No | 120774 | |
著者(漢字) | 金,春和 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | キム,チュンファ | |
標題(和) | 18世紀ロシア詩におけるホラティウス | |
標題(洋) | Horace in Eighteenth Century Russian Poetry | |
報告番号 | 120774 | |
報告番号 | 甲20774 | |
学位授与日 | 2005.10.12 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(文学) | |
学位記番号 | 博人第504号 | |
研究科 | 人文社会系研究科 | |
専攻 | 欧米系文化研究専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 本論はロシア18世紀古典主義文学におけるホラティウスの影響を考察するものである。取り上げるジャンルと作家はカンテミールの諷刺詩、ロモノーソフのオード、およびデルジャーヴィンのオード・抒情詩である。 18世紀ロシア文学においてはフランス文学の影響が大きいことから、第一章ではフランス古典主義文学の特徴を概観した。まずイタリア・ルネッサンスの文学理論家たちの理論がフランスにいかに受け入れられ、それがいかにフランスの文学理論家たちの理論の形成を促したかを示した。また、古典主義が確立するまで文学の主流であったバロック文学の様相についてもあわせて概観した。 第二章ではフランス古典主義文学におけるホラティウスの受容についてまとめた。ホラティウスの抒情詩や諷刺詩は古典主義文学のそれぞれのジャンルの形成に大きな役割を果たしたと見られるが、本論ではホラティウスの影響の一般的な特徴を述べ、ボアローの詩論の形成に大きな影響を及ぼした彼の『詩論』(Ars Poetica)を紹介したのち、ボアローの諷刺詩とホラティウスの諷刺詩の比較を行った。 第三章はロシア古典主義の問題を扱った。まず従来のソ連の学者たちの古典主義にたいする種々の見解を紹介し、そのなかの偏った見解を批判した。また18世紀ロシア文学の発展の様相を把握する上で基準になるべきものとして、啓蒙主義、国家イデオロギー、個人の発話としての文学の機能の問題を提示した。 第四章ではカンテミールの諷刺詩について考察した。彼の諷刺詩はローマの諷刺作家からの借用が目立つ。しかし彼は徹底した啓蒙主義哲学としての顔をもっており、彼の諷刺詩には彼の合理主義者としての人生・社会観が現れている。彼はなにより理性の光の下開明した政治の行われる社会を望んだ。彼の期待は実際の社会の政治後進性や頑固たる宗教的偏見によって妨げられる。これによる失望感は彼の諷刺詩のいたるところにある。この失望は以前のローマの諷刺作家たちのそれとも性質を異にしている。ただしホラティウスの諷刺詩における人間性格の洞察、あるいは素朴な生活の魅力の称え等はカンテミールの諷刺詩の主要な要素を成している。 第五章はロシアのオードにおけるホラティウスの影響について考察した。取り上げる作品はロモノーソフとデルジャーヴィンのオードと抒情詩である。 最初にホラティウスのオードを数編を取り上げ、その特徴である教育的性格について述べた。 ロモノーソフの項では、彼の詩論、およびロシア古典主義の詩論で大変重要な意義をもつと思われる『修辞学指針』を分析し、ロモノーソフの詩論の重要な特徴といわれる、'感性'を重視する表現法が実はローマの修辞学と深い関連をもつことを示した。また近代ヨーロッパにおいて修辞学の教材として最も権威を持ち、ロモノーソフも当然読んだものと思われるクィンティリアーヌスの『修辞学教本』と『修辞学指針』を比較し、ロモノーソフの表現法の特徴を考察した。 ロモノーソフは古代作家を多く読んでおり、彼の詩の世界も彼らと深い関係があるが、とりわけピンダルスとオヴィディウスの影響が強いと見られる。ピンダルスのメタファーはロモノーソフのそれと似た面が多く、彼の荘重なスタイルで使われる比喩とも深い関係があると思われる。本論ではピンダルスとロモノーソフのメタファーを例示してその類似点を考察した。またロモノーソフの詩の場面展開における分割的な場面構成はオヴィディウスのナレーションの特徴と関係があると考え、この点についても考察した。 ホラティウスとロモノーソフはそれぞれアウグストゥス皇帝とピョートル一世を神格化し、彼らを詩の重要なモチーフとしているが、その詩的イメージや根底にある思想における共通点あるいは差はどのようなものかを考察した。 デルジャーヴィンの項では、彼の詩に見られるいくつかの重要な問題点を取り上げて考察した。まず初期詩における抒情性の特徴について述べ、その後抒情性が拡大していくなかで、詩的自我の表出を特に叙景の手法との関係のなかで調べ、ホラティウスの詩とどのような関係をもつかを調べた。さらにデルジャーヴィンの詩の重要なテーマである神智学が彼の詩のなかでどのように現れ、古典作品とどのような関連があるかについて述べた。最後に詩人としての自覚が二人の詩人のなかでどのように現れるかを比較考察した。 | |
審査要旨 | 金春和氏の論文「18世紀ロシア詩におけるホラティウス」(英語論文。原題 Horace in Eighteenth Century Russian Poetry)は、18世紀ロシア詩が西洋古典文学を代表する詩人のひとりホラティウスから受けた影響を考察し、この考察を通して18世紀ロシア文学の特質を明らかにしようとしたものである。 論文は序および本論5章によって構成されている。本論ではロシアにおけるホラティウス受容の考察にとりかかるに先立ち、第1章で18世紀ロシアに多大な影響を与えたフランス古典主義を、また第2章ではそのフランス古典主義においてホラティウスが果たした役割を考察する。その後第3章では18世紀ロシアの文学状況について説明し、当時のロシアにおけるホラティウス受容を示す代表的な例として、第4章ではカンテミール(1708-44)の諷刺詩に与えた影響、第5章ではロモノーソフ(1711-65)とデルジャーヴィン(1743-1816)の頌詩に与えた影響を分析している。 金氏の論文はまず、18世紀ロシア詩という先行研究の少ない領域を取り上げ、それをひとりではなく複数の作家の創作活動にわたって考察しようとした意欲的な仕事であった。またホラティウスの作品とロシア作家の作品をともに原語テクストで分析し、比較考察することは必ずしも容易な作業ではないが、臆することなく困難に取り組んだ点も評価されるであろう。 ただ野心的な試みであるだけに、不足の点も認められた。本論では18世紀ロシア詩の基本的特徴を古典主義的形式にあると結論し、ホラティウス受容もその枠組みの中で理解している。しかし18世紀ロシアの文学は極めて複雑な様相を呈しており、古典主義的な特徴のみで説明することには疑問も残る。バロック的な要素を考慮しつつ、より広い視野で作品を考察することが望まれるであろう。また、ホラティウスからの影響に関しては、ホラティウス作品の翻訳紹介の歴史の確認、作家の手法の比較、複合的な影響関係の調査など、多様な研究方法が可能であり、方法についてもより周到な準備がなされるべきだったという反省もある。 しかしながら、18世紀ロシア文学における諸外国文化の影響、特に西洋古典文学の受容の研究は極めて重要であるにも関わらず、テクストを理解する上で数多くの言語についての知識が必要とされるため、日本ではむろんのことロシア本国においても研究が進捗しているとは言い難い。金氏は時間と労力を惜しむことなく費やしてそれらの言語を習得し、原語でテクストを読解、分析して、その成果を纏めたのであり、本論文が18世紀ロシア文学研究に貢献する重要な仕事となったことは明らかである。 審査委員会は以上の点を評価し、全員一致で本論文が博士(文学)の学位に値するものであるとの結論に至った。 | |
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