学位論文要旨



No 120777
著者(漢字) 寺脇,幹
著者(英字)
著者(カナ) テラワキ,カン
標題(和) ロイコトリエンB4受容体(BLT1)欠損マウスの作成と表現型の解析
標題(洋) Generation and phenotypic analysis of leukotriene B4 receptor l-deficient mice
報告番号 120777
報告番号 甲20777
学位授与日 2005.10.19
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2580号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 栗原,裕基
 東京大学 講師 大石,展也
 東京大学 講師 久具,宏司
 東京大学 講師 高見澤,勝
内容要旨 要旨を表示する

研究の背景および目的

ロイコトリエンは、細胞膜・核膜の構成成分であるリン脂質から細胞質型フォスフォリパーゼA2(cPLA2)によって切り出されるアラキドン酸に5-Lipoxygenase (5-LOX)が作用して産生される、脂質の化学情報伝達物質である.ロイコトリエンB4(LTB4)は、アラキドン酸からLTA4を経由して産生される.LTB4の生体内での最も顕著な働きは、多形核白血球を炎症部位に強力に遊走・走化させる作用(ケモタキシス)であり、これはIL-8や細菌壁由来のfMLPの活性に匹敵し、補体第5成分 C5a より強い.また好中球・好酸球からのライソソーム酵素の放出、白血球の血管内皮への接着、活性酸素の産生、マクロファージの活性化などを促進することで、外来異物の侵入に対する生体防御機構の一役を担っていると考えられる。一方、LTB4の過剰な産生は、尋常性乾癖、慢性関節リウマチ、炎症性腸疾患などの炎症性疾患の発症および増悪につながると考えられている。LTB4は、他のアラキドン酸代謝物の多くと同様、7回膜貫通型のG蛋白共役型受容体(GPCR)を介して作用を発現している.このうち高親和性受容体であるBLT1は352個のアミノ酸から成る比較的小さなGPCRで、その発現は白血球(好中球、好酸球、マクロファージ)に限局している。BLT1遺伝子のプロモーターにオーバーラップする形で別の遺伝子の蛋白翻訳領域が発見され、これがBLT1とアミノ酸レベルで45%の相同性を持つGPCRであること、さらには薬理学的解析からの低親和性受容体であることが明らかとなり、BLT2と命名された。BLT2は牌臓、卵巣、肝臓、白血球をはじめ広い臓器分布を示している。これらBLT1、BLT2の生体内における機能については未知の部分が多く残されている。BLT1欠損マウスはすでに2グループで作成されているが、実験モデル動物を用いたin vivoでの機能解析は行われていない.

気管支喘息は、古くは気管支の収縮・轡縮が本態と考えられていたが、1980年代以降、気道の炎症の役割が重要視されるようになってきた.すなわち、抗原提示細胞(APC)によってアレルゲンが提示されると、サイトカイン、特にTh2サイトカインの産生が活性化され、好酸球やIgEの増加と活性化が生じ、それらの複合的な反応によって気道の炎症が生じることで、気道の狭小化、粘液の産生過剰や排泄低下、リモデリングなどにより、気道過敏性の亢進が惹起されると考えられている。

一方、ロイコトリエンをアラキドン酸から切り出す酵素であるcPLA2を欠損させたマウスにおいて、気道過敏性の亢進が生じないことが明らかにされているが、その下流のどのメディエーターがどのように気道過敏性に関与しているかは明らかになっていない.LTA4にグルタチオンが付加して生成されるLTC4やこれからグルタミン酸がはずれたLTD4は、古くから気管支平滑筋の収縮作用、血管透過性の亢進、気道粘液分泌、好酸球走化性が知られており気管支喘息の病態成立に重要な役割を果たしているが、こられシステイニルロイコトリエン(Cys-LTs)のみならず、LTB4も気管支喘息の病態生理に何らかの関与している可能性があると考え、作成したLTB4欠損マウスを用いてOVA感作による気管支喘息モデルの実験を行った.

方法

TT2ラインのES細胞を用いてBLT1遺伝子をへテロで破壊したES細胞を作成した.この細胞を用いてキメラマウスを作成し、得られたヘテロ変異マウスをC57BL/6とbackcrossしてBLT1欠損マウスを作成した。LTB4受容体遺伝子が破壊されていることをサザンブロット法で確認した.BLT1mRNAの消失は、RT-PCR法で確認した。次いで機能的解析として、カゼインで誘導した腹腔内好中球や肺・牌臓の細胞膜分画を用いて、[3H]標識したLTB4に対する結合実験を行った.またカゼインで誘導した腹腔内好中球にLTB4刺激を加えることで観察される細胞内カルシウム上昇やMPO releaseが、BLT1欠損マウスの細胞で観察されるかどうかを検討した。positivecontrolとしてはfMLPを用いた。

次いで、このF6世代以降のオスマウスとlittermateとなる野生型(WT)オスマウスを用いて、卵白アルブミン(OVA)を腹腔内注射を1週間おきに2回感作し、そのあとエアロゾル化したOVAを吸入させるチャレンジテストを行ったのち、3週間目に気道過敏性を測定した.測定法としては、非刺激時の2倍の気道収縮をもたらすメサコリン(MCh)濃度を測定するという方法で行った.なお、OVA感作およびOVAチャレンジのコントロールとしては生理食塩水の腹腔内注入とエアロゾル化した生理食塩水の吸入を行った。

また、同様にOVA感作したモデル動物の気管に1ml のPBSを注入し、得られた肺胞洗浄液を用いて以下の分析を行った。

・気道内の細胞数、とくに好酸球数についてフローサイトメトリーを用いて測定

・好酸球の走化性因子(eotaxin、MCP-1α)、エイコサノイド(LTB4、LTC4、PGD2、PGE2)、サイトカイン(IL-2、IL-4、IL-5、IL-13、IFN-γ、TNF-α)を、市販のELISA kitやMouse Th1/Th2 kitを用いて測定

・OVA特異的IgG1とIgEはビオチン-アビジン複合体を用いたシステムを利用して測定

また、病理組織学的変化をみるため、同様に感作したマウスの肺を固定後、5μm厚の切片を作成し、HE染色とPAS染色を行って、それぞれ細胞浸潤の程度の評価とgoblet細胞が気管支全周の何%を占めているかの評価を段階的スコアリングで行った。さらに肺組織をホモジナイズしたのちEPO活性を測定した.

また、上記実験と同様にOVA感作/チャレンジしたマウスの傍気管リンパ節を摘出し、得られた細胞をin vitroで改めてOVA刺激した。細胞増殖を定量するために、[3H]標識したチミジンの取り込み量を測定した.また96時間刺激した後の上清中のIL-5とIL-13を測定した。

結果はすべて分散分析によって解析した.

結果

OVA感作したWTマウスがMChチャレンジテストで気道過敏性が上昇したのに対して、OVA感作したBLT1欠損マウスでは気道過敏性の上昇は有意に抑制された.またBALF中の好酸球数が、OVA感作したWTマウスでは著明に増加したのに対し、OVA感作したBLT1欠損マウスでは増加がみられず、感作していない状態と同様にマクロファージが主体であった。

OVA感作したWTマウスで認められたBALF中のIgEの増加は、 OVA感作したBLT1欠損マウスでは増加しなかった.また、PAS陽性のgoblet細胞が気道全周に占める割合は、OVA感作したWTマウスで認められたのに対し、OVA感作したBLT1欠損マウスで大きく減弱していた.

各種サイトカイン・エイコサノイドのうち、IL-5、IL-13、LTB4はOVA感作したWTマウスで増加していたが、OVA感作したBLT1欠損マウスではわずかに増加するもののWTマウスの増加分と比べて有意に低かった.なおIL-4やLTC4はBLT1欠損マウスのみならずWTマウスにおいても検出限界以下だった.

OVA感作/チャレンジしたマウスの傍気管リンパ節の細胞をOVA刺激すると、OVAの濃度依存性のT細胞の増殖が見られたが、WTマウスに比較してBLT1欠損マウスでは有意に増殖速度が遅くなっていた.また、上清中のIL-5とIL-13についても、OVAの濃度依存性に産生量が増加したが、WTマウスに比較してBLT1欠損マウスでは有意に産生量が低下していた。

考察

気管支喘息においては、Th2サイトカインの増加、それに伴うIgE活性化や好酸球の増加、これらが複合的に作用して気道の炎症、リモデリングを惹起し、最終的に気道過敏性の上昇をもたらしていると考えられているが、BLT1欠損マウスを用いた本モデルにおいては、IL-5、IL-13の増加がみられない、好酸球が肺にほとんど集まらない、IgEの増加がない、そして気道過敏性の上昇がみられない、という結果が得られた.

推定される経路としては、1つにはBLT1欠損マウスにおいては、好酸球に多く発現しているべきBLT1が存在しないために、本喘息モデルにおいて好酸球が本来集まるべき炎症部位である、気管周囲・肺胞に集まってこない.既報では気管支喘息における炎症部位で好酸球が増加し活性化することが、Th2サイトカインの産生・活性化をもたらすpositivefeedback作用があるとするものがあり、BLT1欠損マウスにおいてはこのサイクルがまわらなくなっている可能性がある。

他方、LTB4-BLT1 interactionが、Th2サイトカインpathwayにおいて好酸球とは無関係に、より直接的に主要な役割を果たしている可能性も考えられる.本研究において、傍気管リンパ節内の細胞をOVA刺激したin vitroの実験において細胞増殖の速度とTh2 cytokineの産生量が、BLT1欠損マウスにおいて有意に抑制されていることが示されたことは、LTB4-BLT1interactionが、本喘息モデルにおけるTh2サイトカインpathwayにおいて重要な役割を演じていることを強く示唆するものである.BLT1欠損マウスのリンパ節細胞におけるTh2反応の減弱の責任細胞は同定できていないが、主要な抗原提示細胞である樹状細胞、あるいは、サイトカイン産生の責任細胞であるCD4陽性T細胞の両方の可能性があり、今後の解明が期待される.

結語

本研究は、BLT1欠損マウスを用いたin vivoの実験モデルにおいてBLT1の生体内における機能を示した初めての報告である。LTB4-BLT1 interactionは炎症反応における最終的な伝達物質としての役割のみならず、Th2タイプの免疫応答において重要な役割を担っていることが示唆された.BLT1特異的な拮抗薬によってLTB4-BLT1 interactionを阻害することが、気管支喘息を含む様々な免疫・炎症性疾患の予防や治療につながることが期待される.

審査要旨 要旨を表示する

本研究は,多形核白血球を炎症部位に強力に遊走・走化させる作用(ケモタキシス)など主として外来異物の侵入に対する生体防御機構の一役を担っているロイコトリエンB4(LTB4)の高親和性受容体,BLTlの生体内での機能を明らかにするために,BLTl欠損マウスが作成されその表現型として気管支瑞息モデルを解析したものであり,下記の結果を得ている.

TT2ラインのES細胞を用いてBLTl遺伝子をヘテロで破壊したES細胞を作成し,この細胞を用いてオスのキメラマウスを作成した.これをC57BL/6メスマウスと交配し,得られたヘテロ変異マウスをC57BL/6とbackclossしてBLTl欠損マウスを作成した.サザンブロット法でLTB4受容体遺伝子が破壊されていることを確認し,RT-PCR法でBIT1mRNAの消失を確認した.

機能的解析として,次の3つの実験を行った.1)カゼインで誘導した腹腔内好中球や肺・牌臓のミクロソーム分画を用いて,[3H]標識したLTB4に対する結合実験を行い,BLTl欠損マウスから得た細胞ではLTB4に対する結合は有意に低下していた.2)カゼインで誘導した腹空内好中球にLTB4刺激を加えることで観察される細胞内カルシウム上昇やミエルペルオキシダーゼ(MPO)放出反応を観察したところ,BLTl欠損マウスから得た細胞では細胞内カルシウム上昇やMPO放出反応はまったく見られなかった.以上より本マウスにおいてはBLTlが欠損できていること,また好中球における主要なBLTl受容体はBLTlであることが明らかとなった.

表現型の解析として気管支瑞息モデルマウスによる気道過敏性実験を行った.卵白アルブミン(OVA)の腹腔内注射2回と,エアロゾル化したOVAの吸入によって感作したのち,3週間目に気道収縮薬であるメサコリン(MCh)を用いて気道過敏性を測定したところ,BLTl欠損マウスでは,気道過敏性の上昇は有意に抑制されていた.

同様にOVA感作したモデル動物の肺胞洗浄液を分析したところ,BALF中の好酸球数が,OVA感作したWTマウスでは著明に増加したのに対し,OVA感作したBLTl欠損マウスでは増加がみられず,感作していない状態と同様にマクロファージが主体であった.

OVA感作したWTマウスで認められたBALF中のIgEの増加は,OVA感作したBLT1欠損マウスでは増加しなかった.また,PAS陽性のgoblet細胞が気道全周に占める割合は,OVA感作したWTマウスで認められたのに対し,OVA感作したBLTl欠損マウスで大きく減弱していた.

各種サイトカイン・エイコサノイドのうち,IL-5,IL-13,LTB4はOVA感作したWTマウスで増加していたが,OVA感作したBLTl欠損マウスではわずかに増加するもののWTマウスの増加分と比べて有意に低かった.

同様にOVA感作したマウスの傍気管リンパ節の細胞をOVA刺激するとOVAの濃度依存性のT細胞の増殖が見られたが,WTマウスに比較してBLTl欠損マウスでは有意に増殖速度が遅くなっていた.また,上清中のIL-5とIし13についても,WTマウス,BLTl欠損マウスともにOVAの濃度依存性に産生量が増加していたが,BLTl欠損マウスではWTマウスに比較すると産生量の上昇の程度は有意に低下していたことから,本喘息モデルにおけるTh2サイトカインpathwayにおいてLTB4が重要な役割を演じていることが強く示唆された.

以上本論文はBLTl欠損マウスの作成と解析を行い,LTB4が炎症反応における最終的な伝達物質として機能するだけではなく,Th2型免疫応答の形成においても重要な役割を担っていることを明らかにした.本研究により,BLTl特異的な拮抗薬が気管支喘息を含む様々な免疫・炎症性疾患の予防や治療につながることが期待され,またBLT1の生体内での機能解明にも重要な貢献をなすと考えられ,学位の授与に値するものと考えられる.

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