学位論文要旨



No 120807
著者(漢字) 古屋,美和
著者(英字)
著者(カナ) フルヤ,ミワ
標題(和) 線虫の様々な器官形成に関わるeye absent family遺伝子eya-1の解析
標題(洋) The developmental role of the eyes homolog,eya-1,in C.elegans.
報告番号 120807
報告番号 甲20807
学位授与日 2005.12.12
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4754号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 飯野,雄一
 東京大学 教授 多羽田,哲也
 東京大学 教授 武田,洋幸
 東京大学 助教授 小嶋,徹也
 東京大学 教授 山本,正幸
内容要旨 要旨を表示する

eyes absent /Eyaファミリー遺伝子は、脊椎動物や節足動物の様々な器官形成に必須な転写制御因子である。ショウジョウバエの複眼形成過程において、eyes absentは転写因子eyeless/Pax6の下流で発現誘導され、複数の転写因子と物理的に相互作用することが示されている。eyes absentの関わる分子経路は、ショウジョウバエの他の器官形成過程においても、また哺乳類のEyaファミリー遺伝子の関わる器官形成過程でも一部類似していることが明らかになっている。しかし一方で、Eyaファミリー遺伝子がどのような分子機構により複数の器官形成に関与するか、その機能の器官特異性には依然不明な点が多い。

そこで本研究では、これまで機能未知であった線虫のEyaファミリー相同遺伝子であるeya-1の役割を明らかにし、さらに線虫をモデル系にeya-1の関わる分子経路を明らかにすることを目的に以下の実験を行った。まず遺伝子欠損変異およびRNAiによるeya-1の機能破壊表現型を解析した結果、(1)胚発生後期における頭部と咽頭の形態異常、および高温条件下での過剰な細胞死、(2)幼虫期初期における高い浸透度での発生停止、(3)孵化後発生過程における体の形態や複数の器官形成異常、が見出された。eya-1変異体の胚発生過程を詳しく解析するため、体壁筋細胞および咽頭筋細胞を標識して観察したところ、体壁筋細胞の移動が正常でないこと、また咽頭筋細胞の形態が野生型と異なることが示唆された。eya-1変異体とプログラム細胞死の変異体の二重変異体を作成したところ、細胞死が抑制されたことから、過剰な細胞死はプログラム細胞死の遺伝学的経路に依存していることがわかった。しかし、細胞死を抑制しても胚発生期の形態異常は抑制されないことから、細胞死は形態異常の直接の原因ではないといえる。機能型のeya-1::gfpレポーターを用いて発現解析をした結果、器官分化が起きる胚発生後期に、体壁筋細胞および咽頭細胞の一部を含む、頭側の複数の細胞核に局在がみとめられた。したがって、eya-1変異体の異常の見られる時期、およびeya-1::gfpレポーターの発現が見られる時期を考え合わせると、eya-1は頭部の器官や組織において細胞が分化する過程に機能すると考えられた。eya-1変異体における孵化後発生過程における異常は、eya-1遺伝子の胚発生期の機能が失われたことによる二次的な影響であるか調べるため、RNAiによって孵化後にeya-1の機能を阻害したところ、孵化後発生過程における異常の一部は見られた。したがって、eya-1は少なくとも胚発生期と孵化後の発生過程のそれぞれに機能が必要である。次に、eya-1と線虫のeyeless/Pax6の相同遺伝子であるpax-6の遺伝学的関係を調べた。pax-6は、遺伝子欠損変異によってeya-1とは異なる頭部形態異常を示すが、pax-6の完全機能欠損変異体において、eya-1遺伝子の機能をRNAiによって低下させたところ、胚発生期の頭部形態異常と孵化後の致死性が顕著に強まることがわかった。したがって、ショウジョウバエの複眼形成においてeyes absentの発現がeyelessに依存する関係とは異なり、線虫のeya-1とpax-6は胚の頭部形態形成過程および孵化後の発生過程において各々独立した機能と、部分的に重複した機能とを持つことが示唆された。

本研究の結果、線虫のEyaファミリー相同遺伝子であるeya-1は複数の器官や組織の分化に必要であること、また一部の組織ではpax-6と協調的に機能することが明らかになった。線虫のタンパク間相互作用を網羅的に解析した"interactome"解析によると、線虫のEYA-1とPAX-6に結合するタンパク質はたいへん多く、また16もの共通の結合タンパク質が見出された。EYA-1とPAX-6の重複した機能は、共通の結合タンパク質に働きかけることによる可能性があり、またそれ以外のタンパク質に働きかけることで、EYA-1またはPAX-6は独立の機能を果たす可能性がある。今後は、このような分子間相互作用が実際に線虫の発生過程で用いられているか、遺伝学的に確かめることで、eya-1の器官ごとの機能の違いを理解することにつながると思われる。

審査要旨 要旨を表示する

線虫C. elegansはゲノムが完読された、発生生物学の重要なモデル材料である。学位申請者古屋美和は、線虫におけるeyes absent /Eyaファミリー遺伝子に注目し、その発生過程における機能を研究した。学位論文では、「序」、11節からなる「材料と方法」、5節からなる「結果」、「考察と展望」、そして「結論」に分けて、得られた成果とその意義が述べられている。

Eyaファミリー遺伝子は、脊椎動物や節足動物の様々な器官形成に必須な転写制御因子である。ショウジョウバエの複眼形成過程において、eyes absentは転写因子eyeless/Pax6の下流で発現誘導され、複数の転写因子と物理的に相互作用することが示されている。eyes absentの関わる分子経路は、ショウジョウバエの他の器官形成過程や哺乳類のEyaファミリー遺伝子の関わる器官形成過程において、類似性をもつことが明らかになっている。しかし一方で、Eyaファミリー遺伝子がどのような分子機構により複数の器官形成に関与するか、その機能の器官特異性には依然不明な点が多い。

申請者は、これまで機能未知であった線虫のEyaファミリー相同遺伝子eya-1の役割と、eya-1の関わる分子経路を明らかにすることを目的に以下の実験を行った。まず遺伝子欠損変異およびRNAiによるeya-1の機能破壊表現型を解析した結果、(1)胚発生後期における頭部と咽頭の形態異常、および高温条件下での過剰な細胞死、(2)幼虫期初期における高い浸透度での発生停止、(3)孵化後発生過程における体の形態や複数の器官形成異常、を見出した。つぎにeya-1遺伝子欠損変異体の胚発生過程を詳しく解析し、頭部の形態異常は形態形成期初期から生じていることを明らかにした。また、体壁筋細胞および咽頭筋細胞を標識して観察し、体壁筋細胞の移動が正常でないこと、咽頭筋細胞の形態が野生型と異なることを示唆する結果を得た。細胞死の表現型をさらに解析するため、eya-1遺伝子欠損変異体とプログラム細胞死が起こらない変異体の二重変異体を作成した。この株では細胞死が抑制されたことから、過剰な細胞死はプログラム細胞死の遺伝学的経路に依存していることが分かった。しかし、細胞死を抑制しても胚発生期の形態異常は抑制されず、細胞死は形態異常の直接の原因でないと結論づけた。機能を保持したeya-1::gfpレポーターを用いて遺伝子産物EYA-1の発現解析をした結果、器官分化が起こる胚発生後期に、体壁筋細胞および咽頭細胞の一部を含む、頭側の複数の細胞核に局在が認められた。eya-1遺伝子欠損変異体の異常が現れる時期と合わせると、eya-1は頭部の器官や組織において細胞が分化する過程に機能すると考えられた。eya-1遺伝子欠損変異体の孵化後発生過程における異常の一部は、RNAiによって孵化後にeya-1の機能を阻害した場合にも引き起こされた。したがって、eya-1は胚発生期と孵化後の発生過程のそれぞれに機能をもつと申請者は結論づけた。

申請者はさらに、線虫におけるeyeless/Pax6の相同遺伝子pax-6とeya-1との遺伝学的関係を調べている。pax-6の機能完全欠失変異体は、高浸透度での孵化後の致死性と、eya-1とは異なった頭部形態異常を示すが、この個体においてeya-1遺伝子の機能をRNAiによって低下させたところ、胚発生期の頭部形態異常と孵化後の致死性が顕著に強まった。したがって線虫のeya-1は、胚の頭部形態形成過程および孵化後の発生過程においてpax-6と独立した機能、および部分的に重複した機能を持つことが示唆された。線虫のタンパク間相互作用を網羅的に解析した報告によると、EYA-1に結合するタンパク質は多数存在し、そのうち16個はPAX-6とも結合する。EYA-1とPAX-6の重複した機能は、共通の結合タンパク質を介する可能性があり、またEYA-1は、PAX-6と結合しないタンパク質に働きかけることで、PAX-6と独立の機能を果たす可能性が考察された。

以上,古屋美和は線虫におけるEyaファミリー遺伝子であるeya-1が複数の器官や組織の分化に重要な役割をもつこと、また一部の組織ではpax-6と協調的に機能することを明らかにした。本研究の成果は、線虫の発生生物学、特に細胞の分化と器官の形成機構の理解に対する重要な寄与であり、学位申請者の業績は博士(理学)の称号を受けるにふさわしいと審査員全員が判定した。なお本論文は杉本亜砂子、門田裕志、Andrew D. Chisholmとの共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、古屋美和に博士(理学)の学位を授与できると認める。

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