学位論文要旨



No 120800
著者(漢字) 實生(都筑),千景
著者(英字)
著者(カナ) ミバエ(ツヅキ),チカゲ
標題(和) 乳幼児健診における保健師実践の明確化と実践モデルの構築に関する研究
標題(洋)
報告番号 120800
報告番号 甲20800
学位授与日 2005.11.16
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2585号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,廉毅
 東京大学 教授 五十嵐,隆
 東京大学 助教授 山崎,喜比古
 東京大学 助教授 上別府,圭子
 東京大学 講師 山崎,あけみ
内容要旨 要旨を表示する

緒言

わが国の育児を取り巻く状況は、大きく変動している。育児不安の増加や子ども虐待など新たな問題もクローズアップされてきた。そのような背景の下、公的乳幼児健診(以下、健診とする)を、疾患や障害の発見だけでなく育児交流の場として、また安心の場として活用するといった方向性が示されている。しかし、それをどういう方法で行うのかについては暖昧なままである。健診は高い受診率を保っており、行政保健師が地域のほとんどの親子と接することができる場でもある。この場を単なる早期発見だけでなく、親の不安を受け止め支援する機会と捉え、その具体的方策を探ることは重要と考える。

保健師は、集団健診の企画・運営・実施に大きく関与している。また、子ども虐待に関しても、健診等で行う保健師活動の重要性が指摘されている。しかし、保健師は健診に配置すべきスタッフとして明記されてはいるが、具体的に健診で何を行い、対象者にどう関わるべきかまでは明示されていない。そこで本研究は、健診における保健師の関与実態と実践活動の全体像を明確化すること、そして健診における保健師実践の専門性と意義を検討し、健診における保健師実践モデルを構築することを目的とした。

なお、研究は実態調査と質的研究の2段階に分けて行った。

<研究I>健診体制と保健師の関与における実態調査

対象と方法

対象:関西6府県の1999年度の出生数が概ね200人以上の市町村(指定都市、保健所政令市除く)。

調査期間:2001年6月から9月。

調査方法:対象となった自治体の保健師長宛に郵送法にて実施。

調査項目:1歳6ヶ月児健診(以下1.6健診とする)を調査対象健診とし、自治体の概要とともに、保健師の1.6健診と事後フォロー、未受診者への関与とその内容を調査した。

分析方法:単純集計のほか、ピアソンの積率相関係数、偏相関係数を算出、t検定及びANOVAを行い、p<.05を有意差ありとした。

結果

調査票は105市町に配布、66市町(回収率62.9%)から回答を得た。平均出生率は10.0、出生数は殆どが下降もしくは横ばいであった。

対象となった自治体は、すべて集団健診方式での実施であった。問診は95.5%、個別保健指導は92.4%が実施しており、どちらにも全て保健師が関与していた。問診では8割が相談内容を確認するにとどめ、詳細な相談は個別保健指導で行っていた。個別保健指導は、受診者全員を対象にしている自治体が84.8%、必要な人のみが7.5%であった。集団指導では21.2%の自治体で保健師の関与が見られた。健診終了時のカンファレンスは92.4%で実施され、全て保健師が関与していた。

3時間の健診で保健師が1人の受診者と向き合える時間は平均31.1分、医師の約5倍であった。

健診結果の判断に際して、保健師は、「要治療者(既医療者)」には9.2%、「要精密検査者」には50%、「要経過観察者」97%、「要保健指導者」には94.4%の自治体において、結果を判断する職種として関わっていた。

未受診者への対応は95.5%の自治体で行われ、主な対応は保健師が行っていた。

二次健診対象者に対して、保健師は案内等の通知、問診や結果の説明、育児相談、関係機関との調整を行っていた。また、二次健診の未受診者や拒否のケースに対しては、地区担当保健師が個別に対応していた。

<研究II>健診における保健師実践の全体像に関する記述的研究

対象と方法

研究デザイン:Grounded theory approachによる質的記述的研究。

調査期間:2002年2月から2003年5月。

対象と方法:指定都市、保健所政令市を除く関西5府県の市町村に勤務し、母子保健の経験が豊富な経験5年以上の保健師29名。データは保健師への半構造的インタビューにより収集したが、補足的に健診の見学、母親のインタビューも行った。

分析方法:修正版(modified)Grounded theory approach、M-GTA(木下1999)を用いた。

結果

最終的に抽出されたカテゴリは、≪援助の必要性を見極める≫をコアカテゴリとして、≪豊かな育児を支援する≫、≪つながりの土台をつくる≫、≪介入の基盤を整える≫、の4カテゴリ(15サブカテゴリ、56概念)であった。以下、カテゴリ≪ ≫、サブカテゴリ< >、または[ ]として説明する。

保健師は、すべての対象に行為を開始する前に、受診者である母子を正確にかつ包括的に把握しようと情報収集とアセスメントを繰り返し、母子が援助を必要としているかを検討する≪援助の必要性を見極める≫を行っていた。健診は時間的にも状況的にも制限がある。その中で保健師は、スクリーニングと子育て支援という目的を果たすために、'援助の必要性'という側面から対象を捉え、実践のための判断の基にしていた。この≪援助の必要性を見極める≫は、健診における保健師の実践すべてに関わっていた。

≪援助の必要性を見極める≫の過程で、何らかの援助の必要性が明らかにされると、母子、特に母親に対する直接的な援助活動が行われていた。それは≪豊かな育児を支援する≫であり、<母親をエンパワーメントする>、<具体的方策を提示する>、<医師―母親間のコミュニケーションをサポートする>で構成された。≪豊かな育児を支援する≫は、援助の必要性が低いと判断された場合でも、対象の状況に応じて広く行われており、健診での'子育て支援'の要素を含んでいるといえた。

さらに保健師は、健診を母子との出会いの場、つながりのきっかけと捉え、≪つながりの土台をつくる≫を行っていた。≪つながりの土台をつくる≫は、≪援助の必要性を見極める≫過程の中で、≪豊かな育児を支援する≫と並行して行われていた。つながりには、<保健師とのつながりをつくる>と<地域とのつながりをつくる>の2つの方向があった。<保健師とのつながりをつくる>は、保健師が母親とのやり取りの中で意図的に、積極的に行っており、保健師の健診に臨む基本的な姿勢でもあった。それは[真剣勝負のやり取り]と[安心感を提供する]、[母親の役に立つ]の3つで構成された。

一方、≪援助の必要性を見極める≫の結果、母親の思いの根が十分に引き出せなかった、また引き出された思いの根が深刻であった、子どもを取り巻く問題が健診の場で解決不可能、および明確にならなかった、母親の受け止めがよくないと予測した、という状況であったとき、保健師は'援助の必要性が高い'と判断していた。この場合に、対象とした母子を継続フォローにつなげていくための支援として、≪介入の基盤を整える≫が行われていた。これには、<問題の共有化を図る>と<援助者としての意思表示>があった。しかし、≪介入の基盤を整える≫は≪援助の必要性を見極める≫の状況によりうまく進まないこともあり、保健師は健診での働きかけを見合わせることもあった。そのとき保健師は、対象となった母子を<システムに組み込む>ことを行い、援助を継続させるようにしていた。このようにして保健師は、母子と距離を置きつつ、システムの中で母親を見守り続け、時機を見て家庭訪問などの個別支援へとつなげていこうとしていたのである。

これらの結果を統合し、そのカテゴリ間の関係性から“健診における保健師実践モデル”を提示した。考察

保健師は、健診において対象者への対応の主力となっていた。ほとんどの自治体が健診で保健師の面接を二度設定しており、この二場面を中心に保健師が活動していると考えられた。順序的には≪援助の必要性を見極める≫が先行するが、≪豊かな育児を支援する≫、≪つながりの土台をつくる≫も並行して、同時的、複合的に行われていることから、保健師は健診を総合的に捉え、二度の面接で得られる情報の質的な違いや時間的なやり取りの進み具合を考慮しながら、援助を進めていると推察された。

健診における保健師実践の中心は、対象者への援助活動であるといえた。≪援助の必要性を見極める≫は、健診で保健師が援助を行う前段階として、対象者に対して専門職の視点で客観的に見るだけでなく、対象者の表現からその主観をも引き出して対象を理解していくプロセスであると解釈できる。それをすべての対象者に行いつつ、幅広く≪豊かな育児を支援する≫をし、それらをしやすくするための土台として≪つながりの土台をつくる≫を行っていた。また、≪介入の基盤を整える≫は継続した援助のための実践であった。

つまり、健診における保健師実践の本質は、診断したり発達を査定したりすることではなく、≪援助の必要性を見極める≫をしながら、母親にどういった援助が必要なのか、どうすればより育児を豊かにできるのかを、つながりの土台を築きながら、一緒に考えていくことにある、と考えられた。

健診は地域に暮らすほとんどの母子が受診するが、中にはさまざまな問題を抱えながら自ら支援を求めることができない人々も存在すると考えられる。集団健診であればその場に保健師が関与するため、援助が必要な母子を早い時期に発見し、深刻な状況を予防できる可能性が大きい。子育て困難な状態に陥らないようにするための予防的介入も、健診における保健師実践のひとつであると考えられた。

以上、本研究結果から明確化された保健師実践と健診における保健師実践モデルは、保健師の健診における専門性が、援助の必要性の見極めを中心とした子育て支援であることを示唆していると考えられた。これらの結果は、健診に携わる保健師の質の向上と、急務の課題である子育て支援を取り入れた健診の実施という点で、有用性と臨床的応用性を有すると思われた。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、わが国の乳幼児健診(以下、健診とする)における保健師の関与状況と実践活動を明確化し、健診における保健師実践モデルの構築を試みたものである。研究は、自治体における実態調査(n=66)と、保健師を対象とした質的研究(n=29)の2段階で実施され、以下の結果を得ている。

健診実態と保健師の関与における調査

対象となった自治体は、すべて集団健診方式での実施であった。問診は95.5%、個別保健指導は92.4%の自治体で実施されており、全てに保健師が関与していた。保健師は、問診では8割が相談内容を確認するにとどめ、詳細な相談は個別保健指導で行っていた。また、健診終了時のカンファレンスは92.4%の自治体で実施されており、全てに保健師の関与が見られた。

未受診者への対応については95.5%の自治体で行われており、主な対応は保健師が行っていた。さらに、二次健診対象者に対する案内や調整に加え、二次健診の未受診者や拒否のケースに対しては、地区担当保健師が個別に対応していた。

健診における保健師実践の全体像に関する質的研究

自治体に勤務する経験豊かな保健師のインタビューを中心としたデータを、修正版(modified)Grounded theory approach、M-GTA(木下1999)を用いて分析した。その結果、最終的に抽出されたカテゴリは、≪援助の必要性を見極める≫をコアカテゴリとして、≪豊かな育児を支援する≫、≪つながりの土台をつくる≫、≪介入の基盤を整える≫の4カテゴリ(15サブカテゴリ、56概念)であった。

保健師は、すべての対象に行為を開始する前に、受診者である母子を正確にかつ包括的に把握しようと情報収集とアセスメントを繰り返し、母子が援助を必要としているかを検討する≪援助の必要性を見極める≫を行っていた。

≪援助の必要性を見極める≫の過程で、何らかの援助の必要性が明らかにされると、母子、特に母親に対する直接的な援助活動が行なわれていた。それは≪豊かな育児を支援する≫であり、<母親をエンパワーメントする>、<具体的方策を提示する>、<医師一母親間のコミュニケーションをサポートする>で構成された。≪豊かな育児を支援する≫は、援助の必要性が低いと判断された場合でも、対象の状況に応じて広く行われており、健診での`子育て支援、の要素を含んでいるといえた。

さらに保健師は、健診を母子との出会いの場、つながりのきっかけと捉え、≪つながりの土台をつくる≫を行っていた。≪つながりの土台をつくる≫は、≪援助の必要性を見極める≫過程の中で、≪豊かな育児を支援する≫と並行して行われていた。さらに<保健師とのつながりをつくる>と<地域とのつながりをつくる>の2つの方向が見出された。

一方、≪援助の必要性を見極める≫の結果、援助の必要性が高いと保健師が判断した時、対象とした母子を継続フォローにつなげていくための支援として、≪介入の基盤を整える≫が行われていた。これには、<問題の共有化を図る>と<援助者としての意思表示>があった。しかし、≪介入の基盤を整える≫が≪援助の必要性を見極める≫の状況によりうまく進まないときには、保健師は働きかけを見合わせ、対象となった母子を<システムに組み込む>ことを行い、援助を継続させるようにしていた。このようにして保健師は、母子と距離を置きつつ、システムの中で母親を見守り続け、時機を見て家庭訪問などの個別支援へとつなげていこうとしていた。

これらの結果を統合し、そのカテゴリ間の関係性から“健診における保健師実践モデル”を提示した。

以上、本論文はこれまで殆ど取り上げられてこなかった乳幼児健診における保健師の実践活動を、実態調査と質的研究の二つの側面から明らかにし、その分析結果に基づいて“健診における保健師実践モデル”を提示した点で独創性が認められる。本研究の成果は、現在急務の課題である子育て支援を取り入れた健診の実施と、健診に携わる保健師の質の向上という点において、臨床的応用性が高く、学位の授与に値するものと考えられる。

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