学位論文要旨



No 120766
著者(漢字) 柿本,正憲
著者(英字)
著者(カナ) カキモト,マサノリ
標題(和) グレアの波動光学的解析とそのCG描画への応用
標題(洋) Wave Optics Based Analysis of Glare and Its Application to Image Generation
報告番号 120766
報告番号 甲20766
学位授与日 2005.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第63号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 電子情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 池内,克史
 東京大学 教授 原島,博
 東京大学 教授 西田,友是
 東京大学 教授 相澤,清晴
 東京大学 助教授 佐藤,洋一
 東京大学 助教授 苗村,健
内容要旨 要旨を表示する

コンピュータ・グラフィックス(CG)において、リアルな画像の生成は基本的なテーマである。画像の元は光であるから、光のシミュレーションはCG分野の主要な問題である。光はもともと波であり、光を扱う場合には光線理論よりも波動理論のほうがより基本的であるにもかかわらず、ほとんどすべてのCG研究では、光を一本の光線もしくは光線の束として扱ってきた。理由は、大部分の応用ではそれで十分だという点と、波動のふるまいをシミュレートするのは光線をシミュレートするよりもはるかに複雑で処理時間がかかるという点であった。

本研究の目的は、リアルな画像を生成するためのアプローチとして波動光学を採用することにより、これまでにない新しい方式を考案し、その応用を提案することである。波動理論が適用可能な分野の中から、本論文では、光の回折とそのCGへの応用に焦点をあてる。回折をとりあげた理由は二つある。ひとつは、回折が、純粋に光の波動的なふるまいによる現象だという点で、もうひとつは、回折はグレアという形で日常生活によく現れる現象だという点である。グレアは、強い光の周りに現れる光のひろがりとして、あるいは放射状の線として人間の眼に映るものである。CG分野では、すでにグレアは特殊効果としてよく用いられているが、正確なシミュレーションはこれまで行われていない。本論文では、波動光学という物理則にもとづくグレアのシミュレーションモデルを提案する。

従来研究の章では、グレアやそのほかの要因、すなわち人間の眼やカメラなどのレンズ系の構造に起因する要素を考慮した画像生成の研究をサーベイする。波動光学にもとづくCG研究のアプローチも紹介するが、実際には波動光学をフルに利用した研究事例は非常に少ない。

本論文の最初の主要な提案として、物体への強い光の反射によるグレアを実時間で描画する新しいアルゴリズムを紹介する。この手法は、反射する物体のスペキュラ属性値を考慮したグレアを生成することで既存のハイライトの効果を置き換えるものである。既存の実時間のスペキュラ反射モデルでは、材質の鏡面反射特性指数(shininess)がハイライトの大きさを制御していたが、鋭い明るさをリアルに表現することはできなかった。提案アルゴリズムでは、反射光のエネルギーを保存する手法を実現した。shininess指数の値が大きい物体には、より鋭く長いグレアの線を反射点に生成させる(図1)。マルチパスレンダリングの手法を用いて画素ごとの反射情報を計算することにより、本手法の実時間描画の実装を行った。

本論文の二番目の提案は、より物理則にもとづいたグレア形状を生成する手法である。この手法では、レンズ系としての人間の眼の構造を考慮している。明るい光源と網膜との間に位置する不透明物体はグレアの主要な原因となる。すなわちまつ毛と虹彩の縁の部分が入射光の波の一部をさえぎり回折を引き起こす。この現象を解析するために、波動光学の基本理論のひとつであるフラウンホーファ回折理論を適用した。フラウンホーファ回折では、レンズの焦点位置にあるスクリーンに投影される回折像は光をさえぎる物体の像の二次元フーリエ変換を利用して記述できる。この理論にもとづき、筆者はシミュレーションモデルを実装し、グレア生成ソフトウェアを実現した(図2)。このグレア生成ソフトにより、実生活でよく見られる現象、すなわち、顔を振ることによって回折に貢献するまつ毛の部分が移動し、グレアの形状が微妙に回転する現象も再現できた。光の波動的な、複雑なふるまいをシミュレートするのは処理時間がかかるとされていたが、フーリエ変換に帰着できたために、FFT(Fast Fourier Transform)法が利用できることになり、リアルタイムに近い処理時間でシミュレーションを実現した。

本論文の三番目のポイントは、グレア生成手法を、実際的なアプリケーションである光源設計評価に適用することを提案したことである。波動光学にもとづく本手法を、広いダイナミックレンジ(HDR: High Dynamic Range)の輝度値を持つ指向性光源データに対して適用した。光源の強さだけでなく、可視光の全範囲の波長に渡る分光特性、さらには人間の眼の受光特性である等色関数も考慮している。最終的には、画素値が浮動小数点のHDR画像を通常のカラー画像に変換するトーンマッピング処理を施す(図3)。

最終的な三次元のシーンを描画する際には、まず通常の描画を行ったあとで高輝度の画素を検出し、生成したグレア画像を半透明の板にテクスチャとして貼り付けてその場所に描画する。その際、高輝度の画素の明るさを浮動小数点グレア画像に乗じた上でトーンマッピングを施して8ビットRGBの最終的なグレア画像を計算する。実験的な入力データとして、車のヘッドライトの配光特性を、ハイビームとロービーム、左ライトと右ライトのそれぞれの4通りの組合せとして用意し、さらに、別に取得したいくつかの光源の分光特性と組合せた。これらのデータに本手法を適用することにより、さまざまなパターンのヘッドライトに関して、ライトの向きの変化によって対向車の運転手の眼で生じるグレアが変化する様子をシミュレートすることができた(図4)。

結論として、この論文では、完全に波動光学の理論に基づく計算によってグレアを生成する新しい物理ベースアルゴリズムを提案した。多くの従来手法で何らかの波動光学的な洞察は利用されていたが、実際のグレアの形状は、マニュアルでデザインするか、あるいいはあらかじめデザインしておいた核の画像を重みづけして合成するかのどちらかのやり方で作られていた。一方、筆者による手法は全自動である。入力データとしては、光をさえぎる障害物と開口の画像、すなわちまつ毛画像と瞳孔形状の画像を用いる。また、光源の強さとその分光特性も入力となる。これらのデータセットが与えられれば、人間の恣意的な操作を介在させずにさまざまな見え方のするグレアを自動的に生成できる。人間による制御が介在する唯一の、避けられない例外は、HDRの浮動小数点画像を、使用中の表示装置に適合させるためのトーンマッピングのパラメータ設定である。本手法により、人工的なグレアを実際的なシミュレーションに応用する可能性を開いた。それは従来の単なる特殊効果にとどまらない新たな可能性である。

図1. 鏡面反射特性指数の違いによるグレアの違い

図2. さまざまな障害物画像入力(左)、開口画像入力(中)に対してのグレア画像出力(右)

図3. 分光特性・等色関数・光源輝度を加味しトーンマッピングを施すグレア生成手順

図4. ヘッドライト評価への応用例。上段:ハイビームのHID(High Intensity Discharge)ランプ。中段:ハイビームの白熱灯。下段:ロービームの白熱灯。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,「Wave Optics Based Analysis of Glare and Its Application to Image Generation(グレアの波動光学的解析とそのCG描画への応用)」と題し,従来のコンピュータグラフィックス(以下,CGと略す)手法では扱われることがほとんどなかった波動光学的なアプローチによってグレア現象のシミュレーションを行い,リアルな画像を生成する方法を論じたものであって,全体で6章からなり英文で書かれている.

第1章は「Introduction(序論)」であり,波動光学的アプローチがグレア現象の解析に有効であること,高階調(High Dynamic Range,以下,HDRと略す)画像の取得が容易になるにつれ明るい光の表現を正確に行う重要性が高まることなどを指摘することによって,本論文の背景・意義・目的を明らかにするとともに,本研究の対象領域を明確化している.

第2章は「Previous Work(従来研究)」と題し,グレア効果を,目やレンズの構造により起こる特有の現象としてより一般的に捉え,それらの現象がCGでどのように扱われてきたかを網羅的にサーベイしている.また,少数ではあるが,波動光学的なアプローチによるCG描画手法についても,これまでの研究を紹介している.

第3章は「Real-Time Rendering Technique for Glare Image(グレア画像の実時間描画手法)」と題し,グレア効果をCGで描画する際の処理の高速化を行う汎用の手法を提案し,実装結果を紹介している.特にここでは,従来の実時間描画手法では物理的に正確ではなかった鏡面反射モデルを改良し,反射点に生じるグレアを変化させることで明るい光を模擬し,ディスプレイの輝度の物理的な限界を補う表示手法を提案した.

第4章は「Glare Image Generation Based on Fraunhofer Diffraction(フラウンホーファ回折に基づくグレア画像生成)」と題し,グレア現象の主要な原因となる遮蔽物の画像を入力として目のレンズ系で起こる回折をシミュレートするモデルを提案した.入力条件として,まつ毛や瞳孔の形を変化させたり,カメラレンズのフィルタや絞りの形状画像を使用したりすることによって,種々のバリエーションを持ったグレア画像が生成できることを示した.また,本手法を前処理として作成した中間データと3章で述べた高速表示処理と組合せ,実時間で効果的なグレア表示処理を実装した.

第5章は「Accommodation of HDR Lights with Spectral Power Distribution(分光特性を持った高階調光源への適応)」と題し,4章で述べた手法を,実世界の非常に明るい光源に対して適用できるように洗練させた手法を提案している.実際に計測した光の波長特性と,やはり正確に計測した指向性を持つ高輝度の光のデータを反映させ,グレアが虹色に見える分光効果や光の強さに応じたグレアの変化をディスプレイ上に再現した.現実に,つけまつ毛をカメラレンズに装着して発生させたグレアの撮影結果と,同じつけまつ毛を入力画像とし,使用したライトの分光特性を入力光源としてシミュレートした結果を比較し,有効性を確認した.

第6章は「結論」であり,本論文の主たる成果をまとめるとともに今後の課題と展望について述べている.

以上,これを要するに本論文は,グレア現象を例として,波動光学的なアプローチによるコンピュータグラフィックス手法を検討し,その理論的基盤を固めるとともに,光の回折のシミュレーション手法や実時間CG描画手法などを体系的に論じたものであって,電子情報学の発展に寄与するところが大である.

よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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