学位論文要旨



No 120813
著者(漢字) 工藤,正子
著者(英字)
著者(カナ) クドウ,マサコ
標題(和) 重層的世界におけるジェンダーの再編と自己の再定義 : パキスタン人ムスリム移民の妻たち
標題(洋)
報告番号 120813
報告番号 甲20813
学位授与日 2005.12.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第603号
研究科 総合文化研究科
専攻 超域文化科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 船曳,建夫
 東京大学 教授 関本,照夫
 東京大学 教授 上野,千鶴子
 東京大学 助教授 名和,克郎
 東京大学 助教授 長谷川,まゆ帆
内容要旨 要旨を表示する

本論文の狙い

本論文は、現代の国際移動を背景に生じるジェンダー関係と自己像の再編のプロセスを、パキスタン人ムスリム男性と結婚をした日本人女性たちの事例から記述・考察するものである。分析において特に着目するのは、自社会で生活する通婚女性の日常に、妻・母、或いは嫁・娘としての役割ゆえに形成される重層的な社会関係の在り方である。そうした生活世界におけるジェンダー関係とその再編のプロセスを記述すると共に、結婚手続きでイスラームへの入信を要請される女性たちが、その後の過程で「改宗ムスリム」としての自己をいかに再解釈・再定義していくのかを考察することが本論文の狙いである。

問題意識

本論文の問題意識は次の3点にまとめることができる。

これまでの移動のジェンダー分析は主に、家族や単身で移動する女性を対象としてきた。しかし、物理的な移動以外にも様々な意味での「越境」を経験する女性たちが存在し、その「越境」の様態は今後さらに多様化することが予測される。本研究は、「外国人労働者」との通婚をそうした女性たちの越境の一つと捉え、現代の国際移動においていかにジェンダーが他の差異と交差し、女性の役割が再配置されていくのかを明らかにしようと試みる。

近年、通婚した女性の経験を、ジェンダー・国家・エスニシティなどの社会・経済的な構造や諸要因との関連で理解することの重要性が指摘されているが、そうした新たな試みでは主に、夫の国で暮らす女性の周縁性に焦点が当てられ、自社会で通婚家族を形成する女性たちの経験は断片的に扱われてきた。自社会に生きつつ、家庭内外において、ジェンダーをはじめとする複数の差異が交差する女性たちの生活世界を理解し、そこで生じる多面的な自己の再定義プロセスに目を向ける必要がある。パキスタン人を夫とした日本人女性たちの経験を明らかにする本論文の試みは、これまで主に「外国人」の経験を通して理解されてきた日本の「多文化化」の状況を、受け入れ社会の成員の側から照射しようとする作業としても位置づけられる。

1980年代以降の日本に増加した超過滞在者との結婚については、日本人女性との結婚により滞在が合法化される男性側の戦略性が強調され、女性の側からの結婚への意味づけは等閑視されてきた。また、通婚女性の意識や実践の変容プロセスを理解しようとする試みでは、夫側の文化に同化するか否か、という二者択一的な視点が取られることが殆どであった。そこには共通して受動的な存在としての女性が想定されており、自社会で多重の周縁性を経験する女性たちの主体的な意識の再構築過程を明らかにしていく必要がある。

議論の概要

法務省統計によれば、2002年末に在日するパキスタン人(正規滞在者)8,225人のうち1,551人が「日本人の配偶者等」のビザで滞在する。その殆どは男性であり、日本人女性との結婚は、「外国人労働者」の来日がピークを越え、滞日長期化が進んだ1990年代に顕著に増加した。本論文の記述は、これら夫婦の居住地が集中する関東圏で40名の日本人女性配偶者を主な対象者として行った調査にもとづいている。調査では、個別の聞き取りと併行して、モスクなどでの女性ムスリムの集りで参与観察を行い、パキスタンでも、夫方親族のもとに滞在する女性たちを中心に現地調査を行った。

本論文は、序論と結論のほか9つの章から構成されている。

序論では、国際労働移動のジェンダー分析、通婚、在日外国人という3つの領域における先行研究を批判的に検討するなかで、本論文の目的と意義を明らかにする。

第1〜3章は、議論の背景となる結婚までの経緯を議論する。

第1章では、パキスタン人男性の来日経緯を論じる。まず送り出しと受け入れの双方のマクロな経済要因を概観した後、移動する当事者に視点を移し、親族集団の在り方やその威信獲得への意欲が、人々を海外労働へと駆り立ててきたことを示す。しかし、来日移動はときに親族集団への強い義務感と、個としての自らの欲求との齟齬の中で生じている。そうした状況のなかで、移動者が、送り出し社会に自らをつなぎとめる象徴的行為としての送金によって、親族内における男性としての威信を確立していることを指摘する。

第2章では、女性たちが「外国人労働者」の夫たちと出会い、結婚を決断するまでの経緯を論じる。パキスタン人男性との結婚増加が、国際労働移動だけでなく、日本におけるジェンダー構造や女性の結婚観の変容を含めた、より広い社会的プロセスの中から生じたものであることを示す。

第3章は、実際の結婚成立までに女性たちが直面する、日本とパキスタン双方での他者イメージや、双方の国家から要請される手続き−イスラームへの入信や、夫の在留資格の取得−が、結婚初期の生活経験と認識にいかに作用したかを論じる。

第4〜9章は、結婚後に女性たちの日常に現われてくる重層的な文脈を個別に論じる。

まず、第4章では、滞日長期化に伴う在日パキスタン人男性のネットワーク形成を、自営業への移行や、モスク設立などの「イスラーム」的な空間の出現に着目しつつ論じる。自営業への移行については、妻の日本人としての様々な資源が動員される点も指摘する。

第5章では、上記のような男性ネットワーク形成のなかで、送り出し社会の概念である「パルダ(男女隔離)」や、その実践に依存する男性の「イッザト(名誉)」の概念が再構成されてきたことを論じる。その過程では夫の名誉のために、日本人女性配偶者たちが「慎ましい」妻として、パキスタンのシャルワール・カミーズやドゥパッターを身につけることを期待されるようになる。

しかし、そうした実践が在日パキスタン人の眼差しを意識した状況的なものにすぎないのに対し、第6章では、より「本来のイスラーム」に基づいたヒジャーブを、日常を通して被り始める女性たちに着目する。その背景には、夫たちの関係性とは大きく独立して形成される日本人女性ムスリム同士の勉強会その他の集いがある。そこでの関係性を通じて、結婚時点の「形だけの入信」から「第二の入信」と呼ばれる、より意識的な「ムスリム」としての自己規定が生まれるプロセスを、個々の聞き取り結果をもとに記述する。

第7章では、こうした女性の集りの場に焦点を当て、参加者同士の経験の共有や再解釈を通して「本来のイスラーム」が共同で構築される状況を記述・考察する。強調するのは、そこで、夫やパキスタンの夫方親族で見た「イスラーム的」実践が、より批判的に捉え直される点である。そうした相互行為を通じて女性たちは、「ボーン・ムスリム」というカテゴリーの構築とそれとの対比のもとで、イスラームを意識的に学び、選択する「改宗ムスリム」としての自己像を共に構築していく。しかし、女性たちの集りにおいてそうした強い求心力が働く一方で、参加者は相互に様々な差異も感じており、そうした差異の認識と解釈によって、更なる自己像の精緻化がはかられている点にも注意する。

第8章では、家庭内領域、特に、夫方親族との関係性とムスリムとしての子育てに焦点を当てる。まず、パキスタンへの送金や親族の相互訪問の状況と、それらの行為が女性たちにもつ意味合いを論じる。次に、日本で子の「イスラーム的身体」を育成する上での女性たちの役割を明らかにする。最後に、日本とパキスタン、或いは第三国という複数の拠点をもつ家族形態が近年出現しつつあることを指摘し、その背景に、夫方親族の経済戦略や子の宗教教育だけでなく、様々な要因が複合的に関与していることや、通婚女性の多重な役割が、家族の分散によって再配置されていくことを示す。

第9章では、子が就学期を迎える中で重要となる、地域社会での関係性に目を向ける。女性たちは、ここまで論じてきた重層的な文脈を生きつつ、「妻」「母」として、非ムスリムが主体の地域社会との媒介役割を果たすようになる。そうした役割を果たすなかで、「日本人」でありながら「ムスリム」である女性たちの「矛盾」に主流社会から向けられる眼差しは、「改宗ムスリム」としての更なる自己の再定義プロセスや衣の実践の再構成へとつながっている。この章では、自社会で多重な周縁性を共有するパキスタン人の日本人女性配偶者の間に強固な「我々」意識が形成されていることや、その一方で、日本で別の周縁性を経験するマイノリティとの結びつきが生まれていることも指摘する。

以上の章で示されるように、自社会に生きる女性たちの日常には重層的な文脈が構成されるが、女性たちは、その間を単に往還するだけでなく、自社会との媒介役割などの多重役割を担うがために、常にそのそれぞれを参照せざるをえない日常を生きている。このように複数の参照点をもつことで、女性たちによって「女性」や「改宗ムスリム」であることの意味が絶えず再解釈され、その結果、単に夫たちへの「同化」か否かという図式には還元できない意識と実践の変容プロセスが生まれている。

結論では、ここまでの議論を総括した上で、1)通婚女性の身体実践にみる文化の再生産役割と、2)女性の労働の再配置という二つの観点から本論文の事例が示唆するところを考察する。最後に、単身で移動した男性と婚姻関係を結んだホスト社会の女性の位置には、移民女性とは別のかたちで様々な差異と力関係が複雑に入り組んでおり、その状況を明らかにするには、男性側の「名誉」の言説や、女性の複合的な周縁性を理解するだけでなく、そうした状況に対する女性たちからの能動的な意味づけにも注意を払う必要があることを指摘する。

審査要旨 要旨を表示する

工藤正子氏の論文、『重層的世界におけるジェンダーの再編と自己の再定義-パキスタン人ムスリム移民の妻たち-』は、国際移動を背景に、日本社会に労働移動してきたパキスタン人男性と結婚をした日本人女性が、自社会においてジェンダー関係と自己像を再編していくプロセスを論じたものである。調査は、主として1998年4月から2001年1月まで、条件に該当する日本人女性たち40名を主たる対象に、インタビューと参与観察の方法を用いて関東圏で行われたが、2001年以降も2005年1月までデータの補足を継続し、また、1999年11月から12月には夫であるパキスタン人男性の出身地の、パキスタンのカラーチーとラーホールでもデータの収集を行った。

本論文は、序論と結論のほか、9つの章から構成されている。

序論において論者は、ジェンダー分析、通婚、在日外国人という3つの領域における先行研究を批判的に検討するなかで、これまで国際労働移動に関わる女性の移動のジェンダー分析が、移動する女性を中心として研究され、また、通婚した女性たちについての考察も、夫の国で暮らす場合の周縁性に、より強い関心を払われてきた、と指摘する。しかし、自社会に居住する女性が外国人労働者と結婚をすることは居ながらにしての「越境」と考えられ、さらに、自社会に生きるからこそ起きる、より多層的なジェンダーの変容があると予想される。論者はこうした見通しのもとに、パキスタン人ムスリム男性と結婚をした日本人女性の調査を開始した。その調査の過程で論者は、1980年代以降の外国人労働者と日本人女性との結婚についてのこれまでの考察では、その結婚により滞在が合法化される男性側の戦略性が強調されてきたこと、結婚した日本人女性の変容の問題に対しては、夫側の文化に同化するか否かという二者択一的な視点が取られてきたことに疑問を抱いた。論者はそこから進んで、そうした日本人女性たちを受動的な存在としてとらえるのではなく、自社会で多重の周縁性を経験しつつ、主体的かつ戦略的に状況と交渉しながら新たな生活を実践していく存在として、その変容のプロセスを明らかにすることの重要性を説くに至った。

この序論の主張を踏まえて、第1章から第3章までは、議論の背景となる、日本人女性とパキスタン人ムスリム男性との結婚までの経緯が記述、考察される。

第1章では、パキスタン人男性が来日するまでの経緯を描く。そこでは、両国のマクロの経済要因から、個人的な欲求までが指摘され、自分の親族集団への義務感と、移動先の社会での自己の欲求との相克の中で、彼らの親族への送金が自らを出身集団につなぎ止めかつ親族間における威信を維持する役割を果たしていることが説明される。第2章と第3章では、日本人女性たちがパキスタン人の男性と出会い、結婚をするまでの経過が描かれる。そうした出会いは、国際的な労働力の移動といった現象だけではなく、日本社会における女性たちの結婚観やジェンダー観の変化が影響を及ぼしている。また、結婚に至るまでの過程で、日本とパキスタン双方の他者イメージの変化や、双方の国家が要請する法的な諸問題などが、彼らの結婚生活の初期に及ぼした影響を述べる。こうした叙述が主として40名の日本人女性とのインタビューから構成されていることはのちの章も同じであるが、第1章と、続く第4章では、パキスタン人の夫からの聞き取りも重要なデータとなっている。

第4章から第9章では、本論文の主たる分析内容である、結婚後の日本人の章たちの生活と、そこにおける、時には試練とも言える、彼女たちの変容のプロセスとその中でのさまざまな段階とが記述、考察される。

第4章では、滞日長期化に伴う在日パキスタン人男性のネットワーク形成と、それに対して日本人の妻たちが、ある場合は積極的に関与していく様子が描かれる。第5章では、そうした男性ネットワークが形成されるにつれ、夫たちは、彼らの「イッザト(名誉)」を保持するために、出身社会の価値であるパルダ(男女隔離)や、シャルワール・カミーズやドゥパッターという衣服を身につけることを妻たちに要求することが記述される。しかし、第6章では、結婚初期における、そうした夫の要求に応えて貞淑な妻であろうとすることは、単に在日パキスタン人男性たちのまなざしへの状況的な対応であったことが指摘される。次第に、妻たちはイスラームに深く関わるようになり、前記の衣服よりさらに「本来のイスラーム」に基づいていると彼女たちが考えるヒジャープを、日常を通して被り始めるようになる。論者はその背景に、妻たちが彼女たちのネットワークなどを通して、自主的に参加する日本人女性ムスリム同士の勉強会、その他の集いがあることを見いだす。すなわち、結婚時における「形だけの入信」から「第二の入信」と呼ばれる段階に至り、より意識的な「ムスリム」として自己をとらえていくプロセスが開始されるのだ。そして論者は、こうしたプロセスの中にも、全ての女性たちが同じ変容の過程を経るのではないことを周到に指摘している。この箇所は本論文中の白眉とも言えよう。

第7章では、このような集まりで妻たちが、積極的にイスラームを学び、夫たちが日本や故国で実践するイスラームを、ローカルなものであると相対的に認識し、しだいに自分たちがボーン・ムスリム(生まれながらのムスリム)ではないことの負い目を払拭し、自らを「改宗ムスリム」として鍛え直していくことが描かれる。しかしこうした、かつての自分から、より強くムスリムとしての自己像を作り上げていく中で、必ずしも個々の女性たちは単線的に一様な変身の道を進んでいるのではない。第二の入信の後に、再び衣服や飲食などにおけるムスリムの実践の徹底に距離を置く者や、他の妻たちと同じようには実践出来ない自分を、十全ではないムスリムとして責めるのではなく、さまざまな自己解釈を行う者もおり、各自において個別の自己像の精緻化が計られていることが見られる。

第8章では、ムスリムとしての子育てに焦点が当てられる。そこでは、パキスタンの夫方親族での子どもの養育や、夫方の親族メンバーとの交流などが描かれる。また、日本とパキスタンを行き来するだけではなく、第三国に生活の拠点を持つ家族もいる。ここには、子どもたちが成長するにつれ、また仕事が発展するに従い、家族のあり方や養育の仕方にさまざまな戦略が取られるであろうことがかいま見られる。第9章では、まだイスラーム学校のないこともあり、彼女たちの子どもが日本の学校制度に入らざるを得ない状況で、その重要さを増す地域社会との関係性について考察がなされる。そこでは、ムスリムであることと日本人であること、という、第一義的な矛盾が、より広い、例えば学校といった社会的な文脈の中で対応を迫られる。また、他のアジア系外国人や「在日」の人々との接点も生まれ、日本社会でマイノリティ性を共有する人々との結びつきも生まれて来ている様子が描かれる。

結論では、以上の議論から、通婚女性の身体実践にみる文化の再生産役割と、女性の労働の再配置という二つの点から、本論文を振り返る。そして論者は、再び、自社会で労働移動してきた男性と結婚した女性たちが、移民女性とは違うかたちでの、ある意味でより複雑な文脈の中で、ジェンダーと自己像の再編を行っていることを指摘して本論を閉じる。

本論文は、パキスタン人ムスリム男性と結婚することによって困難な問題に直面し、必ずしも外部の人々に開放的な態度を取らない少数の女性たちを、複数のモスクの女性の集まりへの継続的参加を通じて、広い関東圏の中に個別訪問し、懇切なインタビューを行い、次第に信頼を深めつつ、関係の編み目を広げながらデータを収集していくという、非常に困難なフィールドワークから成り立っている。しかし、それゆえにその産物としての本論文は、対象者の数の少なさを補ってあまりある、丁寧にして、細部にわたる、量で圧倒するタイプとはまた違った種の丁寧で詳しい記述となった。そのことに審査委員会は一致して高い評価を与えた。また、序論に書かれた従来の研究の批判の上に、自社会で生活する移動労働者である男性との通婚女性の日常に、妻であり母である、また嫁であり娘である役割ゆえに形成される、重層的な社会関係の在り方が述べられ、その記述の中に結婚生活の進行と共に、「形だけの入信」から「第二の入信」へと進むプロセスに生まれるダイナミズムがみごとに摘出されたことも、文化人類学における移動に関わるジェンダーと自己像の再編の研究に大いなる貢献を成したものと、多くの審査員が認めた。

他方、分析の過程に現れる、「ボーン・ムスリム」や「パキスタン」というカテゴリーの指し示すものが、対比を強調するあまり実際の多様性を欠いたものとなっていること、「身体」といった概念の取り扱いに注意が十分ではないことなどが問題点として挙げられた。さらに、この論文を家族社会学の現在の水準から見ると、そこで当然のこととして問題となっている、たとえば、夫婦間勢力関係といったテーマが、論者の考察に明示的には主題化されていないことが指摘され、それゆえに、豊富なデータが生かされていない憾みが残る、との意見も出された。また、ムスリムに適応した事例のみに集中し、失敗例や破綻例が挙げられないことは、この論文の輝きを増す可能性を自ら逃しているとも言えよう。しかし、こうした諸点は、本論文の価値そのものを否定するものではなく、たとえばそうした異なる事例の探索や、イスラームの規範ゆえに困難であった男性へのインタビューを実現させ、夫からの視点を獲得するなど、ここに得られた成果の、今後の発展の余地を示唆するものとして考えることが出来る。

以上により、本論文提出者は文化人類学の研究に対して重要な貢献をなしたと評価される。従って、審査員一同は、本論文提出者は博士(学術)の学位を授与されるに充分な資格があるものと認める。

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