学位論文要旨



No 120865
著者(漢字) 麻生,洋一
著者(英字)
著者(カナ) アソウ,ヨウイチ
標題(和) 懸架点干渉計を用いたレーザー干渉計型重力波検出器の能動防振
標題(洋) Active Vibration Isolation for a Laser Interferometric Gravitational Wave Detector using a Suspension Point Interferometer
報告番号 120865
報告番号 甲20865
学位授与日 2006.03.06
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4761号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 大橋,正健
 東京大学 教授 黒田,和明
 東京大学 助教授 酒井,広文
 東京大学 助教授 柴田,大
 国立天文台 助教授 川村,静児
内容要旨 要旨を表示する

重力波とは、時空の歪みが波のように伝わっていく現象である。この現象は、一般相対性理論の帰結として、アインシュタインによって約90年前に予言された。また、重力波の存在に対する間接的な証明は、TaylorとHulseによってなされた。彼らは、片方がパルサーである連星中性子星系を発見したのである。長期間にわたるパルサー周期の精密な観測から、軌道周期の減少率が重力波の放出による理論的な予言と一致することがわかった。この発見によって、彼らは1993年のノーベル物理学賞を受賞した。しかし、現在までのところ、誰も重力波の直接検出には成功していない。これは、重力波と物質との相互作用があまりにも弱いためである。

重力波を検出する方法として最も有力視されているのが、レーザー干渉計を用いる方法である。これは、干渉計によって自由質点と見なせるように懸架された鏡の間の距離をモニターし、重力波によって誘起される変化を検出するというものである。現在世界中に干渉計型重力波検出器のネットワークが完成しつつある。重力波の直接検出は宇宙を見る新しい窓を開くとともに、中性子星の合体やそれに伴うブラックホールの形成、星のコアの重力崩壊、さらには宇宙開闢直後のインフレーションからの重力波など、ダイナミックな天体現象に関する情報を我々にもたらしてくれる。このような情報は、従来の電磁波による観測では得ることができない。

重力波の直接検出が可能な高感度の干渉計を作るには、様々な雑音を低減しなければならない。その中でも、地面振動は低周波に於いて最も深刻な雑音源の一つである。観測帯域に於いて地面振動を減衰させるために、干渉計の鏡はワイヤーに吊られている。これは受動的な防振方法であり、大型干渉計は全てこの方法を用いている。しかし、次世代干渉計のためには単純な振り子による防振では不十分である。そこで、よりよい防振方法、特に低周波で高性能なものが必要となる。

Suspension Point Interferometer (SPI)は、Dreverによって考案された能動防振方法で、低周波に於いても高い性能を発揮する。SPIの基本的な構成は、図1に示したようなものである(Fabry-Perot干渉計の場合)。重力波の検出を目的とする主干渉計の懸架点(=Suspension Point)に、補助的な干渉計(SPI)が構築される。ワイヤーを伝わってきた地面振動は、まずこのSPIによって検出される。SPIの制御システムは、この振動を打ち消すような力をSPIの鏡に加える。これによって、主干渉計の鏡への振動伝達はブロックされる。この方法が、加速度計などをセンサーとして使った他の能動防振法と比べて優れているのは、センサーとして干渉計を用いている点である。加速度計は低周波で感度が悪化するが、変位センサーである干渉計はDC付近まで感度が保たれる。また、SPIに於いて、補助干渉計は重力波検出に使われる主干渉計と原理的に同じ感度を持ち得る。従ってセンサーの雑音が観測帯域で主干渉計の感度を悪化させることもない。

SPIを用いることで、地面振動雑音が抑えられるのはもちろんのことであるが、そのほかにも利点が存在する。まず、日本の次世代干渉計計画であるLCGTに於ける、ヒートリンクの防振への応用が挙げられる。LCGTでは鏡を低温に冷やすために、ヒートリンクを懸架系の一部に取り付け、排熱を行うが、その際にヒートリンクから逆に振動が混入してしまうという問題が存在する。SPIを用いると、このヒートリンクからの振動を能動的に抑えることができる。また、この際SPIは主干渉計の鏡から近い場所に置かれるため、その低雑音性も重要となる。さらに、SPIは低周波まで防振性能を持つので、干渉計鏡の残留振動を大幅に抑えることができる。これは、干渉計の安定化につながり、動作点への引き込みが容易になったり、制御系からの雑音混入を低減できるなどの利点を生む。

SPIの原理の確認と、その実際的な性能を調べるために、プロトタイプ実験を行った。実験装置は基本的にSPIを備えた、長さ1.5mのFabry-Perot干渉計である。実験装置の概要を図1に示す。レーザーとしては200mWのNd:YAGレーザーを用いた。まず、40MHzの位相変調がレーザー光にかけられ、その後にモードクリーナー(MC)に入射される。MCではレーザーの空間モードが整形されるとともに、MCの長さを基準としてレーザーの周波数安定化が図られる。MCの長さとレーザー周波数の差は40MHzの位相変調を用いたPoud-Drever-Hall法によって取得される。MCは長さ約20cmのリング共振器で、スペーサーとしては低熱膨張素材であるSuperInvarを用いた。

MCを透過した光は、15MHzの位相変調をかけらた後にビームスプリッターで二つの光に分割される。分割された光はそれぞれ、主干渉計とSPIに入射される。主干渉計とSPIは15MHzの位相変調を用いたPound-Drever-Hall法によって制御され、動作点に保たれる。

主干渉計の鏡は3段振り子として懸架されている。懸架系の一段目はダンピングマスと呼ばれ、渦電流ダンピングによって、振り子のQ値を下げ、共振周波数に於ける大きな振動を抑制している。二段目にはSPIが構成される。最終段は、主干渉計用の鏡と、それをくるむように配置されるリコイルマスからなる。リコイルマスは主干渉計鏡と同様に、SPIの段から懸架される。また、主干渉計の制御は、リコイルマスから鏡をアクチュエートすることで行われる。この懸架系では、縦方向の防振を実現するために、MGAS Filter(Monolithic Geometric Anti-Spring)と呼ばれる低周波防振ばねを用いている。MGAS Filterはサスペンションの最上部と、ダンピングマスに内蔵され、それぞれ共振周波数は0.2Hz以下にチューニングされている。また、MGAS Filterの動作点は温度変化によってドリフトしてしまうので、動作点を常に監視して、それを保つような制御がかけられている。

この実験の結果を要約すると以下のようになる。図2の上段は、主干渉計の変位換算雑音スペクトルを示している。青いスペクトルはSPIを制御しない場合で、赤いスペクトルはSPIを制御した場合である。SPIを用いることで、10Hz以下で雑音が下がっていることがわかる。雑音抑制比率は最大で100倍程度であり、低周波まで防振ができていることがわかる。10Hz以上では、干渉計の雑音が地面振動以外の雑音に支配されているので、SPIの効果が確認できない。図2の下段は、上段のスペクトルを積分して、RMS(root meansquare)を計算したものである。SPIを用いると、用いない場合に比べてRMSが約1/9に低減されている。

図3は、地面振動から主干渉計の鏡までの伝達関数を、ダンピングマスに備えられたアクチュエータを用いて測定したものである。この場合も青い線はSPIを用いないときの伝達関数を表し、赤い線はSPIを用いた場合の伝達関数である。2.5Hzのピーク(Pitch方向の共振)を除くと、20Hz以下で防振比に大きな改善が見られる。20Hz以上は、測定装置の電気的なクロストークによって防振比が制限されている。

以上の結果から、SPIの原理的な動作が確認された。また、この実験で得られた防振性能の改善は、最大で100倍程度であった。SPIの性能を制限しているのは、水平方向以外の自由度に於ける振動からのカップリング及び、地面振動以外の雑音であった。この実験で得られた結果は、SPIを次世代大型干渉計に組み込むために重要なものである。

図1:実験装置の概要

図2:主干渉計の変位換算雑音スペクトル

図3:伝達関数の比較

A. Einstein, Ann. der Phys. 49 (1916) 769J.H. Taylor, J.M. Weisberg, Ap. J.345 (1989) 435R.W.P.Drever, LIGO Document T870001-00-R(1987)K. Kuroda, et.al.,Int. J. Mod. Phys.D, 8 (1999) 557R. W. P. Drever, J.L.Hall, et al, Appl. Phys. B 31, (1983) 97G. Cella, V. Sannibale, R. DeSalvo, S. Marka, A. Takamori, Nucl.Instrum. Meth. A 540 (2005) 502.4
審査要旨 要旨を表示する

本論文は、高感度レーザー干渉計によって重力波を直接とらえようとする場合に問題となる地面振動を、先進的な懸架点干渉計によって防振する方法について実験的に検証したものである。これまでレーザー干渉計の防振については様々な工夫が重ねられてきたが、受動的な防振は限界がきていた。さらに低温ミラーを用いる次世代レーザー干渉計においては防振と冷却性能を両立させる方法が不可欠となっていた。そのような背景のもと、アイデアとしてはレーザー干渉計型重力波検出器が提案された初期からあった懸架点干渉計を、冷却系と両立する現実的な能動防振系として初めて実証したのが本研究である。特に、受動型では原理的に不可能な低周波域での防振性能が検証された意義は大きい。

本論文は5章からなる。第1章はイントロダクションであり、重力波の一般論とレーザー干渉計による重力波検出を解説している。一般相対論から導かれたアインシュタイン方程式には光速度で伝播する波動解が存在する。これを重力波と呼び、時空の歪みの伝播としてとらえられている。重力波の直接検出は、一般相対論の検証という意義にとどまらず、天文学の新しい観測の窓になると期待されている。ただし、重力波と物質の相互作用はきわめて小さいため、その検出は現実には困難であると考えられていた。しかし近年、極限技術の高度化により要素技術が飛躍的に向上したレーザー干渉計が建設されるようになり、LIGO(米)、VIRGO(仏伊)、TAMA300(日本)、およびGEO600(英独)など数台の大型レーザー干渉計型重力波検出器が観測体制に入っている。

第2章では懸架点干渉計の原理を解説している。基本的には2段振り子の上段マス(ミラー)を用いた懸架点干渉計により、下段マス(ミラー)で構築される主レーザー干渉計を防振する原理を説明している。また、この干渉計の応答や、非対称性などに起因する懸架点干渉計の限界が記述されている。つづく第3章では、本研究に使われた実際の懸架点干渉計についての詳細な解析がなされている。特筆すべきは、縦振動を防振するためのMGAS(Monolithic Geometric Anti-Spring)に関する緻密な解析である。縦振動が横振動にカップルする現実の防振系ではMGAS等による縦防振が必須であり、このおかげで懸架点干渉計の性能が発揮されると言っても過言ではない。本研究においてもMGASが重要な要素技術となっている。その後に、基線長1.5mのファブリーペロー光共振器で構成される懸架点干渉計および主干渉計の動作特性や雑音特性の測定が記述され、温度変化によるシステムの安定性、干渉計の調整と較正でしめくくられている。

第4章では上記の実験装置で得られた測定結果を示している。まず、振動スペクトルについては1Hz以下では約2桁、1−10Hzには振り子の共振がいくつかあるが、おおよそ1桁の防振性能が出ていることが実測値で示されている。このとき干渉計の光軸方向の揺れのrms振幅は約1桁低減されており、レーザー干渉計を動作点に引き込むことが容易になっている。この後では、レーザーの周波数雑音や強度雑音、電気系の雑音などの影響が考察されている。周波数雑音の低減により10Hzでの懸架点干渉系の防振性能が改善され、10Hz以下ではだいたい地面振動が防振性能をリミットしていることが示されている。第6章では結果のまとめと今後の展望が述べられている。

以上のように、本研究により次世代レーザー干渉計型重力波検出器で必須となる能動防振が実証されたと考えられ、重力波物理学の進展に貢献が大きいと認められる。なお、本論文は安東正樹・坪野公夫・大塚茂巳との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験及び測定を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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