学位論文要旨



No 120845
著者(漢字) 上田,弘則
著者(英字)
著者(カナ) ウエダ,ヒロノリ
標題(和) アカネズミの島と本土個体群でみられる形態変異とその機能的意義
標題(洋)
報告番号 120845
報告番号 甲20845
学位授与日 2006.02.06
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第2939号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用動物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 樋口,広芳
 東京大学 教授 九郎丸,正道
 東京大学 教授 森,裕司
 東京大学 助教授 高槻,成紀
 香川大学 教授 金子,之文
内容要旨 要旨を表示する

島と本土とでは物理的,生物的環境が大きく異なるため,島と本土の個体群間では様々な形質に分化が生じる.このような分化のパターンやそれが生じたプロセスを明らかにすることは,形質の進化を理解する上で重要である.本論文ではアカネズミ(Apodemus speciosus)の複数の島と本土個体群で体サイズと四肢の変異のパターンについて明らかにすることを第一の目的とした.次にその変異の適応的な意義を知るために,機能形態学的なアプローチから四肢の変異の機能的な意義について明らかにすることを第二の目的とした.

体サイズの変異は「島のルール」と呼ばれ,げっ歯類全体でみると島の個体群で本土の個体群よりも体サイズが大きい傾向がみられるが,本研究で対象とするアカネズミでは,このようなパターンについて異論がある.そこで,年齢や性別を考慮した上で複数の体サイズの指標を用いて解析した結果,島で本土よりも体サイズが大きいことが示された.そして,遺伝的浮動,遺伝子流動,系統の影響といった非適応的な要因ではこれらのパターンを説明できず,何らかの適応的な意義があることが示唆された.ただし,体サイズは複数の形質と関係があるためにその要因は特定できなかった.

四肢は主にロコモーションと関連のある形質であるから,機能を限定して解釈できるため変異のパターンが生じた要因をより限定して理解できる可能性がある.そこで,本研究では四肢に着目して,機能形態学的なアプローチを用いて四肢の形態の変異のパターンを記述すると同時に,その機能的な意義について明らかにした.

機能形態学の分野で用いられている機能的な指標によって変異のパターンを解析した結果,島と本土の個体群で四肢の形態において,本土で島よりも1)肩甲骨が細長い,2)前肢長および後肢長が相対的に短い,3)脛骨前縁長が相対的に長いという傾向がみられた.種間比較で示されている解釈に基づくと,本土で前後肢長と脛骨前縁長が短かったことは樹上性に適した傾向を示していた.肩甲骨については解釈を特定することはできなかった.

そこで,実際にこれらの変異の機能的な有利性を確かめるために,飼育個体を用いて1)走る,2)水平棒を渡る,3)垂直棒を登るという3つのパフォーマンステストを行った.その結果,本土の個体の方が島の個体よりも走るスピードや垂直棒を登るスピードが速い傾向がみられ,肩甲骨,相対肢長,脛骨前縁長において本土型の特徴を持つ個体の登るスピードが速いことが示された.

これらの形態やパフォーマンスの違いには,島と本土の環境の違いと関連した何らかの適応的な意義があると考えられる.島と本土では捕食者数に違いがみられていることから,捕食圧の違いが体サイズや四肢の形態およびロコモーターパフォーマンスの違いを生じさせた可能性が考えられた.

審査要旨 要旨を表示する

島と本土とでは物理的,生物的環境が大きく異なるため,島と本土の個体群間では様々な形質に分化が生じる.このような分化のパターンやそれが生じたプロセスを明らかにすることは,形質の進化を理解する上で重要である.島と本土の変異の中で特によく知られているのが体サイズの変異である.体サイズの変異は「島のルール」とよばれ,げっ歯類全体でみると島の個体群で本土の個体群よりも体サイズが大きい傾向がみられる.しかし,個別の種でみた場合には同一種内でもその傾向が一致しないケースがみられ,このようなパターンが一般的な現象であるかどうか不明である.体サイズ以外の形質では島と本土の変異に関する報告は少ないが,四肢のようにロコモーションと密接な関係があり,その機能を特定しやすい形質を対象とすれば,その変異の機能的な意義について明らかにできる可能性がある.

以上のような背景から,本論文ではアカネズミ(Apodemus speciosus)の複数の島と本土個体群で体サイズと四肢の変異のパターンについて明らかにすることを第一の目的とした.次にその変異の適応的な意義を知るために,機能形態学的なアプローチから四肢の変異の機能的な意義について明らかにすることを第二の目的とした.

本研究で対象とするアカネズミでは,げっ歯類全体でみられる体サイズの変異がみられるとする報告とみられないとする報告があり,そのパターンについて異論がある.そこで,本論文では年齢や性別を考慮した上で複数の体サイズの指標を用いて解析した結果,島で本土よりも体サイズが大きいことが示され,これまでの論争に決着をつけた.そして,遺伝的浮動,遺伝子流動,系統の影響といった非適応的な要因ではこれらのパターンを説明できず,何らかの適応的な意義があることが示唆された.

体サイズ以外の形質では,島と本土でどのような変異のパターンがみられるのかほとんど知られていない.四肢は主にロコモーションと関連のある形質であるから,体サイズと違って機能を限定して解釈できる.そのため,変異のパターンが生じた要因をより限定して理解できる可能性がある.そこで,本論文では四肢に着目して,機能形態学的なアプローチを用いて四肢の形態の変異のパターンを記述すると同時に,その機能的な意義について明らかにした.

機能形態学の分野で用いられている機能的な指標によって変異のパターンを解析した結果,島と本土の個体群で四肢の形態において次のような違いがみられた.本土で島よりも1)肩甲骨が細長い,2)相対前肢長および後肢長が短い,3)脛骨前縁長が相対的に長い,という傾向がみられた.種間での形態とロコモーション様式の比較から示されている解釈に基づくと,本土集団で前後肢長が短く,脛骨前縁長が長かったことは,樹上性に適した傾向を示していた.ただし,肩甲骨については解釈を特定することはできなかった.

そこで,実際にこれらの変異の機能的な有利性を確かめるために,飼育個体を用いて1)走る,2)水平棒を渡る,3)垂直棒を登るという3つのパフォーマンステストを行った.その結果,肩甲骨が細長く,相対肢長の短い本土型の個体で垂直棒を登るスピードが速い傾向がみられた.

これらの形態やパフォーマンスの違いには,島と本土の環境の違いと関連した何らかの適応的な意義があると考えられる.島と本土では捕食者数に違いがみられていることから,捕食圧の違いが体サイズや四肢の形態およびロコモーターパフォーマンスの違いを生じさせた可能性が考えられた.

以上,本論文はこれまで異論があったアカネズミの島と本土の体サイズの変異について性的二型や年齢を考慮に入れることによってげっ歯類全体でみられる島での大型化というパターンを確認した.同時に,四肢の形態において機能的な指標を取り入れることで新たな変異のパターンを発見し,パフォーマンステストを行うことでその機能的な意義について明らかにしたもので,種内変異の研究や機能形態学に貢献するところが少なくない.また本論文は,アカネズミの島と本土個体群の間でロコモーターパフォーマンスに違いがあることを示しており,害獣駆除目的の捕食者の島への導入が希少種のみならずアカネズミのような普通種へも影響を与える可能性を示唆するもので,保全生物学に貢献するところが少なくない.よって審査委員一同は,本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた.

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