学位論文要旨



No 120851
著者(漢字) 石原,朋子
著者(英字)
著者(カナ) イシハラ,トモコ
標題(和) 赤痢菌III型分泌装置の構造と機能の解析 : Spa33のエフェクタータンパク質輸送に果たす役割
標題(洋)
報告番号 120851
報告番号 甲20851
学位授与日 2006.02.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2590号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野本,明男
 東京大学 教授 服部,成介
 東京大学 助教授 大海,忍
 東京大学 助教授 仙波,憲太郎
 東京大学 助教授 堀本,泰介
内容要旨 要旨を表示する

赤痢菌はグラム陰性細菌の1つで、腸管組織侵入性大腸菌と共に、細菌性赤痢の起因菌として知られている。赤痢菌をはじめとするグラム陰性病原細菌が有するIII型分泌装置は、宿主標的細胞にエフェクタータンパク質を輸送、分泌する装置として感染に重要な役割を果たしている。赤痢菌は針様構造を示すIII型分泌装置を菌体の外膜と内膜を貫き形成している。菌が宿主細胞と接触すると、宿主細胞膜に針先端が挿入され膜穴が形成され、菌は針部を介して菌体内から宿主細胞の細胞質にエフェクターと呼ばれる病原因子を直接注入する。III型分泌装置は針部、基部、Cリングから構成され、サルモネラ属菌および赤痢菌のIII型分泌装置の超微細構造解析から、基部は2つの上部リングと2つの下部リングより構成され、その基本構造はべん毛タンパク質の輸送装置であるべん毛基部に類似していることが報告されている。また、べん毛基部の直下にはCリングと呼ばれるキャップ状の構造体の存在が示唆されている。このCリングは、III型分泌装置の基部の直下にも存在することが示唆されているが、その構造および構成成分は不明である。興味深いことに、べん毛Cリングの構成成分であるFliNは、赤痢菌のSpa33、サルモネラ属菌のSpaO、エルシニア属菌のYscQ、緑膿菌のHrcQBと部分的なアミノ酸相同性を示す。これらの事実は、赤痢菌のSpa33がIII型分泌装置のCリングの構成成分である可能性を強く示唆している。さらに、III型分泌装置のCリングは、エフェクタータンパク質の分泌シグナルを認識し、III型分泌装置を介した分泌タンパク質の無差別な輸送を回避していると考えられている。しかしながら、III型分泌装置の構成成分によるエフェクタータンパク質の認識および輸送の正確なメカニズムは、いまだ不明な点が多い。そこで、本研究では、エフェクタータンパク質の輸送においてIII型分泌装置の構成成分が果たす役割を解明することを目的として、Cリングの構成成分として推測されているSpa33の赤痢菌III型分泌装置における局在と役割について解析を行った。

まず初めに、赤痢菌のSpa33遺伝子欠失変異株を作製し、本変異株において形成されるIII型分泌装置の構造と機能を解析した。その結果、本変異株は針部を欠いた不完全なIII型分泌装置を形成し、Ipaタンパク質の分泌が不能となった。次に、Spa33の菌体内局在を調べるために、生化学的解析および電子顕微鏡による観察を行った。その結果、Spa33は赤痢菌の細胞質中の内膜近傍に局在し、基部の主要な構成成分であるMxiGおよびMxiJと結合性を示すことが明らかとなった。さらに、Spa33のIII型分泌装置における局在を詳細に調べるために、架橋試薬を用いてSpa33のIII型分泌装置に対する結合を安定化した状態で、III型分泌装置を精製して電子顕微鏡による解析を行った。その結果、基部の直下に巨大な構造体が認められた。その構造体の構成成分を金コロイド染色法を用いて解析した結果、Spa33が構成成分の1つであることが明らかになった。また、III型分泌装置を介したタンパク質の輸送、分泌におけるSpa33の役割を解明するために、Spa33とIII型分泌装置関連タンパク質の結合性を調べた。GST-プルダウンアッセイを用いた結合試験の結果、Spa33はIII型分泌装置のATPaseであるSpa47、針部の構成成分の輸送に必要なMxiKとMxiN、針の長さを一定に保つ"分子物差し"として働くSpa32、さらに数種類のエフェクタータンパク質およびそのシャペロンタンパク質との結合性を示した。以上の結果から、Spa33はCリングの主要な構成成分としてIII型分泌装置を介した針部の構成成分やエフェクタータンパク質の輸送、分泌に関与していることが示唆された。

次に、Spa33のC末端領域(216-293アミノ酸領域)がべん毛およびIII型分泌装置を有するグラム陰性細菌のSpa33相同性タンパク質と高い相同性を示すことから、Spa33のC末領域の機能をIII型分泌装置の針部の形成能とエフェクタータンパク質の分泌能を指標に解析し、以下の知見を得た。(i)Spa33のC末端領域内において、Spa33の相同性タンパク質(べん毛のFliN、サルモネラ属菌のSpaO、エルシニア属菌のYscQ、緑膿菌のHrcQB)の間で高度に保存されている9つのアミノ酸残基中3残基がIII型分泌装置の針部の形成およびエフェクタータンパク質の分泌に必須であった。(ii)その3つのアミノ酸残基はMxiN(III型分泌装置の針部の形成に必要)との結合に必須であった。(iii)Δspa33株のエフェクタータンパク質の分泌不能は、Spa33の相同性タンパク質では回復しなかった。以上の結果から、Spa33のC末端領域はIII型分泌装置の針部の構成成分やエフェクタータンパク質の輸送に関わる重要なアミノ酸残基を含む領域を高度に保存していることが示唆された。そして、III型分泌装置におけるSpa33とその相同性タンパク質の局在と基本的役割は同じであると推測されるが、Spa33は赤痢菌のIII型分泌装置において特異的に機能していていることが明らかになった。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はIII型分泌装置を介したエフェクタータンパク質の輸送メカニズムおよびIII型分泌装置のCリングの構造や機能を明らかにするため、Cリングの構成成分と推測されるSpa33のIII型分泌装置における局在と役割およびIII型分泌装置におけるSpa33のC末端領域の役割の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

赤痢菌のspa33遺伝子欠失変異株を作製し、本変異株において形成されるIII型分泌装置の構造と機能を解析した。その結果、本変異株は針部を欠いた不完全なIII型分泌装置を形成し、Ipaタンパク質の分泌が不能となることが示された。

Spa33の菌体内局在を調べるために、生化学的解析および電子顕微鏡による観察を行った。その結果、spa33は赤痢菌の細胞質中の内膜近傍に局在し、基部の主要な構成成分であるMxiGおよびMxiJと結合することが示された。

Spa33のIII型分泌装置における局在を詳細に調べるために、架橋試薬を用いてSpa33のIII型分泌装置に対する結合を安定化した状態で、III型分泌装置を精製して電子顕微鏡による解析を行った。その結果、基部の直下に巨大な構造体が認められた。その構造体について金コロイド染色法を用いて解析した結果、構成成分の1つとしてSpa33を含むIII型分泌装置の細胞質構造体であることが明らかになった。

III型分泌装置を介したタンパク質の輸送、分泌におけるSpa33の役割を解明するために、Spa33とIII型分泌装置関連タンパク質の結合性を調べた。GST-プルダウンアッセイを用いた結合試験の結果、Spa33はIII型分泌装置のATPaseであるSpa47、針部の構成成分の輸送に必要なMxiKとMxiN、針の長さを一定に保つ"分子物差し"として働くSpa32、さらに数種類のエフェクタータンパク質およびそのシャペロンタンパク質と結合することが示された。

Spa33のC末端領域内において、Spa33の相同性タンパク質(べん毛のFliN、サルモネラ属菌のSpaO、エルシニア属菌のYscQ、緑膿菌のHrcQB)の間で高度に保存されている9つのアミノ酸残基を各々1アミノ酸置換し、形成されるIII型分泌装置の構造と機能に対する影響を調べた。その結果、3つのアミノ酸残基のアミノ酸置換により、針部の形成およびIpaタンパク質の分泌が不能となることが示された。さらに、III型分泌装置関連タンパク質との結合性を調べた結果、その3つのアミノ酸残基はMxiN(III型分泌装置の針部の形成に必要)との結合に必須であることが示された。

赤痢菌のIII型分泌装置関連タンパク質とSpa33の相同性タンパク質の結合性を調べた結果、MxiGとSpaOの結合、赤痢菌のIII型分泌装置関連タンパク質とYscQあるいはHrcQBの結合が不能となることが示された。

Δspa33株にSpa33の相同性タンパク質を発現させ、エフェクタータンパク質分泌能を調べた。その結果、エフェクタータンパク質の分泌は認められず、△spa33株のエフェクタータンパク質の分泌不能はSpa33の相同性タンパク質では回復しないと考えられた。

以上、本論文はIII型分泌装置を介した針部の構成成分やエフェクタータンパク質の輸送・分泌において、Spa33がIII型分泌装置の細胞質構造体(Cリング)の構成成分の1つとして輸送・分泌すべき標的タンパク質の分子識別のために重要な役割を果たしていることを明らかにした。本研究はこれまで未知に等しかった、III型分泌装置のCリングの構造と機能に関して初めて詳細に解析が行われたものであり、III型分泌装置による標的タンパク質の識別および輸送メカニズムの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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