学位論文要旨



No 120816
著者(漢字)
著者(英字) Sean,Toczko
著者(カナ) ショーン,トシコ
標題(和) 太平洋亜寒帯域およびベーリング海における甲殻類マイクロネクトンの分布、群集構造、および摂餌生態に関する研究
標題(洋) The distribution,community structure and feeding ecology of micronektonic crustaceans in the subarctic Pacific and theBering Sea
報告番号 120816
報告番号 甲20816
学位授与日 2005.12.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2929号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 水圏生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西田,周平
 東京大学 教授 寺崎,誠
 東京大学 教授 青木,一郎
 東京大学 助教授 津田,敦
 横浜国立大学 教授 菊池,知彦
内容要旨 要旨を表示する

甲殻類マイクロネクトンは主に十脚類、オキアミ類およびアミ類から構成され、海洋の表層から深層まで広く分布している。これらは魚類マイクロネクトンとともに海洋食物網において動物プランクトンと高次捕食者をつなぐ、重要な役割を果たしていることが指摘されている。太平洋亜寒帯域とベーリング海における魚類と動物プランクトンの漂泳食物網への寄与については近年多くの研究がある、動物プランクトンの捕食者でもある甲殻類マイクロネクトンに関する知見は限られている。とくにオキアミ類以外の甲殻類マイクロネクトンに関する知見は他海域においても少なく、甲殻類マイクロネクトン全体の食物網に対する評価を行うには情報が乏しいのが現状である。また十脚類とオキアミ類の摂餌生態については太平洋の東西両海域からの知見があるが、アミ類の摂餌生態に関する研究はきわめて少ない。そこで本研究は太平洋亜寒帯域およびベーリング海における甲殻類マイクロネクトンに関する1)群集構造と多様性、2)鉛直分布、3)十脚類およびアミ類の優占種における摂餌生態を明らかにし、4)太平洋亜寒帯域の食物網における甲殻類マイクロネクトンの役割を評価することを目的とした。

甲殻類マイクロネクトン群集

ベーリング海と北太平洋亜寒帯域の19測点において、浮遊性甲殻類(十脚類、オキアミ類アミ類)のバイオマス、個体数、種多様性及び群集構造を明らかにした。採集には1997年7〜8月にアイザックス・キッド中層トロール(IKMT;網口面積7.3m2、目合1mm)を用い、深度0〜1000mで傾斜曳の採集を行った。十脚類は10属15種、オキアミ類は8属16種、アミ類は6属10種が出現し、未記載種や本海域初報告となる種はいなかった。また本海域における中層性アミ類の個体数密度とバイオマスを推定した。甲殻類マイクロネクトンのバイオマスは西部亜寒帯域で最も高いが、東部亜寒帯域とは有意な差はみられなかった。十脚類とオキアミ類のバイオマスのピークは西部亜寒帯域でみられ、これは暖水塊や高濃度の植物プランクトンと関連していると考えられた。一方アミ類のバイオマスのピークはベーリング海でみられた。種多様性(H')は十脚類とオキアミ類では西部亜寒帯域よりも東部亜寒帯域で高いが、アミ類は西部亜寒帯域で最も高かった。クラスター分析によって群集構造の類似度を調べた結果、各動物群は3〜4のクラスターに分けられた。アミ類は測点間の類似度が最も高く、次いで十脚類、オキアミ類となった。この群集構造の違いは、生息深度の違いと関係するものと考えられた。すなわち、アミ類は中・深層に多くが生息し、鉛直移動も限られるため、生息環境の地域差が小さく、地理的により高い類似性を示したと考えられる。一方、オキアミ類の優占種は表層への日周鉛直移動を示し、表層における環境の違いを反映した異なる種が群集を構成したと考えられ、このことが低い類似性の要因となるものと考えられた。十脚類はオキアミ類とアミ類の中間的な鉛直分布様式を示したため、十脚類群集の類似性が両者の中間的な値を示したものと考えられた。

甲殻類マイクロネクトンの鉛直分布パターン

北太平洋亜寒帯域の西部、中部、東部およびベーリング海外洋域の各1測点において、甲殻類マイクロネクトンの鉛直分布を明らかにするために昼夜の観測を行った。試料はRMT8(網口面積8m2、目合4.5mm)を用いて、深度0〜1000m間において12層の鉛直区分採集により得られた。十脚類は11属17種、オキアミ類は7属13種、アミ類は4属5種が出現し、未記載種や本海域初報告となる種はいなかった。各海域の全甲殻類マイクロネクトンのバイオマスは1.4〜4.8gWW/m2の範囲を示し、西部亜寒帯域が最も高かった。甲殻類マイクロネクトンの鉛直分布構造は、昼夜共に、表層一中層群集と中層群集に明瞭に分けることが出来た。オキアミ類の優占種Euphausla pacifica、Thysanoessa inspinata及びT.longipesは、昼間はより深層に分布し、夜間は海水面あるいは水面付近にバイオマスのピークを示し、広範囲の日周鉛直移動を示した。アミ類の優占種3種の内Gnathopausia gigasのみは日周鉛直移動の傾向がみられたが、Eucopia grimaldiiとBoreomysis californicaは昼夜ほぼ同じ深度に分布した。Sergestes similisでは夜間のバイオマスのピークは表層に位置し、最も広範囲を移動する十脚類であった。Hymenodora frontalisは夜間中層内で上昇する傾向がみられ、昼間より100m浅い深度にピークが見られた。また、オキアミ類が優占する表層内の種多様性は、十脚類とアミ類が優占する中層よりもより多様だった。

甲殻類マイクロネクトンの優占種における摂餌生態

甲殻類マイクロネクトンのうち摂餌生態の知見に乏しい十脚類とアミ類の食性を明らかにするため、北太平洋亜寒帯域の4測点においてRMT8を用いた昼夜12層の鉛直区分採集を行った。得られた試料から個体数で優占する十脚類3種(Sergestes similis、Bentheogenema borealis、Hymenodora frontalis)およびアミ類1種(Eucopia grimaldii)を実体顕微鏡下で解剖し、消化管内容物を分析した。摂餌選択性、消化管充満度、および消化の程度を調べ、生息深度や時間、性別による違いを調査した。さらに、餌の分布との関係を調査するために、RMT1を用いて同時に採集した餌生物の深度分布と、甲殻類マイクロネクトンの消化管内容物の分析結果を比較した。十脚類3種の内容物からはカイアシ類、ヤムシ類、十脚類、オキアミ類およびアミ類の破片が確認された。一方、アミ類の内容物は不定形の物質のみが消化管後部に存在した。これらの内容物は、種内では雌雄による摂餌パターンの違いは見られず、海域間でも有意な違いはみられなかった。十脚類はおもに肉食性であったが、3種間で消化管内容物に違いがみられ、特にSergestes similisは最も多様な内容物を含んでいた。しかしながら、この違いは摂餌の嗜好性を反映するものでは無く、その摂餌方法の違いに関連するかもしれない。すなわち、摂餌時に餌生物が細断される程度は捕食者の種によって異なり、その結果、内容物組成が種間で異なることが考えられる。そのため、より詳細な摂餌パターン、とくに種間や海域間における違いを明確にするためには、餌生物の種レベルでの定量調査が必要であると考えられた。

太平洋亜寒帯域の食物網における甲殻類マイクロネクトンの役割

これまでの食物網の研究では、甲殻類マイクロネクトンの特定の種や分類群(オキアミ類やSe rgestes属十脚類)のみが注目されていた。しかしながら本研究によりアミ類を始めとした他の甲殻類マイクロネクトンが高いバイオマスをもつことが示され、食物網の理解にはこれらの影響力を再検討する必要性が指摘された。そこで、本研究で得られた甲殻類マイクロネクトンの水平および鉛直分布と摂餌生態に関する定性調査の結果に、捕食圧に関する既往の知見を加えて解析を行い、食物網における甲殻類マイクロネクトンの重要性を推定した。この結果太平洋亜寒帯域における甲殻類マイクロネクトンの捕食圧は、ハダカイワシ類等の中層性魚類と同程度であることが示唆された。これによって、甲殻類マイクロネクトンはカイアシ類の生産に多大な影響力をもち、また捕食者にとって重要な食物資源となっているものと考えられた。漂泳区全体の食物網における甲殻類マイクロネクトンの重要性に関しても論議した。

以上本研究により太平洋亜寒帯域における甲殻類マイクロネクトンの群集構造、鉛直および水平分布、および優占種の消化管内容物に関する新知見を得た。また各海域間の生物量や分布様式の違いを浮遊性十脚類、オキアミ類およびアミ類で比較した結果、十脚類とアミ類は従来過小評価されていたことが明らかになり、それらの食物網における重要性が示された。今後、甲殻類マイクロネクトンの摂餌生態と栄養構造への寄与をより明確にするためには、消化管内容物の定量的な分析が必要であると考える。

審査要旨 要旨を表示する

甲殻類マイクロネクトンは主に十脚類、オキアミ類およびアミ類から構成され、海洋の表層から深層まで広く分布している。これらは魚類マイクロネクトンとともに海洋食物網において動物プランクトンと高次捕食者をつなぐ、重要な役割を果たしていることが指摘されている。太平洋亜寒帯域とベーリング海における魚類と動物プランクトンの漂泳食物網への寄与については近年多くの研究があるが、動物プランクトンの捕食者でもある甲殻類マイクロネクトンに関する知見は限られている。本研究は太平洋亜寒帯域およびベーリング海における甲殻類マイクロネクトンの群集構造、鉛直分布、摂餌生態および食物網における役割を評価することを目的とし、以下のように要約される。

第1章では、北太平洋亜寒帯域における生態系の構造と機能に関する知見を総説し、この海域の食物網における甲殻類マイクロネクトンの潜在的重要性を指摘するとともに研究の必要性と目的を明示した。

第2章ではベーリング海と北太平洋亜寒帯域の19測点において、深度0〜1000mにおける浮遊性甲殻類(十脚類、オキアミ類、アミ類)のバイオマス、個体数、種多様性及び群集構造を解析した。試料から十脚類15種、オキアミ類16種、アミ類10種を同定した。種多様性(H')は十脚類とオキアミ類では西部亜寒帯域よりも東部亜寒帯域で高いが、アミ類は西部亜寒帯域で最も高かった。クラスター分析によって群集構造の類似度を解析した結果、各動物群は3〜4のクラスターに分けられた。アミ類は測点間の類似度が最も高く、次いで十脚類、オキアミ類となった。この群集構造の違いは、生息深度の違いと関係するものと考えられた。

第3章では北太平洋亜寒帯域の西部、中部、東部およびベーリング海外洋域において、甲殻類マイクロネクトンの鉛直分布を明らかにするために昼夜の観測を行った。オキアミ類の優占種Euphansia pacifica、Thysanoessa inspinata及びT.longipesは、昼間はより深層に分布し、夜間は海水面あるいは水面付近にバイオマスのピークを示し、広範囲の日周鉛直移動を示した。アミ類の優占種3種の内Gnathopansia gigasのみは日周鉛直移動の傾向がみられたが、Eucopia grimaldiiとBoreomysis californicaは昼夜ほぼ同じ深度に分布した。Sergestes similisでは夜間のバイオマスのピークは表層に位置し、最も広範囲を移動する十脚類であった。Hymenodora frontalisは夜間中層内で上昇する傾向がみられ、昼間より100m浅い深度にピークが見られた。

第4章では十脚類とアミ類の食性を明らかにするため、北太平洋亜寒帯域の4測点においてRMT8を用いた昼夜12層の鉛直区分採集を行った。得られた試料から個体数で優占する十脚類3種およびアミ類1種の消化管内容物を分析した。十脚類3種の内容物からはカイアシ類、ヤムシ類、十脚類、オキアミ類およびアミ類の破片が確認された。一方、アミ類の内容物は不定形の物質のみが消化管後部に存在した。これらの内容物は、種内では雌雄による摂餌パターンの違いは見られず、海域間でも有意な違いはみられなかった。十脚類はおもに肉食性であったが、3種間で消化管内容物に違いがみられ、特にSergestes similisは最も多様な内容物を含んでいた。

第5章では本研究で得られた甲殻類マイクロネクトンの水平および鉛直分布と摂餌生態に関する定性調査の結果に、捕食圧に関する既往の知見を加えて解析を行い、食物網における甲殻類マイクロネクトンの重要性を評価した。この結果太平洋亜寒帯域における甲殻類マイクロネクトンの捕食圧は、ハダカイワシ類等の中層性魚類と同程度であることが示唆された。これによって、甲殻類マイクロネクトンはカイアシ類の生産に多大な影響力をもち、また捕食者にとって重要な食物資源となっているものと考えられた。

以上のように本論文は太平洋亜寒帯域における甲殻類マイクロネクトンの群集構造、鉛直・水平分布、および優占種の消化管内容物に関する豊富な新知見を提供している。また従来個別の研究で扱われていた十脚類、オキアミ類、およびアミ類の分布様式を同時採集試料にもとづき比較することにより、十脚類とアミ類の食物網における役割について興味深い論議を展開しており、学術上、応用上貢献するところが大きい。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた

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