学位論文要旨



No 120764
著者(漢字) 三好,眞
著者(英字)
著者(カナ) ミヨシ,マコト
標題(和) 株価形成にかかわる情報の非対称性を用いたモニタリング : 企業のサステナビリティに着目した実証分析
標題(洋) Monitoring asymmetric information of stock pricing : Empirical analysis focusing on sustainability of companies
報告番号 120764
報告番号 甲20764
学位授与日 2005.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(国際協力学)
学位記番号 博創域第154号
研究科 新領域創成科学研究科
専攻 環境学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 湊,隆幸
 東京大学 教授 柳田,辰雄
 東京大学 教授 山路,永司
 東京大学 助教授 高橋,明彦
 早稲田大学 教授 米澤,康博
内容要旨 要旨を表示する

本研究においては、これまでリスク・マネジメント分野において実務上利用されることが殆ど無かったリスク尺度である情報の非対称性(asymmetric information)に着目し、 Copeland and Galai(1983)およびGlosten and Milgrom(1985)の情報の非対称性による逆選択問題の基本的な枠組みを用いながら、不祥事企業はbad情報を隠蔽し、逆に優良企業は自ら率先して情報を開示することを仮定したうえで、株価形成過程を用いた新たなリスク・モニタリング・モデルを定式化した。また、日米の実際のデータを用いて本研究で定式化したリスク尺度である非対称性指標を計測し、外部情報(企業の信用格付や環境格付、サステナビリティ・インデックスへの採用の有無およびデフォルト企業のサンプル・データ等)を用いてモデルのパフォーマンスを検証することで、その有用性を示した。下記に本研究の業績を、モデルの定式化による知見と実証分析を通じた知見の2つに分けて掲載する。

モデルの定式化による知見

2章において行ったモデルの定式化による知見は、次の3つに集約できる。

これまで、売買スプレッドとして定着してきたものは、本研究により提案している非対称性指標の特殊解であることを式(2.14)にて導出した。すなわち、事前確率を0.5かつ期待下落価格を0とした時の非対称性指標がこれまで金融界や学会にて売買スプレットとして定着してきたものに相当する。

上記の式(2.14)の仮定を緩め、事前確率を0.5とせず、より一般的な解である非対称性指標を導出すると、式(2.24)に示す通り、非対称性指標は売買スプレッドの増加関数、資産価格下落の事前確率Pr(VL)の減少関数となる。このことは市場で観察できる売買スプレッドが一定であったとしても、事前に資産価格が下落すると分かっているならば、情報の非対称性は無くなって行くことを表している。企業がBad情報を隠蔽している場合にその情報を開示するべきかどうか、非対称性指標の増加要因を抑え不確実性の増大を減少させるには、企業は情報を開示して資産価格が下落する事前確率を高めることが望ましいことを当理論モデルの動きは示している。Bad情報の隠蔽は、少しでも真の情報が外部に伝達されると売買スプレッドの増大を招き、資本市場を通した資金調達が困難になる可能性がある。

さらに非対称性指標と投資者の売却購入行動の関係式(2.13)を導出したところ、非対称性指標は価格下落時の売却行動β1の減少関数、価格上昇時の売却行動82の増加関数となる。このことは、市場価格がもたらす情報の顕示性に順じた行動を情報保有者が取ると非対称性指標が減少することを示している。この関係式の解釈として、(1)入手したBad情報の重要性が価格上昇時にも関らず資産を売却するほど大きければ非対称性指標は増大する、(2)価格下落時に入手したBad情報の解析加工のコストが大きいため特定の投資家のみが売却すると非対称性指標は増大する、という投資行動が想定できる。

実証分析を通じた知見

3章、4章において行った実証分析による知見は、次の5つの現象と効果を統計的な手法を主に利用して検証したことに集約できる。

3章 非対称性指標は潜在的な統一尺度(Underlying Unified Measure)

3章 時系列グラフによる比較および個社のランキング等によるモデルの精度の確認

3章 売買スプレッドより得られるImplied Volatilityの反映でモデル精度が向上

4章 非対称性指標の評価精度にはスマイル効果(Smile Effect)が存在

4章 期待信用リスク・プレミアムには負のレバレッジ効果(Negative Leverage Effect)が存在

図3-1-1および図3-1-1に示す通り、企業の社会的責任パフォーマンス(Corporate Social Performance)の代理変数としてサステナビリティ・インデックスへの採用の有無や環境格付等を用い、また、財務パフォーマンス(Corporate Financial Performance)の代理変数として信用格付やデフォルト・サンプル等を用いて、その既存の評価区分を非対称性指標が判別できるかをt検定およびウイルコクソン順位和検定により仮説検定した。その検定結果と要約統計量による序列感により、非対称性指標は本邦企業においては、サステナビリティ・インデックスに採用された企業>日経500採用企業>コンプライアンス上の問題があった企業>デフォルト企業、の序列で各母集団を判別することに加え、環境格付や信用格付の格付との序列感についても大まかな格付区分においては統計的に有意に判別できる。また、米国企業については、サステナビリティ・インデックスに採用された企業>S&P500採用企業>デフォルト企業、の序列で各母集団間を判別することが統計的に示され、非対称性指標は既存の各種評価軸を横断する統一的な評価軸(Underlying Unified Measure)である蓋然性が高いと言えよう。

上記の検定結果が安定的か時系列グラフを用いて目視確認する。 (1)本邦企業における1999年以降の非対称性指標(月次平均値)の推移を観察すると、「日経500採用企業とデフォルト企業(図3-2-1)」、「サステナビリティ・インデックス採用企業とコンプライアンス上の問題があった企業(図3-5-1)」、「信用格付A格以上、BBB格、BB格以下(図3-2-2)」の格差は、一部に不鮮明な期間があるが継続的に格差がパラレルに推移していることを確認した。(2)米国企業においては、1999年以降「S&P500採用企業とサステナビリティ・インデックス採用企業(図3-6-1)」の格差も同様の推移であった。(3)個社別に見ると、大口倒産と下位ランキング企業の時系列グラフにおいて、非対称性指標の格差はデフォルト日付に至るまで増加傾向の会社「マイカル(図3-3-1)」、「マツヤデンキ(図3-3-3)」「寿工芸(図3-3-5)」、「エルゴテック(図3-3-6)」と減少傾向の会社「大成火災海上(図3-3-2)」、「北海道振興(図3-3-4)」があり、必ずしも一定の方向性があるとは限らないが、本研究で分析対象とした1999年当初から非対称性指標が大きく乖離して推移しているか、或いはデフォルト日付に至るまでに増加傾向を辿る傾向を有する。(4)上位ランキングの企業(表3-4-2)には、R&Iの信用格付、サステナビリティ・インデックス採用企業およびトーマツ審査機構の環境格付において上位に位置する本邦を代表する企業が多く含まれる。(5)また、米国企業については、「エンロン(図3-6-2)」は粉飾決算が発覚する2001年10月の約2年前である2000年当初より、「ワールドコム(図3-6-3)」は粉飾決算が発覚する2002年6月の約2ヵ月前の同年4月頃より、非対称性情報が増大していることを確認した。

本研究で定式化した基本モデル(basic model,式2.14)と応用モデル(applied model,式2.19)のパフォーマンスを比較すると応用モデルの方が上記(1)の検定においてt値およびZ値が有意であることが明確に表れた。基本モデル(basic model)は市場で観測される現時点(t時点)の売買スプレッドの水準をファクターとしているが、応用モデル(applied model)は将来(t+1時点)の期待売買気配値より得られる期待売買スプレッドの水準をファクターとしている。将来(t+1時点)の期待売買スプレッドは、順行動を仮定するとベイズの定理を用いた価格形成プロセスにより期待資産価格(VH,VL)の変動幅Δxが両サイドに増加すると売買スプレッドが拡大する方向で影響を受ける。応用モデルでは、市場で観測できる売買気配値と約定価格の格差より算出した株式投資収益率のインプライド・ボラティリティを資産価格の変動幅Δxとして期待売買気配値を算出したうえで非対称性指標を計測した。この実証分析結果は売買スプレッドの水準に加えその変動性を加味することでリスク・モニタリングの精度が高まる事を示唆している。

非対称性指標とMerton(1974)モデルによる期待信用リスク・プレミアムの両指標について、超優良企業、優良企業、信用格付(R&I格付AA,A, BBB,BB)およびデフォルト企業の区分でモデルの評価精度を示す統計値(AR値)の比較分析を行った。一般に実務的にモデルの評価精度が有用であると判断できる目安(AR値が0.6超が目安,なお、AR値自体の最小値は0.0,最高値は1.0)を一つの判断基準にすると、非対称性指標は超優良企業、AA格以上の企業、BB格以下の企業およびデフォルト企業の判別に優れており、その中間の評価精度は相対的に低い。図4-3に示す通り、横軸に企業の品質、縦軸にモデルの評価精度(AR値)をとってグラフ化すると、非対称性指標は両端が上方に位置しておりグラフの形状が横広がりのU字型に近いという"スマイル効果(Smile Effect)"が確認できる。また、Merton(1974)モデルに関してはBB格以下の企業およびデフォルト企業の判別に優れており、優良企業や高格付企業の評価精度は相対的に低い。そのため、図4-3に示す通り、質の低下した企業群の評価精度が高いのでグラフの形状がコール・オプションに近く、"負のレバレッジ効果(Negative Leverage Effect)"の存在が確認できた。なお、超優良企業と優良企業の判断基準は、一度でもサステナビリティ・インデックスに採用されていれば優良企業、複数のインデックスまたは2年連続でインデックスに採用されていれば超優良企業とした。

図3-1-1 既存の評価軸間の序列の検証結果

図3-1-2 既存の評価軸内の序列の検証結果

(注)括弧内は既存の各種評価軸を応用モデルにより算出した非対称性指標が有意に分割できるか仮設検定した時のt値を指す。Jpは本邦企業、USは米国企業の検定結果を指す。

図3-6-2,図3-6-2 米国デフォルト企業事例(図左:エンロン,図右:ワールドコム)

図3-2-2 非対称性指標と信用リスク

図4-3 モデルの評価精度の検証

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、これまで金融リスク・マネジメント分野において研究対象とされることが殆ど無かったリスク尺度である情報の非対称性に着目した研究である。Copeland and Galai(1983)およびGlosten and Milgrom(1985)の情報の非対称性による逆選択問題の基本的な枠組みを用いながら、不祥事企業はbad情報を隠蔽し、逆に優良企業は自ら率先して情報を開示することを仮定したうえで、株価形成過程を用いた新たなモニタリング・モデルを定式化した。また、日米の実際のデータを用いて非対称性指標を計測しモデルの評価精度を検証することで、従来の信用格付や持続可能性指標と比較した場合のリスク尺度としての有用性を示したものである。

昨今、企業経営者の利益相反行為や不正経理事件などコーポレート・ガバナンス上の問題に直面したデフォルトが多く見受けられる。本邦や米国においても、コンプライアンス上の不備により企業価値を大きく損ない、企業存続の危機あるいは倒産に陥る事象が相次いでいる。さらに、社会的責任投資の拡大と同時平行して、社会的信頼度の高い企業を集めてその株価から算出した指数であるグローバル型のサステナビリティ・インデックスに企業の株価が組み入れられるなど、企業のマネジメント上の不具合を随時モニタリングして、将来の企業業績を予見できる手法の研究開発に対する社会的要請が高まっている。

本論文は5章と4つの補題からなり、第1章は研究の背景と意義、第2章はモデルの定式化、第3章は実証分析、第4章は既存の指標との比較分析により構成される。また、補題として、社会的責任の高まり、信用リスクに関する既存研究とその課題、信用リスク・プレミアムの分析結果、さらには数値例が示してある。

本論文の中心となる第2章のモデルの定式化における基本的な枠組みは、以下のとおりである。

(1)不祥事企業はbad情報を隠蔽する。逆に優良企業は自ら率先して情報を開示する。

(2)このbad newsに関して情報保有者(投資者)は確率αで察知する。すなわち企業の一株当り価値Vを情報保有者はそれぞれ(異なった値)として知っている。換言すれば、非情報保有者(投資者)はもちろん企業の一株当り価値Vを知らない。非情報保有者は確率1-αで存在することを仮定している。

(3)マーケット・メーカーは不祥事情報の存在を知っているが、その詳細およびどの投資者が知っているかは不明である。

(4)固定的な取引コスト(手数料、税金など)や在庫の保有や空売りポジションの維持コストは存在しない。

本論文で定式化したリスク尺度である非対称性指標は、この基本的な枠組みの下で私的なBad情報を保有する確率αのことを指す。

価格形成プロセスは、ベイズの定理を用いて動学的な価格の学習過程を表現した。本論文では、証券会社による価格形成プロセスにモニタリングを行う第三者の視点を新たに加え、市場で観察できる価格(売買気配値)から、非対称性指標αを求めた。つまり、情報保有者と非情報保有者、証券会社で構成された価格形成プロセスを、リスク・モニターの視点で解析できるようにモデルを定式化している。その際、情報保有者と非情報保有者の売買行動を定式化に織り込むことで、リスク・モニターが市場の状況を解析できる仕組みを提案している。

本論文の実証分析においては、日米の実データを用いて、サステナビリティ・インデックスや信用格付など、既存の企業評価体系を非対称性指標で判別できるかをt検定およびウイルコクソン順位和検定により仮説検定した。例えば、非対称性指標とMertonモデルによる期待信用リスク・プレミアムの両指標についてモデル精度を比較分析すると、サステナビリティ・インデックスに採用された優良企業群や高い信用格付の企業群に対して、統計的に優れた指標となりうることが、モデルのパフォーマンスを示すAR値を用いて示されている。このことから、本研究で提案された非対称性指標は、既存の評価軸を横断する効果的な指標であると理解できる。

以上のように、本論分は、斬新なアプローチよる情報の非対称性を定量化する数理ファイナンス・モデルを定式化するとともに、日米の実データを用いて実証分析を含めた分析により、グローバルに活動する企業のマネジメント上の不具合を随時モニタリングための有用なアプローチを示したものであり、独創的な研究成果と評価できる。その研究価値が高く評価できる。この研究の成果は、さらに、国連提唱によるグローバル・コンパクトや企業の社会的責任などとも関連して、企業が国際協力の重要なアクターとして将来より大きな貢献が期待されるような状況において、マネジメントに関する有用性に富む示唆を与えたものである。よって、本論文は、博士(国際協力学)の学位請求論文として合格と認められる。

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