学位論文要旨



No 120827
著者(漢字) 朴,宣映
著者(英字) Park,Sun-Yong
著者(カナ) パク,サンヨン
標題(和) 近代韓国語における日本語の影響 : 文章における影響を中心に
標題(洋)
報告番号 120827
報告番号 甲20827
学位授与日 2006.01.19
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第606号
研究科 総合文化研究科
専攻 言語情報科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 生越,直樹
 東京大学 教授 野村,剛史
 東京大学 助教授 福井,玲
 帝京大学 教授 坂梨,隆三
 高麗大学 教授 李漢,燮
内容要旨 要旨を表示する

本〓究の目的は、近代韓国語の文章における日本語の影響を検証することである。19世紀末、韓国語は日本語との接触により、文章表現において大きな影響を受けた。本稿ではその影響の具体的な例として、「-〓 對〓(ey 對haye)」、「-〓 依〓(ey 依haye)」、「-〓(ey issese)」、「-〓(ey isseseuy)」の4つの後置詞表現をとりあげ、その生成・定着過程を歴史的に考察し、文献の用例をもって日本語の影響を検証した。

個別表現の検証に入るまえに、本論ではこれらの後置詞表現に対する日本と韓国の先行研究をながめたうえで、研究対象にした理由についてのべた。それはまず4つの表現が近代以降、生成された後置詞表現のうち、初期に属するものとして、近代韓国語の「後置詞」表現の生成における日本語の影響を検証することができると思われるためである。次に後置詞表現の生成における日本語の影響を考察することにより、近代韓国語の文章に影響を与えた日本語表現の特〓を知ることができるためである。以下、個別表現について影響関係を考察した。

第1章では後置詞「-〓 對〓(ey 對haye)」における日本語「-に對して」と「-について」の影響関係について考察した。現代韓国語の後置詞「-〓 對〓(ey 對haye)」は、現代日本語の後置詞「-に對して」と「-について」と意味用法がほぼ一致しているが、本稿の調査によると19世紀末の文献から「-〓 對〓(ey 對h@ya)」の形で使われ始める。この「-〓 對〓(ey 對h@ya)」の生成が韓国語の〓部における独自的な変化の結果であるか、それとも中国語の影響によるものなのかを調べたが、考察の結果、その可能性は低いと考えられた。ただし、19世紀末における「-〓 對〓(ul 對h@ya)」の後置詞用法の例は、韓国語の〓部に後置詞生成の可能性が潜在していたことを示すものと考えられる。そしてその可能性があったからこそ、日本語の後置詞の影響をさらに容易に受け入れることができたと思われる。日本語「-に対して」、「-について」の影響は、(1)格助詞の変化、(2)新しい意味用法─「関連対象」、「〓容表示」、「割合の基準」の表示用法をもつこと、(3)用例が一部の日本関連の文献に集中して見られること─この三つの点から検証を試みた。

第2章では後置詞「-〓 依〓(ey 依haye)」における日本語「-によって」の影響を考察した。両者は互いにその意味用法が類似しており、筆者の調査によると、19世紀末から「-〓 依〓(ey 依h@ya)」の形で文献に見られはじめる。元来、動詞「依〓(依h@ta)」は対格助詞「〓/〓(ul/lul)」をとり、「依拠する」、「依存する」などの意味を持つ本動詞であったが、19世紀末から「-〓 依〓(ey 依h@ya)」形で後置詞として使われ始める。生成初期においては、従来の本動詞と同じく対格助詞「〓/〓(ul/lul)」を取る「-〓 依〓(ul 依h@ya)」の形も使われるが、1920年代以〓から現代のような「-〓 依〓(ey 依haye)」に定着している。

19世紀末に生成した後置詞「-〓 依〓(ey 依h@ya)」の意味用法は、本動詞の意味用法と類似した「依拠」のほか、「原因・理由」、「手段・方法」、「條件」、そして受身文の「動作主」を表すなど、新しい意味用法をもっており、これらは日本語「-によって」の意味用法とほぼ一致している。中でも「條件」を表す用法は、20世紀初めに一時的に使われ、現代韓国語では使われないものである。また受身文の「動作主」表示用法は、近代以〓、西洋諸語の翻訳によって生成された日本語の「-によって」の用法が再び韓国語「-〓 依〓(ey 依h@ya)」に受容された可能性が極めて高いと考えられる。筆者の調査によると、19世紀末における後置詞「-〓 依〓(ey 依h@ya)」の例は、『官報』と日本留学生の雜誌に集中して見られ、19世紀末の後置詞「-〓 依〓(ey 依h@ya)」の生成過程に日本語「によって」が影響を及ぼした可能性が高いことがわかった。

本章では19世紀末の後置詞「-〓 依〓(ey 依haye)」の生成における日本語の影響を、(1)格助詞の変化、(2)本動詞にはない新しい意味用法、特に「條件」、受身文の「動作主」表示の用法、そして(3)文献における用例の偏りをもって検証した。

第3章では後置詞「-〓(ey issese)」の生成における日本語の後置詞「-において」の影響を考察した。現代韓国語の後置詞「-〓(ey issese)」は日本語の後置詞「-において」とその意味用法が一致し、筆者の調査によると19世紀末から「-〓(ey isse)」、「-〓 在〓(ey 在h@ya)」の形で文献で使われ始める。これらの表現は、19世紀末以前の漢文の介詞「在」の直訳による「-〓(ey isye)」、「-〓 在〓(ey 在h@ya)」と形態的に類似するが、先行詞の種類、意味用法、文の構造において、かなりの相違が見られる。「-〓(ey isye)」の場合、先行詞は主に場所名詞が使われ、「主語+場所名詞+ey isye+述語」の構造をもち、「主体の所在」を表していたが、19世紀末の「-〓(ey isse)」と「-〓 在〓(ey 在h@ya)」の場合は、主語が明示されず、抽象名詞の先行詞も取り、「動作・作用の時間・場所・範囲・條件」などを表している。「-〓(ey isse)」、「-〓 在〓(ey 在h@ya)」は先行詞、意味用法、文構造において、日本語「-において」と類似しており、さらにその生成初期の用例が日本関係の文献に集中していることから、日本語「-において」の影響を受けて生成された可能性が高いことが明らかとなったと言える。

最後に第4章では後置詞「-〓(ey issese)」の連体修飾形の「-〓(ey isseseuy)」の生成における日本語「-における・おいての」の影響を検証した。「-〓(ey isseseuy)」は後置詞「-〓(ey issese)」と属格助詞「〓(uy)」の複合表現であり、日本語の「-における・おいての」と意味用法が一致している。韓国語の属格助詞の複合表現についてみると、〓史的に一時衰退していったが、20世紀初から再び使われ始め、日本語の属格助詞の複合表現と、直訳できるほど類似している。「-〓(ey isseseuy)」の例は、1920年の日本留学生の雜誌から見られはじめ、1930年代には日本語「-における」の翻訳に「-〓(ey isseseuy)」が当てられている。それ以前までは「-における」の翻訳に、「-〓 在〓(ey 在h@n)」、「-〓 於〓(ey 於h@n)」など、従来にない新しい表現が作られ、「-〓(ey isseseuy)」が定着するまで使われた。從って日本語「-における」の意味用法が韓国語の中に受け入れられ、「-〓(ey isseseuy)」の生成に影響を与えた可能性が高いと考えられる。

以上、4つの後置詞表現の生成・定着の過程を〓史的に考察し、その過程における日本語の影響を文献の用例に基づいて考察した。考察の結果、これらの後置詞表現は19世紀末から文献に使われはじめ、その意味用法、形態などが日本語の後置詞表現とほぼ一致していることがわかった。さらにその生成過程において、同様の特徴─(1)格助詞の取り方の変化、(2)新しい意味用法の出現、(3)文献における用例の偏りなどが共通して見られ、近代韓国語の文章に後置詞表現が生成する過程において、日本語の後置詞表現が影響を与えた可能性が極めて高いことがわかった。

また近代韓国語の文章における日本語の影響の特徴として、漢文訓読と西洋諸語の影響をうけた日本語表現が多いこと、そして日本語における西洋諸語の影響と異なり、外国語すなわち日本語の学習過程による受容でなかったことをしることができた。このような特徴をもつ、近代韓国語における日本語の影響は、近代韓国の政治、社会的な要因、また言語的な要因が複合的に作用した結果であると考えられる。中でも19世紀末、韓国語にいわゆる「開化期の国漢文体」が生成される過程と後置詞表現の生成過程は密接に関わっていると思われ、今後さらに研究する必要があると思われる。

本研究は、近代韓国語の文章における日本語の影響を検証する一つの出発点として位置付けられるものであると思われる。今後、研究対象を拡充していく一方で、個々の表現についてさらに詳細な歴史的な考察を行い、その意味用法の分析と、類似した用法をもつ〓存表現との相互関係も考察する必要があると思われる。以上の課題を解決しながら、今後、近代韓国語の文章における日本語の影響を具体的に調査・検証していきたい。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は近代韓国語の文章における日本語の影響を検証しようとするもので,その具体的な事例として4つの後置詞表現「-ey 對haye」,「-ey 依haye」,「-ey issese」,「-ey isseseuy」を取り上げている。これらの表現は,格助詞と用言の活用形が組み合わさった表現で,日本語の「-について,-に対して」「-によって」「-において」「-における,-においての」に対応するものであり,従来の研究でも日本語の影響の可能性が指摘されていた。しかし,従来の研究ではその可能性が指摘されるのみで,実際の用例を詳細に分析した研究はなかった。本論文では,19世紀末から20世紀初めの韓国語文献の用例をもとに,これらの表現の生成・定着過程を明らかにするとともに,その生成における日本語の影響を検証している。

論文では,本論の最初に韓国語と日本語における後置詞に関する先行研究を検討するとともに,両言語における後置詞の定義とその位置づけについて考察しており,その中で両言語の後置詞が極めて似た形態と機能を持つことを確認している。

第1章以下では,それぞれの表現について,その生成・定着過程と日本語からの影響を考察している。まず,第1章では,韓国語の後置詞「-ey 對haye」の分析を行うとともに,日本語「-に対して」「-について」との影響関係を考察し,第2章では,後置詞「-ey 依haye」の分析と日本語「-によって」との影響関係,第3章では後置詞「-ey issese」の分析と日本語「-において」との影響関係を,それぞれ考察している。さらに,第4章では,韓国語の属格助詞の複合表現について歴史的な変化を確認した後,後置詞「-ey issese」の連体修飾形の「-ey isseseuy」の分析と日本語「-における・おいての」との影響関係を検証している。

以上の各章における分析の方法はかなりの部分共通している。第一に韓国語の後置詞の生成・定着過程を明らかにするため,まず19世紀末以前の文献で本動詞の用例の検討を行った後,重要な時期である19世紀末から20世紀初めにかけての時期を3つに分け,それぞれの時期における後置詞の用例の出現傾向とその用法について分析を行っている。さらに第二に,後置詞表現の生成が韓国語内部での独自の変化である可能性,あるいは中国語からの影響である可能性を検討するため,19世紀末以前の用例との比較検討や漢文に関係する資料との比較検討を行っている。その上で第三に,日本語文献の翻訳や日本に留学した人の文章と後置詞の用例の関係やそこでの用法の分析から,日本語からの影響の可能性を検証している。

以上のような構成で考察した結果,本論文では次のことを明らかにしている。

この論文で取り上げた後置詞表現は19世紀末から文献に見られるようになる。ただし,「- ey isseseuy」は1920年代の文献から見られるようになる。

これらの後置詞表現は,その生成過程において以下の3つの共通する特徴が見られる。第一は,格助詞の取り方の変化である。後置詞での格助詞の取り方は本動詞として使われていたときの格助詞の取り方と異なっている。いずれも対応する日本語の後置詞と同じ格助詞の取り方に変化している。第二は,新しい意味用法の出現である。後置詞としての意味用法の中には,本動詞の意味用法と直接関係ない意味用法が見られ,それら新しい意味用法はいずれも対応する日本語の後置詞に存在する意味用法である。第三は,これらの後置詞の出現初期において,用例が見られる文献に偏りがある点である。用例は『官報』や日本留学生の雑誌など日本との関係が深い文献に集中して見られる。これらのことから,日本語の後置詞表現が4つの後置詞表現の生成過程に大きな影響を与えた可能性が極めて高いことが明らかになった。

従来,十分な検証もなく日本語の影響が論じられていた表現について,近代韓国語の文献の用例を大量かつ詳細に分析し,その影響関係の可能性を明らかにしたことは,この論文の大きな功績であると考える。また,語彙レベルでなく,後置詞という統語的なレベルの表現に関して,近代韓国語と日本語の影響関係を論じた本格的な研究はこの研究が初めてであり,新たな研究の可能性を示した点でその功績は大きい。

問題点としては,韓国語の表現と日本語の表現にいくつかの差があるが,その点について十分な解明ができていないこと,近代韓国語における新たな文体の生成過程との関連が十分に明らかにできなかったこと,漢文資料の分析が十分でないことなどが挙げられるが,それらの点もこの論文の学術的価値を損なうものではない。

以上の点から,本審査委員会はこの論文を博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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