学位論文要旨



No 120757
著者(漢字) 桝田,秀隆
著者(英字)
著者(カナ) ヤナギダ,ヒデタカ
標題(和) 製品に使用される有毒物質の評価方法に関する研究 職場許容濃度と動物の半数致死量に基づく推算方法
標題(洋) Risk Assessment Methodology for Consumer Electronic Product Based upon OELs,predicted from LD50
報告番号 120757
報告番号 甲20757
学位授与日 2005.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第147号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柳沢,幸雄
 東京大学 助教授 新井,充
 東京大学 助教授 吉永,淳
 東京大学 教授 飯塚,悦功
 北里大学 教授 坂部,貢
内容要旨 要旨を表示する

緒言

電気製品は化学物質を多量に使用していおり,その中には有害物質もある.設計者はどのように化学物質を選定すればよいのであろうか.本研究では健康影響値HIを製品に含まれる化学物質の評価方法として提案した.HIは製品のライフサイクルを考慮して製品に使用する化学物質の潜在する毒性の最大値を相対的に比較する評価手法である.化学物質の健康影響指標は実験動物の半数致死量,OEL等さまざまなものがある.本研究では作業場の空気中の許容濃度であるOELを採用した.OELは人間を対象とした化学物質の毒性を表す指標であり,データ量が最も豊富な指標であるからである.しかし、製品に含まれる化学物質は必ずしもOELが定められているとは限らない.本研究の目的はOELが確定していない化学物質を既知のLD50から推算することである.

方法

健康影響の指標

健康影響の指標は,人間を対象とした金属の毒性をあらわす指標の中で,データ量が最も豊富なOELを採用した.OELはそれぞれの国で独自に定められている.S.Gangolliはイギリス,フランス,ドイツ,スウェーデン,アメリカ,日本の6カ国のOELをまとめたデータベースであるDOSE(The Dictionary of Substances and Their Effects, Royal Society of chemistry,1999)を編集した.OELは国によって異なっている場合があるので,各国の規定値の中で一番小さい値を選定した.また,金属は有毒金属から労働者の健康を守るためにOSHA(Occupational Safety & Health Administration)が作業場の規制値として指定している35種類の有毒金属を対象とした.ここで,健康影響指標hi(healthindex)は式(1)で表される.

ここで,10mg/m3は金属のOELの中で一番値の大きい金属,例えば酸化ホウ素が該当する.

OEL推算式の算出

LD50の値はDOSEを使用して収集・整理した.

ラットとマウスのOEL,LD50及び各種金属に多変量重回帰分析を適用した.従属変数はlogOELにした.独立変数はlogLD50及び各種金属にした.金属化合物は金属グループに属する金属があるときは1であらわし,金属がない時には0とした.そして,ラット及びマウスのOELの推算式を重回帰式から求めた.

結果

ラットの重回帰分析結果

調整済みの決定係数は第一ステップ,最終ステップでそれぞれ0.22,0.87となった.重回帰式は有意確率=0.000がα=0.05より小さいことから,重回帰式は有意である.共線性に関しては,VIPが1.75以下であり,問題はない.また,母回帰の信頼区間のバラツキは±0.7桁以内であった.回帰診断はてこ比等問題ないことが判明した.OELの推算式は式(2)で示される.

ここで,MCC(Metallic Compensation coefficient)は金属補償係数であり,その値をTable1.に示した.

マウスの重回帰分析結果調整済みの決定係数は第一ステップ,最終ステップでそれぞれ0.24,0.85となった(p<0.05,VIF<10).OELの推算式は式(3)で示される.

ここで,MCCをTable2.に示した.

考察

ラットとマウスのOEL推算値の比較

ラットとマウスのOEL推算値の相関は決定係数が0.89でその推算値の相関は非常に高い(p<0.05).

MCCと職場の症例

推算式と症例の関係を調べた.その結果,発癌性,エピソード,喘息等の症状はMCCが1より小さい値であった.症例が軽いものはMCCが1より大きい値であった.MCCが1の金属グループは上記2つの症状を含んだ中間的な症状であった.したがってOELの推算値は症例で説明できる.以上の結果と信頼区間,回帰診断より判断して,推算式は使用可能と考えられる.

結論

推算式は動物種による係数と金属補償係数とLD50の大きさに動物種で決まる係数乗した値の積で表すことができた.

有機化学物質のOELの推算4

本研究は有機化学物質に関して,ラットまたはマウスのLD50からOELを推算するモデルを開発することとした.

方法

健康影響の指標

健康影響の指標は金属と同様にOELを採用した.そして,健康影響指標hi(health index)は式(4)で表わした.

ここで,9,000mg/m3は有機化合物の中でOELの一番値の大きい二酸化炭素の規制値である.

OEL推算式の算出

有機化学物質のLD50の値はDOSEを使用して収集・整理した.各種有機化学物質のOEL,及びラット/マウスのLD50に多変量重回帰分析を適用した.従属変数はOELにした.そして,独立変数はLD50にした.さらに,独立変数は有機化学物質の官能基および燐,ハロゲン等を含んだ元素に分類した.なぜなら,薬理学では,薬の効果の推算にSARs(Structure activity relationships)を使用している.したがって,毒性とSARsに何らかの関係が予想できるからである.

結果

ラットの重回帰分析結果

調整済みの決定係数は第一ステップ,最終ステップでそれぞれ0.27,0.53となった.重回帰式は有意確率がα=0.05より小さいことから,重回帰式は有意である.共線性に関しては,VIPが1.2以下であり,問題ない.母回帰の信頼区間は±1.18桁以内であり,回帰診断も問題ない.OELの推算式は式(5)で表される.

ここで,OCC(Organic Compensation Coefficient)は有機補償係数であり,その値をTable 3に示した.

マウスの重回帰分析結果

調整済みの決定係数は第一ステップ,最終ステップでそれぞれ0.28,0.53となった(p<0.05,n=232,VIF<10).

OELの推算式は式(6)で表される。

ここで,OCCはTable 4に示した.

考察,

ラットとマウスのOEL推算値の比較

ラットとマウスの推算値の相関関係は調整済み決定係数が0.74である.したがってOELはラットとマウスのLD50を使用して推算できる(n=208).

OCCと職場の症例

OELの推算式は症例によって説明できることが明らかになった.なぜなら,ラットのOELの推算式をOCCが1以下,OCCが1および1以上の3グループに分け,職場環境での過去の-事例を比較した.その結果,OCCが1以下の有機化学物質グループの職場症例は発癌性,集団発症例,喘息,メトヘモグロビン血症,染色体異常などの強い毒性の症例が見受けられた.そして,OCCが1の有機化学物質グループの職場症例は肝臓疾患,腎臓疾患,皮膚炎,胃腸の障害,システム毒性および肺疾患などの中ぐらいの毒性の症例が報告されていた.さらに,OCCが1以上の有機化学物質の職場症例の報告はない.以上の結果と信頼区間,回帰診断より判断して,推算式は使用可能と考えられる.

結論

推算式は動物種による係数と有機化学物質補償係数とLD50の大きさに動物種で決まる係数乗した値の積で表すことができる.

環境影響値HRI(Health Resource Index)

近年,家電製品に資源として貴重である多くの希土類元素が使用されるようになった.これら金属の資源としての価値は地殻存在度で評価することによって,本研究では人の健康影響と金属資源の枯渇の両方を含んだ環境影響指標及び評価方法を構築した3.

環境影響指標

健康影響指標と資源影響指標の両者を統合した指標を式(7)に示す,無次元化された健康影響指標と資源影響指標の積を環境影響指標(health & resources index, hri)として定義した.規格化はZ変換を行う.

資源影響指標

資源影響指標はAlの地殻存在度を資源の地殻存在度で除して,規格化した値であり,Table5に示した(社団法人日本化学会,1975;浅見輝夫,2001).資源影響指標の最大値はオスミウムの1.31E+02で,最小値はアルミニウムの1.54E02である.電気製品に多く使われる銅の資源影響指標値は3.85E-01である.

環境影響値

金属化合物素材の選定にあたって,素材の環境影響値HRIは金属の質量Mと環境影響指標hriを使って式(8)によって評価する.

結言

使う立場にたって,設計者が健康リスクを評価するのに必要なToolは何かを研究した.Toolの開発からOELの推算方法を見つけることが出来た.HIは設計者には有用である.設計の上流で健康影響が大きい物質を減らすことが出来る.OELは毒性学から求めることが望ましい.しかし,新規物質についてはOELを推算するToolが必要である.ただし,OELを推算するToolは毒性学のメカニズムを説明するものではない.

謝辞

6年間,毎週一度の議論・論文のご指導を頂きました柳沢幸雄先生,および論文のご指導を頂きました吉永淳先生,山崎章弘先生には深く感謝の意を表します.

Yanagida,H et.al,Environ.Sci.Technol.,2005,39,371-376.Gangolli, S.DOSE, Royal Chemical Society: London, UK, 2000.柳田秀隆他,環境情報科学34-2(平成17年7月)Yanagida, H et al., Environ. Sci. Technol., Oct.2004, Submitting
審査要旨 要旨を表示する

本論文は6章から成る.第1章では,緒言として作業場の許容濃度の推算に関連する基本的な事柄について,既往の研究で明らかになっている知見を整理した.ハールバース等は工場から排出する物質のリスク評価に許容濃度を使って評価する方法の研究を進めていた.ハールバース等のリスク評価方法は簡単明瞭で,優れた評価方法である.しかし,ハールバース等のリスク評価方法は許容濃度がない物質に関するリスク評価はできない.本研究は製品に含まれる化学物質のリスクを許容濃度により評価することを目指した.しかし,製品に含まれる化学物質は必ずしも許容濃度が決まっている化学物質ばかりではない.そこで,本研究は許容濃度が決まっていない化学物質の許容濃度の値をデータが豊富なLD50から推算する方法論を確立することを目指した.

第2章では,金属のOELの推算方法についてのべている.製品は種々の化学物質を含んでいる.種々の化学物質の中には有毒な化学物質がある.有害な化学物質は廃止又はより毒性の少ない化学物質に代替する必要がある.消費者はこれらの有害な化学物質を含んだ製品を使用又は廃棄のときに有害物質に暴露する危険がある.商品開発・設計者は材料を選択するときに注意を払わなければならない.製品のライフサイクルの最上流である設計段階で,設計者が有毒な化学物質の使用を減らすには有毒な化学物質の優先順位付けが必要不可欠である.本研究では現場の設計者が有毒な化学物質の評価に実際に使用できる指標としてOELを採用した.しかし,すべての金属とその化合物が必ずしもOELが定められているとは限らない.したがって,OELが定められていない金属化合物について,動物実験の値が比較的多く存在しているラットとマウスのLD50を使用して,OELとの関係を求めることとした.金属の種類をダミー変数として多変量重回帰分析のステップワイズ法をLD50とOELに適用した結果,かなり強い相関があった(R2=0.87,n=121,p<0.05).また,ラットとマウスのOELの推測値は決定係数で0.9であり,かなり一致した(p<0.05).本章ではLD50からOELが良い精度で推測できることを明らかにした.

第3章では,有機物のOELの推算方法についてのべている.製品に含まれる有機化学物質の健康影響評価は金属と同様にデータが豊富な労働安全規格の有機化学物質の許容濃度OELを使用して実施することとした.しかし,多数の有機化学物質に対して許容濃度が定められているけれども,すべての製品が含有する有機化学物質の許容濃度が定められているとは限らない.そこで,未知の有機化学物質の許容濃度OELを既知の動物の半数致死量LD50から推算する方法を開発することとした.推算式は動物の半数致死量とダミー変数として有機化学物質の官能基を使用して多変量重回帰分析逐次選択法により求めた.有機化学物質の許容濃度OELは回帰係数からもとめた有機化学物質補償係数OCCを導入することにより既知のLD50から推算することができた.

第4章では,環境影響評価に専門知識のない消費財の開発・設計者が,ヒトの健康影響と金属資源枯渇の二つの視点から環境負荷が相対的に小さい物質を簡便に選択する為の手法を提案するものである.すなわち金属を対象とした健康と資源の評価指標であるHealth & Resource Index(HRI)評価手法についてのべている.ヒトの健康影響に関しては,データが豊富な労働安全規格の化学物質の許容濃度に着目した.資源影響指標は地殻の元素存在度に着目した.本研究の金属の評価方法は化学物質について深い知見がなくても,簡単に使用できる.

第5章では,本研究で開発した評価方法の適用についてのべている.金属及びその化合物並びに有機化学物質のHIの評価手法をハンダ,充電式バッテリ,TVに使用されている難燃剤に適用した実施例を示した.またHRIの評価方法をモータ,家電電化製品の自動洗濯機の使用材料に適用した実施例を示した.

第6章は本論文の結言である.以上で述べてきたように,本論文では、健康影響評価に使用する未知のOELを既知のLD50から推算する統計モデルを金属と有機物に対して開発し,金属に関してはHRIの提案をした.既存の研究が稀少なこの問題に対して新たな知見を得ていることから、博士(環境学)の学位を授与できると認める.

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