学位論文要旨



No 120782
著者(漢字) 松浦,一雄
著者(英字)
著者(カナ) マツウラ,カズオ
標題(和) 遷移を伴うタービン翼列内流れの圧縮性LES解析
標題(洋)
報告番号 120782
報告番号 甲20782
学位授与日 2005.10.20
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6163号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加藤,千幸
 東京大学 教授 笠木,伸英
 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 教授 荒川,忠一
 東京大学 講師 寺本,進
内容要旨 要旨を表示する

航空用,産業用ガスタービンでは,翼列の空力特性がエネルギー変換効率を大きく左右する.本研究は,この空力特性を支配する内部流動の数値解析に関わる,特に低レイノルズ数効果を有する圧縮性翼列流れに対する高精度数値予測手法の提案および内部流動の解明を主題としている.具体的には,圧縮性遷移翼列流れに対して,乱流変動成分の予測も含めて高精度な解析が可能なLES(Large Eddy Simulation)による計算手法を提案し,基礎的な流れに対する検証の後,低圧タービン翼列ならびに超小型ラジアルタービン翼列内の流れを解析した.その結果,翼列内の詳細な遷移メカニズムや,ラジアルタービンの小型化に伴う損失発生要因などに関して新たな知見を得た.

まず,第1章では,航空用低圧タービンや,超小型ガスタービンなどに見られる圧縮性遷移翼列流れに対して従来広く使用されてきたRANS(Reynolds-averaged Numerical Simulation)解析の限界,LES解析の必要性, LESやDNS(Direct Numerical Simulation)に関する過去の研究に言及した後,本研究の目的を述べる.

第2章では,本研究で用いる基礎方程式や解析手法に関して詳述する.特にLES解析手法や,空間離散化手法,時間積分法,並列化手法などを説明する.またLESに関し,高次精度のフィルタリングを導入し,陽的なSGS散逸を導入しない工学的背景や理論的根拠について言及する.

第3章では,空間的に発達する平板境界層を対象に,ガスタービン翼列に見られる代表的な遷移形態であるバイパス遷移の解析を行うことにより,本手法の有効性,健全性を検証する.特に解析精度への影響が大きいと考えられる計算格子幅やフィルタリングの強度に関して,その影響を議論する.

第4章では,第3章により検証された手法を,Re数が5.0×105のT106低圧タービン翼列流れに適用する.ここでは,主流乱れ度を0%とする場合と約5%とする場合の両条件における解析結果を比較する.また,POD(Proper Orthogonal Decomposition)解析により支配的な境界層挙動を明らかにする.その結果,圧縮性遷移翼列において,遷移形態が主流乱れの有無により本質的に異なることや,境界層における乱れの発達の相違が翼列における非定常圧力変動の相違としても現れることなどを示す.

本章で議論した境界層乱れの発達を解像しうる精度の解析を行うことは,次章の超小型ラジアルタービン動翼内部流れにおける壁面近傍の損失発生因子やその輸送を特定する上で工学的に重要である.

第5章では,外径40mm(Re=7.16×104)および8mm(Re=1.17×104)のラジアルタービンへLES解析を適用する.同時に数値解析との比較のために行った空気試験についても述べる.

これらの結果に基づき,損失の発生要因,その予測に対するLES解析とRANS解析の相違,効率および内部流れのレイノルズ数依存性,効率向上に関する設計指針などを議論する.

第6章では,第4章の議論に基づき,

主流乱れを考慮しない場合,固有値が全体の30%程度を占める2つのPODモードより,圧力波の通過に伴う渦の圧縮と膨張による変形が支配的な境界層挙動である.特に95%翼弦長位置では,主流方向へ渦を歪ませる挙動も現れることから.後縁近傍では渦の圧縮と膨張による変形および主流方向への変形が遷移境界層における支配的な非定常挙動である.

主流乱れが5%の場合,POD第1モードより,85%翼弦長位置付近では主流方向変動速度の増大が,95%翼弦長位置では乱流エネルギーの生成が遷移境界層における支配的な非定常挙動である.

これらより,主流乱れを考慮しない場合と,約5%の主流乱れを導入する場合とでは遷移メカニズムが本質的に異なることを明らかにした.

また,第5章の議論に基づき,

内部流動に関して,ハブ側の流れは負圧面側に移動し,負圧面近傍でハブからシュラウドに巻き上がる.そして負圧面近傍入口からの流れと混合しながら,半径方向から軸方向に向きを変え,シュラウド側に転向して流出することが分かった.これに対しエネルギー散逸関数の分布よりロスの発生を明らかにした結果,小型ラジアルタービンを改良するためには,ロータ入口からの流れを漏れ流れやハブからの流れとなるべく混合させないように子午面を変更する必要があることが分かった.

本研究で対象とした,小型ラジアルタービンの損失―Re数依存性は-0.1乗程度と従来推定されていた-0.20〜-0.85乗よりも小さい結果を得た.従って,Re 数の低下を考慮してロスを極力低減するような設計をすることにより,ロータ外径8mm程度のラジアルタービンでも80%程度以上の断熱効率を得られる見通しを得た.

本研究で対象とした超小型ラジアルタービンの更なる効率向上には,低Re数効果に関して,本質的に定量的な議論が必要である.

などを主要な結論として得た.

最後に,本研究で提案する計算手法が今後ますますタービンやコンプレッサ翼列流れに適用され,その現象解明およびより良い設計に活かされることを期待したい.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は,「遷移を伴うタービン翼列内流れの圧縮性LES解析」と題し,6章よりなっている.

航空用,産業用ガスタービンでは,翼列の空力特性がエネルギー変換効率に多大な影響を与える.特に低レイノルズ数効果を有する翼列流れでは,形状損失や,2次流れによる二次損失,さらには漏れ損失が増大し,効率は低下する.近年開発が行われている航空用,産業用タービンは,形状の小型化あるいはタービン入口温度の上昇により内部流れのレイノルズ数が小さい条件下で使用される傾向にあるため,設計にあたっては低レイノルズ数効果の理解と予測が重要である.

従来,このような流れに対しては,RANS解析が一般的に用いられてきた.しかしながら,低レイノルズ数流れの予測に必然的に伴う遷移予測は,遷移点や遷移距離と境界層パラメータとの関係式,あるいは間欠率など実験式に基づいているため,その実験式の仮定をはずれる作動条件や3次元的な複雑形状における流れでは,予測精度が低下するという本質的限界がある.

一方,近年Navier-Stokes方程式に基づき,なるべく直接的に解析を行う手法が発達し,遷移を伴う流れ場にも適用されている.これら直接的解析は非定常な空間変動に関する情報が得られ,特に低Re数効果を伴う流れ場の損失発生あるいは熱伝達の機構を解明する上で,重要な解析手段になると考えられる.中でもLESはDNSに必要な計算負荷を軽減し,高精度に乱流を解析する手法として工学的実用化が期待されている.しかしながら,LESは遷移を伴う圧縮性翼列流れに対して,高い解像度で計算を行うことが困難であったためこれまでほとんど適用されておらず,このような流れに対するその解析手法は確立されていなかった.

以上の背景から,本研究では6次精度コンパクトスキームを基礎とし,陰的なSGSモデルとして作用し,かつ,実用計算において数値的な安定性を確保するために導入した10次精度フィルタリングを組み合わせた実用的なLES計算手法を提案している.遷移流れに対してその有効性を検証した後,低圧タービン翼列および超小型ラジアルタービン翼列に適用し,その内部流れを解明している.

第一章は序論であり,航空用低圧タービンや,超小型ラジアルタービンなどにおける圧縮性遷移翼列流れに関する予測の工学的重要性とこのような流れを高精度に予測できる手法の必要性を説いている.そして従来広く使用されてきたRANS解析の限界,LESやDNSに関する過去の研究やLES解析の利点に言及した後,LESに基づき圧縮性遷移翼列流れを高い精度で解析できる手法の必要性を論じている.

第二章では,本研究で用いる基礎方程式や解析手法に関して述べている.特にLES解析手法や,コンパクトスキームを用いた空間離散化手法,陰解法に基づく時間積分法,MPIに基づく分散並列化手法などを説明している.またLESに関し,高次精度のフィルタリングを導入し,陽的なSGS散逸を導入しない工学的背景や理論的根拠を明らかにしている.

第三章では,提案した手法の精度を検証することを目的として,空間的に発達する平板境界層を対象に,ガスタービン翼列に見られる代表的な遷移形態であるバイパス遷移の解析を行い,得られた局所摩擦係数,平均速度成分,変動速度成分およびレイノルズ応力などをこれまでに報告されている実験値と比較している.特に解析精度への影響が大きいと考えられる計算格子幅やフィルタリングの強度に関して,その影響を議論している.その結果,αf 〓 0.45,Δx+ 〓 14,Δy+min = 1,Δz+ 〓 15 とするフィルター強度に関するパラメータ,計算格子幅の設定で計算すれば,遷移が完了する点近傍の予測精度には問題が残っているものの,遷移域における乱れの発達を精度良く再現することが可能であることを明らかにしている.

第四章では第三章により検証された手法を,翼弦長および流出速度に基づくRe数が5×105のT106低圧タービン翼列流れに適用している.設計点条件に対して主流乱れを考慮しない場合と,約5%の主流乱れを導入する場合の両者の結果を比較し,主流乱れが遷移翼列流れに与える影響や,POD解析を用いて乱流遷移に至る過程における支配的な非定常挙動を議論している.その結果,主流乱れを考慮しない場合と,約5%の主流乱れを導入する場合とでは遷移メカニズムが本質的に異なることを明らかにし,圧縮性遷移翼列流れの境界層乱れの発達を議論し得る高精度な解析を可能にしている.さらに主流乱れを考慮しない場合,翼列スロート部下流で非定常的に剥離した渦が,翼後縁を通過する際に強い圧力波が発生し,それが前記の渦を圧縮/膨張させる変形が境界層内の支配的挙動であることを明らかにしている.特に95%翼弦長位置では,スパン方向に渦を歪ませる挙動も現れることから,後縁近傍では渦の圧縮と膨張による変形およびスパン方向の変形が遷移境界層における支配的な非定常挙動であることを明らかにしている.また,主流乱れが5%の場合,85%翼弦長位置付近では主流方向変動速度の増大が,95%翼弦長位置では乱流エネルギーの生成が遷移境界層における支配的な非定常挙動であることを明らかにしている.

第五章では,本手法を小型ラジアルタービン動翼内部流れに適用し,損失発生要因や,その予測に対するBaldwin-Lomaxモデルを用いたRANS解析との相違,低Re数効果,効率向上に関する設計指針などを議論している.その結果,小型ラジアルタービン動翼内部流れでは,ロータ入口からの流れと,ハブからの流れが負圧面でシュラウド側に巻き上がる流れあるいは,漏れ流れと混合する領域において大きな損失が発生することを示し,小型ラジアルタービンの効率向上のためにはこれらの流れをなるべく混合させないように子午面ならびに動翼形状を設計することが有効であることを明らかにしている.また,LES解析とRANS解析との相違に関しては,後者は全体的に平均化された流れしか予測できないのに対して,前者は局所的な渦構造やそれに起因する低エネルギー領域などの予測が可能であることを明らかにしている.さらに,外径46mmと外径8mmのラジアルタービンに関するLESによる解析結果の比較より,Re数に対する効率の依存性は-0.1乗程度の相関であることを示し,これより,上述の損失を低減するような流路設計を行えば,80%程度以上の高い断熱効率を維持できる可能性があることを明らかにしている.

第六章は結論であり,本論文で得られた成果をまとめている.

以上,本論文では,低レイノルズ数効果を有する圧縮性翼列流れの高精度な数値予測の実現および解明を目的とし,6次精度コンパクトスキームを基礎とし,実用計算において数値的な安定性を確保すると同時に,陰的なSGSモデルとして作用する10次精度フィルタリングを組み合わせた実用的なLES計算手法を提案した.それにより低圧タービン翼列および超小型ラジアルタービン翼列内部流れを解明した.その結果,圧縮性遷移翼列に関して従来の研究と比較してはるかに高い精度で解析することに成功した.そして,遷移形態が主流乱れの有無により大幅に異なることや,境界層における乱れの発達の相違が翼列における非定常流れの相違としても現れることを明らかにした.さらに,小型ラジアルタービンへの適用では,損失の発生要因,その予測に対するLES解析とBaldwin-Lomaxモデルを用いたRANS解析の相違,効率および内部流れのレイノルズ数依存性,効率向上に関する設計指針などを明らかにした.

これらの結果は,遷移を伴うタービン翼列内流れの解明のみならず,その数値解析技術の発展にもつながるもので,流体工学,エネルギー変換工学をはじめ工学の上で寄与するところが大きい.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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