学位論文要旨



No 120801
著者(漢字)
著者(英字) Rezelman Adriana Shima Iwasmizu
著者(カナ) レゼルマン アドリアナ シマ イワミズ
標題(和) 上海オープンスペース 大都市の変容過程に関する研究
標題(洋) Shanghai Open Spaces Metamorphosis of a Metropolis
報告番号 120801
報告番号 甲20801
学位授与日 2005.11.17
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6168号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 曲渕,英邦
 東京大学 教授 藤井,明
 東京大学 教授 大野,秀敏
 東京大学 助教授 西出,和彦
 東京大学 助教授 村松,伸
内容要旨 要旨を表示する

『上海のオープンスペース』研究の目的は、オープンスペースを通してメトロポリスの解読法を確立することである。オープンスペースと住民の関係、あるいは都市計画の中心的要素としてのオープンスペースがいかに効果的に都市に人間味を与えられるかについて、重点的に分析している。この解読法を確立するため、分析は二つの主要なコンセプトに基づいている。ひとつは都市空間(都市性のコンセプトを含む)によってもたらされた人間的価値である。もうひとつはオープンスペースに関する世界のメトロポリス開発論から見た上海の位置づけである。

オープンスペースの分析は、事例として選んだ上海の40のオープンスペースに基づいている。これらのオープンスペースは、機能と使用法により18のカテゴリーに項目分けされている。数量化III類とクラスター分析(Social Survey Research Information Co., Ltd.によるエクセル統計2003)を適用して、対象エリアをグラフ上にプロットし、その布置から、メトロポリスにおけるオープンスペースの役割について新しい解釈が可能なことを明らかにしている。また、人間味や歴史的価値といった定量的でない要素をパラメーターとする研究に留まることなく、分析に数理的方法を適用することにより、本研究は、具体的で正確な尺度を上海のオープンスペースの解読に加えることができた。

本研究は下記に示される三つの章で構成されている。

イントロダクション

研究の背景、オープンスペース研究を通してみたメトロポリス、また上海をケーススタディとして用いることについて述べられている。

次に研究の対象としての『オープンスペース』、またメトロポリスにおけるオープンスペースの位置づけについて定義している。

本論文の方法と仮説について説明し、論文の構成について述べる。

メトロポリスへと向かう上海の発展

本分析が基礎をおく、三つの異なる視点から、オープンスペースを記述する。

すなわち、歴史、中国における「伝統と近代」の葛藤、都市開発・計画論の三視点である。

歴史

研究で取り上げた上海のオープンスペースを、歴史的背景から時系列的に説明する。各オープンスペースの位置、形態、機能、使われ方を理解するのに必要な背景知識を提供することを目的としている。

中国における「伝統と近代」の葛藤

中国と上海における「伝統と近代」論争を分析することにより、政治、経済、文化、科学、およびテクノロジーを含む広範なイデオロギー上の議論からの建築や都市の形態的な側面への影響を理解することができる。例えば、バンドのヨーロッパ調の建物や、ロンタンに適用された混合様式、あるいはいくつかの庁舎建築にみられる中国式装飾への偏愛などが説明できる。また、この論争は、中国史を通して、政治的・経済的な過渡期には、繰り返し議論されてきたものである。近年では、1980年代に始まった改革解放運動時に再燃した。上海の将来開発の方向性に示唆を与えるという点で、この議論は有効である。

都市の開発・計画論

都市の開発・計画についての以下の3つの論は、現在進行している上海のオープンスペースの変容過程に密接に関係している。ひとつめは、70年代の Henri Lefebvre による社会学的な関心。ふたつめは、80年代以降の Manuel Castells による情報工学の都市への影響。そして90年代におけるレム・コールハースの(建築家からの視点による)都市計画に関するアイディア。前二者の共通点は、社会的かつ人間的な特徴を促進させるような都市の要素を保存することへの関心である。これらは、本研究の分析において、強調しようとしている同様の特徴である。コールハースは、一方で、巨大都市の開発において、いかに歴史や都市計画がその重要性を失ってきたかについて論じている。そしてそれは本論文の分析結果によって反証される。

オープンスペースの分析

40の事例のケーススタディに基づいて、オープンスペースの座標による数理的な分析を行った。まず上海について分析し、それらを、国際的な視点を与えるべく、東京とサンパウロのケーススタディと比較している。

「機能」と「使用法」に基づいて18の異なるカテゴリーを設け、ケーススタディとして用意された個々のオープンスペースがこれらの機能または使用法を持つか持たないかに応じて"0"、"1"の値を割り当てることにより、機能と使用法のマトリックスを作っている。数量化III類をこのマトリックスに適用し、カテゴリースコアとサンプルスコアがプロットされた図(図4,5)を描いた。続いて、クラスター分析を行って、各スコアをグルーピングし、座標軸の解釈をおこなった。

分析により、以下の主な結論を導くことができた。

カテゴリースコアは四つの主要なクラスターに帰着した。

Cluster1:

機能/使用法[M,R,LR,Pl,LC,DC,Se,FS,Ex]は上海特有の使用法に対応している。例えば、新しい機能が生み出されていたり、計画された元々の機能には従っていなかったりというように。同一の空間に対して、いくつかの異なった使用法が観察されることがあり、空間に多重的でフレキシブルな特徴を与えている。

Cluster2:

機能/使用法[Re],[H],[O]は三つの明確なクラスターでもあるといえる。[Re]は主にロンタンに関して言及しており、[H]が隣あっていて、また、II軸上のクラスター3とは反対の使用法であることを考えると、この軸に、[伝統]と[近代]の軸を設定することができるだろう。

Cluster3:

機能/使用法[Tr,T,Tm,SC]クラスター2と反対に、これらは空間の近代的機能を示している。

Cluster4:

機能/使用法[Ev,P] は原点にもっとも近く位置するクラスターを形成している。それ故、伝統と近代が混合された機能/使用法、あるいは上海特有でもあり普遍的でもある空間利用を示している。事実、[Ev]は伝統的祭やコンサート等の双方について参照しており、[P]は近代的な公園と中国の伝統的庭園とを参照している。

サンプルスコアとクラスター分析から、以下のことを確かめることができる。

ClusterI:

[Va,Vf,Vg,VIb,IIb];『上海に特有な使用法』という意味を示しているオープンスペースである。これらは明らかに多重的でフレキシブルな利用のされ方、伝統と近代が混合された空間構造を表している。

ClusterII:

[Vc,Vd,Ve][Vh,Vb,IVb,IVc];住居用途に限定された、あるいは新しく近代的な『使用法』も付け加えられている、伝統的な構造を持ったオープンスペース。

ClusterIII:

[VIIc,VIIIa,VIIIc,Ib]近代的構造と使用法によるオープンスペース、あるいは伝統的な構造に加えてこれら近代的要素を持つもの。(静安寺とショッピングセンター)

ClusterIV:

[Ic,Id,VIId][IIIa,IIId,IIIe,IIIf,IIIg,VIa,VIIa,VIIb][IIa,VIc,VIIIb][Ia,Ie][IIc,VIIId,VIIIe][IIIb,IIIc,IVa,VId,VIe];もっとも多数かつ多様なグループで、伝統的な性格と近代的な性格が混合されているオープンスペース。実際、ClusterIVの事例の多くは、都市に対する歴史的価値を表しており、また頻繁にリノベートされて近代的、あるいは混合された使用法の空間になっている。

最後に、東京とサンパウロの事例が含まれたグラフ(図10)のカテゴリースコアとクラスター分析により、オープンスペースのフレキシブルで多重な使用法が、これら三つのメトロポリスの事例における共通の特徴であると結論づけることができる。同時に、上海の事例のClusterI-aとClusterIV-aとの間に位置する東京とサンパウロの事例は、三つのメトロポリスの明確な区別を示しており、上海のオープンスペースの特徴を強調している。加えて、ケーススタディは人がたくさん集まるという特性を持つことを第一に選んでいるので、共通事項(フレキシビリティ、使用法の混合など)とオープンスペースの賑わいの関係を確認することが可能である。

結論

グラフの分析で得られた結果と第二章で議論したアイディア、コンセプトを結びつけることにより、以下のように結論づけることが可能である。

ClusterIに属するすべての事例は、上海特有の使用法を最もよく示したものであり、諸外国に譲渡されていた時期、あるいはもっと以前の時期に結びつけられる起源を持っており、1980年代以降の近年に作られたオープンスペースはどれもこのグループには属していない。上海のオープンスペースについて、歴史的価値の重要性という概念、都市に望ましい特有の性格を付与する貢献、さらに、にぎわいと特定のオープンスペースとの間に関係があることをこの事実は支持するものである。

[伝統対近代]の問題は、グラフ5の異なるロンタンの分布により明らかに示されている。ロンタンはClusterI,II,IVにプロットされており、いくつかのケースは、実際は混合伝統構造を初源的に持つ(ClusterII)あるいは新しい近代的要素をまじえた伝統的構造、機能、使用法のもの(ClusterI,IV)であるにも関わらず、形態、機能、使用法いずれにおいても伝統的と考え得ることを示している。ほとんどの事例が原点、あるいは第II軸(ClusterI,IV)の近くに位置していることは、伝統的要素と近代的要素の混合したはっきりとしない区別が上海のオープンスペースの大多数にみられる一般的特徴であることを示している。

最後に図5のサンプルスコアの分布とクラスター分析により、都市開発の方向性を定義づけることができる。第一に、上海で最も長い歴史を持つオープンスペースであるにもかかわらず、寺院のプロットが、「伝統」よりも「近代」に近いClusterIII,IVに含まれていることが示すように、オープンスペースの形成は明らかに、経済的圧力と開発速度に負うところがある。これは、寺院に加えられた商業機能、観光に関する機能によって、またジンアン寺のそばの地下鉄駅のような新しい交通機能によって、説明されうる。

同様に、いくつかのロンタン(ClusterIIの[Vb]、[Vh] )はClusterIIIへと動いているようであり、あたかも第II軸にそって、伝統から近代へ移っているかのようである。この事実も商業活動の付加と、ロンタンを置き換える新しい開発によって説明されうる。しかしながら同時に、原点に近いClusterIVにプロットされた事例の大多数が示すように、近年になって開発されたオープンスペースは、伝統的特性あるいは伝統と近代が混合された特性を持っている。(例えば、Jing'An Villaは ClusterIとClusterIIの両方にプロットされている。)この事実は上海のオープンスペースに特有な使用法は、急激な変化と周辺に生じている新たな機能にもかかわらず、残っていくことができることを示している。これらの使用法と、とくにJing'An Villaの例は、本質的に、Lefebvreによって述べられた"Use value"あるいは"City as 〓uvre"、または Castells による"Space of places"に関連づけることができる。

一方で、図10の上海、東京、サンパウロの分布は別々のクラスターに属し、それぞれのはっきりとした特徴づけを強めているが、初期の明確な機能と使用法の類似性が必ずしも都市が同じような様相と機能に落ち着いてしまうわけではないことを示している。結果として、少なくともオープンスペースに関して言う限り、上海はコールハースが提唱する「ジェネリック・シティ」のコンセプトには適合しないことを断言できる。オープンスペースに関して、歴史、伝統そして強い人間的な性格(使用法として現れる)は、いまだ重要な役割を果たしている。このことは、都市の不可避な開発と変化を通しても、都市の特徴を保存することに役立つであろう。

graph 4 Categories (functions and uses) scores positioning and cluster analysis

graph 5 Samples (study areas) scores positioning and cluster analysis

graph 10 Samples (study areas) scores positioning and cluster analysis Shanghai, Tokyo and Sao Paulo

審査要旨 要旨を表示する

本論文の主なる目的は中国・上海におけるオープンスペースの観察を通して,大都市の変容過程の一例を論じ,さらにはその一般化に関する知見を得ることにある.都市内のほとんどの空間には計画者と利用者が存在する.それぞれの意図と行動とは長い時間をかけて非同期に行われ,そういったコンテクストの蓄積した全体のもとに現在の都市空間が現象することになる.ここで特に「オープンスペース」はその多くが公共的アクセスが可能であり,利用者の行動が空間のあり方により強く反映されうる都市空間の種別であると考えられる.本論文では多様な歴史的・文化的背景をもち,かつ人々の空間に対するイメージを行動を通して観察されうると考えられる上海のオープンスペースに注目することによって都市変容の様相を描き出そうとしている.

論文は3章で構成されている.

第一章はイントロダクションとして,研究の背景,オープンスペースを通してみるメトロポリスの概念,また逆に,メトロポリスという文脈におけるオープンスペースの意義に関し論じている.また本論文の方法と仮説について簡潔に説明し,論文の構成について述べている.

第二章は「メトロポリスへと向かう上海の発展」と題し,1) 歴史,2) 中国における「伝統と近代」の葛藤,3) 都市開発・計画論 の三つの異なる視点から,上海のオープンスペースを記述している.

歴史: 歴史的事実を背景とし,各オープンスペースを時系列的に説明している.ここではまず各オープンスペースの位置,形態,機能,使われ方を理解するのに必要な背景知識を提供することを目的としている.

伝統と近代の葛藤: 中国または上海における「伝統と近代」論争を分析することにより,政治,経済,文化,科学,およびテクノロジーを含む広範なイデオロギー上の議論からの建築や都市の形態的な面への影響の記述が試みられる.例えば,バンドのヨーロッパ調の建物,ロンタンに適用された混合様式,いくつかの庁舎建築にみられる中国式装飾への偏愛,などが説明され,将来開発の方向性に示唆を与えている.

都市の開発・計画論: 現在進行している上海のオープンスペースの変容過程から,a) 70年代の Henri Lefebvre による社会学的な関心,b) 80年代以降の Manuel Castells による情報工学の都市への影響,c) 90年代における建築家レム・コールハースの都市計画に関するアイディア,の3者を例として都市の人間性・社会性,と物質性・構築性とを相互に対比させながら論じている.

第三章は本論文の中核的な部分である.ここでは前章における上海オープンスペースの定性的分析との対比を目的として定量的な分析が試みられている.

上海のオープンスペース40例のそれぞれに関し,オープンスペースの設計時における機能,および実際の利用実態とに関する,18のカテゴリーデータを用意し,それらに対して数量化III類を適用している.解析結果からは40例のオープンスペースの意味論的空間布置が得られているが,これらが明瞭な4つのクラスター(以下,Cluster-I〜IV)を生じることを発見している.同時にその布置空間の主要2軸がそれぞれ「伝統性vs. 近代性 軸」,「多義的利用vs. 慣習的特定目的利用 軸」と解釈可能なことを見出し,このことも手がかりしながら各クラスターの内在的性質,およびその布置全体からみた上海オープンスペースの構造を論じている.例えば,Cluster-Iに属するすべての事例は,諸外国に譲渡されていた時期,あるいはもっと以前の時期に結びつけられる起源を持っており,1980年代以降の近年に作られたオープンスペースはどれもこのクラスターには属していない.これらのオープンスペースは都市に望ましい特有の歴史的性格を付与する貢献をしているものと考えられている.

また「伝統性vs. 近代性 軸」の性質に関しては中国における伝統的な都市居住形式 ロンタン(Longtang弄堂,上海においてはLilong里弄とも)の分布を例に示されている.ロンタンを含むオープンスペースはCluster-I,II,IVに属している.それらの構築自体は混合伝統構造を持つ(Cluster-II)か,あるいは新しい近代的要素をまじえた形式(Cluster-I,IV)であるにも関わらず,依然として「伝統的」と考え得ることを今回見出した布置が示している.

一見矛盾するような例として,上海で最も長い歴史を持つオープンスペースであるにもかかわらず,寺院が,「伝統」よりも「近代」に近いCluster-III,IVに含まれていることがある.この理由は,寺院に商業機能,観光に関する機能や,ジンアン寺のそばの地下鉄駅のように新しい交通機能などが付加されたことによって,説明されうるとする.

以上要するに,本論文は大都市の変容過程という多次元で複雑な事象の理解にむけて,空間の計画者側とその利用者側とを並列に論じようとしているところにそのユニークさを見出すことができる.社会情勢を含めた計画者側の状況は主に第二章で文献的に整理され,定性的に解釈された.一方,それに利用者側の要素を加えて行われた上海オープンスペースの統計的分類からは,第二章で単純に示された事象が現実都市の中で利用者の行動を通して観察すると,必ずしも整合的に現れないことが見て取れ,その理解のためには新たな多次元的視座が必要であることが述べられ,試みられている.

上海という伝統と開発のレベルの最も複雑な地を対象としたこと,オープンスペースという利用者の意識行動を反映しやすい空間単位を選択したこと,さらに手法として,十分な文献探査と統計的処理を融合させ,前述のような弁証法的論考を行うことによって複雑な現象の記述に成功している.論文全体がより一般的な「大都市の変容過程」を探究する方法についての新たな示唆となっている点でも本論の意義は大きい.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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