No | 120808 | |
著者(漢字) | 藤川,和美 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | フジカワ,カズミ | |
標題(和) | ヒマラヤ産トウヒレン属Eriocoryne節(キク科)の分類学的研究 | |
標題(洋) | Taxonomic study of the genus Saussurea section Eriocoryne(Asteraceae)in the Himalayas | |
報告番号 | 120808 | |
報告番号 | 甲20808 | |
学位授与日 | 2005.12.12 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4755号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 生物化学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | はじめに キク科植物は全世界の様々な環境に適応して分布した分類群で、トウヒレン属(Saussurea)は主にアジア地域に分布する主要な属である。Lipschitz(1979)はトウヒレン属を6亜属20節に分類し、約400種を認めている。近年の形態および分子系統解析などにもとづいた分類学的研究では、属および属内分類群の多系統性が示唆され(Haffner.2000、Raab-Straube, 2003、Wang&Liu,2003)、その分類体系の再構築が重要な研究課題となっている。 Eriocoryne節は、分枝しない茎の頂に複数の頭花が密集または穂状に配列し、植物体が綿毛に覆われるという特徴を持ち(図1)、中央アジアから中国南西部およびヒマラヤの亜氷雪帯で特に多様化した一群である。これまでの分類体系は(Lipschitz,1979)、少数の標本と形質しか扱っていないため、形質の変異の幅が把握されておらず、各形質にもとづいた種間の比較が不十分であり、本節全体の種分類の再検討が必要である。 本研究はヒマラヤ地域に産するEriocoryne節全種について、多くの外部形態形質の変異性と染色体数、核型を含む解析をし、そのうち分類形質として有効な形質を見出し、それらの結果にもとづいて種を識別した。また、DNA分子系統解析により、Eriocoryne節の単系統性と属内の系統学的位置を推定し、形態形質の進化傾向について考察することを試みた。 結果と考察 ヒマラヤ産Eriocoryne節植物の種を識別する外部形態形質 1)繁殖様式、2)葉形、3)葉の切れ込み、4)葉の先端の形、5)葉の向軸側の毛、6)葉の背軸側の毛の密度、7)複頭状花序、8)総苞の形、9)総苞片の形、10)総苞片の配列、11)総苞片の最外層と最内層の長さの比、12)総苞片の毛、13)総苞片の先端の形、14)花冠の狭筒部と広筒部の比、15)花冠列片の向き、16)花冠表面の突起の有無、17)葯尾の形、18)冠毛の形状、19)冠毛の色、20)開花期の子房の表面、21)子房の突起の有無、22)花床、の22形質は種を識別するのに有効な形質と判断した。このうち、ここでは総苞片、複頭状花序、花床、冠毛について概説する。 総苞片:総苞片の配列に、(1)一列でまばら(図2A)、(2)二列で互生(図2B)、(3)複数で覆瓦状(図2C,D)、の3型が観察された。複数で覆瓦状に配列する分類群は、最外層と最内層の長さの比に相違があり(図3)、外層が短い(図2C)、最外層と最内層が同じまたは最外層が長い(図2D)があった。また、最外層の総苞片の腺毛と長毛または短毛の分布と密度に差が見られた(図2E)。 花序:複頭状花序は、小花が集まって形成された頭花が、さらに複数個密集した花序である(図1)。茎につく頭花の位置を比較すると、図3の模式図に示すように、(1)無柄で苞がない頭花が平一凸型に密集して配列(CL≒0、図4A)、(2)短い柄と苞のある頭花が倒卵形に配列(CL<CW、図4B)、(3)短い柄と苞のある頭花がまばらに穂状に配列(CL>CW、図4C)、の3型があることが判った。その他、中空の茎の先端にただ一つの頭花のみを持つ特異的な分類群が1つだけあった(図4D)。 花床:花床に見られる構造は、以下の4型が観察された。(1)突起を持たず畝状になる(図5A)、剛毛状突起を持つものでは、付着点の周囲に剛毛状突起が(2)散在(図5B)するものと(3)密生(図5C)するものがあり、さらに(4)平滑な基部の合着した毛様体が密生(図5D&E)するものがあった。 冠毛:これまで、内列は基部が合着した羽毛状で、外側が粗面の剛毛(図6B)になる形状のみが知られていたが、外側が羽毛状になるものが、新たに見出された(図6A)。 染色体数と核型 体細胞染色体数を21集団9分類群について観察をし、そのうち7分類群については核型を比較した(表1、図7)。染色体数は5分類群で2n=36、4分類群で2n=32で、節内で異なる染色体数が観察された。これまで報告されているトウヒレン属の基本染色体数(x=13,14,15,16,17,18)から、Eriocoryne節植物はいずれもx=16,18を基本数とする2倍体であることが示唆された。核型解析を本節で初めておこなった結果、いずれの分類群も端部動原体(t)、次端部動原体(st)、次中部動原体(Sm)、中部動原体(m)から構成され、単相で勾配的に長さが減少した。染色体数が2n=32のグループの核型はいずれも同じ構成である一方、2n=36のグループでは、3つの異なる核型構成が観察された。 種の識別 外部形態と染色体数・核型解析で得られた24形質にもとづいて、Eriocoryne節にはヒマラヤ産種として13種が識別できた(表2)。ここでは固有の形態形質を持つ分類群、複数の形質の組み合わせにより他と区別できる分類群を種とした。タイプ標本等のauthentic specimenの観察から、2つは未記載種と判明し、新種Saussurea bhutkeshおよびS.kanaiiとして発表した。他の11種は命名規約にもとづいて学名を正した。S.gossipiphora, S.conaensis, S.gnaphalodes, S.laminamaensis, S.laniceps, S.namikawae, S.nishiokae, S.simpsoniana, S.spicata, S.topkegolensis, S.tridactylaが正名であることが判明した。全種について、分類学上必要とされる出典などを定めるとともに、タイプを特定し、検索表によって種の区別点を明示した。 Ericoryne節の分子系統解析 単系統性の検証と系統学的位置 トウヒレン属85種について核DNAのITSおよびETS領域による系統樹を作成した(図8)。今回の解析ではEriocoryne節植物は単系統群であった。その種間の系統関係は十分に解けなかったものの、以下の分類群が近縁であることが示唆された。それらはSaussurea gossipiphoraとS.conaensis. S.laminamaensisとS. laniceps、S.wellbyiとS.aster、中国雲南、四川、青海省産S.medusaである。なお、本属植物のうちSaussurea亜属Cyathidium節のSaussurea yaklaがHimalayella属のクレードに入り、この系統関係は果実形態、染色体数でも支持されたため(図9)、本種をHimalayella属に分類する提案をおこなった。 Eriocoryne節における形態形質の進化傾向とその定義 Eriocoryne節を定義する形質は、植物体を覆う綿毛、分枝しない中空の茎、複頭状花序である。Saussurea conaensisは、複頭状花序ではなく頭花は茎の頂に単生することが明らかになったため(図4D)、この定義からはずれる。一方、分子系統解析結果から本種は他のEriocoryne節の種と同じクレードに位置づけられ、Eriocoryne節であることが確認された。 S. conaensisの単生する頭花は、本節の共通祖先が獲得した複頭状花序から、二次的に進化したものであると推定される。 S. conaensisに分化する過程で総苞片の減少により融合したか、または、頭花の数が減少した結果、見かけのうえでは単生の頭花となったと考えられる。また、Eriocoryne節は、植物体が綿毛に覆われ、分枝しない中空の茎をもつほか、複頭状花序または単生の頭花をもち、分子遺伝学的ならびに形態学的に明瞭に区別できる。 まとめ 見出された形質の多様性にもとづき、ヒマラヤ産Eriocoryne節植物に13種を認めた。 Eriocoryne節は単系統群であり、形態学的解析においても、他のトウヒレン属とは異なる分類学的には独立性の高いグループであることが判明した。 図1.Eriocoryn節植物の模式図と各部の名称 従来の分類でEriocoryne節植物は、茎が分枝せず中空でその頂に複頭状花序が密集または穂状に配列し、植物体に綿毛が生える分類形質によって認識されている。 図2.総苞片の配列 A.タイプ1の例(Saussurea bhutkesh).B.タイプ2の例(S.laminamaensis).C&D.タイプ3の例(C.S.gossipiphora.D.S.topkegolensis).A-D.bar=2mm.E.総苞片の腺毛と短毛.タイプ1:一列でまばら(A).タイプ2:二列互生(B),タイプ3:多列覆瓦状(C-D).総苞片には腺毛が有・無・短毛または長毛が有・無がある(図中黒矢印:腺毛、白抜矢印:短毛を示す)。 図3.Saussurea gossipiphoraは多列覆瓦状に配列する総苞片の最外片と最内片の長さの比において多種と有意に差が見られた。 図4.複頭状花序(茎の縦断面) A.タイプ1の例(Saussurea gossipiphora).B.タイプ2の例(S.topkegolensis).C.タイプ3の例(S.spicata).D.頭花は1つ(S.Conaensis).タイプ1は、各頭花が柄を持たず苞がない。一方、タイプ2,3は短い柄と苞を持つ(図中黒矢印:柄、白抜矢印:小苞を示す)。 図5.花床 A.剛毛状突起を持たず畝状になる(Saussurea Conaensis).B.剛毛状突起が散在する(S.bhutkesh).C.剛毛状突起が密生する(S.nishiokae).D&E.基部が合着する平滑な毛様体が密生する(D.S.tridactyla,E.S.gossipiphora) 図6.外側の冠毛 A.羽毛状毛の例(Saussurea laminamaensis).B.粗面の剛毛の例(S.nishiokae) 図7.核型 表1.Eriocoryne節植物の染色体数と核型構成 表2.種を識別する主な形質 図8.トウヒレン属植物の核DNAのITS+ETS領域の塩基配列にもとづく系統関係 近隣結合法により得られた系統樹。枝上の値は、100回試行によるブートストラップ確立を示す。生育地で採取しシルカゲル乾燥後持ち帰ったサンプルおよびおし葉標本からDNAを抽出し、PCR法によって核DNAのITSおよびETS領域を増幅し、サイクルシーケンス法で塩基配列を決定した。解析には、PAUP4.0を用いた。各種名の後ろにはLipschitz(1979)により分類された亜属、節の順にSauussurea節とTheodorea節は亜節まで、Phycnocephala節は列までを略号で示した。Sau:Saussurea亜属、Sau:Saussurea節、Sau:Saussurea亜節、Cor:Cordifoliae亜節、Pyc:Pycnocephala節、Chr:Chrysotrichae列、Pyg:Pygmaeae列、Sor:Sordidae列、Cya:Cyathidium節、Dep:Depressae節、Aca:Acaules節、Lag:Laguranthera節、Ela:Elatae節、Amp:Amphilaena亜属、Amp:Amphilaena節、Pse:Pseudoamphilaena節、Eri:Eriocoryne亜属、Eri:Eriocoryne節、Pse:Pseudoeriocoryne節、Cin:Cincta節、The:Theodorea亜属、The:Theodorea節、Pul:Pulchellae亜節、Mar.Maritimae節。Lipschitzの分類体系は系統を反映していない。 図9.Saussurea yaklaの開花期の子房と染色体 A.子房,表面にうろこ状の突起と上部の縁が王冠状に切れ込む。B.染色体、2n=34。 トウヒレン属植物は多系統群であり(Raab-Straube,2003、Kita et al.,2004)、Saussurea亜属Elatae節(図8青色で示す)は、うろこ状突起をもつ、痩果の縁が王冠状となり、1列羽毛状の冠毛をもつことで、Himalayella属と定義された。また、これまで報告された染色体数は、すべて2n=34であった。 | |
審査要旨 | 最も進化した植物である被子植物のなかでも進化速度が最も速いとみられているのがキク科植物である。被子植物にとって極限の環境のひとつである標高6000mに達する高山にも進出し、多様化を遂げている。 トウヒレン属Eriocoryne節植物はセーター植物と呼ぶ特殊な形態をした植物群に含まれる。葉の表皮細胞から長い毛状突起が伸びて植物体全体がセーターを着たように密生する毛に被われる。このセーター様の毛は植物体の保温に役立っていると推定されている。 セーターをもつトウヒレン属Eriocoryne節植物は多型であることが指摘されていたが、これまでその形態と形態形質の変異性は系統立っては分析されることはなく、多型は本来の現象なのか、分析がなされてこなかったためのみかけ上のことなのか判別できなかった。 最近セーター植物の適応生態学的な分析が進み、対象の分類学的な解析が不可欠の状況にあった。しかし、酸素も薄い標高5000mを超えるヒマラヤの広範囲の地域で変異性を実際に観察し、材料を収集するのは容易でなく、長いこと必要性は認知されつつも手付かずの状態にあった。 この論文は、上記のような研究史を踏まえて、現地で多数の集団から採取した材料を用いて、1)多数の形態学的形質での現れの一定性と変異性を解析することを通して、多様性の分類に用いることができる、現われにギャップがありかつそれが安定した形質を発見し、「種」レベルの分類を確立すること、同時に、2)認識された種の細胞遺伝学的な多様性を明らかにすること、3)DNA分子を用いて種間の系統関係を推定することを目的として行われた研究の成果をまとめたものである。以下に上記の3項目ごとに本論文の成果を記述する。 形態学的形質の分析と「種」レベルでの分類 高等植物では異種間でも遺伝的な隔離がほとんどみられないことから、他にはみられない固有な現れをもつ形質を表徴として他種から別種として区別される。そのため多数の形質を分析し、他種とは変異性が不連続な固有性を示す形質を見い出すことが重要となる。 この研究では多数の形質を分析した結果、1)繁殖様式、2)葉形、3)葉の切れ込み、4)葉の先端の形、5)葉の向軸面の毛、6)葉の背軸側の毛の密度、7)複頭状花序、8)総苞の形、9)総苞片の形、10)総苞片の配列、11)総苞片の最外層と最内層の長さの比、12)総苞片の毛、13)総苞片の先端の形、14)花冠の狭筒部と広筒部の比、15)花冠列片の向き、16)花冠表面の突起の有無、17)葯尾の形、18)冠毛の形状、19)冠毛の色、20)開花期の子房の表面、21)子房の突起の有無、22)花床の剛毛状突起の有無、の22形質が「種」の識別に有効な固有性を含む形質であることが判明した。 上記22形質のうち、10)総苞片の配列、22)花床の剛毛状突起などは今回初めてトウヒレン属植物で分析され固有性が見い出されたものである。 これら22形質における固有性と表れの差異を利用して、ヒマラヤに産するEriocoryne節植物を13種に分類した。 細胞遺伝学的な多様性 9種に分類される21集団で茎頂細胞を観察し、体細胞染色体数を算定した。また、7種について核型を決定し、比較した。その結果、染色体基本数に2系統、x=16とx=18、が存在することが判明し、かつすべての種が2倍体であることが明らかになった。 分子系統解析 Eriocoryne節を含め、トウヒレン属の85種について核DNAのITSおよびETS領域における変異性を用いた系統樹を作成した。その結果、トウヒレン属は1種を除き単系統群を形成し、3つのグループに分かれた。そのひとつはEriocoryne節植物からなるものであり、今回の解析ではこの節が単系統であることを示す結果が得られた。また、分析から、Eriocoryne節はトウヒレン属の他のグループとは異なる独立性の高いグループであることが判明した。 以上の分析から、単系統性が支持されたEriocoryne節のもとに、そのヒマラヤ産植物を13の種に区分する分類体系を提唱し、その細胞遺伝学的多様性を記述するとともに、従来の分類体系を総括し、この節の植物を材料に用いた過去の論文での同定の誤りを正し、また世界の主要標本室に収蔵される標本の再同定を行った。 本論文は大場秀章氏および3)は喜多陽子氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析・観察および考察を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断した。よって審査委員会は全員一致で博士(理学)の学位を授与できるものと認めた。 | |
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