学位論文要旨



No 120830
著者(漢字)
著者(英字) Israngkura Na Ayudhya Borvorn
著者(カナ) イスランクーン ナ アユデヤ ボウォン
標題(和) タイ国公共工事の代金支払い方法に関する研究
標題(洋) Study of Payment Procedures of Public Work in Thailand
報告番号 120830
報告番号 甲20830
学位授与日 2006.01.19
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6172号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 國島,正彦
 東京大学 教授 吉田,恒昭
 東京大学 教授 堀井,秀之
 東京大学 教授 前川,宏一
 東京大学 教授 小澤,一雅
内容要旨 要旨を表示する

タイ王国の建設業界は、1997年のアジア通貨危機および最近の石油価格高騰による物価上昇に影響され、建設会社の経営は困難な状況に直面している。発展途上国であるタイ王国の社会基盤整備を担う公共工事は、自国の自主財源と共に、世界銀行、アジア開発銀行、国際協力銀行等の国際金融機関からの融資を財源としているので、アジア地域の通貨危機という厳しい金融情勢は、公共発注者から元請の建設業者への代金支払いが滞るという問題が生じ、その結果、元請から下請の専門工事業者や資機材業者への代金支払いも滞るという、工事代金のキャッシュフローに悪循環が生じている。

日本を除く諸外国の公共工事は、毎月の出来高に応じて工事代金を支払う進行支払い方式が一般的であり、タイ王国の公共工事も国際標準の代金支払い方法である。

本研究は、タイ王国の公共工事における、発注者から受注者(元請業者)への代金支払い方式である進行支払い方式の詳細なプロセスとメカニズム、および代金支払いが滞った場合の遅延した原因を明らかにすること、さらに代金支払い方法と品質保証との関係を分析することを目的とした。

タイ王国各地における様々な形式の、1994年から2004年に実施された98種類の建設プロジェクト(公共工事)について、発注者側であるタイ政府関係者、および受注者側である国内外の建設業者から、建設工事契約書、標準工事仕様書、工事進捗報告書、出来高報告書、工事代金請求書、工事代金支払調書、工事品質報告書、工事数量報告書、工事検査願い等の各種資料を収集した。それと同時に、それぞれの建設プロジェクトで責任ある立場にある様々な人物、たとえば、建設会社の副社長や取締役、政府高官、作業所長、技術者(エンジニア)、数量鑑定士(クウォティティ・サーベイヤー)、経理会計担当者等に、発注者から受注者への代金支払いプロセスに影響する要因について詳細な聞き取り調査を行った。

タイ国公共工事の代金支払いプロセスは、三段階に大別できる。第一段階は、受注者である元請業者が発注者に出来高報告書と共に工事代金請求書等の書類を提出する段階である。第二段階は、技術者(エンジニア)が提出された書類の内容を照査して、出来高部分あるいは完成部分に関する証明書を発行する段階である。第三段階は、発注者が元請業者に代金支払いする段階である。代金支払いプロセス三段階の所要日数は、FIDIC(国際コンサルティング・エンジニヤ連盟)の建設工事の契約条件書で、それぞれ、3日、28日、28日が標準とされている。

タイ国公共工事は、発注主体が政府直轄と公団・公社の場合、支払い通貨が外貨建てと現地通貨バーツ建ての場合、支払い方式が直接と委託と弁済の場合等によって、代金支払いプロセス三段階の標準所要日数は、第一段階は3日、第二段階は15日と同様であるが、第三段階は、場合によって、15日、30日、45日と異なっていることが分かった。

98種類の建設プロジェクト(公共工事)工事期間中における毎月の代金支払いプロセスに関する書類の日付データを分析して、代金支払いプロセス三段階の標準所要日数と実際の日数との差異、すなわち支払い遅延日数を算定した。発注主体、支払い通貨(財源)、支払い方式等の指標を用いて類型化したデータ群を分析した結果、支払い遅延日数が50日未満、50日から150日未満、および150日以上という三つのパターンに分類できることが分かった。

本論文の構成は、以下に示すとおりである。

第1章は、序論であり研究の背景と目的等について述べた。

第2章、第3章、および第4章は、本研究に関係する事柄、すなわち、代金支払いプロセスに影響するリスク要因、建設会社の経営リスク要因、国際建設市場のリスク要因等についての文献および研究論文等から得られた知見を整理して纏めた。

第5章は、建設産業の代金支払い過程について整理した。

第6章は、タイ国公共工事の代金支払い方法の詳細を調査研究した結果を、シンガポールおよび香港と国際比較しつつ整理し分析した。

第7章は、代金支払いプロセスの遅延状況を類型化して分析し、その遅延する原因について論じた。

第8章は、公共工事の代金支払い方法と品質保証との関係について論じた。

第9章は、結論であり本研究で得られた成果を纏めたて示した。

本研究の範囲内で、タイ国公共工事の代金支払い方法に関して、以下のことがいえると考えられる。

タイ国公共工事の代金支払い方法は、毎月の出来高に基づく進行支払い方式である。代金支払いプロセスの標準所要日数が規定されているにも関わらず大幅に遅延する場合がある。

代金支払いは、通常は小切手が用いられ、現金での支払いはない。発注者が公団・公社の場合は、約束手形が用いられることがある。政府直轄の場合、通常は毎月払い、あるいは一括払いであり、公団・公社の場合、毎月払い、あるいはマイルストーン払いである。

支払い通貨が、現地通貨バーツ建ての場合は、外貨建ての場合に比較して、代金支払い所要日数が短い。

直接支払い方式と弁済支払い方式は、国際金融機関の融資を財源とした場合のみに用いられ、委託支払い方式は、自主財源と国際融資との両者で用いられている。代金支払いプロセスの所要日数は、直接支払い方式が最も短く、弁済支払い方式、委託支払い方式の順番に長くなる。

前払い金は、10%から20%が一般的である。

政府直轄の場合の代金支払いプロセスは三つの類型化したパターンに分類できたが、公団・公社の場合は、明確に類型化できない。

代金支払いの遅延は、代金支払いプロセス三段階の、第二段階(照査)および第三段階(支払い)で発生する。

国際金融機関の融資を財源とした場合、第二段階の照査を、タイ政府の技術者(エンジニア)およびコンサルタント・エンジニアの両者によって実施するのが遅延の要因となる。

第二段階(照査)における遅延の原因は、元請業者と照査を担当する技術者(エンジニア)が、提出書類の内容(数量や品質等)について合意するのに時間を要するからである。各当事者の能力が不足している場合もあるが、所要の作業量に必要な人員が十分に配置されないこと、短期間による人員配置換えによって業務習熟度が低水準となること等が影響している場合も数多くある。

第三段階(支払い)における遅延の最大原因は、政府の財源不足である。外貨建て通貨での支払いの場合は、国際金融機関とタイ国銀行との融資協定の内容が官僚的手続きを求めることに影響されて所要日数が長くなることが多い。

審査要旨 要旨を表示する

タイ王国の建設業界は、1997年のアジア通貨危機および最近の石油価格高騰による物価上昇に影響され、建設会社の経営は困難な状況に直面している。発展途上国であるタイ王国の社会基盤整備を担う公共工事は、自主財源と共に、世界銀行、アジア開発銀行、国際協力銀行等の国際金融機関からの融資を財源としているので、アジア地域の通貨危機という厳しい金融情勢は、公共発注者から元請の建設業者への代金支払いが滞るという問題が生じ、その結果、元請から下請の専門工事業者や資機材業者への代金支払いも滞るという、工事代金のキャッシュフローに悪循環が生じている。

本論文は、タイ王国の公共工事における、発注者から受注者(元請業者)への国際標準の代金支払い方式、すなわち進行支払い方式の詳細なプロセスとメカニズム、および代金支払いが滞った場合の遅延した原因を明らかにすること、さらに代金支払い方法と品質保証との関係を分析することを目的としている。

タイ王国各地における様々な形式の、1994年から2004年に実施された98事例の建設プロジェクト(公共工事)について、発注者側であるタイ政府関係者、および受注者側である国内外の建設業者から、建設工事契約書、出来高報告書、工事代金請求書、工事代金支払調書、工事品質報告書等の各種資料を収集すると共に、それぞれの建設プロジェクトで責任ある立場にある様々な人物、たとえば、建設会社の副社長や取締役、政府高官、作業所長、技術者(エンジニア)、数量鑑定士(クウォティティ・サーベイヤー)、経理会計担当者等に、発注者から受注者への代金支払いプロセスに影響する要因について詳細な聞き取り調査を行っている。

タイ国公共工事の代金支払いプロセスを、受注者である元請業者が発注者に出来高報告書と共に工事代金請求書等の書類を提出する第一段階、技術者(エンジニア)が提出された書類の内容を照査して、出来高部分あるいは完成部分に関する証明書を発行する第二段階、および発注者が元請業者に代金支払いする第三段階に大別している。そして、タイ国公共工事を、発注主体が政府直轄、あるいは公団・公社の場合、支払い通貨が外貨建て、あるいは現地通貨バーツ建ての場合、支払い方式が直接、委託、あるいは弁済の場合等によって分類して、それぞれの場合の代金支払いプロセス三段階の標準所要日数が、第一段階は3日、第二段階は15日と同様であるが、第三段階は、場合によって、15日、30日、45日と異なっていることを明らかにしている。

98事例の建設プロジェクト(公共工事)の毎月毎月の代金支払いプロセスに関して収集した膨大な書類の日付データを詳細に分析して、代金支払いプロセス三段階の標準所要日数と実際の日数との差異、すなわち支払い遅延日数を算定している。発注主体、支払い通貨、支払い方式等の指標を用いて分類したデータ群を分析して、支払い遅延日数が50日未満、50日から150日未満、および150日以上という三つのパターンに類型化できることを示している。

そして、タイ国公共工事の代金支払い方法に関して、(1)タイ国公共工事の代金支払い方法は、毎月の出来高に基づく進行支払い方式である。代金支払いプロセスの標準所要日数が規定されているにも関わらず大幅に遅延する場合があること(2)代金支払いは、通常は小切手が用いられ、現金での支払いはない。発注者が公団・公社の場合は、約束手形が用いられることがある。政府直轄の場合、通常は毎月払い、あるいは一括払いであり、公団・公社の場合、毎月払い、あるいはマイルストーン払いであること(3)支払い通貨が、現地通貨バーツ建ての場合は、外貨建ての場合に比較して、代金支払い所要日数が短いこと(4)直接支払い方式と弁済支払い方式は、国際金融機関の融資を財源とした場合のみに用いられ、委託支払い方式は、自主財源と国際融資との両者で用いられている。代金支払いプロセスの所要日数は、直接支払い方式が最も短く、弁済支払い方式、委託支払い方式の順に長くなること(5)代金支払いの遅延は、代金支払いプロセス三段階の、第二段階(照査)および第三段階(支払い)で発生すること(6)第二段階(照査)における遅延の原因は、元請業者と照査を担当する技術者(エンジニア)が、提出書類の内容(数量や品質等)について合意するのに時間を要するからであること、各当事者の能力が不足している場合もあるが、所要の作業量に必要な人員が十分に配置されないこと、短期間による人員配置換えによって業務習熟度が低水準となること等が影響している場合も数多くあること(7)第三段階(支払い)における遅延の最大原因は、政府の財源不足であること、外貨建て通貨での支払いの場合は、国際金融機関とタイ国銀行との融資協定の内容が官僚的手続きを求めることに影響されて所要日数が長くなることが多いこと等、数多くの知見を得ている。

公共工事の代金支払い方法は、毎月の出来高に応じて工事代金を支払う進行支払い方式が世界各国で一般的である。しかし、我が国の公共工事は依然として40%の前払金と残金60%は竣工時一括支払いという国際標準と著しく異なった支払い方式を採用している。近年の公共事業の見直しの気運に相まって、公共工事の入札及び契約の適正化に促進に関する法律(平成12年11月27日公布)の趣旨を徹底させるために、様々な入札及び契約システムに関する改善方策が導入されているが、公共工事の契約システムの要諦といえる代金支払い方法に関することは殆ど着手されていない。

本論文は、将来の我が国の公共工事の契約システムが目指すべき契約システム、すなわち国際標準の代金支払い方法である進行支払い方式の詳細なプロセスおよびメカニズムを明らかにしているので、我が国の公共事業システムの国際化および構造改革のために、従来の研究や論説に比較して、極めて斬新で数多くの有益な知見と示唆に富むと考えられる。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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