学位論文要旨



No 120760
著者(漢字) 幕田,寿典
著者(英字)
著者(カナ) マクタ,トシノリ
標題(和) 超音波場における極微細気泡生成過程に関する研究
標題(洋)
報告番号 120760
報告番号 甲20760
学位授与日 2005.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第150号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 飛原,英治
 東京大学 教授 岡本,孝司
 東京大学 助教授 鈴木,雄二
 東京大学 助教授 高木,周
 東京大学 助教授 大宮,司啓文
内容要旨 要旨を表示する

緒言

気泡は多くの化学プロセスあるいはバイオプロセスにおいて,液体への物質移動や浮遊粒子の分離手段などに用いられてきた.気泡は小さくなると体積あたりの表面積が大きくなり,液中への滞留時間が長くなるため,微細な気泡を使うことで投入したガスの溶解効率を高めることができる.また医療分野では,微細気泡の音響特性を使用した血管造影剤や気泡崩壊時の衝撃波による結石破壊などの研究がされている.微細気泡の機能性を有効に活用するためには,気泡径のばらつきを抑えることが重要である.

微細気泡の生成には様々な方法があるが,径のばらつきが比較的小さい方法としては超音波による気泡の微細化が挙げられる(1).この超音波による気泡または液滴の微細化現象は圧力振動による気液界面の乱れによるものとされている(2).しかし,微細化した気泡の大きさは完全に均一ではなく数μmから数十pm程度の分布を持つ(1),(3)ため,個々の気泡が分裂する瞬間の過程は複雑で再現性が見られず,分裂に至るまでのメカニズムについては不明な点が多い.

著者らは,液体中に導入された針の先端に超音波を印加すると針先端から極めて微細な気泡が生成すること(微細気泡生成現象)を見出した.さらに,高粘度の液体,円管型の針および超音波を使用して気泡を微細化した際に,均一な径を持つ気泡を安定して生成すること(均一微細気泡生成現象)がわかった.本研究では,微細気泡生成現象と均一微細気泡生成現象について,気泡生成メカニズムと生成特性について実験結果と数値計算から解析した.

実験および実験装置

実験は400×56×100 mmのアクリル製容器の下部からは針を挿入し,超音波が付与された液体中の針先付近の気液界面の挙動について高速度カメラを用いて撮影した.超音波振動子は18.77kHz,42.15kHz,76.10kHzの三種類の磁歪振動子を使用し,針は,内径0.13外径0.47の先端が22゜にカットされた針と図1に示す七種類の円筒形状の針を使用した.液体には純水と表2に示す六種類のジメチルシリコーンオイルを用いた.

微細気泡生成現象について

ここでは,純水と先端が22゜にカットされた針を用いた際に起こる微細気泡生成現象について説明する.超音波を印加しない場合図1(a)に示すような1mm前後の気泡が生成する.そこに18.77kHzの超音波をIOkPaの圧力振幅で印加すると図1(b)に示すように非常に微細な気泡が生成されるようになる.ここで生成される微細気泡の径を測定すると個数平均が8.5μmと極めて小さく,また,生成した気泡は全体の95%が20μm以下にあることから,極めて微細な気泡が少ないばらつきで生成している.同様に42.15kHz,76.10kHzの周波数における生成した微細気泡の気泡径を測定したところ,周波数の上昇と共に,平均気泡径が小さくなっていることがわかった.この微細化特性は,加湿器などに見られる超音波による液滴微粒化現象に類似しており、200kHz以下の周波数での液滴微粒化現象では,気液界面に生じる表面波の波頭から液体が飛び出すことにより微粒化が起こるとされている.また,その表面波の波長λは,液体の表面張力σと密ρ,超音波周波数fによって,Kelvinの式〓で表される(2).

一方,針先に付着したミリオーダの気泡に圧力振幅5kPa以下の超音波を印加すると図1(c)のように気泡表面に表面波が形成される.超音波周波数の上昇とともに表面波波長は短くなり,波長は,Kelvinの式で求めた値と一致することがわかった.さらにこの状態を続けると,微細気泡が徐々に表面から飛び出し,最終的にはミリオーダの気泡が崩壊する挙動が確認された。したがって,微細気泡の生成についても液滴微粒化現象と同様に超音波の印加によって界面に表面波が形成され,圧力振幅の増加によってその波頭から気体が離脱することによって気泡が生成していると考えられる.

均一微細気泡生成現象について

針先端が90゜にカットされた円筒形状の針と,粘度が水の5倍以上のオイルを使用して,先に3章と同様に針先に超音波を印加すると,図2上の写真のように,まったく径の均一な気泡が連続して生成する.なお,図2上の写真は超音波周波数18.8kHz,圧力振幅10.3kPa,内径0.13mm,動粘度20mm2/s表面張力20.8mN/mの条件で行った実験結果で,超音波の一周期を約10分割した連続写真である.界面の挙動について見ると,周期全般で界面は針の中心軸を回転軸とした軸対称な形状で振動している.また,気液界面が,針内部への収縮段階で突起を形成し,界面から突起が離脱することで微細気泡が生成していることがわかる.また,界面挙動や物性値の影響についてより詳細に調べるために,境界要素法による界面挙動のシミュレーションを行った.本計算においてはOguzの手法(4)を振動圧力と粘性を考慮できるように改良して行った.計算手法の詳細については参考文献(5)を参照されたい.シミュレーション結果を図2下のイラストに示す.計算条件は超音波周波数18kHz,圧力振幅1OkPa,内径0.10mm,動粘度7.5mm2/s,表面張力21mN/m,界面の要素数80と設定した.粘度条件が実験値よりも低く設定してあるが,これは,本計算では粘性の影響を移動境界の境界条件を介して近似的に考慮しており,境界条件では境界層を無視してポテンシャルから速度勾配を求めているため,速度勾配が実際より過剰に見積もられ粘性の影響が大きくなることによる

計算結果と実験結果を比較すると,時間的な親気泡の振動はほぼ同じ挙動を示し,良好な一致を示している状態1〜4では,全体的に界面が液体側に引き出されるが,中心点付近では液体が下向きに入り込み,その慣性の影響で液体側への膨出が遅れている.状態5〜8では,針との接触点付近では,界面は内側へ入り込む一方で,中心点付近では,界面が凹んだ形状をしているために表面張力による外向きの応力が生じ,引き続き外側へ膨らむ挙動を示す.針の接触点付近と中心点付近の界面挙動の違いにより,界面形状は中心点付近が上方に突出した形状に徐々に遷移する.状態9〜10においては,界面全体が内側に入り込む挙動を示すが,くびれ部分の液体の内側に入り込む慣性力によって,状態10で親気泡界面から子気泡が分離され,親気泡の形状は図の一番左上の状態1へ戻る.計算では超音波の音圧は界面全体で一様であることから,局所的な形状の違いは主に表面張力項によって起こると考えられる.したがって,界面形状に応じて表面張力による圧力差が生じ,界面挙動に局所的な時間的なずれが生じた結果,最終的に中心部分にくびれができ,そのくびれ部分が外部液体によって引き離されることによって気泡が生成すると考えることができる.

均一微細気泡生成現象の安定生成条件について

均一気泡が安定して生成する領域は,液体の物性値や超音波周波数など複数のパラメータが影響を及ぼすため,相対的な影響を代表した無次元的な整理が必要となる.そこで,針の内径,液体の粘度と表面張力,超音波周波数を変えた全91条件の気泡生成の状態を,均一な気泡が安定して生成する条件(安定生成条件),均一な気泡生成が間欠的あるいは,複数の場所から起こる条件(遷移生成条件),均一な気泡生成がおこらず径のばらばらな気泡が生成する,または気泡生成が起こらない条件(不生成条件)三つに分類した.その結果について,表面張力と慣性の比であるWeber数(以下We)と,粘性と慣性の比であるWomersley数(以下Wo)を用いて整理した.なおWeとWoは,液体の表面張力σと密度。と動粘度ν,超音波周波数f,針の内径dinを用いてWe=ρf2din3/σ,Wo=din(f/v)1/2で表される.

図3は全91条件の分類結果をWoとWeで整理した図である.図中の○は安定生成条件,△は遷移生成条件,×は不生成条件を表す.図3をみると○は2

Wo>5の場合,振動による慣性の影響が粘性の影響よりも支配的となり,様々な径の気泡が気液界面より多数放出される.逆にWo<2の場合は,粘性の影響の方が慣性よりも支配的であるため,界面がなだらかになり突起が形成されないため,気泡は生成しない.またWe>300の場合,慣性の影響が表面張力の影響よりも顕著であるため,相対的に界面の復元力が低下する.したがって,Wo>5の時と同様に,多数の様々な径の気泡が生成する.

以上のことから,界面が周期的に収束し,かつ突起状の形状を形成できる条件,2

結言

液中の針先に超音波を印加した際に起こる微細気泡生成現象ならびに均一微細気泡生成現象について解析を行った結果,次の知見を得た.

微細気泡生成現象は超音波によって気泡表面に生じる表面波から飛び出すことによって生じ,ぞの気泡径は周波数の上昇とともに小さくなる.

均一微細気泡生成現象は,界面が対称性の強い形状で周期的に振動し,その界面上の突起が液体によって離脱することによって生成する.また,突起が安定して形成されるためには表面張力と粘性の条件が重要であり,その条件は2つの無次元数で2

Fig.1 Photographs showing the bubble motion at needle tip under the ultrasonic pressure oscillation

Fig.2 Comparison between experimental and calculated results

Fig.3 State diagram of bubble generation

幕田寿典,東京大学修士論文,2001千葉近,超音波噴霧,(1990),166,山海堂Walmsley,A. D. Laird, W. R. E. and Williams, A. R., Gas bubble fragmentation in an ultrasonic field,Ultrasonics, 23(1985),170-172.Oguz,H.N.and Prosperetti,A.,-Dymanics of bubble growth and detachment from a needle, J. Fluid Mech.,257(1993), 111-145.幕田寿典,竹村文男,飛原英治,松本洋一郎,庄司正弘,超音波場における均一微細気泡生成過程第一報均一気泡生成に対する粘性の影響,機論 B,70-699(2004),2758-2767.
審査要旨 要旨を表示する

本論文は, 5章からなり,第1章では序論,第2章では超音波を利用した微細気泡生成現象,第3章では均一微細気泡生成現象,第4章では境界要素法による均一気泡生成シミュレーション,第5章では結論が述べられている。第1章では,従来の微細気泡生成技術を概観し,これまでに様々な微細気泡生成技術が開発されているものの,ばらつきが大きい点,10μm以下の気泡生成が難しい点などから,10μm以下の気泡をばらつきなく安定して生成する方法の開発が求められているという背景が説明され,続いて超音波による微細気泡生成現象について,実験的・数値解析的に気泡が生成するメカニズムと生成特性を解明し新しい知見を得るという目的について記されている。

第2章では,超音波を印加した水中における針先での微細気泡生成現象と周波数特性について説明されている。針先から微量に水中に放出される空気に75kHz以下の低周波数の超音波を印加することで,気泡径の単純平均が10μm程度の微細気泡が安定的に生成できることを実験的に証明している。この方法で気泡が生成するメカニズムとして,キャピラリ波からの分裂理論と同じく,表面波からの気相の飛び出しによるものであると考察しており,その根拠として,超音波によって界面に生じる表面波は超音波周波数が低いと波長が長くなる傾向があるが,針先から放出される微細気泡の気泡径の計測結果も超音波周波数が低いほど平均径が大きくなっている点を挙げている。

第3章では,水よりも高い粘度の液体で円筒型の針を用いて超音波を印加すると,ある条件下では全く径の同じ気泡が連続して生成する現象があることが実験により示されている。気泡生成に至る界面の時間的挙動,均一な気泡生成が起こる液体物性や超音波などの実験条件,気泡径の制御性についても述べられている。まず,超音波が印加された液体中の円筒形状の針先を高速度カメラで針先界面に生じる表面波の挙動について撮影した結果から,4〜15μmの均一径の気泡が超音波と同じ周期で生成し,その均一径の気泡は,針の中心に向かって表面波が伝播し,最終的にできる突起形状の界面が液体によって切り離されることによって生成すると説明されている。また,均一気泡の安定生成する条件を特定するために,各条件(超音波周波数,針径,液体の物性等)を変化させた実験を行い,Womersley数(Wo)とWeber数(We)で整理した結果,We<300,2

第4章では,均一微細気泡生成現象が境界要素法による数値解析で再現され,界面の時間的挙動,物性値の影響,制御性について議論されている。流れ場を軸対称ポテンシャル流れと仮定して境界要素法を用いた界面挙動の数値計算を行い,界面の時間的挙動について実験結果と計算結果は良好な一致を示すことを確認している。また,界面挙動が安定した状態から徐々に動粘度を変化させると,粘度条件が低すぎると気泡生成が不安定化し,高すぎると気泡生成が起こらない計算結果が得られ,気泡径の均一化は界面振動が周期的に安定し且つくびれが過度に減衰されない場合に起こるという実験結果を,数値計算からも立証している。さらに,実験で見られた針内圧を増加させると気泡が大きくなる傾向が,突起先端位置の上方へ移動と突起幅の増加と気泡の離脱点の位置がほとんど変化しない事に起因していることを数値計算結果により示している。

第5章は,結論であり,上記に研究について総括し,得られた主な結果と新しい知見についてまとめている。

本研究の第2章,第3章は竹村文男,飛原英治,松本洋一郎,庄司正弘との共同研究であるが,論文提出者が主体となって実験及び数値解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

以上のように,液中の針先に超音波を印加すると微細な気泡生成が起こる現象(微細気泡生成現象)と,液体の粘度が高く円筒形状の針を用いた条件において均一な径の微細気泡の生成が起こる現象(均一微細気泡生成現象)について,その生成メカニズムと生成特性を実験的かつ数値的に解明することに成功しており,博士(環境学)の学位を授与できると判定する。

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