学位論文要旨



No 120784
著者(漢字) 周,文軍
著者(英字)
著者(カナ) シュウ,ブングン
標題(和) 非水分散媒を用いたマルチボディー研磨法の開発に関する研究
標題(洋)
報告番号 120784
報告番号 甲20784
学位授与日 2005.10.20
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6165号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 谷,泰弘
 東京大学 教授 光石,衛
 東京大学 教授 柳本,潤
 東京大学 助教授 割澤,伸一
 埼玉大学 教授 堀尾,健一郎
内容要旨 要旨を表示する

研磨加工は,機械・光学・電子・半導体の各分野において必要不可欠な表面仕上げ法である.従来の鏡面研磨法では,様々な問題が存在している.例えば,良い加工面粗さを求めるために弾性のあるポリマパッドを用いた鏡面仕上げでは,パッドの粘弾性変形によるうねりや縁だれのような加工面形状精度の低下問題がある.高い形状精度を求めるために硬質パッドを用いたポリシングと軟質金属定盤を用いた半固定砥粒でのラッピングと,さらに作業環境や廃液処理および高い生産性を求めるために固定砥粒研磨パッドを用いた仕上げ研磨では,マイクロスクラッチの発生が避けにくい.また,研磨パッドやラップの表面性状の経時変化による加工特性の不安定性問題も存在する.これらの問題を解決するために,近年,ポリマ微粒子を導入した「複合粒子研磨法」(図1の(1))が水系スラリーに対して提案された.本研究では,油系スラリーにおけるこの研磨法を開発し,さらにこの研磨法の概念を広げ,それぞれの役割をするメディア粒子を導入する新しい研磨技術,つまり「マルチボディー研磨法」を提案した.また,水以外の分散媒を用いた研磨分野において,この研磨法を開発した.

マルチボディー研磨法は,加工域が工作物・砥粒・工具この三種類の固体から構成される従来の遊離砥粒研磨法の下で,それぞれの役割をするメディア粒子を加工域に導入することにより,目標とする加工能率・精度・品位さらに生産制御性を獲得する研磨加工法の概念である.加工域中に導入したメディア粒子の種類が1,2,3・・・と増えることによって4-Body法,5-Body法,6-Body法・・・をなす.そのメディア粒子の役割として,図1に示したように,(1)砥粒を保持し研磨を行う研磨パッド,(2)加工面―工具面間のクッション性のあるスペーサ,(3)切屑排除を促進させる切屑キャリア,(4)砥粒の切れ刃を微小化させる微細な付着粒子があるが,ほかに工具を保護する,研磨剤を増粘する,加工を促進させる触媒などの役割をする場合もある.複合粒子研磨法は,この研磨法の中の4-Body法の一つの代表例である(図1中の(1)).

本論文では,まず,4-Body法である複合粒子研磨法を油系スラリーにおいて開発を論述した.第2章「油系スラリーを用いた複合粒子研磨法の可能性に関する検討」においては,油分散媒においてこの研磨法が成立する前提である「複合粒子」の形成,つまりキャリア粒子と砥粒間の付着について,理論上の調査・分析によって,その可能性を見出し,そして実験にてその「複合粒子」の形成およびその粒子の鏡面研磨能力を実証し,つまり油系スラリーを用いた複合粒子研磨法の可能性を確認した.「複合粒子」の形成およびその鏡面研磨能力がキャリア粒子と砥粒間が異符号と同符号に帯電する場合とも成立することが分かった.

そして,第3章から第5章にわたって,油系スラリーを用いた複合粒子研磨法に適する油分散媒,キャリア粒子と砥粒,工具プレートについて検討した.第3章「油系スラリーを用いた複合粒子研磨法に適する分散媒に関する検討」においては,非極性の鉱油を基油とし,脂肪油を添加剤として用い,油系スラリーを用いた複合粒子研磨法を実現させた.この研磨法に用いる油分散媒としては,キャリア粒子―砥粒間の付着を可能にさせる必要があり,キャリア粒子・砥粒・「複合粒子」つまりスラリーを分散させる必要があることが明らかになった.また,分散媒油剤には一定値以上の粘度が必要で,最適粘度値が存在し,分散媒粘度がキャリア粒子の滞留状態に影響を与えることにより,研磨特性に寄与すると分かった.さらに,脂肪油には最適添加率が存在し,その役割としては,(1)粒子表面が親液性に欠ける場合,粒子を分散媒に濡らせることによって付着を可能にさせる;(2)キャリア粒子と砥粒を分散させ,そしてスラリーを分散させる;(3)工具プレートが基油に親和性を欠ける場合,濡れ性を改善するのだろうかと考えられる.

第4章「油系スラリーを用いた複合粒子研磨法に適するキャリア粒子と砥粒に関する検討」においては,キャリア粒子の役割および砥粒との相互作用を解明し,各因子による研磨特性への影響について調べた.キャリア粒子が主に,砥粒を保持し研磨を行うマイクロパッドと,工具プレート表面と加工面間のスペーサの役割をしている。キャリア粒子が砥粒を保持するには,物理化学的な吸着による「複合粒子」の形成と,加工抵抗が作用した際にキャリア粒子表面による機械的な保持の2つの作用がある.キャリア粒子と砥粒の間で,効果的な相互作用を行うために,一定のキャリア粒子に対して砥粒が一定値以下の粒径であることが必要であり,また相対濃度比に最適値が存在する.キャリア粒子に多数の内在因子が絡み合って,加工特性に寄与する.そのうち,粒子表面の酸化物被覆物の量により,親液性の程度が若干影響を受けたが,それにより粒子間の付着,さらに加工特性への大きい影響が見られなかった.また,複合粒子研磨法の成立がキャリア粒子―砥粒間の付着に依存するが,キャリア粒子の機械的強度も重要な因子であり,しかも最適硬さが存在することが分かった.

第5章「油系スラリーを用いた複合粒子研磨法に適する工具プレートの検討」においては,数種類のプレートの加工特性を検討することによって,本研磨法に適する工具プレートとして,表面に適当な粗さを有するほかに,以下のような条件も見出した:(1)工具プレート表面の分散媒に対する良好な親和性がキャリア粒子を滞留・保持できる前提である;(2)加工能率の点でプレートに最適な硬さが存在し,また高剛性でなおかつ表層弾性があることが望ましい;(3)プレートには実用できる耐久性を持たせるために,表面材料として優れた耐摩耗性を有することが必要である.また,各種プレートのうち,加工特性と耐久性と製作し安さの綜合的な面では,高硬度の樹脂プレートは比較的に良い工具プレートであると分かった.

第6章「油系スラリーを用いた複合粒子研磨法での加工面縁形状に関する検討」においては,前3章の各要素と関係しながら,この研磨法の最も重要な特徴である加工面縁形状について検討した.縁形状の形成は,キャリア粒子の滞留・保持特性によるものであり,スラリーのレオロジー特性に関係する各因子および工具プレートの機械的特性が影響因子である:分散媒の粘度,キャリア粒子の添加率,スラリーの流量,これら因子の最適の組合せでのスラリーを用いることにより,より高い加工能率と理想に近い縁形状精度が得られる可能性があると分かった.また,ウレタンプレートを用いる場合,複合粒子研磨法では,従来の研磨法より,加工面の縁形だれが大幅に改善され,しかも,高硬度のウレタンプレートの使用によりさらなる高い精度の縁形状が得られる.

次に,複合粒子研磨法の延長線として,第7章にて「工具プレートの長寿命化を目指す5-Body研磨法の開発」を論述した.油系スラリーを用いた複合粒子研磨法の問題点に対して,図2に示したように,異形の金属石鹸微粒子をスラリーに導入することによって,キャリア粒子の滞留・保持特性を向上させることに通して,工具プレートの摩耗を低減させ,工具の長寿命化および加工特性のさらなる安定性を図る5-Body研磨法を提案・開発した.第5の要素として金属石鹸微粒子MZを添加することにより,より高い加工能率が得られ,研磨特性が向上し,またその添加率に最適値が存在することが分かった.金属石鹸微粒子は表面親油性が極めてよいため,砥粒とキャリア粒子の分散をさらに向上させ,また工具プレートの表面の異常突起を覆うため,スクラッチが低減し,加工面粗さの向上した加工面が得られた.

第8章「研磨ペーストを用いた4-Body研磨法の開発」においては,粘度が比較的高いペースト状の有機溶媒を用いた,複合粒子研磨法と異なったもう一つの4-Body法の開発を論述した.従来の研磨ペーストでは切屑が排出しにくいため,スクラッチが発生しやすいなどの問題に対して,本研究では,研磨ペーストにメディア粒子を導入することにより,そのメディア粒子のクッション性とスペーサ作用で,粗大な砥粒および切屑によるスクラッチが低減し,また,砥粒の切込み深さが小さくなるため,加工面粗さも向上した.しかし,メディア粒子の添加により,加工に寄与する砥粒数が減るなどのため,加工能率が減少する傾向があるが,砥粒より遥かに微細なメディア粒子を用い,しかも添加率を調整することによって,良い加工面粗さと従来のペーストに近い加工能率が同時に得られた.さらに,低粘度の基剤に微細なメディア粒子を添加したペーストは,高粘度基剤を使用した従来品と比べ,基剤の分担圧力が小さく,加工抵抗の材料除去への寄与率 が高いため,向上した加工能率が得られた上に,微細なメディア粒子の増粘効果により,高粘度の基剤を使用した従来のペーストより優れた分散安定性が得られ,長時間でも砥粒が沈降しないと分かった.

第9章「結論」においては,全内容をまとめる.本論文では,マルチボディー研磨法を提案し,油系スラリーを用いた4-Body法である複合粒子研磨法と,ペースト状有機溶媒を用いたもう一つの4-Body法を開発し,いずれでも従来法より向上した加工特性が得られた.また,油系スラリーを用いた5-Body法も提案・開発し,工具プレートの長寿命化とさらに向上した加工特性の安定化を実現した.今後は,各要素のさらなる適合化と実用化,および新たなマルチボディー研磨法の開発に進む予定である.

図1 マルチボディー研磨法の概念図(4-Body法の場合)

図2 5-Body研磨法の概念図(加工域の様子)

審査要旨 要旨を表示する

「非水分散媒を用いたマルチボディー研磨法の開発に関する研究」と題する本論文は,鏡面加工を目的とした新しい研磨技術の開発に関する論文である.従来の鏡面研磨においては研磨パッドと呼ばれる弾性体の工具が用いられており,そのため加工特性が経時的に変化する,形状精度が悪いなどの問題点が指摘されていた.これに対して,ごく最近になって水系スラリーでポリマ微粒子を用いる複合粒子研磨法と言う研磨技術が提案された.砥粒がポリマ微粒子に界面的相互作用で吸着し,ポリマ微粒子がミクロな研磨パッドの役割を行うために,動き回る研磨パッドという状態になり,平均化効果で形状精度が改善され,またポリマ微粒子は循環して使用されるために経時的変化も克服された.吸着による「複合粒子」が存在するスラリー分散系の形成には,粒子表面の電荷効果が大きな決める因子である.油系スラリーでは,非極性の分散媒を使用するため,粒子間の静電相互作用が小さく,あるいはその電荷効果が寄与しないため,同様な研磨法が成立するかどうかが不明である.本研究は油系スラリーにおいて複合粒子研磨法が成立する条件を明確にしたものである.また,加工域に付加する第4の固体の役割を拡張し,種々の役割を担ったメディア粒子を導入した新しい研磨技術であるマルチボディー研磨法を提案し,今までの研磨にはない新しい機能を付加した研磨技術が確立できることを実証している.

本論文は全9章から成り立っており,第1章「緒論」においては,鏡面研磨技術の現状と問題点を整理し,油や高粘度のペースト状有機溶媒等の非水分散媒を用いた研磨技術の特徴について解説している.

第2章「油系スラリーを用いた複合粒子研磨法の可能性に関する検討」では,まず研磨の加工域に4種類以上の固体が存在するマルチボディー研磨法を提案し,4-Body研磨法の代表的な一つである複合粒子研磨法が油系スラリーを用いた場合にも成立することを確認し,ミクロな研磨パッドとして作用するポリマ微粒子に砥粒が吸着するメカニズムについて明らかにしている.

第3章「油系スラリーを用いた複合粒子研磨法に適する分散媒に関する検討」では,分散媒の役割について明確にし,砥粒やキャリア粒子(砥粒を吸着するポリマ微粒子)に親和性が高く安定に分散させる能力が高いことが必要であり,その能力を高める添加剤として脂肪油が適しており,この添加剤は砥粒とキャリア粒子の吸着を阻害しないことが重要であることを明らかにしている.

第4章「油系スラリーを用いた複合粒子研磨法に適するキャリア粒子と砥粒に関する検討」では,砥粒がキャリア粒子に吸着し,研磨抵抗に抗して保持されるためには,砥粒とキャリア粒子に最適な粒径比が存在し,濃度比にも最適値が存在することを明確にしている.またキャリア粒子はミクロパッドのほかに,工具と工作物間でスペーサとして作用するため,傷のない研磨を実現するにはキャリア粒子に最適な硬度が存在することを示している.

第5章「油系スラリーを用いた複合粒子研磨法に適する工具プレートに関する検討」では,キャリア粒子の保持と,スクラッチを発生させないためには工具プレート表面は柔らかい樹脂であることが望まれるが,耐摩耗性の向上,特に高い加工面うねり精度を得るためには高い硬度が必要であることを明確にしている.また,工具プレート表面は分散媒に対して良好な親和性が必要であることも明らかにしている.

第6章「油系スラリーを用いた複合粒子研磨法での加工面縁形状に関する検討」では,複合粒子研磨法の特徴である加工面縁形状の改善が油系スラリーの場合にも観察されること,キャリア粒子の工具プレート上での動き易さが,その縁形状の改善に大きく影響することを見出している.

第7章「工具プレートの長寿命化を目指す5-Body研磨法の開発」では,複合粒子研磨法に第5の要素を加えることにより工具プレートの寿命を改善することができること,この第5の要素としては分散媒への濡れ性がよく,砥粒のキャリア粒子への付着を阻害せず,キャリア粒子の動きを立体障害効果で制御できる異形の金属石鹸微粒子が効果的であることを見出している.

第8章「研磨ペーストを用いた4-Body研磨法の開発に関する検討」では,高い粘度の有機溶媒を分散媒とする研磨ペーストの場合には,第4の要素として砥粒よりわずかに粒径が小さいポリマ微粒子(メディア粒子)を用いることで研磨ペーストの長期保存を可能にし,スクラッチの発生を抑えることができることを明らかにしている.

第9章「結論」では,以上の成果をまとめている.本論文は鏡面研磨の分野に新しい概念の研磨技術を提案するものであり,その実用性から社会に与える影響は多大である.また,その研磨法を実現するために必要となる事項を工学的に明らかにしており,制御因子の多いマルチボディー研磨工学という新しい学問分野を創成するものであり,その価値は非常に高い.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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