学位論文要旨



No 120810
著者(漢字) 李,奉錫
著者(英字)
著者(カナ) イ,ボンソク
標題(和) 商業集積地区の活性化と芸術・文化との関連性の考察 : 地域オリジナリティ形成の面から
標題(洋)
報告番号 120810
報告番号 甲20810
学位授与日 2005.12.16
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6170号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大西,隆
 東京大学 教授 小出,治
 東京大学 教授 北沢,猛
 東京大学 助教授 城所,哲夫
 東京大学 助教授 小泉,秀樹
内容要旨 要旨を表示する

本論文は商業集積地域の活性化施策における芸術・文化活動の導入を商業集積地域間の競争という観点から捕らえて、地域オリジナリティ性を確保し、それを継承、発展させるための戦略的なアプローチを提案することを目的とした。具体的には文化経済学と地域マーケティング論の文献レビューを通じて芸術・文化と商業集積地域間の接点を整理し、地域オリジナリティの理論的土台、そしてその分類類型として「生活文化提案型」と「文化環境整備型」に分類し、そのフレームに沿って現在首都圏内で行われている芸術・文化イベントを開いている地域の実行主体をインタビュー、取りくみ内容の整理を行い、商業集積地区の差別化方向、芸術・文化活動の活用、主体間のパートナーシップなどを分析したものである。最後に研究を通じて得られた結果をまとめ、商業集積地区の活性化施策における戦略的なアプローチ及びマネジメント、そしてそのためのパートナーシップ構築の重要性を提言する

まず、序章では研究の目的と構成、研究方法などを述べる。

第1章では日本における商業政策及び商店街活性化施策の変遷を通じて、既存施策の意義と課題を整理した。そしてその研究傾向を「コミュニティ性中心」と「タウン・マネジメント」に2つに分類し、それぞれの課題を整理した上で「商業集積間の競争」の視点に必要性、そして地域間の競争において、基本機能の追及だけでなく、その地区、地域にしかない付加価値を作り上げ、それを管理・蓄積・発展させることが今後の商業集積地区の活性化における重要ポイントであることを示した。

第2章では現在の商業集積地区の経営特徴や課題を文献レビューした上、商業集積地区における魅力の原点は「他の地区とは違う」という差別性であると見出し、その差別的優位性の特性と経済学における差別化の方向を整理した。そして今までは「その競争力向上を目指すために、商業集積だけの観点から統合力を一層強化することによって対応しようとしてきた」と指摘し、今後集積効果を高めるには、これまでの「共同」事業から「協働」事業によって、個店舗の魅力発信を支援する事業概念を共有していくことが必要である。これからは商業集積地区の魅力を高めるために何を持って差別的優位性を形成し、集積効果を得られるのかが今後の活性化関連課題になるとおもわれる。そのために地域としての差別化を図るためにはどういう取り組みが必要になるか、そしてその中で個別店舗はどのように関わるかを明確にしなければいけないこと、そしてそのためには個別の商店を制御するのではなく、意欲のある個別商店がそれぞれの立場で異質的なニーズに適合することによって、「場」の雰囲気を形成し、ひいては全体として差別化の連続体として活動しうる環境を作り出すことが重要なポイントであることを整理した。

第3章では差別的優位性の確保という視点から集積地区の活性化と芸術・文化との関係を文献レビューを通じての検証を試みた。そのため、芸術・文化の経済的価値に関して研究が進められている文化経済学分野での理論及び研究のレビューを行い、経済と芸術・文化との関連性を整理する一方で、地域活性化の戦略的アプローチにおける欧米の経験に基づく地域マーケティング論のレビューを通じて地域の差別的優位性を見つけるためのマーケティング・マネジメント戦略の展開、そしてその中での芸術・文化の活用における欧米の経験と課題を整理し、芸術・文化と都市政策間の新たな位置付けと商業・商業地区への関連性の検証を試みた。

第4章では地域としての差別的優位性を作り、活性化施策を展開するための中心概念として「地域オリジナリティ」を提案した。地域オリジナリティ性の構成は段階別要素分類的に核心要素、実体要素、拡張要素に分類できるし、その内容は人的資源や物的資源、行政や制度などを含む包括的なものである。そして「地域オリジナリティ」の形成の原則として(1)パートナーシップと協力、(2)コミュニケーションによる学習と体験、(3)リーダー及び人的ネットワークの三つを上げる。

これらの原則を踏まえて、地域オリジナリティ形成による地域活性化戦略の構図を次のように整理すると地域の中核的価値を発掘・発見し、具体化する工夫が必要である。(1.オリジナリティの核の形成)そしてその中核的価値を実体化・具体化するために地域が提供できる、独自性をもった財・サービスを作り、それを効果的にマーケットに伝達するためにマーケティング活動及び情報配信を行うことが必要である。(2.付加価値の高い財・サービスの提供)そして、マーケットからの反応を財・サービスの内容及び提供方法に反映するとともに(3.1フィードバック)、その経験及び効果を引き継ぎ、発展させるために地域内外との交流などを通じてバックアップ及び集積体制の形成を図ることである。(3.2 商業集積地区関連の複合ネットワークの形成)そしてその中で商業集積地区におけるアプローチを「日常性」中心の「生活文化提案型」と「非日常性」中心の「文化環境提案型」に分類した。

第5章では東京都の経堂地区、神田地区、広尾地区と横浜の伊勢佐木1・2丁目地区で行われている芸術・文化イベントを事例として、その取りくみに見る地域オリジナリティ形成そして芸術・文化活動の役割を整理した。各アプローチにおける特徴と課題を整理した。そして「文化活動を介した地域オリジナリティ形成の拡大」において、代官山地区を対象に地域オリジナリティの形成及び拡大と地域を舞台に行われた芸術・文化活動の役割の変化の1つの例として立証を試みた。その段階としてまずヒルサイドテラスの活動を軸としたオリジナリティ形成への取りくみ、そして同潤会アパートの再開発事業を境にして行われた文化活動の地域への拡大とオリジナリティの再構成に分けることができる。そしてそれは商業集積地区「代官山」の性格の変化に対応する過程で芸術・文化活動を通じた人材の確保や商業活動との連携及びイメージの外部配信、地域内外の様々な主体とのパートナーシップなどを通じて地域内の文化的蓄積の形成及び活用、そして地域内パートナーシップの拡大などを目指している。そして2004年に「代官山ステキな街づくり協議会」を立ち上げ、地域を取り囲む形での取りくみを始めている。

そして第6章を結論として商業集積地区の活性化、そして芸術・文化活動の導入への戦略的アプローチを提案した。地域の競争力増加のために戦略的な観点からのアプローチを取り、商業機能の効率化だけを追及するのでなく、「地域」という単位に捉えた上でその競争力の源泉である独自性(オリジナリティ)を見出し、形勢する必要がある。そしてそれを維持。発展する一方で、更なる展開のためにさまざまな工夫が成されるためには商業者だけでなく地域住民、外部との連携やパートナーシップを組むことで、商業集積のイノベーションに繋がる取りくみにしなければいけない。単に取りくみを行い、現状維持やマンネリ状態で止まるのではなく、ボランティア的な視点だけでなく、如何に商業機能の向上、地域環境・魅力の向上につなげるかを常に念頭におきながら取りくみを持続的かつ発展的に展開しなければいけない。そして芸術・文化の導入もその延長線の上で、如何に地域オリジナリティの形成につなげるかを意識しながら導入する必要がある。具体的には地域の潜在的な資源の見直し、或いは外部からの導入による核の形成や差異的な財・サービスを提供するための事業展開、そしてそのノウハウの蓄積や主体間のネットワーク形成、人材発掘及び導入を通じた地域内基盤環境の形成というプロセスに沿って、その可能性と目的を明確にする必要がある。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は商業集積地区活性化における文化要素の役割について理論的、実証的に考察した都市の今日的課題に対応した研究である。本研究では、「商店街などを含む商業集積地区の活性化が今までの施策とはその背景、やパラダイムがどう変わりつつあるか」と、「活性化のパラダイム変化の中で、芸術・文化活動の導入に何を期待し、どう商業集積地区の活性化につなげるか」という2つの研究項目を設定して商業集積地区の活性化と芸術・文化活動の導入との関係を理論的に整理し、実例を通じて検証した。

1章では日本の経済・商業環境を巡る変化とその流れの中で既存の商店街近代化施策及び活性化対策の議論がどのように変わり、競争激化時代の中で商業集積地区活性化を巡る議論を流通学や商学文献を中心に整理している。商業集積地区の活性化議論の共通点としては、「地域の競争力」、そしてその源泉として商業集積の魅力という点に目を向けていることを指摘し、地域間の競争において、その地区、地域にしかない付加価値を作り上げ、それを管理・蓄積・発展させることが今後の商業集積地区の活性化における重要ポイントであると指摘した。

2章では商業集積地区の競争優位性の実体へ集積形成の理由や商業競争の本質の視点から迫り、集積としての競争優位性を作る可能性と課題を整理した。そして商業集積地区がそれぞれの置かれた状況、持っている資源や人材・可能性と課題をふまえて、それに対応した取組みを展開するには、マネジメント的マインドを導入して集積地区の競争優位性を見つけだすこと、そして関連取組みを持続的に推進するためのパートナーシップ組織の形成においても専門性を兼ね備えて組織に作り上げる必要があると指摘した。その上で、理論的土台として「地域マーケティング論」を取り上げ、商業集積地区の活性化施策への適応可能性を整理した。

次に商業集積地区活性化の有効な手段と見なされる「文化・芸術」の登場背景、そして活性化における役割を論じている。まず、3章で商業集積地区の競争力を向上し、活性化を図ることにT文化・芸術」から何を期待され、どのように導入されるかを文化の創造性が齎す経済的価値を重視する「文化経済学部門」と欧米の旧工業都市の経済再生経験を経て新しく登場した「都市・地域マーケティング論」部門から経験的・理論的基盤形成を試みた。

4章ではその理論的基盤から、商業集積地区の差別的優位性形成の軸を「地域オリジナリティ」と名づける。地域オリジナリティ追求型活性化戦略は大きく地域オリジナリティ形成戦略と地域オリジナリティ伝達戦略とわけることができる。そして伝達戦略はまた伝達のための実行戦略(マーケティングミックス)と伝達のためのパートナーシップ戦略に分類することができる。ここではその中でパートナーシップの面も重んじて、活性化戦略の構成を形成戦略と伝達戦略、そしてパートナーシップ形成戦略の三つの段階構成に捉えることにした。

これを受けて5章では形成手段の1つとして「文化・芸術」が果たす役割を整理、事例地区の取組を通じて実際の取組における特徴と可能性及び課題を導き出す試みを行っている。事例として、日常性中心の商業地区、非日常性中心の商業地区から活性化の方向性として日常性追求、非日常性追求に分類し、日常性追求アプローチ(日常性一日常性)の事例として経堂地区の経堂アートフェスタ、非日常性追求アプローチ(1)(日常性-非日常性)の事例として広尾地区のアートON、非日常性追求アプローチ(2)(非日常性-非日常性)として神田・日本橋地区のCETを事例として取り上げた。そして各事例地区の地域オリジナリティ形成戦略、地域オリジナリティ伝達戦略、パートナーシップ形成戦略の3つの部門においてインタービュー及び資料調査により、それぞれの特徴と課題、そして芸術・文化活動の役割を整理した。

6章では研究の結果をふまえて、「地域オリジナリティ」の形成、そして文化・芸術活動導入の取組が地域経営管理につながる可能性や重要性を提言した。商業集積地区の活性化をテーマにした今回の研究で「地域オリジナリティ」を強調することは、商店街などの既存集積地区で行われた施策で欠いていたこの集積間競争の視点を取り入れる必然性への認識がベースに存在する。そして、地域オリジナリティは作るだけでなく、それを維持管理運営(マネジメント)することに繋がる必要があると結論付ける。

この研究は商業集積地区の活性化における既存の活性化施策とは異なる概念として地域オリジナリティの概念提示を提示、その形成・蓄積・発展における芸術・文化の導入の主張し、幾つかの実例を通してその可能性を探ったことに意義を持つ。さらにそれが具体的にどれだけ地域の競争力確保に繋がったのかという評価には、本研究を踏まえて、地域内外にわたる経済的・社会的循環関係の形成、そして地域内の商業活動のイノベーション(革新)に繋がるかを見極める研究発展が必要であるとの課題を明示した。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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