学位論文要旨



No 120821
著者(漢字) 神代,英昭
著者(英字)
著者(カナ) ジンダイ,ヒデアキ
標題(和) こんにゃくのフードシステム研究 : 品目別視点に基づく構造論的接近
標題(洋)
報告番号 120821
報告番号 甲20821
学位授与日 2006.01.12
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2934号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 農業・資源経済学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 谷口,信和
 東京大学 教授 八木,宏典
 東京大学 教授 生源寺,眞一
 東京大学 助教授 中嶋,康博
 東京大学 助教授 小田切,徳夫
内容要旨 要旨を表示する

近年、日本人の食生活は大きく変化し、「食」の外部化や社会化が進展した。生産から消費に至るまでの間に、加工工程を経由することが一般化し、多くの産業や主体が関わるようになった。こうしたフードシステムの成長によって、豊かな食生活が実現したが、その反作用も多様な局面で発現し、深刻な社会問題も表面化している。つまり、「農」と「食」の距離が拡大し、その関係性も複雑化したのである。その結果、個々の経済主体から見れば、全体への寄与が間接的であったり、部分的であったりするため、直接的な関係性が認識されにくくなっている。このような状況下では、システムの全体像を意識的に視野におさめ、システムに沿いながら食をめぐる問題を考えていくことが必要となる。そのため、フードシステム研究に対する期待は著しく高まっている。しかし、その研究方法は必ずしも確立していないため、今なお、具体的な実証研究を必要とする段階にある。

本稿では、こんにゃくを対象とした、フードシステムの実証研究を目的としている。第1部第1章では、フードシステム研究をめぐる問題状況を整理した上で、こんにゃくが特徴的な商品特性を持つため、フードシステム研究の対象として非常に重要な品目であることを明らかにした。それは、第1に、古くから加工工程を経由する食品であるため、加工主体の性格の変化とフードシステムとの関係性について分析しやすく、そして第2に、汎用性が低いことを要因としてシンプルなフードシステムを特徴としているため、品目別分析に適しているからである。

第2部では、こんにゃくのフードシステムにおける構造変化に関して、動態的かつ総合的な把握を課題とした。具体的には、こんにゃくの商品特性と加工工程の特徴を考慮した上で、基礎条件として消費構造と加工技術に注目しながら、主体間関係の変化の解明を試みている。その際、(1)商品の生産・加工・流通(第2章〜第5章)、(2)付加価値の分配(第6章)という2つの側面から接近し、前者については、時期別の分析を行った。

第2章は、戦後から1960年代までを対象としている。基礎条件に注目すれば、消費は量的には拡大しており、加工技術は原生的な段階にあった。特に、加工技術の水準の低さが影響し、2つの局地的な原料・製品市場が併存していた。具体的には、東日本では製粉加工工程を挟む精粉法、西日本では製粉加工工程を挟まない生イモ法が主流であった。こうした原料・製品市場の地域性は、栽培歴や食習慣の形成期における地域差など、歴史性との関係が強い。

また、技術水準が低かったため、イモ・製品の低い保存・流通適性による影響も強く、流通範囲は限定されていた。この時期においては、各地域内で主体間が隣接する連鎖関係と、零細規模の主体が多数存在する「原子的」な競争構造を特徴とした。

続く第3章が対象とする1970年代から1980年代前半は、基礎条件に注目すれば、消費は量的な飽和局面に移行し、主要な加工工程において技術革新が生じた時期である。この時期には、小売主導型流通システムへの転換によってコストの削減が、また高度経済成長期の労賃コストの高騰によって省力化への対応が求められた。両者の条件を満たした精粉法が全国的に浸透し、原料・製品市場が単一化していく。つまり、基礎条件の変化に影響されて、供給システムの単一化と効率化が進行したのである。

また、各部門においては、新技術の導入者を中心とした構造変化が進行している。第1に、製造・小売部門では、包装工程や製造工程における機械導入に積極的な製造業者が、スーパーとの取引関係を獲得し、成長していく。第2に、原料供給部門では、荒粉加工工程における技術革新が決定的であったが、その導入者は1960年代以前からの大規模原料業者に限定された。そこには、機械導入に伴う資金調達や原料調達の変化が影響している。こうして製粉加工部門では、歴史的な経路に依存した構造変化が起こり、イモ生産部門にも大きな影響を与えた。こうして、イモ生産・製粉加工部門においては、1960年代以前から精粉法の経験を蓄積していた、群馬県の成長と集中が進行している。

そして第4章は、1980年代中盤以降を対象とするが、その基礎条件に注目すれば、家庭用消費量の減少と業務用消費量の増加による、消費構造の転換が顕著な時期と言える。これを背景にして、海外の供給システムが急速に整備され、国内の供給システムに対する影響力が拡大していく。

またこの1980年代中盤以降は、製品輸入が急増した時期でもあった。1990年代以降には、中国からの業務用仕向け製品が急増している。業務用仕向け製品は、作業工程において労働集約的な部分が多いため、国際的な労賃の格差が反映しやすく、中国が有利な状況にある。つまり、この時期には変化した基礎条件の下で、経済的な状況の差異を利用しながら、生産・加工・流通の垂直的な分業関係が、国際的に再編されているのである。

以上のように、第2章から第4章における、商品の生産・加工・流通関係に注目した分析によって、基礎条件の変化と副構造への影響が明らかになったと言えよう。すなわち、第1に、消費構造に注目すれば、消費の量的な飽和や減少は、供給システムを単一化させる方向に作用した。さらに消費の質的な転換は、供給システムを多様化させる方向に作用している。また、第2に、加工技術に注目すれば、技術水準が低い段階では、各地域内で主体間が隣接する連鎖関係と、競争構造における原子的な状態を特徴とした。技術革新により、工程作業や商品の品質が標準化し、大量生産・大量流通システムが形成されている。その過程の中で、連鎖構造においては、垂直的な分業関係が広域的に再編され、競争構造においては、主体の規模拡大と集中化が進行したのである。

第6章では、第2部の第2の視点である付加価値の分配関係に注目して、主体間関係の変化に接近した。商品形態別価格の対応関係に注目すると、価格形成システムに大きな変化が見られ、付加価値の各主体への分配・帰属割合も大きく変化していた。1970年代の素材重視型のフードシステムから、1980年代中盤以降は川下主導型のフードシステムに転換していたことが明らかとなった。

第1の視点である商品の生産・加工・流通面から接近すると、新技術の導入者が大規模化し、集中度を高めていくのが特徴であった。しかし、第2の視点である付加価値の分配面にも注目すれば、取扱量シェアの拡大が付加価値の分配・帰属金額の増加につながるかどうかは、部門や主体によって大きく異なっている。スーパーでは、取扱量シェアの拡大に加えて、1商品あたりの分配・帰属割合の上昇が相乗的に作用し、付加価値は大幅に増加した。その結果、小売部門における地位が高まっているだけでなく、フードシステム全体において、その影響力が大きくなっている。それとは対照的に、群馬県のイモ生産・製粉加工部門では、取扱量シェアの集中が顕著であったのだが、1商品あたりの分配・帰属割合の減少がそれ以上に著しかった。その結果、付加価値の分配・帰属金額は大きく減少している。ここで明らかなように、フードシステムにおけるメインプレーヤーが川上部門から川下部門へと大きく移動しているのである。

第3部の第7章では、こんにゃくのフードシステムの再編の方向性を検出することを課題とした。特に、付加価値の分配・帰属割合が大きく減少している川上・川中部門に焦点を当て、そのような状況への各主体の対応を分析している。そのため、現時点においてこうした問題を乗り越えているような、2つのタイプの先進事例に注目した。

第1に、他段階へ進出するタイプである。それは、1経営主体が、従来の専門的な部門に加えて、自ら他段階に進出することを指す。ここでは、農家がイモを作るだけでなく、製品の製造や販売に展開している事例を分析した。他段階へ進出する場合、その規模は小さく、自らの専門部門の特徴を強化する方向でなされていた。それによって商品が差別化され、小売価格を自主的に設定できている。さらに、他段階の機能を内部化しているため、付加価値の分配・帰属割合も上昇し、高い収益率を実現していた。

また第2のタイプは、協調・連携関係を構築する対応であり、それは系列性を持たない多段階の意思主体が、共通目的の実現のために、協調しながら連携する関係を結ぶことを指す。ここでは、有機無農薬栽培したイモの製品化を共通目標として、農家、イモ仲買人、原料業者、製造業者が連携している事例を分析した。多段階の参加主体が、各自の得意な機能を発揮しながら、協力している。それによって、新しい商品価値を実現し、高い付加価値を獲得している。また、長期間に渡る安定的な連携関係の下で、各主体の役割に応じて、付加価値が分配されている。その結果、参加主体の経営の再生産条件が安定化していた。

こうした2つのタイプに共通して、これまでの一般的な構造変化の方向性とは異なるような、他部門との関連性を深める動きが見られる。そうした行動によって各自の経営資源を強化し、総付加価値の増加や分配・帰属割合の向上が図られていた。そして、このような動きは、供給主体の側から見れば、経営の再生産条件の回復につながっている場合が多い。また消費者の側から見ても、開発された商品によって、新たに高い効用が得られている場合が多いことも明らかである。つまり、供給主体と消費者の双方にとって状況が改善されており、こんにゃくのフードシステムの再編の一つの方向性を示唆していることは間違いない。

審査要旨 要旨を表示する

こんにゃくは栽培作物・食品という観点からみたとき、次のような特徴を有している。すなわち、加工用イモの栽培期間が数年にわたるため、経営規模拡大過程において農地借入を行う場合、借地期間は最低でも数年が必要であり、1年でもよい米などの1年性作物と5〜7年以上が必要な果樹などの中間に位置し、農地流動化の理論的問題を考える上での格好の素材と見なされることである。

他方では、こんにゃくは加工を経由せずしては消費できない特性をもった伝統食品でありながら、わが国における食生活の近代化過程では1960年代末まで1人当たり消費量が増大していた。その後に1人当たり消費量は低下するものの、近年は多様な製品開発によって国内消費仕向量は停滞的に推移するとともに、イモの生産地・加工地が特定地域=群馬県への極度の集中をみた特異な食品である。

これらのことが一見マイナー食品とも思われるこんにゃくに関してこれまで多様な側面から研究が進められてきた背景にあるといってよい。本論文はこうしたこんにゃくを取り上げ、フードシステムの視点から初めて体系的に検討したものであって、この分野における研究の一里塚となるものであるということができる。

本論文は3部8章構成となっている。第1部第1章では研究史の整理を踏まえて、第1に、こんにゃくが加工工程を経由する伝統食品であるため、加工主体の変化とフードシステムの関係を理解することが容易であること、第2に、製品の汎用性が低いため、シンプルなフードシステムを特徴としていて、品目別分析に適していることが、こんにゃくを対象としてフードシステム研究を行う意義であるとしている。

第2部では基礎条件としての消費構造と加工技術に着目しながら、こんにゃくのフードシステムの構造変化を、(1)商品の生産・加工・流通、(2)付加価値の分配、の二側面から検討している。

第2章は、1960年代までを対象として、東日本の製粉加工工程を挟む精粉法と西日本の生イモ法という相異なる原生的な加工技術に基づく局地的な原料・製品市場が併存する下で、多数の零細な生産・加工・流通主体間の原子的な競争構造が支配する状況を克明に描き出したものである。

第3章は1970年代から1980年代前半までを取り扱い、消費が飽和局面に移行する中で、第1に、火力乾燥を軸とした製粉加工工程における技術革新が進行し、精粉法が全国化することを通して、群馬県へのイモ生産・製粉加工部門への集中がみられたこと、第2に、製造部門では包装・製造工程への積極的な機械導入を実現した業者がスーパーとの取引関係を獲得し、大きく成長したこと、第3に、全体としてはスーパーの急成長を通じて、小売主導型流通システムへの転換がみられたことが指摘されている。

第4章は、家庭消費量の減少と業務用需要の増加による消費構造の顕著な転換を特徴とする1980年代後半以降を対象として、海外からの原料輸入によって開始された国内供給システムへの影響が製品輸入の急増へと展開して、生産・加工・流通の垂直的な分業関係が国際的に再編される様相を検討した。

第5章は以上のような変化の過程を小括して、第1に、消費の飽和局面への到達が供給システムの単一化へ作用したこと、第2に、低位加工技術段階においては主体の隣接的な連鎖関係に基づく原子的な競争構造が支配していたが、技術革新による作業工程・商品の品質の標準化を通して、主体の規模拡大と集中化が進行したことを明らかにしている。

また第6章においては付加価値の帰属割合の変化が、1960年代の素材重視型フードシステムから1980年代半ば以降の川下主導型フードシステムへの転換によって発生している状況が明らかにされた。そこではスーパーが取扱量シェアの拡大と1商品当たりの分配・帰属割合の増加によって付加価値を相乗的に増加させているのとは対照的に、群馬県のイモ生産・加工部門では取り扱いシェアの飛躍的増大にもかかわらず、1商品当たりの分配・帰属割合の低下によって付加価値を低下させている実態が指摘されている。

第3部の第7章ではこんにゃくのフードシステム再編の二つの方向性を摘出している。すなわち、第1は特定の経営主体が他の段階へと進出するもので、規模は小さく、製品差別化を強化する方向が志向され、高い収益率が実現されているとされる。第2は系列性をもたない多段階の主体が協調しながら連携するものであり、参加主体の再生産条件の安定に特徴があるとされる。いずれの方向も他部門との関係の構築・強化という点でこれまでの構造変化とは異なるものであって、今後の方向性を示唆するものだとされている。

第8章は以上の分析を総括したものである。

以上のように、本論文はこんにゃくのフードシステムをめぐって、1960年代以降の再編過程を克明に跡づけ、その今日的な構造の全体像を明らかにするとともに、今後の再編方向に関する提起を含んだ意欲的な研究であり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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