学位論文要旨



No 120786
著者(漢字) 叶,盛
著者(英字)
著者(カナ) イエ,シエン
標題(和) 天然酵素とペプチド核酸の併用によるDNAの選択的切断とそのSNP検出への応用
標題(洋) Sequence-Selective Cleavage of DNA by Using Natural Enzymes and Peptide Nucleic Acids for the Detection of Single Nucleotide Polymorphisms
報告番号 120786
報告番号 甲20786
学位授与日 2005.10.20
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6167号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小宮山,真
 東京大学 教授 油谷,浩幸
 東京大学 教授 菅,裕明
 東京大学 教授 平尾,一郎
 名古屋大学 教授 浅沼,浩之
内容要旨 要旨を表示する

研究背景

ポストゲノムの時代に入り一つ一つの遺伝子の役割が明らかになるにつれて、SNP(一塩基多型-single nucleotide polymorphism:人によって遺伝子の中の一塩基対のみが異なること)が大いに注目されている。SNPは人のDNAの中に約300万個も存在し、遺伝病の発現や薬物代謝などに大きな影響をもつために、将来のテーラーメイド医療に必要不可欠とされている。例えば、SNPを解析することにより、薬物代謝や臓器移植の成否をモニターできるだけでなく、疾病素因や薬物耐性、薬物効力の決定に有用な情報を得ることができる。迅速かつ簡便なSNPの検出法の開発が全世界的な注目を集めている所以である。これまでにも多くの検出法が提案されているが、いずれも帯に短し襷に長しであり、決定打と言えるものはない。そこで本研究では、化学的な手法と生化学的手法とをハイブリッド化することにより、簡便かつ効率的なSNP検出法を開発することを目指す。

研究内容と結果

一本鎖特異的ヌクレアーゼとPNAの併用によるDNAの一塩基の違いの識別

10年前、Nielsenらはペプチド核酸(PNA)と言う高分子を初めて合成した。PNAは天然酵素に対して耐性を示し、DNAやRNAと安定な二重鎖を形成する。そこで本研究では、PNA probeを用いることにより天然酵素の機能を制御し、すなわち、「一本鎖特異的ヌクレアーゼが、DNA/PNA二重鎖の中のミスマッチを正確に認識し、ミスマッチがある場合のみにDNAを切断する」ことを発見した。図1に示すように、DNAとPNAの二重鎖(フルマッチとミスマッチ)を酵素で処理したところ、フルマッチのDNAではPNAと相補的な部分が未反応のまま残ったが、ミスマッチを含むDNAは完全に分解された。このように、PNAと一本鎖特異的ヌクレアーゼの併用によりサンプルDNAの中の一塩基の違いを正確に区別することが出来た。

PNAとヌクレアーゼの併用によるSNP検出の可視化

一本鎖特異的ヌクレアーゼが、DNA/PNA二重鎖の中のミスマッチを正確に認識し、ミスマッチがある場合のみにDNAを切断することを示した。これまでに、Cyanine色素であるDiSc2(5)がDNA/PNA二重鎖に結合すると青から紫に変色することが分かっている。つまり、溶液中にDNA/PNA二重鎖があれば溶液は紫色になり、無ければ青色のままである。

これらを用いて肉眼によるSNP検出を実現した。図2に示すように、変異を含まないサンプルDNAにマッチした(変異を含むDNAに対しては1塩基のミスマッチを含む)PNAを用意し、ここに酵素を作用させた後に色素を加える。すると、もしDNAに変異があれば溶液は紫になり、変異が無ければ青色の溶液が得られる。このように、溶液の色を見るだけで、極めて簡便に肉眼でSNPが検出できる。従って、異なるPNAを4種類用意すれば、SNP部分の塩基の種類(遺伝子型)を判定することが出来る。本手法は様々な場所、特に臨床現場でのSNP検出に有用であると期待される。

PNA molecular beaconと酵素の併用によるSNPの高感度検出

上述のように、PNAと酵素の併用による色変化によりSNPの検出に成功したが、検出感度は必ずしも高くなく、μM濃度のDNAサンプルが必要である。そこで、SNPをさらに高感度に検出することを目指した。そこで、(両末端にそれぞれ蛍光色素と消光色素を持つprobe)PNA molecular beacon probeと酵素を併用し、蛍光測定によるSNPの高感度検出を研究した。PNAとDNAをhybridizationさせ、酵素反応後に蛍光測定を行った。すると、フルマッチの場合には強い蛍光が観察されたが、ミスマッチの場合には蛍光色素の蛍光は完全に消光された(図3)。以上のように、PNA beaconと酵素を併用することでフルマッチとミスマッチを蛍光強度のちがいによりSNP検出することができた。酵素反応前はフルマッチの場合とミスマッチの場合の蛍光強度にほとんど差がなく、PNA beaconを用いてSNPを検出するためには酵素で処理することが必須である。PNA beaconを用いて蛍光測定によってnMでのSNP検出が可能となり、検出感度は2項の方法と比べて1000倍も向上した。

質量分析によるSNP解析

一本鎖特異的ヌクレアーゼの反応条件を適切に設定することによりDNA断片を得た。これら断片の質量分析を行うと、DNAの配列を確認することができる(図4)。そして、質量分析によりSNPサイトの塩基の種類を正確に決められる。一つのSNP・サイトに対して一つのPNA十分であり、また、塩基置換のみならず、挿入や遺失も解析できる。

まとめ

以上のように、天然酵素ヌクレアーゼとPNAの併用によるSNP検出に成功した。SNPを肉眼で簡便かつ迅速的に検出できる手法を開発した。また、PNA beaconを用いて蛍光測定により高感度にSNPを検出した。さらに、酵素反応後のDNA断片を質量分析することによって各種類のSNP遺伝子型を判定した。

図1、天然酵素によるPNA/DNAミスマッチの識別。左)模式図;右)酵素反応後の電気泳動図。

図2、PNAとヌクレアーゼの併用による肉眼でSNP検出。左)模式図;右)色素導入後の写真。

図3、PNA beaconと酵素の併用によるSNPの高感度検出。左)模式図;右)酵素反応後の蛍光スペクトル。

図4、 PNAと酵素の併用によりDNA断片の質量分析によるSNP解析。

審査要旨 要旨を表示する

ポストゲノム時代に入り一つ一つの遺伝子の役割が明らかになるにつれて、簡便かつ精確な核酸分析ツールの開発が注目されている。本論文では、化学的手法と生化学的手法とをハイブリッド化することにより、簡便かつ効率的な核酸分析法を開発した。すなわち、ペプチド核酸(PNA)プローブの存在下で核酸分解酵素がミスマッチ・ターゲットを選択的に切断することを見出し、種々の検出方法(染色、蛍光スペクトル、質量分析)を駆使して一塩基変異(SNP)を解析した。本論文は全7章で構成されている。

第一章は緒論であり、核酸分析の重要性と解析方法についてまとめ、本研究の背景、目的、ならびに意義を述べている。

第二章では、PNA プローブを用いた天然酵素の機能制御について述べている。PNAは天然酵素に対して耐性であり、しかもDNAと安定な二重鎖を形成する。そこで、DNA・PNA二重鎖を一本鎖特異的な核酸分解酵素で処理すると、プローブPNAと完全に相補的なDNAは分解されずに未反応のまま残るが、ミスマッチを含むDNAは完全に分解されることを見出した。つまり、核酸分解酵素が、DNA・PNA二重鎖の中のミスマッチを正確に認識し、ミスマッチがある場合のみにDNAを分解する。このように、PNAプローブの存在下では、核酸分解酵素はターゲットDNA中の一塩基の違いを正確に識別することを発見した。

第三章では、第二章の知見を発展させ、PNAプローブと酵素を併用し、さらにここに色素DiSC2(5)を加えることにより肉眼によるSNP検出を実現した。DiSC2(5) はDNA・PNA二重鎖に結合すると、青から紫に変色する。そこで、DNA・PNA二重鎖に核酸分解酵素を作用させた後に色素を加えると、フルマッチの場合には、酵素分解後にも溶液内にPNA・DNA二重鎖が残存するために、色素はこれと結合して青から紫に変色する(最大吸収波長は646 nmから534 nmにシフトする)。一方、DNAとPNAとの間にミスマッチが存在する場合には、DNAはほぼ完全にモノマーまで分解され、そのために色素は青色状態にとどまる。このように、DNAサンプル中の一塩基変異(SNP)の有無を、極めて簡便に視覚的に検出できる。

第四章では、SNP検出感度をさらに高めるために、第二章、第三章の知見を用いてPNA 分子ビーコンを構築した。両末端に蛍光色素と消光色素を結合したPNA (分子ビーコン)をDNAと混合し、一本鎖特異的な核酸分解酵素で処理した。すると、分子ビーコンとDNAが完全に相補的な場合には強い蛍光が観察されるが、両者の間に一つでもミスマッチがあると蛍光は完全に消光される。ここで、分子ビーコンとDNAとの複合体をあらかじめ酵素で処理することがSNP検出には必須であり、この処理をしないと、フルマッチとミスマッチとの間に蛍光強度の差はほとんど認められない。分子ビーコンを導入した結果、第三章の方法と比べて検出感度は1000倍も向上し、nMオーダーのDNAのSNP検出が可能となった。

第五章では、酵素反応後のDNA断片を質量分析し遺伝子型を判定した。酵素反応条件を適切に設定することにより、1種類だけのPNAプローブを用いて、SNPの遺伝子型を正確に決めることができる。

第六章では、ヌクレアーゼS1がPNAプローブ存在下でミスマッチ・ターゲットを選択的に切断するメカニズムを提案している。

第七章は本論文の総括であり、結論と意義を述べるとともに今後の展望について言及している。

以上のように、本論文では、天然酵素とPNAをハイブリッド化することにより核酸の微細な変異を正確に分析するツールを開発した。ここで開発した手法は、様々な場所、特に臨床現場でのSNP検出に有用であり、関連科学の発展に大いに寄与することが期待される。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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