学位論文要旨



No 120862
著者(漢字) 小林,琢也
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,タクヤ
標題(和) ダイナクチンp150の微小管結合に関する研究
標題(洋) Microtubule binding properties of dynactin p150
報告番号 120862
報告番号 甲20862
学位授与日 2006.03.01
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第618号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 豊島,陽子
 東京大学 教授 須藤,和夫
 東京大学 教授 石浦,章一
 東京大学 教授 池内,昌彦
 東京大学 助教授 栗栖,源嗣
内容要旨 要旨を表示する

研究の背景

細胞質ダイニンは細胞内において、微小管上をマイナス端方向に運行し、様々な物質輸送や細胞内小器官の位置決定に関与するタンパク質複合体である。細胞質ダイニン複合体はモーター機能を有する2つの重鎖により形成されるホモダイマーを主成分とし、軽鎖、中間鎖、中間軽鎖などが重鎖と直接結合している。また、輸送物質との結合のためにさらにダイナクチン複合体と結合している。

ダイナクチン複合体はArp1, dynamitin などのタンパク質から構成されていて、とりわけダイナクチンp150はダイナクチン複合体の中心的役割を果たしている。ダイナクチンp150はcoild-coil領域を有し、ホモダイマーを形成している。その配列の中に、輸送物質と結合するためのArp1結合領域、ダイニンと結合するための領域、微小管と結合するための領域を有していることが知られている。従って、ダイニン-ダイナクチン複合体は物質を輸送する際に、微小管との相互作用をダイニンのみならずダイナクチンp150においても行っている。ダイニン-ダイナクチン複合体の微小管上での運動において、ダイナクチンp150の微小管との相互作用はダイニンによる一方向性の運動をサポートするものであると考えられている。近年行われた、ビーズを用いたダイニンの運動の解析によると、ダイニンのみの運動よりもダイナクチンp150を添加したダイニン-ダイナクチンp150複合体の方がrun length(微小管に結合してから解離するまでに動いた距離)が長くなるという現象が見られた。なお、ダイナクチンp150の添加前と添加後でダイニンのATPase活性に変化が無いことも合わせて報告されていることから、ダイナクチンp150の役割はそれ自体が微小管と相互作用することで、ダイニンと微小管との間の相互作用をサポートしていると考えられる。しかしながら、ダイナクチンp150と微小管との間の相互作用の詳細な解析は行われていない。本研究ではダイナクチンp150と微小管との相互作用について、その仕組みを明らかにすることを目的とした。

結果と考察

本研究では、ダイナクチンp150の微小管結合部位に着目し、それを大腸菌内で発現、精製を行った。微小管と結合することが予測されているN末端145アミノ酸からなるN145 fragment、その中のCap-Gly domainのみを含むN末端105アミノ酸からなるN105 fragment、さらに蛍光一分子測定のためそれらとゲルゾリンとの融合タンパク質を作製した。これら微小管結合部位断片はcoild-coil領域を含まずモノマー型をとっていると考えられる。これはゲルろ過クロマトグラフィーの結果から確認された。これらのダイナクチンp150微小管結合部位断片を用いて、以下に示す結果を得た。

まず、N145 fragmentと微小管の結合について、微小管共沈殿実験を行い、そのアフィニティーを調べた。それによると、N145 fragmentは3.25μMのKdを有しており、α/βチューブリンダイマーと1:1で結合することがわかった。このKdはダイニンストークヘッドのKd(1.59μM)よりも大きいものであった。これは、ダイナクチンp150によってダイニンの運動を妨げることは無いということを示唆している。また、モノマーであるN145 fragmentが微小管に結合できるということから、生体内において存在する微小管結合部位を持たないダイナクチンp135-p150ヘテロダイマーも十分に微小管に結合できると考えられる。さらに、N145 fragmentと微小管との結合様式について検証するため、subutilisin処理によって微小管上のβチューブリンC末端のグルタミン酸が連続する配列(E-hook)を切断した微小管との相互作用を調べたところ、N145 fragmentの結合アフィニティーが著しく低下した。これはダイナクチンp150が静電的相互作用によって微小管と相互作用していることを示している。

次に、このN145 fragmentにゲルゾリンを融合したものを作製し蛍光一分子観察を行ったところ、微小管上で数秒間の滞在時間を示すことがわかった。さらに微小管上でブラウン運動様の動きを示すことも合わせてわかった。N145 fragmentはダイニンストークヘッドよりも大きな解離定数を有しているが、微小管上で十分に滞在できることから、ダイナクチンp150はダイニンの運動を妨げないだけではなく、ダイニンの微小管からの解離を防いでいるのではないかと考えられる。

ダイナクチンp150の微小管結合領域はN末端側にCAP-Gly domainを有し、その下流にリジンを多く含むK-rich regionが存在している。CAP-Gly domainは微小管結合タンパク質で多く見いだされる構造であり、微小管に結合することが期待される領域である。K-rich regionは他のタンパク質で微小管との相互作用が示されている領域である。このK-rich regionの必要性について検証するため、この領域を欠くN105 fragmentを作成した。CAP -Gly domainはN末端90アミノ酸の領域であるが、N90 fragmentは大腸菌により発現、精製することは困難であったため、発現が可能であったN105 fragmentを用いて実験を行った。それによるとN105 fragmentは5.09μMのKdを有しており、N145 fragemntより若干大きなKdであった。さらに、βチューブリンのE-hookを切断した微小管を用いて実験を行ったところ、N145 fragmentと同様にその結合性は著しく低下した。当初E-hook感受性領域はリジンが多く含まれるという点から、K-rich regionに存在すると考えていたが、この結果からE-hook感受性領域はCAP -Gly domain内、もしくはCAP -Gly domainおよびK-rich regionの両方に渡っていると考えられる。さらに、N145 fragmentと同様にゲルゾリンを融合したものを作成し蛍光一分子観察を行ったところ、N105 fragmentはやはり微小管上でブラウン運動様の動きを示した。N105 fragmentは微小管上で数秒間の滞在時間を示すが、その時間はN145 fragmentのそれよりも短いものであった。このことから、ダイナクチンp150と微小管との結合にはCAP-Gly domainのみならず、K-rich regionも重要な領域であるということが考えられる。

これまでの結果から、ダイナクチンp150はダイニンの運動をサポートする働きがあると考えられるが、さらにダイニンストークヘッドと微小管との結合がダイナクチンp150の結合に影響しないということを示す必要があると考えダイニンストークヘッドを結合させた微小管を用いて、これとN145 fragmentおよびN105 fragmentとの結合を調べた。それによると、ダイニンストークヘッドが存在していても各fragmentの結合は影響を受けないことが示された。またこの時のダイニンストークヘッドの結合も影響を受けなかったことから、微小管上において互いに拮抗的な関係ではないことがわかった。これは、ダイニンとダイナクチンp150の微小管上における結合サイトが異なることを示している。

以上の結果から、ダイナクチンp150はダイニンの運動を阻害することなく、さらにその解離を妨げる役割を担っていると考えられる。このことから、先の報告で述べられているようなダイナクチンp150がダイニンの連続運動性を高める働きを持っているという点に対して、タンパク質間相互作用の側面からこの働きを理解することができた。

審査要旨 要旨を表示する

生命現象を営む最小の単位である細胞が機能するためには、細胞内の物質輸送をはじめとして、細胞の移動や細胞分裂が正しく行われることが必要である。これらの細胞運動は、細胞骨格であるアクチンフィラメントや微小管とそれぞれに特有な相互作用をするモータータンパク質の働きによるが、それらの分子機構を明らかにすることは、生命現象の理解にとって必須のものであり、モータータンパク質の作用メカニズム自体とともに、それらの細胞内での働きを調節するメカニズムを解明することは重要な課題である。モータータンパク質であるダイニンは巨大で複雑な複合体であるために他のモータータンパク質であるミオシンやキネシンに比べてその機構は未解明の部分が多い。ダイニンの調節因子としてダイナクチン複合体が知られているが、それがダイニンのモーター活性を調節する機構については、これまで研究が行われていなかった。小林琢也君は、「ダイナクチンp150の微小管結合に関する研究」と題した研究課題において、ダイナクチン複合体の1つであるp150の微小管結合部位フラグメントの性質を生化学的・生理学的に詳細に解析し、ダイニンの運動機能に対する役割について新たな知見を得た。

ダイナクチンp150は微小管と結合する領域、ダイニンと結合するための領域、輸送物質と結合するための領域をもち、ダイナクチン複合体の中心的役割を果たしている。そのN末端に位置する微小管結合領域はCAP-glyドメインとK-rich領域が並んでいるが、小林君はまず、CAP-glyドメインのみのフラグメント(N105)と両者を含むフラグメント(N145)を組換えタンパク質として大腸菌で発現・精製した。これらのフラグメントがモノマーとして存在することを確認したのちに、微小管との共沈降実験により両者の解離定数を求め、また、微小管を構成しているチューブリンダイマーと1:1の量比で結合することを明らかにした。βチューブリン上の酸性領域(E-hook)を除去した微小管との相互作用を調べたところ、親和性が著しく低下していることが明らかになり、静電的相互作用が重要であることが示された。さらに、これらのフラグメントの微小管結合がダイニンやキネシンの結合によって影響を受けるかどうかを調べたところ、これらのフラグメントはキネシンとの競合を示したが、ダイニンとは競合せず、かつ互いに影響を及ぼさないことがわかった。また、これらのフラグメント1分子が微小管と相互作用するようすを、1分子計測系で顕微鏡観察したところ、微小管上でブラウン運動をしていることが確認され、弱い結合をしていることが明らかになった。N145フラグメントではN105フラグメントより微小管上での滞在時間が長いことから、K-rich領域の微小管結合において弱い結合ながらも長時間微小管上に滞在するための役割を持つことがわかった。

これらの結果から、ダイナクチンp150はダイニンと複合体を形成した時に、ダイニンの微小管上の運動を妨げることなく、ダイニンを微小管上につなぎとめておく機能を有し、微小管上からダイニンが解離して運動を続けられなくなることを阻む役割を持つと推察できる、との結論を導いた。

以上のように、小林琢也君は本論文において、ダイナクチンp150の微小管結合に関する性質を調べ、それのダイニンの運動における役割を分子レベルの実態に即して明らかにして、新たな知見を得た。したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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