学位論文要旨



No 120812
著者(漢字) 本田,亜起子
著者(英字)
著者(カナ) ホンダ,アキコ
標題(和) 夫婦のみ世帯における老老介護 : 夫介護者による食事の支度に焦点をあてて
標題(洋)
報告番号 120812
報告番号 甲20812
学位授与日 2005.12.21
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2586号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 真田,弘美
 東京大学 助教授 上別府,圭子
 東京大学 教授 甲斐,一郎
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 江藤,文夫
内容要旨 要旨を表示する

緒言

近年、夫婦のみ世帯の増加や女性の有職率の増加に伴い、介護の担い手は子や嫁から高齢の配偶者へ移行している。高齢の介護者は、介護者自身も健康問題を抱えていることが多く、また、夫婦のみ世帯では、家庭内の人的資源が配偶者に限られるため、在宅介護の中断につながりやすい。夫婦のみ世帯の高齢者が希望する限り在宅での生活を継続するためには、介護者の健康維持や介護負担の軽減が重要な課題といえる。

配偶者間の介護について、欧米では介護者の性差に関する報告が多くみられるが、本邦では、これまで介護者の殆どを女性が占めていたため、男性介護者を対象に含む研究は少ない。しかし、夫婦のみ世帯の増加に伴い、夫が妻を介護するケースは急増している。高齢の夫婦では妻が家事役割を担うことが多く、夫が妻の病気などをきっかけに家事および介護を行う際には、妻が夫を介護する場合とは異なる特有の問題が生じると考えられるため、夫介護者のニーズを把握し、適切な支援を提供する必要がある。

そこで本研究は、都市部に居住する高齢の夫婦のみ世帯における介護状況、とくに妻介護者と比較した夫介護者の特徴と、介護負担感の関連要因の性差を明らかにすること、さらに、夫介護者の介護の遂行に伴う困難や生活上の問題点に焦点をあて、夫婦のみ世帯の高齢者が在宅での生活を継続していくための支援策について示唆を得ることを目的とした。

方法

対象および方法

対象は、東京都A区に居住する夫婦のみ世帯で介護保険の要介護度1〜5の認定を受けている高齢者を介護している60歳以上の配偶者224名である。調査は2004年2〜3月に訪問面接法により実施した(研究I)。さらに、224名のうち夫介護者81名を対象に、2004年8〜9月に再度訪問面接調査を実施した(研究II)。

調査内容

対象者の基本属性は、性、年齢、別居子の有無、住居の種類、年収とした。

被介護者の身体的状態の測定には、要介護度、拡大ADL尺度、認知症の診断および問題行動の有無を用いた。介護者の心身の状態の測定には、老研式活動能力指標、主観的健康度、抑うつ(GDS)、介護負担感(ZBI)を用いた。介護状況については、買物、食事の支度、金銭管理、外出のIADL4項目、入浴、排泄、食事のADL3項目の主な遂行者の続柄をたずねた。夫介護者を対象とした再度の面接調査では、食事の支度の遂行者、食事の支度に関する困り事の有無とその内容等についてたずねた。

分析手順

分析対象者を、夫が妻を介護している群(以下、夫介護者群とする)と妻が夫を介護している群(以下、妻介護者群とする)に分類し、各変数の比較を行った。次いで、群ごとに「介護負担感」を従属変数とした重回帰分析を実施した。結果の解析にはSPSS 12.0J for Windowsを使用した。2群の差の検定には、連続変量についてはt検定またはMann-Whitney検定、離散変量についてはx2検定またはFisherの直接確率法を用いた。有意水準は5%とした。

結果

対象者の概要および心身の状況(研究I)

対象者のうち、夫介護者群は81名(36.2%)、妻介護者群は143名(63.8%)であった。介護者の平均年齢は、妻介護者群(73.5±5.6歳)と比べて夫介護者群(77.5±7.1歳)が有意に高く、被介護者の平均年齢は、妻介護者群(78.3±6.9歳)と比べて夫介護者群(76.2±5.8歳)が有意に低かった。被介護者の要介護度、拡大ADL尺度得点、認知症の診断の有無、介護者の活動能力、主観的健康度については、両群で有意差はなかった。介護者の介護負担感尺度の合計得点は、夫介護者群と比較して妻介護者群が有意に高かった。

被介護者のIADL・ADLとその遂行状況(研究I)

被介護者のIADLのうち、「食事の支度」のみに性差がみられ、妻介護者群と比較して夫介護者群では、被介護者が食事の支度をできる割合、被介護者が食事の支度をしている割合が有意に高かった。介護者によるIADLの遂行状況をみると、妻介護者群に比べて夫介護者群では「買物」、「食事の支度」の遂行率が有意に低かった。一方、被介護者のADLには両群で有意差はなかったが、妻介護者群と比較して夫介護者群では、介護者が主に「排泄」介助をしている割合が有意に低かった。

介護負担感の関連要因(研究I)

両群に共通して介護負担感との間に有意な関連を示した変数は、認知症の診断の有無と主観的健康度であり、被介護者が認知症の診断をされているほど、介護者の主観的健康度が低いほど、介護負担感が高かった。介護負担感の関連要因で性差がみられたのは、被介護者のADL、IADL得点であり、妻介護者群では、夫のADL得点が低いほど、夫介護者群では、妻のIADL得点が低いほど、介護負担感が高かった。また、介護者によるIADL・ADLの各項目の遂行の有無と介護負担感得点との関連をみると、両群ともに「金銭管理」、「排泄」、「食事」を遂行している介護者は介護負担感が高く、夫介護者群のみ「食事の支度」を遂行している介護者は介護負担感が高かった。

夫介護者の食事の支度に関する困り事の有無とその内容(研究II)

再度の面接調査で回答が得られた夫介護者38名のうち、妻の基本的なADLは自立しているが、食事の支度ができないというケースに食事の支度に関する困り事が生じていた。夫が食事を作ることができないケースでは、全ての食事を調理済みの食品で済ませており、適切な食品や摂取量がわからないために、妻の体重増加などの問題を抱えていた。また、夫が食事を作ることができる場合でも、「毎日献立のことばかり考えている」、「味付けがわからない」など食事の支度に困難を感じていた。一方、妻が基本的なADLに介助を要するケースでは、夫介護者が一定程度以上の調理技術を有している者も多く、食事の支度に関する困り事は挙げられなかった。

考察

妻介護者と比較した夫介護者の特徴

夫介護者群と妻介護者群では、被介護者および介護者の身体状況における性差はほとんどみられなかった。介護負担感については、先行研究と同様に妻介護者は夫介護者よりも介護負担感が高いという結果が得られた。その理由として、先行研究では妻介護者がより重症な者を介護し、家事や介護の提供量が多いことによる影響が挙げられている。本研究では、被介護者および介護者の身体状況における性差はほとんどみられなかったが、妻介護者においては性役割規範の影響や、配偶者を介護することによる心理的側面への負の影響があるためと考えられる。また、高齢の夫介護者は、介護負担感が高まると在宅介護を中断するため、介護負担感の低い者が在宅介護を継続しているということも考えられる。

被介護者のIADLおよびADLと介護者による介護遂行状況

夫介護者群では妻介護者群と比較して、介護者による「買物」と「食事の支度」の遂行率が有意に低かった。これは、性別役割分業により高齢世代の男性は家事経験が少ないことが影響していると考えられる。経験の少ない高齢の夫が食事の支度を遂行するのは難しいため、妻の健康状態が低下しても、可能な限りは妻が遂行せざるを得ない。妻が食事の支度をできなくなった時点での夫介護者の家事能力や意識、別居子の支援状況などにより、夫が遂行するか、親族や介護サービスなどの支援を受けるかという選択をしていると考えられる。

介護負担感の関連要因

介護負担感の関連要因に性差がみられたのは、被介護者のADL、 IADL得点であった。家事経験が少ない高齢男性にとって家事を効率よく遂行することは難しく、家事行為のなかでも食事の支度は毎日必要であり時間もかかるため、負担が大きいことが推察される。食事の支度の困難は、夫婦の栄養状態の悪化や身体機能の低下、さらには在宅介護の中断に関わる可能性も考えられる。そのため、夫介護者への支援を検討する際には、食事の支度等のIADLの遂行状況に着目する必要があるだろう。

食事の支度に関する困り事の有無と内容

妻の基本的ADLが低下しているケースで食事の支度に関する困り事が挙げられなかった理由としては、妻から夫へ家事役割を移行する際に生じる困難を回避できたものが在宅介護を継続していたことが考えられる。一方、妻の基本的なADLは自立しているが、食事の支度ができないケースにおいては、夫介護者が食事を作ることができない場合、適切な食事を摂取するための支援が不可欠であることが示唆された。夫介護者が食事を作ることはできる場合でも、調理に不慣れなために困難が生じていたことから、配食サービスやヘルパーによる現行のサービスだけではなく、調理方法の指導を行うなど介護者が家事を円滑に進めるための新たな支援が必要であろう。

結論

本研究の結果から、高齢の夫婦のみ世帯における夫介護者については、妻のIADL、なかでも「食事の支度」の遂行に関するアセスメントが必要であり、妻が食事の支度をできなくなった時点で、夫が家事を効率よく遂行するための新たな支援策を検討する必要があることが明らかになった。本研究は、都市部の一地域に限られた調査であり、結果の一般化には慎重を要する。しかしながら、今後、夫婦のみ世帯が増加していくなかで、夫が妻を介護するケースに着目し、食事に関する問題点を明らかにした本研究の結果は一定の意義を有すると考える。夫介護者に対する支援を早期に行うことにより、高齢夫婦が無理なく在宅生活を継続することができ、在宅介護の中断を減らすことができる可能性もある。本研究の結果は、夫婦のみ世帯の高齢者が在宅で介護を継続していくための支援策を検討する際の一助となりうると考える。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、都市部に居住する高齢の夫婦のみ世帯における介護者224名を対象に、妻介護者と比較した夫介護者の特徴および介護負担感の関連要因の性差を明らかにすることを目的に訪問面接調査を実施した。さらに、224名のうち夫介護者81名を対象として、食事の支度の遂行状況、世帯外の支援の状況、食事の支度に関する困り事の内容を明らかにし、支援の必要な対象者と支援内容について検討することを目的に、再度訪問面接調査を実施し、下記の結果を得ている。

夫婦のみ世帯の夫介護者の特徴

夫婦のみ世帯の夫介護者の特徴として、妻介護者と比べて、情緒的サポートを受けていない者が多く、介護負担感が低く、「買物」「食事の支度」「排泄介助」の介護者による遂行率が低いことが示された。

介護者の介護負担感の関連要因

介護負担感の関連要因に性差がみられたのは被介護者のADLおよびIADL得点であり、妻介護者群では、被介護者である夫のADL得点が低いほど、夫介護者群では、被介護者である妻のIADL得点が低いほど、介護負担感が高かった。これより、夫介護者の介護負担感は、被介護者のIADLの影響を受けることが示唆された。

夫介護者の食事の支度に関する困り事の有無と内容

夫介護者による「食事の支度」の遂行に関する困り事について検討したところ、被介護者である妻の基本的なADLは自立しているが、食事の支度ができないケースでは、夫介護者に食事の支度に関する困難が生じていることが示された。夫介護者が食事を作ることができない場合や、食事を作ることに慣れていない場合には、適切な食生活を維持するために、調理方法の指導を行うなどの新たな支援の必要性が示唆された。

以上、本論文は、夫婦のみ世帯の増加に伴い高齢の夫が妻を介護するケースが増えているなかで、本邦では先行研究の少ない夫介護者に着目し、妻介護者と比較した夫介護者の特徴や問題点を明らかにした点に独創性が認められる。また、なかでも夫介護者に生じる食事の支度に関する問題に焦点をあて、在宅介護を継続するために必要な支援内容を明確にした点において、臨床的応用性が高く、学位の授与に値するものと認められる。

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