学位論文要旨



No 120809
著者(漢字) 李,春鶴
著者(英字)
著者(カナ) リ,チュンフ
標題(和) 熱力学連成解析システムによる実構造物の状態/寿命推定と環境条件の定量化
標題(洋) Life-span Simulation of Existing Concrete Structure Based on Thermo-hygro Physics and Modeled Environmental Actions
報告番号 120809
報告番号 甲20809
学位授与日 2005.12.16
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6169号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 石田,哲也
 東京大学 教授 魚本,健人
 東京大学 教授 藤野,陽三
 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 助教授 岸,利治
 東京大学 助教授 松本,高志
内容要旨 要旨を表示する

高度成長的なパラダイムから安定成長期に移行しつつある社会背景の中,社会基盤施設も維持管理時代に突入した.その中で,コンクリート構造物に対しても,設計、施工、供用期間全般にわたる事象の体系化と,種々の性能を任意の時点で直接かつ定量的に評価することが求められている.特に最近は塩害,中性化,アルカリ骨材反応などのように,環境作用の影響によって少なからず劣化する事例が報告されている.以上から,任意の配合・使用材料を有し,かつ種々の環境o気象条件に曝された場合に対して,コンクリート構造物の劣化o変性状態を精度良く評価する数値解析手法の構築が,喫緊の研究課題として認識されている.

以上の背景を踏まえて,東京大学コンクリート研究室では,任意の環境o気象作用及び荷重作用を受ける構造体の状態及び性能を,時空間軸上で的確に予見する熱力学連成解析システム (DuCOM)の開発を行っている.本熱力学システムは,若材齢コンクリートの固体形成過程の追跡と,その後に続く長期間に渡って進行する劣化現象(塩分浸透による鋼材腐食現象ならびにコンクリートの炭酸化反応)を予測するまでに至っている.ただし,長期にわたるコンクリートの材料劣化o変性現象の予測と評価については,実験室レベルの一定温度o湿度の理想的な環境条件下の予測と評価に検証が留まっており,実環境に曝されている構造物への適用は未だ検討されてない現状である.

そこで本研究では,巨視的に実測される複数の材料特性を俯瞰的に捉え,微視的機構に基づく炭酸化過程に対する一般化熱力学モデルを提案した.さらに,初期条件としての構造物内部の配合推定と,周辺環境のモデル化も合わせて試みた.熱力学システムによる実構造物の寿命推定を目的として,必要な技術構成要素の高度化を総合的に図ったものである.

まず炭酸化反応モデルの高度化を行うために,反応に関与する種を水酸化カルシウムのみならずCSHゲルにまで拡張した.さらに,二酸化炭素の拡散モデルの改良と反応・非反応結晶およびCSHゲルの質量保存・体積変化にさかのぼって,コンクリート細孔構造の変化のモデル化を試みた.続いて,炭酸化進行を支配する熱力学事象,すなわち拡散,溶解平衡,反応係数などの温度依存性を適切にモデル化することによって,任意の温度条件に適用範囲を拡張することに成功した.

以上の高度化された炭酸化反応モデルを用いて実構造物を予測するためには,さらに入力情報として二つの要素が必要となる.一つは構造物中に達成される材料の品質,すなわち初期の配合状態の推定である.もう一つの要素は,乾湿繰返し,温度変動,日射,風等に代表される,複雑な周辺環境の数量化である.実験室レベルの供試体と異なり,何らかの理由によって設計配合から乖離する実構造物のコンクリート配合については,精度良く,かつ迅速に推定できる化学分析試験方法を提案した.ここでは,熱力学連成解析システムや,測定した実構造物のコアの圧縮強度などの様々な側面から,提案した試験方法による配合推定値の妥当性を確認した.推定したコンクリート配合とモデル化した実環境条件を入力として与えることで,提案する手法は実際の炭酸化深さを概ね良好に予測できることを示した.

審査要旨 要旨を表示する

社会基盤施設は,供用開始直後に所要の使用性・安全性・機能性等を満足する事のみならず,数十年から数百年の長期に渡って,それらの諸性能を保持する事が要求される.特に整備の財源を国庫に頼る社会基盤は,経済性の観点から,構造物の寿命,また諸性能の低下等の長期耐久性能は重要になる.事実,我が国と比較し,社会資本が整備されて久しい欧米諸国では,その老朽化に伴い構造物の補修・補強等,維持管理に要する経済負担が増大する状況にある.従って,社会基盤の新規建設及び整備には,初期費用の評価のみならず,便益評価とライフサイクルコストを建設前に評価する必要がある.また既存構造物には対しては,劣化に応じた過不足の無い合理的な補修・補強を実施しなくてはならない.これらの命題に対処するために,任意の段階における構造物の保有性能を把握する事が,技術者に課された急務の課題であるといえる.

以上の背景を踏まえ,実存する鉄道高架橋を対象として,熱力学モデルと新たな配合推定手法を組み合わせて,与えられた環境条件のもとでの炭酸化反応プロセスの予測を本論文の目的としている.本論文で得られた成果は以下に列挙される.

第一の骨子は,炭酸化反応に関する熱力学モデルの高度化が挙げられる.従来のモデルは,常温,高濃度CO2環境における炭酸化反応(促進試験における挙動)については,高い精度で予測可能であった.本モデルを用いて実環境の炭酸化進行予測を実施したところ,所要の精度が確保されないことが明らかになった.種々の観点から検討を実施した結果,微視的機構に基づく炭酸化進行モデルの再構築を実施する必要が判明した.

第4章では,既存モデルにおける炭酸化反応速度係数の妥当性,炭酸化進行による空隙量及び空隙径分布の変化,二酸化炭素の吸収量,炭酸カルシウムの生成量の変化など様々な側面からモデルに対する検討を行った.その結果, 炭酸化反応進行の予測精度は,反応速度係数,二酸化炭素の拡散o平衡および炭酸反応後の空隙構造の変化といった,複数の要因が複合的に作用することで決定されるという結果を得た.すなわち,単に幾つかのパラメータを調整するのではなく,微視的機構にさかのぼったモデルの再構築の必要性を導き出している.

はじめに炭酸化反応後の空隙構造変性モデルの再構築を行った.炭酸化前後の空隙量,ならびに密度変化,炭酸カルシウム生成量といった様々な既往の実験結果を総合的に勘案して,炭酸化反応として,水酸化カルシウムのみならずCSHゲルの反応系までモデルを拡張した.続いて,炭酸化作用を受ける空隙構造算定モデルの構築を行った.炭酸化反応によって消費される水酸化カルシウム量およびCSHゲル量と,反応によって生成される炭酸カルシウム,およびシリカを主成分とする新しいゲル生成物を計算し,それらの結果に基づき空隙量・空隙分布を算定するモデルを提案している.

社会基盤施設の寿命予測・状態推定を実施するためには,常温一定での予測だけではなく,様々な温度環境に対する取り扱いが求められる.それらの背景を踏まえ,炭酸化反応の温度依存性についてモデルの拡張を実施した.以上の議論により,任意の温湿度環境,また任意の二酸化炭素濃度に対して,統一した枠組みで現象を予測することが可能となった.

本論文の第二の骨子は,構造物内部に達成される材料品質の正確に推定する新たな手法の提案である.供用開始後,長い時間を経過した実構造物を対象とするとき,設計や施工に関する詳細資料が保存されていない場合がある.また,材料分離などの影響で,構造物内部に達成されるコンクリートの配合は設計どおりでなく,設計配合から乖離することが知られている.そこで,第一の目標である炭酸化反応の高精度化o高度化とあわせて,入力情報として材料品質に関する正確な値を与えることが,全体システムの高精度化につながる.本論文では,実構造物の配合状態を精度良く,かつ迅速に推定できる配合推定の試験方法を提案し,熱力学連成解析システムの利用や,測定した実構造物のコアの圧縮強度など,様々な側面から,提案した試験方法による配合推定値の妥当性を確認した.

具体的な原理としては,マトリックス干渉(試料に共存する主成分による測定値の上乗せや目減りする現象)が少ない誘導結合プラズマ発光分光分析装置(ICP)を用い,コンクリート試料と骨材中の酸化カルシウムの含量を測定し,人工的に骨材をコンクリート試料から分離し,粗骨材と細骨材に分けて,それぞれの吸水率と酸化カルシウムの量を測定するものである.結合水の測量は電気炉と熱分析を組み合わせて精度よく測定する方法を提案している.コンクリートと骨材の強熱減量,酸化カルシウムの量,結合水量及び骨材の吸水率を測定することによって単位セメント量,単位水量,単位骨材量の推定が可能になった.さらに,推定した水セメント比の妥当性を別の観点から確認も行っている.具体的には,コンクリートの圧縮強度から土木学会式を適用して水セメント比を推定した.同時に,熱力学連成解析システムを用いて,測定したコアサンプル健全部の空隙率から該当領域の水セメント比も推定している.以上の異なる手法を用いた水セメント比の推定値は概ね同じ傾向を示しており,提案する手法の妥当性を示している.

以上,本論文では,実構造物に対して寿命予測を実施するために必要な方法論・全体システムを提案すると共に,既存の炭酸化熱力学モデルの大幅な精度向上・適用範囲の拡大に成功している.工学的な貢献は大きいと認識され,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク