学位論文要旨



No 120759
著者(漢字) 野村,恭子
著者(英字)
著者(カナ) ノムラ,ヤスコ
標題(和) 京都議定書下の森林資源管理のための総合評価システムの研究
標題(洋) A Study of Total Evaluation System for Forest Resource Management under the Kyoto Protocol
報告番号 120759
報告番号 甲20759
学位授与日 2005.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第149号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松橋,隆治
 東京大学 教授 柳沢,幸雄
 東京大学 教授 佐藤,徹
 東京大学 助教授 吉田,好邦
 国立環境研究所 総合研究官 山形,与志樹
内容要旨 要旨を表示する

地球温暖化問題における森林吸収源活動は、持続的な森林管理、さらに木材製品やバイオマスエネルギーなどの資源の有効利用を通じて、グローバルな炭素循環のバランスの維持に貢献するとして、一層その役割が重要になってきている。さらに、森林管理やバイオマスエネルギーの活動を複合的に促進することによって、地球温暖化対策だけでなく、水源涵養や生物多様性などの地域環境の保全、資源の有効利用、地域コミュニティーの振興など、多くの環境・社会的な副次便益をもたらすことが期待される。

しかし、国や地域を対象とした陸域生態系の炭素収支の定量化に関する既往研究はあるが、プロジェクトを対象とし、かつ人為的活動を考慮した炭素収支の定量評価に関する研究がなされていなことや、プロジェクトの環境・社会・経済便益に対する社会的関心が高まるなか、現在利用されるプロジェクト評価手法が必ずしも定量化や科学的論拠が明らかでない評価手法が取られているが現状であり、さらに森林プロジェクトに関する研究がほとんどなされていないといった問題がある。

こうした背景から、本研究では、京都議定書の発効によって森林資源の管理・有効利用の在り方がより重要性が高まっていくなかで、地球温暖化対策とその他の多様な便益を同時に増進させる森林管理とバイオマス発電の複合プロジェクトを促進するための炭素収支の定量評価と総合評価手法の開発を行った。

まず、第3章では、森林管理とバイオマス発電とを個別に評価する従来研究に対して、森林管理、製品加工、バイオマス発電を複合システムとして捉えて、なおかつプロジェクト活動と関連付け炭素の吸収・排出・削減の個別のフローから正味の炭素収支を推計する定量評価モデルを作成した。これにより、以下のような示唆が得られた。

炭素収支評価モデルによるシミュレーションにより、初期の林齢構成が時系列の炭素収支の変動要因となり、森林蓄積量、伐採量が全体の炭素収支に与える影響が大きい要因となることが分かった。バイオマスエネルギーを導入することによる化石燃料代替効果は、全伐採木材量から配分される燃料原料、残材利用量に依存するが、炭素収支全体に対する炭素削減量の影響は、森林蓄積量、伐採量による影響より小さい。

さらに第5章と第6章では、森林プロジェクトがもたらす炭素収支以外の環境・社会・経済の多様な便益を考慮し、総合的に評価するために、従来は先験的に与えられた総合評価の評価構造に対して、専門家の見解に基づいたDEMATEL法による因果関係分析を用いてネットワーク構造を成す総合評価の階層構造を導出し、ANPによる各評価指標の重要度を決定し、森林プロジェクトに関する科学的かつ合理的な総合評価手法を作成した。

筆者がDEMATE法とANPを組み合わせた総合評価の方法論を提案する理由と利点は次の点にある。森林プロジェクトの活動や条件などの各要素から炭素収支、環境、社会、経済の便益の影響、発現のメカニズムの予測を複雑な数学的モデルによって解くにはデータや知見の制約から困難であり、現状の解決策として数学モデルを使わずに、因果関係構造を考慮した多基準意思決定法で解く方法論を提案した。また、 KJ法で得られるKJ図解(包含構造図)からAHP評価構造(ツリー構造)を一意に導くことが可能とする提案事例と比較しても、 DEMATEL法は専門家が捉える問題の全体像を評価項目間の影響度の数値化と有効ベクトルのグラフ化が同時に可能であり、さらにネットワーク構造となる場合ANP法を適用することでネットワーク型の評価構造の評価項目の重要度も算出ができる点でもより優れているといえる。そして、本研究の総合評価手法により、プロジェクト活動要因と多様な便益の連関性と影響を定量的に説明することが可能となり、総合的な効果を高めるような、合理的な方策の検討の可能性が示唆される。

第7章では、これらの森林プロジェクトの炭素収支定量評価モデルと総合評価手法を用いて、真庭地域とマダガスカルCDM植林の国内および海外のプロジェクトを対象に現実のデータを用いたケーススタディを実施し、次の知見を得た。

炭素収支の観点からは、(1)伐期の長期化、(2)林地残材と副産物(林産副産物)のエネルギー利用、(3)林地残材の放置(長期的にはマイナス効果となる)が推奨されるが、(4)間伐実施率向上は短期的にはマイナス効果となることが分かった。そして、国内・海外のプロジェクトのケーススタディにより、炭素収支と他の便益の増進の観点からは「長伐期化」と「残材を活用するバイオマスエネルギー導入」が推奨される方策と判明した。

加えて、本研究の方法論を用いた具体的なプロジェクトベースの考察から、現在の京都議定書のもとで吸収源とバイオマスに別々に進められている政策、対策が必ずしも多様な便益を発揮しない、温暖化対策のみで議論に傾注する問題を事例分析の結果から考察し、さらに、吸収源とバイオマスがリンケージされ、複合効果を高めるアプローチを促進することの意義と、温暖化対策のオプションとシナジー効果を高めるオプションについて言及した。

以上、本研究で構築した一連の総合評価手法により多様な便益を考慮することにより、炭素収支とその他便益とのシナジー効果が期待できる代替案の可能性を検討し、持続可能な発展に貢献するプロジェクトを科学的かつ合理的に選定するマネジメントツールとして、環境格付けのツールとしての総合評価手法の有用性が確認できた。

審査要旨 要旨を表示する

森林は、持続的に管理することと森林資源を木材製品やバイオマスエネルギーとして有効利用することによりグローバルな炭素循環のバランスの維持に貢献し、地球温暖化対策としての重要な役割を有している。さらに、森林管理やバイオマスエネルギーの活動を複合的に促進することによって、地球温暖化対策だけでなく、水源涵養や生物多様性などの地域環境の保全、資源の有効利用、地域コミュニティーの振興など、多様な環境・社会的な便益をもたらすことが期待される。京都議定書の発効によって森林資源の管理・有効利用の在り方がより重要性を増し、国内外で森林プロジェクトの計画や実施が進む一方で、森林プロジェクトの炭素収支の定量化やプロジェクト評価に関する研究や議論がほとんどなされていないといった問題がある。

こうした背景から、本研究では、地球温暖化対策と多面的な便益の観点から森林管理とバイオマスエネルギーとの複合的プロジェクトを評価するために、炭素収支の定量評価と総合評価手法を開発し、森林プロジェクトの環境マネジメントや環境格付け手法に応用可能な評価ツールの提唱を行った。

本論文は8章で構成され、第1章では序論を述べ、第2章では、炭素収支の定量化とプロジェクトの総合評価手法の現状と課題について述べ、本研究の目的の妥当性を確認した。

炭素収支の定量化に関してはプロジェクトに適用できてかつ人為的活動を考慮した定量評価手法が必要である点を指摘した。また、プロジェクトの総合評価手法に関しては、現状の評価手法の評価指標や評価体系の科学的論拠が不明瞭である点など方法論の科学的合理性の課題を指摘した。

第3章では、森林管理、製品加工、バイオマス発電を連続する複合システムとして捉えて、なおかつプロジェクト活動と関連付け炭素の吸収・排出・削減の個別のフローから正味の炭素収支を推計する定量評価モデルを作成し、炭素収支評価モデルによるシミュレーションを行った。これにより、以下のような示唆が得られた。

炭素収支に与える影響要因は、初期の林齢構成が時系列の炭素収支の変動の主要因となり、森林蓄積量と伐採量が炭素収支の変動の大きな要因となることが分かった。バイオマスエネルギーを導入することによる化石燃料代替効果は、全伐採木材量から配分される燃料原料や残材利用量に依存するが、炭素収支全体に対する影響は森林による炭素吸収効果や伐採に伴う炭素排出効果に比べて小さいという結果が得られた。

さらに第5章と第6章では、森林プロジェクトがもたらす炭素収支以外の環境・社会・経済の多様な便益を考慮して総合的に評価するための方法論を検討し、提案した。第一に、従来は先験的に与えられた総合評価の評価構造に対して、専門家の見解に基づいたDEMATEL法による因果関係分析を用いてネットワーク構造を成す総合評価の階層構造を導出するアプローチを試みた。第二にANP法を用いて導出した評価構造の各評価指標の重要度を決定し、最終的に森林プロジェクトに関する科学的かつ合理的な総合評価手法を作成した。

筆者がDEMATEL法とANPを組み合わせた総合評価の方法論を提案する理由と利点は次の点に集約される。森林プロジェクトの活動や条件などの各要素から炭素収支、環境、社会、経済の便益の影響、発現のメカニズムの予測を複雑な数学的モデルによって解くにはデータや知見の制約から困難であり、現状の解決策として数学モデルを使わずに、因果関係構造を考慮した多基準意思決定法で解く方法論を提案した点である。また、森林プロジェクトの複雑な問題の評価を、様々な専門家の知見に基づいてDEMATEL法によって有向グラフとして表現し、さらにネットワーク構造となる場合ANP法を適用することでネットワーク型の評価構造の評価項目の重要度も算出ができるように体系化した点である。そして、本研究の総合評価手法により、プロジェクト活動要因と多様な便益の連関性と影響を定量的に説明することが可能となり、総合的な効果を高めるような、合理的な方策の検討の可能性が示唆される。

第7章では、これらの森林プロジェクトの炭素収支定量評価モデルと総合評価手法を用いて、真庭地域とマダガスカルCDM植林の国内および海外のプロジェクトを対象に現実のデータを用いたケーススタディを実施し、次の知見を得た。

炭素収支の観点からは、(1)伐期の長期化、(2)林地残材と副産物(林産副産物)のエネルギー利用、(3)林地残材の放置(長期的には負の効果となる)が推奨されるが、(4)間伐実施率向上は短期的には負の効果となることが分かった。そして、国内・海外のプロジェクトのケーススタディにより、炭素収支や他の便益の増進の観点からは「長伐期化」と「残材を活用するバイオマスエネルギー導入」が推奨される方策と判明した。

加えて、本研究の方法論を用いた具体的なプロジェクトベースの分析結果から、現在の京都議定書のもとで吸収源とバイオマスに別々に進められている政策や対策が必ずしも多様な便益を発揮しない場合がある問題、温暖化対策に傾注した議論する問題を考察した。さらに、吸収源とバイオマスをリンケージして多様な便益を高める複合システムを促進することの意義と、温暖化対策のオプションとシナジー効果を高めるオプションについて言及した。

以上、本研究で構築した一連の総合評価手法により多様な便益を考慮することにより、炭素収支とその他便益とのシナジー効果が期待できる代替案の可能性を検討した。そして、本総合評価手法の実用性の観点から、持続可能な発展に貢献するプロジェクトを科学的かつ合理的に選定するマネジメントツールとして、環境格付けのツールとしての有用性を示した。

第8章では全体を総括し結論と今後の展望を述べた。

今後、行政および日本の企業・NPOなど民間が主体となった森林プロジェクトの活発化が期待される。本研究で開発した炭素収支定量評価モデルと総合評価手法は、具体的なプロジェクトの計画段階の代替案検討や実施段階のモニタリング評価のツールとして、さらに持続可能性を評価軸とするプロジェクトの認証や環境格付けのスクリーニングツールとしての応用において有用であると考える。そのためには、具体的な計画設計や政策支援への活用に向けて、データの更なる詳細な設定、ステークホルダーを考慮した総合評価手法を行っていくことが望まれる。

なお、本論文第7章は浅野琢との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(環境学)の学位を授与できると認める。

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