学位論文要旨



No 120843
著者(漢字) 真板,英一
著者(英字)
著者(カナ) マイタ,エイイチ
標題(和) 千葉演習林袋山沢試験地における森林伐採が流出量に及ぼす影響に関する研究
標題(洋)
報告番号 120843
報告番号 甲20843
学位授与日 2006.02.06
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2937号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 森林科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,雅一
 東京大学 教授 小林,洋司
 東京大学 教授 山本,博一
 東京大学 教授 宮崎,毅
 東京大学 助教授 芝野,博文
内容要旨 要旨を表示する

本論文は、東京大学千葉演習林袋山沢試験地で行なわれた森林伐採試験のデータを基に、森林伐採による流出量の変化について解析したものである。

第一章では研究の背景と論文の目的について記述した。水は人間にとって欠かせないものであり、生活に十分足るだけの水量が確保できるかどうかは古来から重大な関心事であった。森林水文学では森林の有無もしくは森林の状態と流出水量の関係を解明することが主要な研究課題のひとつと考えられており、森林植生を人工的に改変して流出量の変化を追跡する森林伐採試験という実験的な研究が多数行なわれてきている。それらの試験の総括から、森林を伐採すると流出量は増加するという一般的性質が明らかになっているが、増加の程度は流域によってバラツキが大きく、増加量の量的議論は未だ十分に整理されていない。また流出量の増加が大きく現れる季節は流域によって異なるが、その理由は詳しくわかっていない。さらに、伐採によって流出量が増加するメカニズムについては、蒸発散量の減少が原因であることに疑いの余地はないが、蒸発散を構成する各成分(樹冠遮断蒸発、蒸散、地表面蒸発)の個々の振るまいについては未解明の点が多い。本研究は袋山沢試験地での伐採試験のデータを解析し、これらの点を明らかにすることが目的である。

第二章では対象流域である袋山沢試験地の概要を記述した。袋山沢試験流域は東京大学農学部附属千葉演習林内に設けられた東向きの山地斜面で、基岩は新第三紀堆積岩である。流域は東西に細長いふたつの流域が南北に隣接する形状になっており、北側をA流域(0.802ha)、南側をB流域(1.O87ha)と称している。伐採試験は対照流域法によって行なわれ、A流域は森林植生を保持する対照流域、B流域は皆伐処理を施す処理流域とされた。伐採時の植生はA、B両流域ともスギ・ヒノキ人工林である。伐採時においては約70年生で、樹高約20〜25mの樹冠がほぼ閉鎖した壮齢林であった。伐採は1999年春に行なわれ、B流域の上層木・下層木すべてが皆伐された。植生除去の影響のみを検討するために、地表面の撹乱が最小限にとどまるよう索道を用いた架線集材によって搬出を行なった。伐採翌年の2000年3月に新たにスギ・ヒノキの苗木が植栽された(植栽密度約3000本/ha)。流域の年降水量は1993〜2002年の平均で2170.1mm/yearで、年平均気温は14.2℃である。解析期間は伐採前期間4年(1994〜1998年、ただし1996年を除く)、伐採後期間3年(2000〜2002年)とした。

第三章では、流出量の議論においてもっとも基本的な時間スケールである年流出量の変化を解析した。(1)伐採による変化を解析するに先立ち、まず袋山沢流域の水文学的特徴を把握するために年水収支の検討を行なった。袋山沢流域の年損失量は約1300mm/yearで、わが国の森林小流域の観測事例の中では大きい部類に入る。特にシラス地質である桜島の流域を除くと国内最大量の損失量であった。また年流出量Qと年降水量Pの一次式Q=aP+bにおける係数aの値は約0.6で、わが国の森林小流域の観測事例の中で最小レベルであった。また全流出に占める基底流出の比率が低く、盛夏および冬季に流出が停止する現象がほぼ毎年観測された。年損失量が多く年流出量が少ないという袋山沢流域の特徴の原因として、袋山沢流域において深部浸透量が非常に多いことが推察された。(2)森林伐採によって袋山沢B流域の年流出量は平均で約300mm/year増加したことがわかった。この量はわが国の他事例に対して比較的大きなものであった。(3)伐採による流出量変化の降水量依存性を3つの観点から解析した。まず年流出量Qと年降水量Pの一次式Q=aP+bにおける係数aの値を調べたところ、伐採によって大きくなったことがわかった。すなわちQの増加には降水量依存性が見られた。伐採によって係数aが大きくなる現象が存在することは先行研究で指摘されていたが、本研究においてわが国における森林小流域の事例と比較した結果、この現象は一般的に見られる現象であることが示された。(4)次に、伐採後の各年の年流出増加量ΔQと各年の年降水量Pの関係を調べたところ、一次式ΔQ=aP+bで回帰できることがわかった。袋山沢B流域の係数aの値を他流域の針葉樹林伐採事例と比較した結果、各流域の係数aはほぼ一定値(約0.10〜0.15)になった。(5)更に、わが国の森林小流域における針葉樹林伐採試験等の結果を整理し、平均年降水量Pと伐採による年流出量の平均増加量(あるいは森林回復による年流出量の平均減少量)ΔQが一次式ΔQ=aP+bで直線回帰できることを明らかにした。また袋山沢B流域の値はその回帰直線の上にプロットされることが明らかにされた。(6)(3)〜(5)から、Q、ΔQ、ΔQのいずれにも降水量依存性が見られることがわかった。この共通の原因として樹冠遮断蒸発が考えられた。すなわち、伐採による流出増加は蒸発散の減少によって起こるが、蒸発散のうち樹冠遮断蒸発量は降水量に強く依存するため、結果として伐採による流出増加量に降水量依存性が現れるものと推察された。

第四章では、伐採の影響が高水時と低水時とでどのように異なるのかを明らかにするために、流量の高低と伐採による流量変化との関係が解析された。(1)流況曲線の変化を解析した結果、高水側から低水側にかけて、ほぼすべての流量範囲で流出量の増加が認められ、既往の知見が追試された。また、低水時流量の増加によって、袋山沢流域の流出の特徴である、夏季および冬季の流出停止が発生しなくなった。(2)増加量の実量は流量の大小と連動して変化し、より高水側の方が増加量が大きかった。このことから、高水側の流量増加が年単位の増加に対して支配的な要因であった。これらの結果は既往の試験と同様のものであった。(3)流量の増加率は流量の大小と連動して変化し、より低水側の方が増加率が大きかった。(4)全流出量に占める高水側流出量と低水側流出量の比率を指標に流出の年間一様性を調べたところ、伐採によって一様性が高くなったことがわかった。

第五章では、主に月流出量の解析を通じて、伐採の影響が季節によってどう異なるのかについて検討した。(1)伐採前後で月流出量を比較したところ、伐採による流出量変化は月毎に量が異なるが、すべての月で流出量は増加した。既往の研究では盛夏期に流出量が減少する例があることが報告されているが、袋山沢B流域では盛夏期にも月流出量の増加した。また月増加量には、春秋に大きく、夏冬に小さいという季節的な変動が見られた。(2)短期水収支法を用いて伐採前後で蒸発散量を比較したところ、伐採によってほぼ通年で蒸発散の減少が認められた。またその減少量は、春秋に大きく、夏冬に小さかった。(3)(1)と(2)の結果はほぼ正確に対応した。一般に森林流域では流域貯留量の影響で降雨と流出の間に時間遅れがあり、流出量と蒸発散量にずれが生じるが、袋山沢流域は流域貯留量が小さいためにそのずれが無視できるほど小さいと推察された。このことにより、以降の解析において、月流出量の解析から月蒸発散量を議論することが可能であると考えられた。(4)伐採による月流出増加量は月降水量と強い正の相関(相関係数0.80)があった。このことから、降水量依存性の強い樹冠遮断蒸発の減少が流出増加の主要因であると推察された。(5)同量の月降水量に対する月流出増加量の大きさは、季節の進行に伴って、冬が最大で夏が最小になるような年周変化をしていることがわかった。これは、伐採前の蒸散量と伐採後の地表面蒸発量を比較した時に地表面蒸発量の方が多く、両者の差が夏に大きく冬に小さいことが反映していると解釈された。(6)(4)および(5)から、袋山沢流域で生じた伐採後の月流出増加量が春秋に大きいという季節性について、降水量の季節分布に基づく樹冠遮断蒸発の季節性と、蒸散・地表面蒸発の年周変動に基づく「同量の降水量に対する流出増加量の大きさ」の季節変動の組合せによって定量的に説明可能であることを明らかにした。

第六章では、袋山沢試験地における樹冠遮断量測定など他の観測例を総合し、伐採による蒸発散各項(樹冠遮断蒸発、蒸散、地表面蒸発)の変化を推定した(1)年水収支の推定の結果、伐採によって、遮断蒸発量は350mm/yearの減少、蒸散は300mm/yearの減少、地表面蒸発は350mm/yearの増加と推定された。(2)月水収支の推定の結果、伐採による遮断蒸発、蒸散、地表面蒸発の各月変化量のうち、伐採前の蒸散量と伐採後の地表面蒸発量は、季節変化の傾向がほぼ同様でその値も著しい差がないことから、互いにほぼ変化を打ち消し合い、主に遮断蒸発の減少が伐採による流出量の増加に対して支配的な要因となっている(3)降水量の季節分布は流域によって違いがあるが、一方で蒸散量と地表面蒸発量は植生や緯度・斜面方位などの流域条件によって異なることから、伐採による蒸散・地表面蒸発の変化の季節性も流域ごとに異なると考えられる。従来の伐採試験研究では流出量変化の季節性が流域によって異なることについて十分な整理がされていなかったが、本研究で得られた、伐採による月毎の流出増加量が降水量に依存して変動する遮断蒸発起源の流出量変化と、伐採前の蒸散量と伐採後の地表面蒸発量の差から生ずる流出量変化の和として説明されるという知見を用いることにより流域間の差異をより良く説明できる可能性が示された。

第七章では、以上の内容を要約したものが記されている。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、東京大学千葉演習林袋山沢試験地で行なわれた森林伐採がもたらす流出量の変化について解析したものである。

第一章では研究の背景と論文の目的が記述される。伐採によって流出量が増加するメカニズムについては、蒸発散量の減少が原因であるが、蒸発散を構成する各成分(樹冠遮断蒸発、蒸散、地表面蒸発)の個々の振る舞いのをふまえた増加量の量的議論と流量変化季節性の解明の必要性を述べている。

第二章では対象流域である袋山沢試験地の概要を記述している。袋山沢試験流域は東京大学農学部附属千葉演習林内に設けられた山地流域で、基岩は新第三紀堆積岩、隣接する二流域の北側をA流域(0.802ha),南側をB流域(1.087ha)と称する。伐採試験は対照流域法によって行なわれ、 A流域は森林植生を保持する対照流域,B流域は皆伐処理を施す処理流域とされた。伐採時の植生は A,B 両流域とも約70年生、樹高約 20〜25mのスギ・ヒノキ人工林である。1999年春にB流域の上層木・下層木すべてが皆伐され、地表面の撹乱を最小限とする架線集材によって搬出がなされた。伐採の翌年にあたる2000年3月には新たに植栽密度約 3000 本/haでスギ・ヒノキの苗木が植栽された。年降水量は2170.1 mm/year(1993〜2002年),年平均気温 14.2 ℃ である。解析期間は伐採前4年(1994〜1998年、ただし1996年を除く)、伐採後3年(2000〜2002年)である。

第三章では、伐採前後の年流出量を述べている。(1)伐採前に袋山沢流域の年損失量は約1300 mm/year とわが国の森林小流域観測事例の中で大きく、全流出に占める基底流出の比率が低く、流出が停止する現象がほぼ毎年観測される。これらは深部浸透量が多いことによる。(2) 森林伐採後、袋山沢B流域の年流出量は平均で約300 mm/year 増加した。(3) わが国の森林小流域における針葉樹林伐採試験の結果を整理し、袋山沢B流域の値を含め平均年降水量と年流出量の平均増加量が一次式で直線回帰される関係を示した。この回帰直線の関係式は国内の事例について未だ作成されていなかった。(4) 年流出量 Q mm/year と年降水量 P mm/year の一次式 Q = aP + b における係数 a の値は、伐採後大きくなったが、わが国における森林小流域の事例を解析した結果、この現象は一般的に見られる現象であることを示した。さらにその原因が樹冠遮断蒸発の減少によることを述べている。

第四章では、流量の高低と伐採による流量変化との関係が解析された。(1) 流況曲線より伐採後すべての流量範囲で流出量の増加が認められた。(2)年流量の増加に寄与するのは高水時の増加であるが、流量の増加率は低水時が大きい。これらの結果として年間の流出一様性は伐採によって高くなる。

第五章では、月流出量を用いて伐採の影響の季節性を検討した。(1) 伐採による流出量増加は通年で認められた。(2) 月増加量は春秋に大きく、夏冬に小さかった。(3) 月流出増加量は月降水量と強い正の相関(相関係数 0.80)があった。(4) さらに同量の月降水量に対する月流出増加量の大きさは、季節の進行に伴って、冬が最大で夏が最小になるような年周変化を明らかにした。これは、伐採による蒸散の減少量よりも地表面蒸発の増加量の方が大きいためである。この明瞭な年周変化の指摘は先行研究にない本研究の成果の一つである。(5) 月流出増加量は、降水量の季節分布と、降水量に対する流出増加量季節変動の組合せによって定量的な説明が可能である。本研究によって、この2つの要因を組み合た月流出増加量の季節変化が定量的に説明された。

第六章では、袋山沢試験地における他の観測例を総合し、伐採による蒸発散各項(樹冠遮断蒸発、蒸散、地表面蒸発)の変化を推定した。 (1) 伐採による年水収支各項の変化は、遮断蒸発量 350 mm/year 減少、蒸散は300 mm/year 減少、地表面蒸発は350 mm/year増加と推定された。 (2) 月水収支の推定の結果、伐採による遮断蒸発、蒸散、地表面蒸発の各月変化量のうち、蒸散と地表面蒸発は互いに変化を打ち消し合い、主に遮断蒸発の減少が伐採による流出量の増加に対して支配的な要因であると推察された。

第七章では、以上の内容の要約が記されている。

以上のように、本研究は学術上のみならず応用上も価値が高い。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位を授与するにふさわしいと判断した。

UTokyo Repositoryリンク