学位論文要旨



No 120839
著者(漢字) 三枝,正朋
著者(英字)
著者(カナ) サエグサ,マサトモ
標題(和) プロスタグランジンE2合成酵素の発現調節と骨吸収への関与
標題(洋)
報告番号 120839
報告番号 甲20839
学位授与日 2006.01.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2588号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 矢冨,裕
 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 教授 高戸,毅
 東京大学 講師 田中,栄
 東京大学 講師 井上,聡
内容要旨 要旨を表示する

本研究は、骨代謝において重要な役割を果たしていることが以前より知られているprostaglandin E2(PGE2)の産生過程における最終段階で作用する酵素、prostaglandinE2 synthase (PGES)の骨における発現及び役割について研究を行い、骨代謝疾患治療への可能性について検討した。

もともとプロスタノイドは多岐にわたる生理活性を有しており、発熱や疼痛、炎症、腫蕩形成、胃腸保護、脈管循環、そして骨代謝において重要な役割を演じている。このプロスタノイドの中で、PGE2、PGF2α、PGI2が、骨芽細胞系細胞から産生され、骨に蓄積していることが知られている。そして、これらのプロスタノイドは骨形成と骨吸収においてさまざまな役割を担っている。しかし、プロスタノイドの主な役割は、PGE2がcyclicAMPを増加させ、ratの長管骨の培養において骨吸収を促進することが30年以上前に証明されてから、骨吸収因子として認識されてきた。骨吸収に関与するサイトカインや全身性ホルモンはまた、骨においてこのプロスタノイドの産生を調節している。サイトカインやホルモンによる骨吸収反応がしばしばプロスタノイド産生をブロックする非ステロイド抗炎症薬により抑制されることから、少なくとも部分的にプロスタノイドと関係していると考えられる。動物や人間でのin vivoの研究から、閉経後の骨粗鬆症や、悪性腫瘍の高カルシウム血症、歯周病での炎症性骨減少、人工関節のゆるみ、関節リウマチでの関節破壊の骨吸収性病態はプロスタノイドに関連することが示されている。

PGE2はプロスタノイドのなかで骨に最も豊富に含まれ、そして最も強い骨吸収因子と信じられてきた。PGE2はautocrine/paracrineメカニズムを介してreceptor activator of nuclear factor kB ligand(RANKL)を誘導することで骨吸収を亢進させ、また血球系幹細胞から破骨細胞の分化を引き起こす。PGI2は次に多く骨に含まれるが、骨吸収反応には重要な因子とは考えられていない。骨細胞から少量のPGF2αが産生されており、外因性PGF2αが骨吸収を促進するが、この反応は内因性PGE2産生増加によるものと考えられている。この研究から、2つのマウスのアッセイシステムを使って包括的比較実験を行い、骨に蓄積するプロスタノイドの中でPGE2のみが破骨細胞形成と骨吸収を促進することを確かめた。

このプロスタノイドはアラキドン酸カスケードにより産生される。まず、phospholipase A2により、膜リン脂質からアラキドン酸が産生される。このアラキドン酸からPGE2が産生されるが、この際、さらに2つの酵素反応により調節されている。最初の反応はcyclooxygenase(COX)によって引き起こされるが、これはアラキドン酸を中間産物であるPGH2に変える。今までに2つのCOXのisoformが同定されている。それらは恒常的に発現しているCOX-1と、サイトカインやホルモン、lipopolysaccharideなどのさまざまな刺激により誘導されるCOX-2である。次の反応は最終段階となるPGH2をPGE2に変えるPGE2 synthase(PGES)により引き起こされる。近年、2つのPGES、cytosolicPGESとmembrane-associated PGESが同定された。heat shock protein 90-associated protein p23と同一のcytosolic PGES(cPGES)は普遍的に発現しており、さまざまな種類の細胞や組織で炎症性刺激による発現の変化は見られず、COX-1を介したPGE2の急性産生に関与している。このCOX-1とcPGESのカップリングは組織の恒常性を保つためのPGE2産生に関与しているものと思われる。一方、本来microsomal glutathione S-transferase 1-like 1(MGST1-L1)と呼ばれていたmembrane-associated PGES (mPGES)は誘導される酵素で、核膜周辺にCOX-2とともに誘導され、mPGESはCOX-1よりもCOX-2と強く機能連関している。mPGESは様々な組織や細胞で前炎症性刺激によりCOX-2やそれに続くPGE2産生に伴って発現誘導され、デキサメタゾンで抑制された。ゆえにCOX-2とmPGESは炎症や発熱、ガンなどの病的状態におけるPGE2産生と関連していると考えられる。

COX-2は骨芽細胞に豊富に発現しており、さまざまな骨吸収刺激に反応して産生されるPGE2に重要な役割を担っていると報告されている。マウスのco-cultureにおいて、破骨細胞形成はCOX-2ノックアウトマウスではwild typeと比較して抑制されており、外因性 PGE2によりこの抑制は解除された。interleukin-1α(IL-1α)、tumor necrosis factor-α(TNF-α)、fibroblast growth factor-2 (FGF-2)などのサイトカインや、閉経後骨粗鬆症、関節リウマチなどによりCOX-2が誘導され、それに続きPGE2が産生されることも示されている。この研究で、これらの骨吸収性サイトカインによるmPGESの発現調節をin vivo、in vitroで調べた。他の組織のホメオスタシスへの悪影響が少ない、骨吸収性病態への高度選択的薬剤としての可能性を調べるため、mPGESに対するantisense oligonucleotideを使い内因性mPGESと骨吸収との関係を調べた。

まず初めに、どのプロスタノイドが破骨細胞形成と骨吸収を起こすかを、マウス骨芽細胞と骨髄細胞による共存培養下でのTRAP陽性多核破骨細胞数を計数することと、dentine slice上での骨吸収窩の面積を計測することで検討した。PGE2は用量依存的に破骨細胞形成を起こし、1、25(OH)2D3と同程度の作用となった。一方、骨に存在する他のプロスタノイドPGF2α、PGI2はほとんど影響を及ぼさなかった。共存培養により形成された破骨細胞をdentine slice上に移しこれらのプロスタノイドとさらに培養したところ、PGE2のみが吸収窩形成能を示した。PGF2αもわずかな破骨細胞形成能と吸収窩形成能を示したが、有意なものではなかった。これらの結果から、骨に存在するプロスタノイドの中で、PGE2のみが破骨細胞性骨吸収を促すことが示された。

マウス骨芽細胞様細胞MC3T3-E1へのIL-1α、TNF-α、FGF-2などの骨吸収性サイトカイン刺激によるmPGESのRNA発現を調べたところ、IL-1α、TNF-αによりmPGESが刺激3時間後から発現誘導され、FGF-2により刺激6時間後から発現誘導された。COX-2に関しても同様な発現パターンを示した。

マウス初代骨芽細胞へのIL-1α、TNF-α、FGF-2によるmPGESとcPGESの発現誘導を調べたところ、IL-1α、TNF-αによるmPGESのmRNA発現誘導は1-2時間後に見られ、3時間後にピークに達し、その後減少した。FGF-2によるmPGESのmRNA発現誘導は3-6時間後に見られ、48時間まで増加した。このmPGESのタイムコースはCOX-2の発現誘導と同様であった。mPGESのタンパクは骨吸収性サイトカインにより、6-12時間後に発現誘導が見られ、48時間まで増加した。mPGESとは対照的に、cPGESのmRNAとタンパクはこれらの刺激により影響を受けず、恒常的に発現していた。一方、COX-2のタンパクレベルは3時間後に増加し、12時間後から減少した。

マウスにLPSを腹腔内注射し、3時間後と6時間後に腰骨と大腿骨を採取して骨髄と残りの骨に分離した。RT-PCR/サザンブロッティングにより観察を行ったところ、mPGESのmRNAは用量依存的に骨髄でも残りの骨でも発現誘導が見られた。一方、RT-PCRによるcPGESのmRNAレベルは、骨髄でも残りの骨でもLPS腹腔内注射により影響を受けなかった。

骨吸収に対するmPGESの関与を調べるために、mPGESに対するチオリン酸化したアンチセンスオリゴヌクレオチド(以下アンチセンス)を合成した。このmPGESアンチセンスとコントロールオリゴヌクレオチドのIL-1α刺激によるPGE2レベルとRANKLのmRNAレベルへの影響を調べたところ、mPGESアンチセンスにより両者とも抑制された。

次に、破骨細胞性骨吸収におけるアンチセンスの効果を調べるために、培養初代骨芽細胞にオリゴヌクレオチドを加え、その後骨髄細胞との共存培養を行い、IL-1α、PGE2で刺激した。アンチセンスはIL-1αによる破骨細胞形成と骨吸収窩形成を抑制したが、コントロールオリゴヌクレオチドは影響を及ぼさなかった。mPGESアンチセンスは外因性PGE2による破骨細胞形成、骨吸収窩形成を抑制しなかった。このことより、mPGESはPGE2産生を伴うサイトカインによる骨吸収の重要なメディエーターであることが示された。

本研究で得られた知見から、mPGESは骨吸収性病態において重要な役割を持っており、現在開発中であるmPGESの抑制剤は骨代謝改善薬としての可能性が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は骨代謝において重要な役割を果たしていることが以前より知られているprostaglandin E2の産生過程における最終段階で作用する酵素、prostaglandin E2 synthase(PGES)の骨における発現及び役割について研究を行い、骨代謝疾患治療への可能性について検討したものであり、下記の結果を得ている。

骨に発現するプロスタノイドによる破骨細胞形成と骨吸収をマウス骨芽細胞と骨髄細胞による共存培養下に調べたところ、PGE2は用量依存的に破骨細胞形成を起こしたが、他のプロスタノイド、PGF2α、PGI2はほとんど影響を及ぼさなかった。また、この共存培養により形成された破骨細胞をdentine slice上に移しこれらのプロスタノイドとさらに培養したところ、PGE2のみが骨吸収窩形成能を示し、PGE2のみが破骨細胞性骨吸収を促すことが示された。

マウス骨芽細胞様細胞MC3T3-E1へのIL-1α、TNF-α、FGF-2などの骨吸収性サイトカイン刺激によるmembrane-associated PGES(mPGES)のRNA発現を調べたところ、IL-1α、TNF-α、FGF-2によりmPGESが発現誘導された。

マウス初代骨芽細胞へのIL-1α、TNF-α、FGF-2によるmPGESとcytosolic PGES(cPGES)の発現誘導を調べたところ、mPGESのmRNAとタンパクは発現誘導が見られたが、cPGESのmRNAとタンパクは恒常的に発現していた。

マウスにLPSを腹腔内注射し、脛骨と大腿骨を採取して骨髄と残りの骨に分離し、RT-PCR/サザンブロッティングにより観察を行ったところ、mPGESのmRNAは用量依存的に骨髄でも残りの骨でも発現誘導が見られた。一方、RT-PCRによるcPGESのmRNAレベルは、骨髄でも残りの骨でもLPS腹腔内注射により影響を受けなかった。

骨吸収に対するmPGESの関与を調べるために、mPGESに対するチオリン酸化したアンチセンスオリゴヌクレオチド(以下アンチセンス)を合成して観察を行った。初代骨芽細胞に対するIL-1α刺激によるPGE2レベルとRANKLのmRNAレベルへの影響を調べたところ、mPGESアンチセンスにより両者とも抑制された。一方、コントロールオリゴヌクレオチドは影響を及ぼさなかった。

培養初代骨芽細胞にオリゴヌクレオチドを加え、その後骨髄細胞との共存培養を行いIL-1α、PGE2で刺激した。mPGESアンチセンスはIL-1αによる破骨細胞形成と骨吸収窩形成を抑制したが、コントロールオリゴヌクレオチドは影響を及ぼさなかった。一方、mPGESアンチセンスは外因性PGE2による破骨細胞形成、骨吸収窩形成は抑制しなかった。

以上、本論文はmPGESがPGE2産生を伴うサイトカインによる骨吸収の重要なメディエーターであることを明らかにした。本研究はmPGESが骨吸収性病態において重要な役割を持っており、現在開発中であるmPGESの抑制剤は骨代謝改善薬としての可能性が期待されることを示し、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク