学位論文要旨



No 120811
著者(漢字) 加藤(小野),由理
著者(英字)
著者(カナ) カトウ(オノ),ユリ
標題(和) 秋葉原地域における産業集積の特徴と集積持続のメカニズムに関する研究
標題(洋)
報告番号 120811
報告番号 甲20811
学位授与日 2005.12.16
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博工第6171号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大西,隆
 東京大学 教授 後藤,晃
 東京大学 教授 廣瀬,通孝
 東京大学 教授 小出,治
 東京大学 助教授 城所,哲夫
内容要旨 要旨を表示する

本研究が注目する秋葉原地域は、かつては神田ラジオ問屋街、現在は秋葉原電気街として、戦後40年以上にわたり、産業用電子機器や民生用電子機器の卸売・小売業を中心とした集積が持続している地域である。近年では、アニメ・ゲーム・フィギア等新たな商品の小売業集積地として注目が高まりつつある。また、その中心に位置するJR秋葉原駅前では、秋葉原クロスフィールドの開業が平成17年(2005年)に予定されており、首都・東京のIT産業の拠点となるよう大きな期待が寄せられている(中村(2004)、小林他(2003))。

秋葉原地域は特徴的な産業集積地域であり、これまでも様々な立場から研究が行われてきた。民生用電子機器の卸売・小売業の発展経緯については、千代田区史(千代田区(1998))をはじめ、秋葉原電気街振興会、ラジオ会館、松下電器等、秋葉原地域での販売に関わる企業が社史等で記述されている。小売業としての産業の特徴は山下(1998)、近年注目が高いアニメ等については森川(2003)が詳しい。卸売業という観点から電子産業の集積地としての秋葉原地域の特徴を捉えた文献に日経産業新聞社(1982)がある。

これらは、ある特定の産業集積地としての秋葉原地域の一面を捉えているが、なぜ秋葉原でこのような産業の集積が持続しているかについて、明確な答えを示していない。

本研究では、秋葉原地域における産業集積の特徴と集積持続のメカニズムの解明を通じ、同地域の基盤的産業である卸売・小売業を生かした地域発展のあり方を明らかにすることを目的とする。

本研究は5つの章で構成される。

第I章では、上記の目的をふまえ、研究の枠組みを構成する既存文献の整理及び分析枠組みについて整理した。

第II章では、秋葉原地域の産業集積の特徴を明らかにした。まず、地域特化と都市の多様性について把握し、次に、対象地域の生産環境として地域競争に着目し、その特徴を把握した。最後に、これらの結果と従業者数を用いた都市の経済的成長動向との関係を明らかにし、地域特化、都市の多様性、地域独占、地域競争に関する検討を加えた。

第III章では、秋葉原地域において誕生、発展、衰退していった業種の歴史的変遷の分析を通じ、経済の持続的成長の公式『D(古い仕事の分業)+nTE(イノベーション)+nD(多くの新しい分業)→A(新しい仕事)』の検証を行った。加えて、持続的な経済成長の原動力として質的な需給接合を支える地域環境の特徴、これをふまえた業種ごとの誕生・発展・衰退の要因についての考察を加えた。

第IV章では、イノベーションを促進する都市環境として都市の多様性をあげ、これを実現する都市基盤として(1)混用地域、(2)小ブロック、(3)古い建物、(4)集中を仮定し、秋葉原地域におけるその実態を把握するとともに、これらが秋葉原地域においてもつ意味について検討を行った。

上記より、下記の結論が示された。

第1に、秋葉原地域における持続的成長は、地域産業における「古い仕事」(電気機械器具卸売業)を維持しつつ、次々に兼業・分業化による「新しい仕事」を追加することで、周辺業種への転換(卸売業から小売業への転換、小売業としての取扱商品の多様化、卸売・小売業との兼業を基盤とする電子部品デバイス製造業や情報サービス業への転換)を果たすことで実現してきたということである。より詳細には、(1)秋葉原地域全体では中心となる特定業種に卸売・小売業を抱えつつも、全体としては情報サービス業へと時代にあわせた産業構造に大きく変化すること、(2)「電気街」から「外側」「周辺」へと特定産業の集積地区が大きく変化することを通じ、(3)秋葉原地域全体の特徴が明確になり、他地域に対する競争力を確保することで、経済の持続的成長がみられた。

また、「電気街」における成長の鈍化とその要因分析を通じ、行き過ぎた地域特化は独占を助長し経済の持続的成長を阻害することが明らかになった。秋葉原地域の都市の多様性は渋谷地域(情報サービス業等の集積地域)や大森南地域(製造業等の集積地域)に比べ必ずしも高くない背景にこうした要因があると考えられる。

第2に、秋葉原地域における集積持続のメカニズムの中核には、地域内の特定産業事業者間のコミュニティによる需要情報の交換と、顧客需要をとらえるための「兼業」、小売業の存在による質的需給結合があることが明らかになった。

秋葉原地域は、従業員数10名以下の事業所が約7割をしめる中小零細企業集積地域であり、これらが生き残るためには、大手企業が手がけない事業を先んじて手がける必要があった。特定産業事業者間のコミュニティは、同地域の集積の原点となる戦後の露天商移転の時代からつながる人のつながりがその源泉にあり、最近10年以内に設立された企業が3割程度ある一方で、昭和29年以前に設立された企業が1割程度あるなど、古くからの企業が脈々と息づいている。コミュニティの存在は、顧客需要動向を同業者間で共有し、結果として地域全体が取扱商品を同時期に変化させることで、大手企業に先んじて新しい市場の開拓を実現し、こうした動きが持続的に同地域の優位性を確保してきたと考えられる。

「兼業」は、顧客の需要にあわせて、卸売、小売、アフターサービス、加工、技術開発と展開することで、大手企業では対応が困難なきめ細かい顧客需要への対応を実現する事業形態である。秋葉原地域に立地する企業は、秋葉原地域外の需要も含めて「部品小売→加工販売(製造)→製品小売」、「部品メーカー(製造)→部品卸(加工)→完成品メーカー(製造)」といった複線的な分業構造をとることで、顧客需要への対応を実現している。インタビュー調査では、卸売業から発した企業が製造業との兼業の結果、専業のメーカーとして地域外へと転出していった例や、兼業の結果秋葉原地域外での事業展開を行うことでより多くの需要をとらえている企業の例などが指摘された。

小売業の存在による質的需給結合の実現とは、小売業の集積により製造業等に需要把握の場を与え、品質に対する保証やリスクを引き受ける選択眼の高い消費者を集客し、積極的な役割を果たさずとも結果として求められる需要搬入機能を担保することである。秋葉原地域では小売業集積の恩恵を様々な業種が受ける循環が構築され、結果として地域として質的な需給接合が図られていることが明らかになった。

近年特に注目されている、アニメやフィギアを取扱う小売業集積は、PC等既存の秋葉原に集積する小売業の顧客層と重なることから、これらの既存集積をいかした需要搬入機能の結果として誕生していると考えられる。

これらを経済の持続的成長の公式『D+nTE+nD→A』にあてはめて考えると、「nTE」と「nD」をもたらす要因が、集積持続のメカニズム(秋葉原地域ではコミュニティによる需要情報の交換、顧客需要をとらえるための「兼業」、小売業の存在による質的需給結合)であると考えられる。また、これらによって生まれる「A」は、秋葉原地域においては、地域内での業種・業態の変更と、地域外での事業展開と整理される。

経済が右肩あがりの時代には、秋葉原地域に立地する各事業者は、集積持続のメカニズムを自助努力で稼働させることで、自律的に次の事業シーズを発掘することができた。しか90年代以降の日本経済の停滞は、秋葉原地域の事業者の自助努力による集積持続のメカニズムの稼働を困難にし、これと時を同じくして秋葉原地域は停滞を迎えている。

これらをふまえ経済成長モデルを再検討すると、同モデルでは自律的に「nTE」、「nD」が起こると定式化されているが、秋葉原地域での検証をふまえると、それは右肩あがりの経済成長下においてのみ成立すると考えられる。低成長時代においては、これらを誘発する「M(マーケティング機能)」が必要になると考えられる。こうしたことから、本研究では、ジェイコブスの経済成長モデルを『D+(nTE+nD)*M→A』と修正することが望ましいと考える。

第3に、秋葉原地域における都市の多様性を支える4つの条件(混用地域、小ブロックの存在、古い建物の存在、人口の集中)についての実証把握を通じ、地区や年代によって条件の合致度にばらつきがあるが、継続的な部分合致がみられることが明らかになった。

4つの条件の秋葉原地域における存在の意味は、秋葉原地域における活力の源泉となる小企業の持続的な誕生と育成を促進する環境の提供にあると考えられる。

小ブロックの存在と古い建物の存在は、多様なオフィス環境の提供を可能にする。実際に、秋葉原地域における賃料水準は都心5区平均に比べて割安であり、さらに「古い建物」、「小ブロック」の存在により、秋葉原地域には他地区との比較以上に割安な賃料水準のオフィス物件が供給されている。これにより賃料負担力の低い業種の立地が可能となり、小企業の持続的な誕生と育成を促進していると考えられる。他方で、「小ブロック」への「古い建物」としての小規模ビルの林立は、オフィス地域としての秋葉原地域の魅力を減退させている。千代田区街づくり推進公社等において様々な取組みがみられるが、外側地区や周辺地区など駅からのアクセスがよくない立地では小企業の入居を促進する積極的な取組みが求められる。

また、秋葉原電気街という商業集積の周辺に、事務所集積や併用住宅を含めた住宅の集積があることが、秋葉原電気街という集積にとっての「用途の混在」や「人口の集中」をうながし、これらが「新しいカテゴリーの市場」を形成する孵化器となっていると考えられる。秋葉原地域の場合、「新しいカテゴリーの市場」は必ずしも小売業に限定されず、製造・卸、情報サービス業へと展開していることも、結果として商業集積としての秋葉原地域を強化することにつながっていると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

都市あるいは都市の部分を構成する地域の発展にはそれを支える産業の集積があり、かつ時間の経過とともに基幹となる産業を変化させつつ、産業集積が持続して地域の雇用や経済活動を支えることが、都市の成長にとって不可欠というであるという基幹産業が都市の成長理論として存在しているがある。本論文は基本的には、こうした都市の成長理論を受容しつつ、特定ケースを深く分析することを通じて、成長理論の妥当性を検証し、特定地域における産業の連鎖的発展メカニズムを明らかにしようとしてするものである。

具体的には、戦後40年以上、産業用電子機器や・民生用電子機器、近年では、アニメ・ゲーム・フィギア等の特徴的な卸売・小売業集積地として発展してきた東京の秋葉原地区を対象として産業集積の特徴と集積持続のメカニズムの分析を行った。

秋葉原地域に関する既往研究では、主に卸売・小売業の集積地としての一面への着目が高く、その背後にある製造業の役割や、企業相互の密接な関係を可能とする都市の物的な構造に関する分析は必ずしも十分ではなかった。そこで、本論文では、秋葉原地域における製造業から小売業にいたる重層的な産業集積とそれを支える都市基盤の特徴を解明することによって、総需要が減少する中で、地域がその特性を生かして経済的に発展していく方策を考察した。

本論文では、秋葉原地域では、かつての"新しい仕事"が、時代とともに"古い仕事"になり、さらなる"新しい仕事"が出現するというサイクルが保たれることで、地域内の業種や集積地区の変化が促され、結果として秋葉原地域の経済が持続的に発展するというメカニズムを持つことを実証的に示した。持続的成長の促進要因は、 "地域特化"と"多様性"の適度なバランスの確保にある。"多様性"の源泉として、個々の事業者による戦略的な事業展開の1手法としての業種や業態の変更があることを明らかにした。

阻害要因としては、地区内の従業者数に占める特定の業種の比率の上昇(地域特化の進行)による競争係数の上昇(競争環境の悪化)や、個々の事業者による外部環境の変化への対応力不足があげられている。

こうした分析を踏まえて、"古い仕事"が"新しい仕事"へと変化していく経済の発展のメカニズムと、ジェイコブスがいう持続的成長の公式『D(古い仕事)+nTE(集積の原動力)+A(試行錯誤)→nD(新しい仕事)』との関連を導いている。秋葉原地域における「nTE」とは、地域内の特定産業事業者間のコミュニティによる需要情報の交換、顧客需要をとらえるための"兼業"、小売業の存在による質的需給結合結にあり、これらは小企業が新しい仕事を探し、創り出すために行うする、需要搬入のための取組みに該当する。「A」は、地域内での業種・業態の変更や地域外での事業展開、地域外から既存集積を目指しての新規企業が参入することで実現するによる新規市場創造に該当するとした。秋葉原電気街に有利な流通システムが構築され、総需要が拡大する時代においては、経済の持続的成長の公式で示されるように「D」を「nD」へと変化させる「nTE」、「A」が自立的に起こりえた。しかし、流通システムが変化し、需要が一律に拡大しないこれからの時代においては、この公式の成立性は低くなる。「nTE」、「A」を起こすためには、地域としての顧客情報の共有に加え、産学連携による技術開発や新しい市場の開拓を通じた積極的な需要獲得方策が求められる。これらは地域としてのマーケティング機能(「M」)と言い換えられる。

こうしたことから、本論文では、秋葉原地域における今後の経済の持続的成長の公式は『D+(nTE+A)*M→nD』と修正することが望ましいとしている。

さらに、秋葉原地域においては、秋葉原電気街という偏りの大きい商業の存在により、事業所と商業を1次的用途とする、2次的多様性を育みうる混用地域が実現されており、これが秋葉原同地域の活力の源泉となる都市基盤であるとの結論を得ている。

秋葉原地域は、全体としては62%が築30年以上の古い建物で占められた、古い建物と新しい建物が混在する地域であることが明らかになった。しかしが、現状では古い建物があることが必ずしも「新しい1次的な多様性を抱き温める」ことにはつながっておらず、そうするための別の仕組みが必要であると述べている。秋葉原地域には住宅集積はあるものの、一定の住宅集積そ(人口密度)がみとめられたが、この存在は事業所・商業が拡大・縮小する際のバッファーとして機能するにとどまり、住宅集積それ自身が多様性の創出に影響を与えているとはいえないとした。しかし、住宅集積はその存在が結果として住民による新しい都市の1次的用途を生み2次的多様性の創出につながるという意味で、都市基盤という観点からの必要性が高いとの結論を得た。

このように実証研究によって得られた知見は、秋葉原における基幹産業の変遷と、都市の構造を生き生きと描き出しており、他の地域への応用が可能な理論の強化を果たしたという点で、都市の発展メカニズムを解明する貴重な研究となった。

よって本論分は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

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