで若い蕾の時期に強くハイブリダイズした。これら5つの転写産物は、強いタペート細胞活性、カロース沈着、減数分裂に入って花粉四分子を作る花粉母細胞によって特徴付けられる時期に、特異的に蓄積されていた。ISHの結果は、SIGh17の転写産物は成熟した花粉に蓄積することを明らかにした。SLMDL1とSISsの転写産物のタペート細胞で発現していたが、その発現はタペート細胞の崩壊とともに止んでいた。SIAPGとSISsの転写産物はタペート細胞と小胞子で花粉が成熟するまで発現していた。 SIGh17とSIChsの全長をRACEシステム(Clonetch)を用いて単離した。SIGh17タンパク質グループは系統樹では葯特異的な小さなサブグループがあった(図3)。タペート細胞と花粉におけるSIGh17の強い発現はISHで確かめられている。系統樹では、SIGhsは、すでに単離された6つのカロース合成酵素のサブグループに分類できる(図4)。Chs酵素は花粉の発達に必須であることが示されている。ペチュニア、トウモロコシ、タバコの花の葯でChs活性を破壊すると不稔花粉になる。 雄花の葯で強く発現するヒロハノマンテマのゾマチン様タンパク質 雄花と黒穂菌感染雌花のサブトラクションで作成されたcDNAライブラリーのスクリーニングで、ヒロハノマンテマのソマチン様タンパク質遺伝子(SITh)のcDNAが単離された。異なる植物から単離されたソマチン様タンパク質は、生体内で菌類病原菌の成長を阻害することが示されている。雄花と雌花から単離したSIThのcDNAを調べると、SIThの転写産物は健康な雄花の蕾で非常に多くまた雌花の蕾でも発現していることがわかった。SITh遺伝子の全長cDNAはRACEシステムを使って単離した。ゲノミックサザンハイブリダイゼーションのパターンからSIThが単一コピー遺伝子であることがわかった。 植物ソマチンのアライメントから、SIThは疎水性のN末端シグナル配列をもったタンパク質をコードしていることがわかった。この分泌タンパク質は、多くの単子葉植物で見つかっている保存的なCys残基の欠損型17-kDではなく、保存的なCys残基を保持した24〜25-kDのソマチンタンパク質だと予測される。SIThの発現パターンをISHを用いて調べた。雄花と雌花両方の蕾の発達段階の後期にSIThの転写産物は蓄積していた。SITh転写産物は雌花の蕾の雌蕊と花弁に蓄積されていることがモニターされている。これに対して、雄花の蕾では、SITh転写産物は明確に雄花の蕾の葯と特に四分子と花粉で蓄積していた。また、タペート細胞やがく片、花弁では発現は認められなかった。 SITh cDNAの発現パターンはSIGh17 cDNAと同様であった。Trudelら(1998)は、いくつかのソマチン様タンパク質が特異的に結合するβ(1,3)グルコネースが、成熟花粉の発達を導くSIGh17のような遺伝子とSIThが相互作用する可能性があることを明らかにしている。 結論 二つのホメオドメイン・ロイシンジッパー遺伝子をヒロハノマンテマ雄花の蕾から単離した。 a.SIHDL1は葯と雌蕊の表皮の発達段階の初期に機能する。それは花器官の形成と機能を制御する遺伝子と相互作用すると考えられる。 b.SIHDL2は雄の生殖器官で高い発現レベルであった。それは同様の部位で特異的な標的に働きかけているものと考えられる。 ヒロハノマンテマの雄花の蕾の葯で特異的に発現する7つのcDNAクローンを単離した。 a. 5つの遺伝子(SIGh17、SIAPG、SISs、SIMDL1とSIChs)は、雄の生殖器官発達にともなって起こるタペート細胞活性の増大期間に特異的に発現する。 b. SIGh17は触媒部位とGh17ファミリーに保存的なアミノ酸残基をもっている。それは系統樹で葯特異的なGh17タンパク質の小さなサブグループに分類できる。 c. SIChsは触媒部位とChsファミリーに保存的なアミノ酸残基をもっている。それは系統樹で葯特異的なChsタンパク質の小さなサブグループに分類できる。 SITh遺伝子は葯の発達の後期の四分子と花粉で高度に発現している。 図1. SIHDL1とSIHDL2の塩基配列 AとB SIHDL1とSIHDL2のアミノ酸配列。HDモチーフには下線を引き、Zipの周期的なLeu残基はイタリックで、HDに先行するアミノ酸を太字とイタリックで示す。C,異なる生物のHDとZipの塩基配列の比較。ダッシュはSIHDL1と同じものを示す。 図2.雌雄の蕾におけるSIHDL1とSIHDL2の空間的発現 A,葯の外層におけるSIHDL1の発現 B,雌花後期のがくと花弁におけるSIHDL1の発現 C,雌蕊の外層における SIHDL2の発現DとE,葯と胚珠におけるSIHDL2の発現 図3 SIGh17の系統解析 植物Gh17のアミノ酸配列のアライメントを系統解析した。SIGh17クレード(星印)は雄生殖器官特異的であった。 図4 SIChsの系統解析 植物Chsファミリーのアライメントはは系統解析した。SIChsクレード(星印)は雄生殖器官特異的であった。 | |
審査要旨 | 本論分は3章からなり、第1章は2つのホメオドメイン・ロイシンジッパー遺伝子の単離と解析、第2章は雄花蕾で発現する雄の稔性にかかわる遺伝子の単離と同定、第3章は雄花の葯で強く発現するヒロハノマンテマのソマチン様タンパク質について述べられている。 ヒロハノマンテマ(Silene latifolia)は、形態学的に識別可能な性染色体XとYをもっている。雄株(22A+X+Y)は10本の雄蕊と退化した雌蕊をもつ雄花を発達させ、雌株(22A+2X)は花柱と上位子房と10本の退化した雄蕊をもった雌花を発達させる。また、雌花に黒穂菌Microbotryum violaceumが感染すると、退化していた雄蕊は葯を発達するようになる。発達した葯には花粉の代わりに黒穂胞子が含まれる。本論文提出者のアムル・モハメド・アジーズは、植物とその寄生菌を巧みに用いて、ホメオボックス遺伝子をはじめ、雄花の蕾や葯で発現する雄の稔性にかかわる遺伝子を単離した。それらは、将来、雄性不稔を遺伝子操作する方法を考案し、雄性不稔回復遺伝子と稔性遺伝子との相互作用を深く理解するうえでも極めて有益になろう。 第1章で単離したのは2つのホメオドメイン・ロイシンジッパー遺伝子、SIHDL1とSIHDL2である。これらは特徴的な転写因子であるHD-ZipをコードしていたIn situハイブリダイゼーション(ISH)は、SIHDL1が特異的に葯の最外層と雌蕊の内層で途切れ途切れに発現しており、これはSIHDL1の翻訳産物がヒロハノマンテマの花器官の表皮組織形成の初期発達段階で働いていることを示唆していた。葯と雌蕊の発現パターンは、SIHDL1が生殖器官の分化にかかわっていることを示唆している。また、SIHDL2の転写産物の著しい蓄積が薪と花粉にあることを、リアルタイムPCRとISHで明らかにしている。ヒロハノマンテマの花器官での特異的な遺伝子発現がSIHDL1とSIHDL2よって制御している可能性がある。 第2章で単離したのは雄花蕾で発現する雄稔性にかかわる遺伝である。ヒロハノマンテマの稔性花粉で発現する遺伝子を単離するため、健康な雄花蕾と黒穂菌感染雌花でcDNAサブトラクションをし、1356のcDNAクローンライブラリーを構築した。調べた36のクローンについては、先に同定された雄花特異的な遺伝子men2、men3、wen8、men9、men369、MROS3A、MROS3B、ST1、 CCLS4、 SIX1とSLP2に一致していた。バーチャルノーザンブロット解析で、雄特異的な7つのcDNAクローンを同定した。そのうち5つは、SIGh17、SIAPG、SISs、SIMDL1とSIChsSMDL1とSIChsと名付けられ、グリコシル脱水素酵素17の蛋白質ファミリー(Gh17)、葯特異的プロリンリッチ(APG)蛋白質前駆体、ストリクトシリンジン合成酵素ファミリー(Ss)、マンデロニトリル分解酵素ファミリー(MDL1)、とチャルコン合成酵素ファミリー(Chs)にホモロジーがあった。これら5つの転写産物は、タペート細胞活性、カロース沈着、減数分裂に入って花粉四分子を作る花粉母細胞によって特徴付けられる時期に、特異的に蓄積されていた。ISHの結果は、SIGh17の転写産物は成熟した花粉に蓄積していた。SIAPGとSIChsはタペート細胞で発現していたが、その発現はタペート細胞の崩壊とともに止まっていた。SIMDL1とSISsの転写産物はタペート細胞と小胞子で花粉が成熟するまで発現していた。SIGh17とSIChsの全長を単離した。SIGh17タンパク質グループは系統樹では葯特異的な小さなサブグループがあった。タペート細胞と花粉におけるSIGh17の強い発現はISHで確かめられている。系統樹では、SIChsは、すでに単離された6つのカロース合成酵素のサブグループに分類できた。 第3章では雄花の葯で強く発現するヒロハノマンテマのソマチン様タンパク質について述べている。雄花と黒穂菌感染雌花のサブトラクションで作成されたcDNAライブラリーのスクリーニングで、ヒロハノマンテマのソマチン様タンパク質遺伝子(SITh)のcDNAが単離された。SIThは、生体内で菌類病原菌の成長を阻害する可能性がある。SIThの転写産物は健康な雄花の蕾で非常に多く、また雌花の蕾でも発現していることがわかった。SITh遺伝子の全長cDNAはRACEシステムを使って単離した。ゲノミックサザンハイブリダイザーションのパターンからSIThが単一コピー遺伝子であることがわかった。SIThは疎水性のN末端シグナル配列をもったタンパク質をコードしている。この分泌タンパク質は、多くの単子葉植物で見つかっている保存的なCys残基の欠損型17-kDではなく、保存的なCys残基を保持した24〜25-kDのソマチンタンパク質だと予測された。SIThの発現パターンはISHを用いて調べた。雄花と雌花両方の蕾の発達段階の後期にSIThの転写産物は蓄積していた。SITh転写産物は雌花の蕾の雌蕊と花弁に蓄積されていることがモニターされている。これに対して、雄花の蕾では、SITh転写産物は明確に雄花の蕾の葯と特に四分子と花粉で蓄積していた。また、タペート細胞では発現は見られず、雄花の蕾のがくと花弁でも同様に発現は認められなかった。 なお、本論文第1章は、松永幸大、内田和歌奈、杉山立志、風間裕介、河野重行との共同研究で、共著論文として論文発表もしているが、本論文提出者の寄与が十分であると判断する。また、本論文第2章も、風間裕介、杉山立志、河野重行との共同研究であるが、これも本論文提出者の寄与が十分であると判断できる。 したがって、博士(生命科学)の学位を授与できると認める。 | |
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