学位論文要旨



No 120768
著者(漢字) 辛,星漢
著者(英字)
著者(カナ) シン,シェンハン
標題(和) 情報漏洩に強い保証付き鍵交換プロトコル
標題(洋) Leakage-Resilient Authenticated Key Establishment Protocols for Secure Channels
報告番号 120768
報告番号 甲20768
学位授与日 2005.09.30
学位種別 課程博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 博情第65号
研究科 情報理工学系研究科
専攻 電子情報学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 松浦,幹太
 東京大学 教授 今井,秀樹
 東京大学 教授 浅野,正一郎
 東京大学 教授 相田,仁
 東京大学 教授 坂井,修一
 東京大学 助教授 瀬崎,薫
内容要旨 要旨を表示する

(本文)認証された鍵を確立するためのAKEプロトコル(Authenticated Key Establishment protocol)は、必ずしも安全ではない通信路を用いて相互認証やセッション鍵の生成を提供するための基本構成要素である。このプロトコルの実現については、本論文中にも整理されるように、これまでにも非常に多くの研究が行われている。しかしながら、以下のような状況を考慮すると、これまで提案されてきた全てのプロトコルはその安全性について問題が存在することが知られている。

(1)デバイス上に安全に確保されるべき秘密情報が、設計あるいは実装上のミスなどにより漏洩した場合。(なお、耐タンパーモジュールを使用したとしてもこのような危険性をゼロにすることは非常に難しい。)

(2)パスワードなど利用者が記憶すべき秘密情報が、記憶できる程度に短い場合。

(3)利用者が多くの異なるサーバとの交信に対して、一つのパスワードを利用した場合。

本論文では、このような状況に対しても安全性を保証することができる新しいAKEプロトコルを提案する。このプロトコルは、耐漏洩AKEプロトコルと呼ばれ、(ユーザによって記憶される)パスワードと、(必ずしも安全ではない)デバイス上に記録された秘密情報を用いて、サーバとの間に認証されたセッション鍵を構築するものである。

本方式は、ユーザの保有する秘密情報のための記録媒体を利用しながらも、その媒体の耐タンパ性、あるいは、公開鍵基盤(PKI)に全く依存しないという優れた特性を有している。ユーザによるデバイスの保持は、保持しない場合より若干強い仮定ではあるものの、

(i)現実環境への導入が極めて容易な点(記憶容量をもつ携帯通信装置を保持しているユーザの設定は、むしろ非常に現実性がある。)

(ii)効率のみならず、安全性の意味においても、これまでに提案されてきた方式を凌駕している点

についても、提案方式は際立った特徴を有している。本論文では、ユーザによる記録媒体の携帯という非常に小さな負担により、効率と安全性の際立った向上が可能である上記新方式を提案し、その解析についてまとめる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は「Leakage−Resilient Authenticated Key Establishment Protocols for Secure Channels(情報漏洩に強い認証付き鍵交換プロトコル)」と題し,認証された鍵を共有するためのAKE(Authenticated Key Establishment)プロトコルについて研究を行っている.AKEプロトコルとは,必ずしも安全ではない通信路を用いて相互認証やセッション鍵の生成を提供するための暗号要素技術であり,このプロトコルの実現についてはこれまで非常に多くの研究が行われてきた.しかし,これまで提案されてきた全てのプロトコルは,秘密情報の漏洩が起こり得るような現実的な状況において,安全性を維持することは難しい.本論文では,そのような状況においても安全性を保証できる新しいAKE(Leakage−Resilient AKE,LR-AKE)プロトコルを提案し,その安全性を理論的に証明するとともに,従来のプロトコルと比較して,実運用における有効性を示したものである.論文の構成は「Introduction」を含めて4章からなる.

第1章は「Introduction(序論)」で,AKEプロトコルとは何かを説明した上で,既存研究を認証に使われる情報に応じて分類している.特に,パスワードを用いて認証を行うプロトコルについて詳細にまとめ,以下のような状況では従来のAKEプロトコルの安全性に問題が生じることを示している.

(1)デバイスに安全に確保されるべき秘密情報が,設計あるいは実装上のミスなどにより漏洩した場合.(なお,耐タンパーモジュールを使用したとしてもこのような危険性をゼロにすることは非常に難しい.)

(2)パスワードなどユーザが記憶すべき秘密情報が,人が容易に記憶できる程度に短い場合.

(3)ユーザが多くの異なるサーバと通信するにもかかわらず,一つのパスワードのみしか利用しない場合.

本章最後に本研究の目的について言及し,提案するLR-AKEプロトコルの位置付けとそれがどのような効果をもたらすかについてまとめている.

第2章は「Diffie-Hellman based Leakage-Resilient AKE Protocol(Diffie-Hellman法に基づくLR-AKEプロトコル)」と題し,鍵交換プロトコルとして初めて提案されたDiffie-Hellmanプロトコルを要素として使うLR-AKEプロトコルの基本原理を示し,その構成法を記述している.その上で,前章で述べた状況で要求される安全性を定義し,提案したプロトコルの理論的な安全性をスタンダードモデルで証明している.さらに情報漏洩に強いLR-AKEプロトコルの拡張方法を示し,その有効性を明確にしている.

第3章は「RSA-based Leakage-Resilient AKE Protocol(RSA法に基づくLR-AKEプロトコル)」と題し,公開鍵暗号のひとつであるRSAアルゴリズムを要素として使うLR-AKEプロトコルの基本原理を示し,その構成法を記述している.その上で,第2章と同じように,提案プロトコルの安全性を理論的に証明している.なお,この証明はランダムオラクルモデルを想定したものである.提案したLR-AKEプロトコルは,既存のプロトコルに比べて,安全性が高いばかりでなく,ユーザ側の計算量が少ないという特長を持っている.

最後に第4章は「Conclusion(結言)」で,本研究の総括を行い,併せて将来展望について述べている.

本論文で提案されているLR-AKEプロトコルは,ユーザによって記憶されるパスワードと必ずしも安全ではないデバイス上に記録された秘密情報を用いて,サーバとの間に認証されたセッション鍵を構築するものであるが,ユーザの保有する秘密情報のための記録媒体を利用しながらも,その媒体の耐タンパ性,あるいは,公開鍵基盤(PKI)に全く依存しないという優れた特性を有している.ユーザによるデバイスの保持は,保持しない場合より若干強い仮定ではあるものの,(1)現実環境への導入が極めて容易な点(記憶装置を持つ携帯通信装置を保持しているユーザの設定は,むしろ非常に現実性がある.)(2)効率のみならず,安全性の意味においても,これまでに提案されてきた方式を凌駕している点,を考慮すると十分受け入れられる仮定であると言える.

以上これを要するに,本論文は,既存のAKEプロトコルにおいて実際的な使用状況で生じ得る秘密情報漏洩に対処し得る新しいAKEプロトコルを提案して,その安全性を証明するとともに,このプロトコルが従来の方式にくらべ効率的でもあることを示したものであり,電子情報学,特に情報セキュリティ工学に貢献するところが少なくない.

よって本論文は博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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