学位論文要旨



No 120763
著者(漢字) 廣岡,桂弥子
著者(英字)
著者(カナ) ヒロオカ,カヤコ
標題(和) 余剰汚泥減量型活性汚泥プロセスにおける無機物質の汚泥内への蓄積
標題(洋) Accumulation of insoluble inorganic substances in activated sludge process with excess sludge reduction
報告番号 120763
報告番号 甲20763
学位授与日 2005.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(環境学)
学位記番号 博創域第153号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 味埜,俊
 東京大学 教授 山本,和夫
 東京大学 助教授 滝沢,智
 東京大学 助教授 佐藤,弘泰
 東京大学 講師 鯉渕,幸生
内容要旨 要旨を表示する

下水道事業において発生する汚泥は下水道普及率の増加に伴って年々増加しており、最終処分場に送られる産業廃棄物の約4割は下水汚泥である。下水汚泥の再利用や減量化は産業廃棄物の減量を目指す上で非常に重要であるが、そのための設備にかかるエネルギーと費用は大きく、問題となってきた。

余剰汚泥減量型(Excess Sludge Reduction:ESR)活性汚泥法は、この問題の解決の一つとして、そもそもの下水処理から発生する汚泥の量を減らすことを目的に開発された。これは一般的な下水処理の一つである活性汚泥法において、汚泥の一部を可溶化処理し曝気槽に戻すことで汚泥の消化率を上げ余剰汚泥発生量を減量する手法であり、可溶化の種類が様々に検討されそれぞれ80〜90%の発生余剰汚泥の減量が報告されている。

この手法は有機物の処理に主眼を置いて開発され、無機物質については考慮されていなかった。従って長期に渡って運転を続けると下水中の不溶性無機物質が活性汚泥に蓄積される可能性が指摘されてきた。幾つかの実験プラントでは、ESR活性汚泥のVSS/SSは通常の活性汚泥に比べて減少するという結果が得られた。しかし、これらの実験では活性汚泥中の無機物質はMLSSとMLVSSの差から全量として求められ、個々の無機元素の挙動についての詳しい研究はほとんどされてこなかった。

一般的に活性汚泥プロセスは系内の固形物の総量(MLSS)で制御されているため、活性汚泥中の無機物質の割合が増加するとプロセス中の有機物質(微生物)は相対的に減少し、下水処理効率は低下する。また、各種の重金属はごく低濃度でも微生物の増殖の阻害・もしくは微生物を殺滅する作用を有することが知られている。これらは活性汚泥に対する悪影響ばかりでなく、環境中に放出されたときにも生態系に対して同様の害を及ぼす。このようなことから、無機物質はESR活性汚泥プロセスを用いた廃水処理を広く適切に運用するにあたって見過ごすことのできない重要な要因であると考えられる。

本研究ではESR活性汚泥法のこれまでの研究において重要視されてこなかった無機物質について焦点をあてた。特に無機物質の中で知見が不足している個々の無機元素の挙動について注目し、それぞれの挙動について詳しい情報を得ることを目的とした。

第4章では実際の下水処理場に近い条件でESR活性汚泥法のリアクターを運転し、ESR活性汚泥法を用いる廃水処理の現場で起こっている現象を把握した。流入下水に含まれる無機物質が総量としてどの程度活性汚泥に蓄積するかを調べ、さらに個々の無機元素についても同様に汚泥への蓄積を調べた。また流入下水、処理水中の無機元素の濃度を測定して物質収支をとることを試みた。

その結果、まずESR活性汚泥法では通常の活性汚泥法に比べてESR活性汚泥中の総無機成分の割合は増加したが、一定値に達すると飽和しそれ以上増加しないことを確認した。これはこれまでの研究報告でも指摘されてきたことであった。さらに活性汚泥への個々の無機元素の蓄積を調べると、Al,P,Ca,Fe,Cu,Zn,Cr,Ni,PbがESR活性汚泥中に蓄積されることがわかった。特にAl,Ca,Fe,Cu,Znの濃度は、通常の活性汚泥法に比べて一定割合増加した後、それ以上濃度の差は広がらなかった。Niは測定期間を通じて、ESR汚泥により多く蓄積される傾向があった。P,Ca,Pbははっきりとした傾向はわからなかった。その一方でMnのようにESR活性汚泥中の蓄積量が通常の活性汚泥法に比べて少なくなる元素があることがわかった。また、Naは通常の活性汚泥法の場合と違いがなかった。

流入下水、処理水中の無機元素の濃度を測定して物質収支をとることを試み、元素ごとの挙動についていくらかの知見を得た。下水中のNa、Caは溶解性で、ESR活性汚泥プロセスに流入したほぼ全量がそのまま溶解性として処理水に流出した。A1、Fe、Cu、ZnはSS性で流入する割合が大きく、それらは大部分が活性汚泥中に一度蓄積し、処理水中SSとして流出するか余剰汚泥として引き抜かれない場合は系内に蓄積するという傾向がわかった。またMnはNa・CaとAl・Fe・Cu・Znの中間のような挙動をとり、溶解性で流入する割合が大きく、また溶解性で流出する割合もAl、Fe、Cu、Znに比べて大きかったが、全部が溶解性で流出するわけでなく、一部は活性汚泥に蓄積した。

しかし、実際の処理場に近い条件という観点から選んだ生下水リアクターであるがゆえに、運転結果の考察が難しくなるという問題がおこった。生下水は流入濃度が時間・曜日・季節で変動し活性汚泥や処理水中の無機元素濃度に影響を与えるため、観察される傾向がESR活性汚泥法ゆえのものなのか判断することが難しくなった。Cr、Ni、Pb、Pのように挙動動傾向がNa・Ca・Al・Fe・Cu・Zn・Mnほど明確でないもの、A1、Fのように上で述べた挙動.・だけでは流入の行方を全て説明することができないものなどがあった。

第6章では4章の結果を踏まえて、挙動傾向の把握をより正確に詳しく行う為には、ある程度系を単純化したリアクターの運転が必要であると考え、人工下水流入させるリアクターを運転した。生下水リアクターに比べて単純化された系では運転が安定しやすく運転条件による影響がわかりやすいので、より詳細な分析が可能となった。活性汚泥中に蓄積すると傾向があったCr、Fe、Ni、Cu、Zn、Pb、Pと蓄積しないMnに対象を絞って詳しい研究をおこなった。

第4章の結果と同様に、ESR活性汚泥にはCr、Fe、Ni、Cu、Zn、Pが蓄積され、逆にMnは蓄積しなくなることがわかった。ただしPに関しては4章の結果と逆になり活性汚泥中に蓄積しなくなった。流入下水が変化しなければ、すべての元素で汚泥中濃度がある値になるとそれ以上の増加も減少もしなくなった。その時の物質収支を計算して元素の挙動は主に3つのグループに分類できることがわかった。つまりESR活性汚泥法で余剰汚泥の引き抜きがない場合、CrやCuなどの元素は活性汚泥中に蓄積を続けSSあたりの含有量を増やし、処理水中のSS成分として系外に出ていく分が流入量とつりあいが取れるまで増加を続けた。一方、MnやPのように余剰汚泥の引き抜きがない分、処理水中に溶解する分が増加して流出することで流入とのバランスをとる元素があった。またFeはこれらの中間的な挙動をし、活性汚泥に蓄積して処理水のSS性として出て行く分を増やしつついくらかは処理水中の溶解性濃度も増加させ、両方の効果から流入とのバランスをとった。

単に通常の活性汚泥法とESR活性汚泥法を比べるだけでなく、ESR活性汚泥法の中でも汚泥の可溶化処理の方式を変えたり、流入下水中の無機元素濃度以外の組成を変更することによって、無機元素の汚泥への蓄積に影響が出るかの検討もおこなった。汚泥可溶化処理としてオゾン処理と好熱性細菌を用いる手法を比較した結果、Cuの蓄積速度やMnの減少速度に明らかに違いが出た。CrやNi、Znのようにほぼ全く影響がないものもあった。また流入下水中からEDTAを除いたところFe、Cu、Zn、Pbの汚泥への蓄積傾向が増加した。特にZnとPbに与えた影響は著しかった。しかしCr、Ni、Pにはほぼ影響はなかった。

処理水の詳しい分析も行い、溶解性無機物質の溶解性形態についての情報もいくらか得た。孔径の異なるフィルターで濾過をすることにより溶解性物質のサイズを調べたり、化学的性質の異なるカートリッジで吸着処理をおこなうことによって化学的性質を調べた。活性汚泥への蓄積傾向と同様に、ESR活性汚泥法の影響や無機元素の種類によって得られる結果は異なった。

第4章で出た生下水リアクターの問題点の解決として第6章では人工下水リアクターを運転したが、別の手法でその問題点を解決しようとしたのが第5章である。5章では、稼動している複数の実廃水処理プラントから長期間のデータを提供してもらい、解析をおこなって結果を比較考察した。人工下水リアクターの運転は生下水の組成の激しい変動や関わってくる様々な不確定要因を排除することで傾向をみやすくすることを目指したが、これに対して5章での解析は、データの数と種類を増やすことによって不確定要因を内包しながらそれを越えて共通する傾向を見出し、それによって結論に説得力をもたせることを目的とした。

結果、次のような傾向が明確になった。ESR汚泥減量運転を続けることによって、活性汚泥中の無機物質の割合が増加し、無機物質の割合が一定値になると増加は止まった。ただし安定値の値はプラントによって異なった。この時SS性無機物質の物質収支の計算をおこなったところ、全てのプラントにおいてESR活性汚泥法で運転をおこなった系ではinputに比べてoutputの値が小さくなった。これは、SS性で流入した無機物質の一部がSS性以外の形態で流出したという可能性を示唆している、すなわち溶解性形態、は非常に小さな粒子になり、処理水中のSSとして捉えられずに流出するようになったということである。

審査要旨 要旨を表示する

下水道システムから発生する廃棄物である「余剰汚泥」をどう処理・処分するかは、下水道全体の管理にとって大きな問題となってきた。その処理・処分の技術的な難しさに加え、そこに必要な建設および運転のためのコストは大きく、また、最終処分地の切迫が状況をさらに難しくしている。その中で、余剰汚泥を再利用するかあるいは減量化する技術がともに社会的な注目を集めている。本論文で対象としている「余剰汚泥減量型活性汚泥法」とは後者をめざした技術と位置づけられる。一般的な下水処理の一つである活性汚泥法において、汚泥の一部を可溶化処理し曝気槽に戻すことで汚泥の消化率を上げ余剰汚泥発生量を減量する手法である。この方法は、大規模な汚泥再利用が難しい中小下水処理場や、内陸部にあって汚泥の処分地がない地域で期待されている方法であり、すでにいくつかの実規模プラントが稼働している。

一方、余剰汚泥減量型活性汚泥法を長期運転したときに下水中の不溶性無機物質が汚泥に蓄積される可能性が指摘されてきた。無機物の含有量が相対的に増えると処理性能へのさまざまな影響が懸念されるのに、活性汚泥プロセス中の無機物の挙動に関してはデータをとるのに時間と労力がかかるためこれまでほとんど研究されてこなかった。

本論文は、無機物の汚泥内蓄積が予想される余剰汚泥型活性汚泥法中の無機物の収支を、その全量のみならずいくつかの重要な金属元素について個別に測定し、本法における無機物質の挙動を明らかにすることを試みたものである。

本論文は7章からなる。第1章は研究の背景、目的を説明している。第2章では本研究に関連する既存の知見を整理している。第3章では本論文で使用した共通の分析方法を記述している。

第4章以降が実験結果を記述した章である。第4章では、実際の下水処理場内に設置した余剰汚泥減量型活性汚泥法と標準活性汚泥法の実験プラントを用いて約1年にわたって都市下水処理実験をおこない、両者の運転過程での無機物質の挙動を詳細に測定した結果について比較検討した。なお、本章での実験では余剰汚泥減量型活性汚泥法の汚泥可溶化手法としてオゾン処理を用いている。まず、無機物質の全量は標準法に比べて余剰汚泥削減型のほうにより多く蓄積し、長期運転(2-3ヶ月程度)では飽和する傾向が確認できた。個別の金属の汚泥内蓄積量(含有率)を見ると、Al,Ca,Fe,Cu,Znでは、標準法に比:べて余剰汚泥減量型で大きくなったが、ある程度以上はその差が広がらなかった。Niは測定期間を通じて、余剰汚泥減量型活性汚泥法により多く蓄積される傾向があった。反対にMnのように余剰汚泥減量型活性汚泥中の蓄積量が通常の活性汚泥法に比べて少なくなる元素があることがわかった。また、Naは通常の活性汚泥法の場合と違いがなかった。一方、物質収支を見ると、Na、Caは溶解性で流入したほぼ全量がそのまま溶解性として処理水に流出した。Al、 Fe、Cu、Znは固形性で流入する割合が大きく、それらは大部分が活性汚泥中に一度蓄積し、処理水中固形分として流出するか余剰汚泥として引き抜かれない場合は系内に蓄積するという傾向がわかった。またMnはNa・CaとAI・Fe・Cu・Znの中間のような挙動をとり、溶解性で流入する割合が大きく、また溶解性で流出する割合もAI、Fe、Cu、Znに比べて大きかったが、全部が溶解性で流出するわけでなく、一部は活性汚泥に蓄積した。

第5章では、流入水として人工的に作成した模擬下水で溶解生の無機物質のみを含むものを用いた室内実験により、オゾンおよび好熱性細菌をそれぞれ汚泥可溶化手法にもちいた余剰汚泥減量型活性汚泥法と標準法における無機物の挙動を解析した。4章の結果と同様に、余剰汚泥削減型活性汚泥法の活性汚泥にはCr、Fe、Ni、Cu、Zn、Pが蓄積され、逆にMnは蓄積しなくなることがわかった。また、物質収支から、これらの金属元素の挙動は主に3つのグループに分類できることがわかった。つまり、余剰汚泥の引き抜きがない場合、 CrやCuなどの元素は活性汚泥中に蓄積を続け固形分あたりの含有量を増やし、処理水中の固形性成分として系外に出ていく分が流入量とつりあいが取れるまで増加を続けた。一方、Mnのように余剰汚泥を引き抜きがない分、処理水中に溶解する分が増加して流出することで流入とのバランスをとる元素があった。またFeはこれらの中間的な挙動をし、活性汚泥に蓄積して処理水の固形性として出て行く分を増やしつついくらかは処理水中の溶解性濃度も増加させ、両方の効果から流入とのバランスをとった。次に、汚泥可溶化処理としてオゾン処理と好熱性細菌を用いる手法を比較した結果、Cuの蓄積速度やMnの減少速度に明らかに違いが出た。CrやNi、Znのようにほぼ全く影響がないものもあった。また流入下水中からEDTAを除いたところFe、Cu、Zn、Pbの汚泥への蓄積傾向が増加した。特にZnとPbに与えた影響は著しかった。しかしCr、Niには影響はほとんどなかった。

第6章では、自分の取ったデータだけではなく、余剰汚泥減量型活性汚泥法に於いて無機物質の総量を長期間モニタリングした既発表データを集め、その長期的な変化の一般的傾向を解析した。その結果、余剰汚泥減量型運転を続けることによって、活性汚泥中の無機物質の割合が増加し、無機物質の割合が一定値になると増加は止まることを再確認した。この時、固形性無機物質の物質収支の計算をおこなったところ、全ての余剰汚泥削減型活性汚泥法のプラントでは無機物質の流入量に比べて系外に出て行く総量が小さくなった。これは、固形性で流入した無機物質の一部が固形性以外の形態で流出したという可能性を示唆している、すなわち溶解性形態、は非常に小さな粒子になり、処理水中のSSとして捉えられずに流出するようになったという可能性が示唆された。

以上、本論文は、これまで研究事例のきわめて限られていた余剰汚泥削減型活性汚泥法の運転における無機物質の挙動を長期にわたって測定し、個別の金属元素の汚泥内蓄積量や物質収支からそれらの挙動を詳細に記述したもので、研究の少なかったこの分野に非常に貴重なデータを提供した。そればかりでなく、個別の金属の挙動に対し理由付けを試み、今後の研究に対して有効な指針を示した。その成果は、排水処理技術としての余剰汚泥削減型活性汚泥法の発展と体系化に重要な基礎を与えており、環境学の発展に大きく寄与するものである。したがって、博士(環境学)の学位を授与できると認める。

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