学位論文要旨



No 120838
著者(漢字) 戸田,信夫
著者(英字)
著者(カナ) トダ,ノブオ
標題(和) 潰瘍性大腸炎患者に対するMRIを用いた肝胆道膵異常に関する検討
標題(洋)
報告番号 120838
報告番号 甲20838
学位授与日 2006.01.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2587号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 名川,弘一
 東京大学 教授 幕内,雅敏
 東京大学 教授 大友,邦
 東京大学 助教授 川邊,隆夫
 東京大学 助教授 大西,真
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要旨

目的

潰瘍性大腸炎には多くの腸管外合併症があるが、肝胆道系については原発性硬化性胆管炎をはじめ、胆石、慢性活動性肝炎、胆管周囲炎などの報告がある。また潰瘍性大腸炎患者に急性膵炎や慢性膵炎が発症したとの報告が数多くあり、腸管外合併症のひとつとして膵炎の可能性が示唆されている。内視鏡的逆行性胆道膵管造影(Endoscopic Retrograde Cholangio-Pancreatography:ERCP)は硬化性胆管炎や慢性膵炎などの胆道膵管の形態異常を来たす疾患診断のgold-standardと認識されているが、やや侵襲的手技である。非浸襲的検査である核磁気共鳴画像(MRI:Magnetic Resonance lmaging)の撮像法の一つである磁気胆道膵管投影法(MagneticResonance Cholangio-Pancreatography:MRCP)はERCP同様の胆管、膵管像を得る検査法である。技術の進歩により得られる胆管膵管像もERCPに匹敵するまでになっている。MRIは同時に肝臓、膵臓の実質の形態的変化についても精査可能である。今回われわれは対象となる全潰瘍性大腸炎症例に対してスクリーニングとしてMRCP、MRIを施行し、肝胆道膵臓の形態異常を呈する頻度および背景因子を明らかにし、その原因について推論した。

対象と方法

対象は2000年2月より2003年5月まで東京大学消化器内科、三井記念病院、日本赤十字社医療センター病院を受診した潰瘍性大腸炎症例80例。上腹部痛などを主訴に当科を受診し、下痢、下血など潰瘍性大腸炎を示唆する症状を認めなかった症例から無作為に45例を抽出し、比較対象群とした。登録時に潰瘍性大腸炎の病歴を聴取し、以後定期的に膝、胆道由来を疑わせる症状及び血液学的な経過観察をおこなった。MRIはT1強調、T2強調画像、Tl強調下の多相性撮像、MRCPを施行し、胆道、肝臓、膵臓、膵管を評価した。

結果

潰瘍性大腸炎症例80例の平均年齢は37.9歳(14歳-71歳)、男性46例、女性34例。全結腸型53例、左結腸型27例。登録時50例はsulfasalazine(SASP)を、25例は5-aminosalicylic acid(5-ASA)を、36例はSASPまたは5-ASAに加え経口ステロイド薬を、9例はazathioprineまたはcyclosporineの投与歴があった。平均観察期間2年7ヶ月で血液検査上ASTまたはALTの上昇がみられたものが24例(30%)、ALPの上昇がみられたものが33例(41.3%)、ASTまたはAIJまたはALPの上昇がみられたものが40例(50.0%)、血清アミラーゼ値の上昇がみられた例が13例(16.3%)であった。MRI上胆道、肝臓については、12例(15%)の異常例があった。肝内外のびまん性胆管狭窄、拡張、胆管壁の肥厚濃染、造影後動脈相における肝実質の不均一な濃染を示した1例(1.3%)を原発性硬化性胆管炎と診断したが、この他に肝内外の複数の限局性胆管狭窄が1例(1.3%)、肝外胆管のみの狭窄が3例(3.8%)、胆管壁の肥厚濃染が2例(2.5%)、造影後動脈相における肝実質の不均一な濃染を6例(7.5%)に認めた(重複あり)。肝胆道異常例には全結腸型、およびSASPの投与歴がある症例が有意に多く、血清AST、ALP値上昇例がおおかった。原発性硬化性胆管炎と診断した1例が、肝機能が急激に悪化し、1年11ヶ月後に脳死肝移植が施行されたが、その他の11例では観察期間中に肝機能の増悪を来たした例はなかった。膵臓については、15例(19%)の異常例があった。主膵管のびまん性狭小を5例(6.3%)に、主膵管の狭窄、拡張を5例(6.3%)に、主膵管は正常だが分枝膵管のみが拡張を示す例を3例(3.8%)に、膵管は正常だが、造影早期相で膵実質の濃染不良例を2例(2.5%)認めた。膵臓に異常所見のある例が有意に血清アミラーゼ上昇頻度高かった。また有意差はないものの若年である傾向が見られた。観察期間中に全潰瘍性大腸炎患者中4例が、血清アミラーゼ上昇を伴う腹痛を訴えた。3例はMRCPにて主膵管がびまん性に狭小化していた症例であり、慢性膵炎の急性増悪と診断、1例はMRIでは膵臓に異常所見はなく、急性膵炎と診断した。これら4例の膵炎はいずれも、2週間以内の保存的治療で軽快した。肝胆道膵異常例には、これらの起因する明らかな基礎疾患を見出せなかった。対照群45例のMRIでは、2例の膵のう胞性腫瘤以外肝胆道膵に異常所見を認めた例はなかった。

結語

今回の全潰瘍性大腸炎症例を対象としたMRI、MRCPを用いた検討では、PSCの頻度は1.3%に過ぎなかったが、PSCに部分的に類似する肝胆道病変は14.7%に見られた。原発性硬化性胆管炎の初期像を見ている可能性があるが、その予後は少なくとも短期的には良好であった。また膵管膵実質異常は20%あり、慢性膵炎と診断した。これらの症例の短期的予後も比較的良好であった。なぜ潰瘍性大腸炎に肝胆道膵病変が合併するのか、これらの症例の長期的予後が果たして本当に良好か、原発性硬化性胆管炎に進展する例はないかなど、さらなる検討を要する。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、潰瘍性大腸炎症例における胆道膵疾患の頻度、背景を明らかにするため、核磁気共鳴画像(MRI:Magnetic Resonance lmaging)、およびそのの撮像法の一つである磁気胆道膵管投影法(Magnetic Resonance Cholangio-Pancreatography: MRCP)を用いてスクリーニングおこない、各症例の経過を観察したものであり、下記の結果を得ている。

潰瘍性大腸炎症例80例(平均年齢は37.9歳、男性46例、女性34例。全結腸型53例、左結腸型27例)に対してMRI、MRCPを施行したころ、原発性硬化性胆管炎1例(1.3%)の他、限局性胆管狭窄例4例(5.0%)、胆管壁の肥厚濃染2例(2.5%)、造影後動脈相における肝実質の不均一な濃染6例(7.5%)を認めた(重複あり)。いずれも原発性硬化性胆管炎に部分的に類似する肝胆道病変でありその初期像を見ている可能性が考えられた。

肝胆道異常例には全結腸型、およびSASPの投与歴がある症例が有意に多く、血清AST、ALP値上昇例がおおかった。原発性硬化性胆管炎と診断した1例が、肝機能が急激に悪化し、1年11ヶ月後に脳死肝移植が施行された。その他の11例では平均観察期間2年7ヶ月で肝機能の増悪を来たした例はなく、その予後は少なくとも短期的には良好であることが示された。

膵臓については、15例(19%)の異常例があった。主膵管のびまん性狭小を5例(6.3%)に、主膵管の狭窄、拡張を5例(6.3%)に、主膵管は正常だが分枝膵管のみが拡張を示す例を3例(3.8%)に、膵管は正常だが、造影早期相で膵実質の濃染不良例を2例(2.5%)認めた。潰瘍性大腸炎症例の膵異常は、これまで報告されているよりも高頻度であることが示された。

膵臓に異常所見のある例が有意に血清アミラーゼ上昇頻度高かった。また有意差はないものの若年である傾向が見られた。観察期間中に全潰瘍性大腸炎患者中4例が、血清アミラーゼ上昇を伴う腹痛を訴えた。3例はMRCPにて主膵管がびまん性に狭小化していた症例であり、慢性膵炎の急性増悪と診断、1例はMRIでは膵臓に異常所見はなく、急性膵炎と診断した。これら4例の膵炎はいずれも、2週間以内の保存的治療で軽快した。MRCPにて膵異常が認められた症例は、膵炎発作を発症する危険性がある可能性が示された。

上腹部痛などを主訴とし、下痢、下血など潰瘍性大腸炎を示唆する症状を認めなかった症例から無作為に45例を抽出し、比較対象群とした。対照群45例のMRIでは、2例の膵のう胞性腫瘤以外肝胆道膵に異常所見を認めた例はなかった。MRI、MRCPにて発見された膵胆道異常は潰瘍性大腸炎に特異的所見と考えられた。

以上、本論文は潰瘍性大腸炎症例にMRCPを施行すると、原発性硬化性胆管炎をはじめとして高頻度に膵胆管異常が発見され、かつこれらは潰瘍性大腸炎に特異的所見であることを明らかにしたもので、学位の授与に値するものと考えられる。尚、審査会時点から、論文の内容について以下の点が改訂された。

MRI撮像法について先行論文を引用した。

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