学位論文要旨



No 120822
著者(漢字) 王,艶梅
著者(英字)
著者(カナ) ワン,ヤンメイ
標題(和) ビニルアルコール―ビニルレブリン酸共重合体の調製とキャラクタリゼーション
標題(洋) Synthesis and Characterization of Poly(vinyl alcohol-co-vinyl levulinate)
報告番号 120822
報告番号 甲20822
学位授与日 2006.01.12
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2935号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物材料科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小野,拡邦
 東京大学 教授 磯貝,明
 東京大学 教授 飯塚,尭介
 東京大学 助教授 竹村,彰夫
 東京大学 助教授 和田,昌久
内容要旨 要旨を表示する

レブリン酸(LA)はヘキソースの酸分解により生成される主成分である。それ故、木材セルロース成分の酸分解においてグルコースを経由して取得することもできる。近年、木質バイオマスから高収率で低価格のLAの調製方法が確立されている。また、我々はLA誘導体が木材廃棄物などの完全加溶媒分解法での主生成物として得られることを見出している。従って、LAは天然更新可能な環境対応型の化合物といえる。その上、LAはアルキルエステルとして食品添加物にも使用され低毒性の化合物と認められている。また、最近になって、LAは微生物生産生分解性ポリエステルにおける吉草酸部位導入のための共基質などとして注目されてきた。しかし、生分解性を持つポリビニルアルコール(PVA)へのLAの直接導入に関しては研究がなされていない。そこで、我々はPVAとLAを用いて、潜在的に生分解性を持つビニルアルコールービニルレブリン酸共重合体(VOH-VLAコポリマー)の合成に関してホモジニアスエステル化反応の研究に着手した。本研究では、高いビニルレブリネート置換率(VLC)を持つVOH-VLAコポリマーの調製と精製の最適条件を検討するとともに、VLCの異なるコポリマーのガラス転移温度、立体規則性などを中心とする研究を行った。また、得られたコポリマーの熱安定性および動的粘弾特性などを付帯的に検討した。以下論文の構成に従い内容を概説する。

VOH-VLAコポリマー調製の最適条件の検討

エステルのホモジニアス合成にあたっては無水酸あるいは酸塩化物を使用するのが常法である。しかし、ここではフリーの酸で得られるLAをそのまま利用するために、N,N-ジシクロへキシルカルボジイミド(DCC)、4-ピロリジノピリジン(PP)を触媒とする方法を用いた。溶媒系として塩化リチウム(LiCl)/N,N-ジメチルアセトアミド(DMAc)を用い、反応温度、反応時間、DCC添加量、PP添加量、LA配合量、PVA配合量を変化させて、高いVLCを得るための最適条件を探った。

コポリマーの精製法を確立し、従来の元素分析法に代わる1H-NMRの積分法を用いる簡易なVLC決定法を考案して、各条件でのVLCを測定して最適条件を見出した。その結果、室温、反応時間48時間、PVA濃度3%(LiCl/DMAc1%溶媒中)、LA/DCC/PP配合量モル比2/1.6/0.2(対PVA水酸基等量当たり)の条件で0.95の高い置換率を有するコポリマーの合成に成功した。この種のエステル化反応では、通常、水酸基に対して2モル以上のDCCを用いるので、上記の反応条件は効率の良いものといえた。

コポリマーの溶解性の検討

様々な溶媒を用いて、コポリマーのVLCに対する溶解性の相違を検討した結果、ケトン類やアルコール類の溶媒種の相違が溶解性に大きく作用することを突き止めた。そして、この溶解性の差を利用すれば、上述合成法で得られるコポリマーより狭いVLC分布を持つコポリマーが分別できることを確認した。

コポリマーのシークエンス解析

得られたコポリマー群の組成的なシークエンス解析を行った。13C-NMRを定量性のある条件で測定し、組成的ダイアッド解析を行った。これに際して、スペクトル各シグナルの帰属と積分値の定量性を検討した。そして、各VLCにおけるLA成分の平均長および交互性の指標であるブロックキャラクターを求めた。この結果、これらコポリマーはランダムコポリマーであることを指摘した。また、1H-NMRスペクトル解析から組成的トリアッド解析も行い、前記ダイアッド解析の妥当性を証明した。同時に、従来仮説として提出されていた溶媒中での主鎖の再結合による Head to Head 結合形成の可能性を否定した。さらに、VLCが増加するにつれてPVAの立体障害の少ない単位からLAの置換が起きることを突き止めた。

ガラス転移温度(Tg)

一連のコポリマーのTgをDSC法(differential scanning calorimeter)により求め、VLCへの依存性を検討した。これに際して、VLC値からコポリマーのLA置換重量分率を求める方法を考案し、半経験式であるFox式とGordon-Taylor式への相関性を検討した。その結果、コポリマーのTg挙動はFox式よりはGordon-Taylor式に高い相関で従うことが判明した。この結果を受けて、Gordon-Taylor式を外挿してVLCが100%である完全LA置換体のTgは275.3Kとなることを導き出した。

VOH-VLAコポリマーの物性解析

TG(Thermogravimetry)によりコポリマーの熱安定性をDMA(dynamic mechanical analysis)によりVLCが動的粘弾特性に及ぼす影響を検討した。

コポリマーはPVAより高い熱安定性を示すことが判明した。また、このコポリマーは熱分解過程中に架橋する可能性を認めた。分解途中のコポリマーの溶解性試験では架橋が起きることが示唆された。さらに、分解物のIR(赤外吸収)スペクトルからはカルボキシル基の生成が起きていることが判明した。これらの結果を踏まえて、主鎖に生成したカルボキシル基と主鎖中の水酸基の反応による架橋の形成を想定した。

DMA分析から、このコポリマーの貯蔵弾性率(E')はPVAより低く、VLCの増加に伴い低下の傾向が顕著になることを認めた。このことは、多くの水素結合を持つ結晶性ポリマーであるPVAの水酸基がLAで置換されることにより、その水素結合性が弱められることによると考えられた。Tand(E'/E'')では、VLCの低いものに2個の分散が見られるが、高くなるにつれてこれらの分散は一体化した。低いVLCでの2個の分散の理由については、結晶融解あるいは副分散存在の可能性が考えられるが、DSCで結晶融解のピークが認められなかったことから副分散の可能性を視野に入れている。

VOH-VLAコポリマーとPHBVおよび酢酸セルロースブレンドの相溶性

コポリマーの実用面での予備実験として、微生物生産ポリエステルであるPHBV8とPHBV12(いずれも吉草酸変性)および酢酸セルロースを対象にVLC値が0.58、0.69、0.91の三種類のコポリマーを用いてポリマーブレンドを調整した。DSC分析では、殆ど全ての系においてそれぞれのポリマーとこのコポリマーのTgが検出された。また、PHBVのTmは変化しなかった。従って、コポリマーは全ての系において非相溶であると判明した。もし、比較的低いTgを持つコポリマーが高い Tgを持つポリマーと相溶すれば、耐衝撃性や賦形性の改良に繋がると考えられる。ソリュビリティーパラメーターの検討などから相溶性の良いポリマーを選択すれば、その特性改良を目指すことができるであろう。

総括

環境対応型の化合物であるLAの応用に関して、生分解性を持つ水溶性のPVAのエステル置換体をDCC/PPを触媒としたLiCl/DMAc溶媒系による均一エステル化反応を検討した。反応温度、反応時間、DCC添加量、PP添加量、LA配合量、PVA配合量を変化させて検討した結果、VLC値が0.95に達する効率の良い反応条件を見出した。

これらコポリマーの溶解性はVLCに依存し、溶媒分離によりVLC値の幅が狭いコポリマーを精製できることができた。

得られたコポリマー群のTgのVLC依存性はFox式よりはGordon-Taylor式に良く当てはまるものであった。そして、Gordon-Taylor式より外挿した100%LA置換体のTgは275.3Kとなることを導き出した。

1H-NMRおよび13C-NMRを用いて得られた組成的シークエンスのダイアッド、トライアッド解析から、コポリマーはランダム共重合体であること、溶媒中での結合の再配位による Head to Head 結合形成の仮説は否定されることが判明した。さらに、LAはPVAの立体障害の少ない単位を攻撃しやすいことを証明した。

また、熱物性の検討から、コポリマーは熱分解により架橋することを確認した。さらに、粘弾性測定の結果から同測定温度においてPVAに比べて低い貯蔵弾性率(E')を示しすことが確認された。これは、PVAよりも柔らかなポリマーが精製していることを示唆している。Tand(E'/E'')の検討では、低VLC値のものは副分散らしきものを持つが、高いVLC値のものでは単一の分散を持つことが明らかになった。副分散存在の理由については今後の検討を要する。

コポリマーの実用上の応用として、酢酸セルロースおよび微生物生産ポリエステルとのブレンドを試みたがいずれも非相溶であった。比較的低いTgを持つコポリマーが高い Tgを持つポリマーと相溶すれば、耐衝撃性や賦形性の改良に繋がると考えられる。ソリュビリティーパラメーターの検討などから相溶性の良いポリマーを選択して、その特性改良を目指すことが今後に残されている。

審査要旨 要旨を表示する

レブリン酸(LA)はヘキソースの酸分解により生成される主成分であり、木材セルロース成分の酸分解においてもグルコースを経由して取得することができる。近年、木質バイオマスから高収率で低価格のLAを調製方法が確立されるとともに、LA誘導体が木材廃棄物などの完全加溶媒分解法での主生成物として得られることも見出されている。従って、LAは天然更新可能な環境対応型の化合物ともいえる。さらに、LAはアルキルエステルとして食品添加物に、カルシウム塩として薬品にも使用される低毒性の化合物として認められている。また、最近になって、LAは微生物生産生分解性ポリエステルにおける吉草酸部位導入のための共基質などとして注目されてきた。しかし、生分解性を持つポリビニルアルコール(PVA)へのLAの直接導入に関しては研究がなされていない。本研究はPVAとLAを用いて、潜在的に生分解性を持つ(ビニルアルコールービニルレブリン酸)共重合体(VOH-VLAコポリマー)を合成する目的で均一エステル化反応を応用して、高いビニルレブリネート置換率(VLC)を持つVOH-VLAコポリマーの調製と精製の最適条件を検討するとともに、VLCの異なるコポリマーのガラス転移温度、立体規則性などを中心とする研究を行ったものである。また本研究では、得られたコポリマーの熱安定性および動的粘断特性などを付帯的に検討されている。以下論文の構成に従い内容を概説する。

VOH-VLAコポリマー調製の最適条件の検討

エステルのホモジニアス合成にあたっては無水酸あるいは酸塩化物を使用するのが常法である。しかし、ここではフリーの酸で得られるLAをそのまま利用するために、N,N-ジシクロへキシルカルボジイミド(DCC)、4-ピロリジノピリジン(PP)を触媒とする方法を用いた。溶媒系として塩化リチウム(LiCl)/N,N-ジメチルアセトアミド(DMAc)を用い、反応温度、反応時間、DCC添加量、PP添加量、LA配合量、PVA配合量を変化させて、高いVLCを得るための最適条件を探った。

コポリマーの精製法を確立し、従来の元素分析法に代わる1H-NMRの積分法を用いる簡易なVLC決定法を考案して、各条件でのVLCを測定して最適条件を見出した。その結果、室温、反応時間48時間、PVA濃度3%(LiCl/DMAc1%溶媒中)、LA/DCC/PP配合量モル比2/1.6/0.2(対PVA水酸基等量当たり)の条件で0.95の高い置換率を有するコポリマーの合成に成功した(図.2)。この種のエステル化反応では、通常、水酸基に対して2モル以上のDCCを用いるので、上記の反応条件は効率の良いものといえる。

コポリマーのシークエンス解析

得られたコポリマー群の組成的なシークエンス解析のために、13C-NMRを定量性のある条件で測定し、組成的ダイアッド解析を行った。これに際して、スペクトル各シグナルの帰属と積分値の定量性を検討した。そして、各VLCにおけるLA成分の平均長および交互性の指標であるブロックキャラクターを求めた。この結果、これらコポリマーはランダムコポリマーであることを明らかにした。また、1H-NMRスペクトル解析から組成的トリアッド解析も行い、前記ダイアッド解析の妥当性を証明した。同時に、従来仮説として提出されていた溶媒中での主鎖の再結合による Head to Head 結合形成の可能性を否定しいる。さらに、VLCが増加するにつれてPYAの立体障害の少ない単位からLAの置換が起きることを突き止めいる。

熱特性

ガラス転移温度(Tg)

一連のコポリマーのTgをDSC法(differential scanning calorimeter)により求め、VLCへの依存性を検討した。これに際して、VLC値からコポリマーのLA置換重量分率を求める方法を考案し、半経験式であるFox式とGordon-Taylor式への相関性を検討した。その結果、コポリマーのTg挙動はFox式よりはGordon-Taylor式に高い相関で従うことを確認している。この結果を受けて、Gordon-Taylor式を外挿してVLCが100%である完全LA置換体のTgは275.3Kとなることを導き出している。

熱安定性

TG(Thermogravimetry)によりコポリマーの熱安定性をDMA(dynamic mechanical analysis)によりVLCが動的粘断特性に及ぼす影響を検討した結果、コポリマーはPVAより高い熱安定性を示すことを明らかにした。また、このコポリマーは熱分解過程中に架橋する可能性を見いだし、検証を行っている。分解途中のコポリマーの溶解性試験から架橋の可能性を、さらに、分解物のIR(赤外吸収)スペクトルからはカルボキシル基の生成が認めたことから、主鎖に生成したカルボニキシル基と主鎖中の水酸基の反応による架橋の形成を想定している。

コポリマーの溶解性の検討

様々な溶媒を用いて、コポリマーのVLCに対する溶性の相違を検討した結果、ケトン類やアルコール類の溶媒種の相違が溶解性に大きく作用することを突き止めた。そして、この溶解性の差を利用すれば、上述合成法で得られるコポリマーより狭いVLC分布を持つコポリマーが分別できることを確認した。

この他に、申請者はポリエステル類との相溶性等についても検討している。

以上、本論文は農林産廃棄物中のヘキソースを原料として得られるレブリン酸の有効利用に関して、生分解性の可能性を持つポリマーを合成しその特徴を明らかにしたものであり、その合成法および組成分析法などについては以後の参考となる資料を多大に提供している。これらのことから審査委員一同は本論文をもって博士(農学)を授与するに価値あるものと認めた。

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